魔術の特訓
今日はフレデリカ様と魔術特訓の日だ。
私は、オルティス侯爵家を訪れていた。
オルティス家は古くから続く魔術師家系ということもあって、大きな屋敷の敷地内には、魔術訓練場があった。
今日は私は動きやすいように、狩猟にも出られそうなパンツ姿だ。
お義母様から「フレデリカの魔術は派手だから、ドレスで行ったら大変よ!」とアドバイスを受けて選んだものだ。
少し紫がかった淡い水色の髪も、同じ理由でハートネット家の侍女にまとめてもらった。
フレデリカ様も、もちろん動きやすい男装姿だった。
フレデリカ様は魔術師団長の仕事をしていた時に、国内のあちこちに遠征するようになって、男装の動きやすさに感動されたらしい。
団長職を辞められた今でも、好んでパンツ姿でいることが多いそう。
フレデリカ様自身も、女性としては背が高めでお顔も非常に整っているから、王宮に勤める侍女やメイドなどからは今でも人気が高いみたい──本日も、眩しい限りの男装の麗人っぷりだ。
「ここじゃちょっと手狭だから、もう少し広い所に行きましょうか」
「えっ?」
フレデリカ様はいたずらっぽくそう言われると、ぶつぶつと小さく呪文を唱えられた。
次の瞬間には、さっきまで見えていたオルティス家の屋敷も庭も消え去っていて、どこかだだっ広い荒野に来ていた──どうやら、転移魔術を使われたみたい。
「さぁて。ここならどれだけ派手な魔術を使っても、誰からも文句を言われないわよ!」
フレデリカ様はのびのびと両腕を広げ、くるりとその場でひと回りされた。
「……すごい! 転移したのは初めてです……! まさか、いつもこのような場所で魔術の特訓を?」
私は感動して、フレデリカ様の方を振り向いた。
転移魔術は、上級魔術師の中でもほんの一握りの者しか扱えないものだ。しかも、複数人を一度に運べる魔術師は、さらに少なくなる。
「そうね。一応、屋敷の敷地内にある訓練場にも結界は張ってあるけど、時々しくじって屋敷の一部を破壊しちゃうのよね。大きめの魔術を使いそうな時は、あらかじめこっちの方に来てるわ」
フレデリカ様は、いたずらが失敗してバレた子供のように肩をすくめて言われた。
屋敷を破壊って……それってかなり強力な魔術よね?
……それに、今日はそれだけ大きな魔術を使う予定なのかしら?
私は、この国一番の魔術師と言っても過言ではないフレデリカ様の授業に、早くも期待で胸がドキドキしていた。
「グレースから簡単に話は聞いてるけど、四大の基礎魔術を見せてもらおうかしら。まずは現状を把握しないとね。何も壊れる物は無いから、思いっきりやっちゃっていいわよ!」
「分かりました!」
フレデリカ様から指示され、私は自分の頬をパンッと軽く叩いて気合を入れ直した。
ハートネット家で魔術を使った時は的があったけど、ここはただの荒野。的どころか、砂と岩ぐらいしか無い。
誰もいない荒野に向けて、魔術師の杖を伸ばした。
「ファイアボール!」
私はしっかり魔力を込めて、火魔術を使った。
前回よりもひと回りもふた回りも大きな火の玉が、勢い良く飛んで行く。
何も無い荒野に思いっきり魔術を撃つと、なんだかスッキリして気持ちいいかも!
「あら、結構いいのを撃つわね。他のも撃ってみて」
「はい!」
フレデリカ様に指示されて、私は次々と、水、風、地魔術と撃っていった。
フレデリカ様は、私が四属性の魔術を撃った後にまとめてアドバイスをくださった。
元魔術師団長のためか、フレデリカ様の指摘は的確で、非常に詳しかった。
子供の頃の家庭教師の先生からは教わらなかった魔術のコツも、いろいろ教えてもらえた。
「そうね〜。エヴァは器用タイプね。いろんな種類の魔術を卒なく扱えるタイプよ。エヴァは四大に適性があるから、このまま基礎魔術を鍛えて、組み合わせて使えるようにした方が良さそうね。それから、魔力を早く正確に練れるように訓練しましょうか」
一通りアドバイスが終わると、フレデリカ様は顎先に指を添えて考え込まれた。
考えがまとまると、今後の方針について簡単に話された。
「中級魔術はやらないんでしょうか?」
私は気になったことを質問した。
てっきり、よりハイレベルな魔術を教えてもらえると思っていたから、ちょっぴり残念かも。
「確かに、王宮魔術師団を目指すなら、より上級の魔術を扱えた方が重宝されるわね。魔物の討伐なんかで大技を使えた方が、制圧力が上がるし、騎士団からもよく声が掛かるようになるわ。魔術師団内でも一目置かれるし」
フレデリカ様の説明に、私は相槌を打って先を促した。
「特殊魔術研究所──黒の塔の魔術師は、ほとんどが研究者よ。戦闘に特化してる魔術師はあまりいないわ。それに、魔術師団の魔術師みたいに『使える魔術の種類が多いこと』や『強力な魔術が使えること』よりも、『どんな研究成果を上げているか』や『その人なりの魔術が使えること』の方が注目されるみたい」
「そうなると、黒の塔に入りたいなら、特に中級魔術が使える必要はないと……?」
「そうね、エヴァらしい魔術を上手く扱える方が評価が高いわね」
私が話をまとめて訊き返すと、フレデリカ様は頷かれた。
「なるほど……。黒の塔よりも王宮魔術師団の方が、高度な魔術を要求されるんですか?」
「そういうわけでもないのよね……なんというか、黒の塔の魔術師は全員が異質なのよ。一概にどうとは言えないわ。規格外の魔術師ばかりね。セルゲイも昔から魔術の覚えが良くて、オルティス家の中でも天才の部類よ」
フレデリカ様が、どう伝えようかといった雰囲気で、少し困り顔で教えてくださった。
「ここだけの話、黒の塔の方が、王宮魔術師団の魔術師より腕前が上なのよ。一応、王宮魔術師団がこの国の防衛を担ってるから、表向きには『王宮魔術師団の方が上』とは言ってるけどね」
「えっ……」
ここには私たち以外他に誰もいないのに、フレデリカ様が少し声を潜めて教えてくださった。
今までずっと王宮魔術師団がこの国で一番の魔術師集団だと思っていた。だから、フレデリカ様の話にはすごく驚かされた。
「でも、これは秘密ね。黒の塔に入っても、あまり自慢しない方がいいわ。王宮魔術師団の魔術師はプライドが高くて、すぐに嫉妬したり妬む人も多いから……」
「……」
フレデリカ様のお話に、私は妙に納得して頷いた。
元婚約者のアラン様や父のことを考えれば、何となく察しがついたことだったからだ。
特に王宮魔術師団には貴族も多くて、プライドの高い方も多い可能性がある。「この国一番」と言われている王宮魔術師団以上のレベルの魔術師は、そうそう認めたくないだろう。
「今度ね、魔物討伐の応援に来ないかって誘われてるのよ。エヴァも、私の助手として一緒に来る?」
「えっ?」
不意に、フレデリカ様から誘われた。
王宮魔術師団は、時々、王国騎士団から誘われて、王都やその近郊の魔物を定期的に討伐しているらしい。そうすることで魔物が増えすぎないようにして、付近の住民や旅人の安全を守っているらしい。
「でも、私は最近やっと魔術の勉強を再開したばかりですよ? 大丈夫でしょうか?」
「今日見た感じだと、筋は悪くないし、慣れれば大丈夫でしょう」
「しかも、いきなり魔物の討伐なんですよね……?」
「エヴァちゃんは魔術師団には所属してないし、私の助手だから、魔物と戦闘しなきゃいけないわけじゃないわ。前線は任されないだろうし、最低限、自分の身を守れれば大丈夫よ。大事なのは、他の魔術師が実戦で魔術を使っているところをよく観察することね。詠唱の省略なり、魔力の練り方なり、魔術の撃ち方なり、参考になるところは何でも盗みなさい」
「……そういうことであれば……」
少し不安ではあるけれど、私は頷いた。
確かに、実戦が一番勉強になるのかもしれない。それに、他の魔術師たちがどんな風に魔術を扱っているのか、すごく興味が湧いてきた。
フレデリカ様は「いざとなったら、私が守るから大丈夫よ!」と、胸を張って拳でドンッと打たれた。
「にゃあ」
「あら?」
「クロ?」
私の影から、使い魔のクロがひょっこりと出て来た。
真っ黒な子猫のような見た目で、自分と同じくらいの大きさのバスケットを口に咥えている。
バスケットにかかっているハンカチをめくると、中に入っていたのは、おいしそうなサンドイッチだった。
「気が利く子ね。軽食を持って来てくれたのかしら?」
フレデリカ様は、感心してクロの小さな頭を撫でてくださった。
クロも薄い金色の目を細めて、気持ち良さそうにしている。
「手紙?」
私は、バスケットの端に差し込まれた手紙に気づいた。
手紙を開いてみると、私に縁のある人が今ハートネット家に来ている、と簡潔に書いてあった。
ただ妙なことに、「すぐに戻って来い」とも「客人」とも書かれてはいないので、本当に誰が来たのかは分からなかった。
「差し入れも届いたし、少し休憩にしましょうか」
「はい!」
フレデリカ様の提案で、私たちは休憩を取ることにした。
クロが持ってきてくれたサンドイッチは、なぜだかやけに懐かしい味がしたような気がした。




