再会
今日は、魔術の先生がハートネット家にいらっしゃる日だ。
私はお義母様と一緒に、車寄せまでお客様を迎えに出た。
上等な馬車から降りてきたのは、見事な金髪をした男装の麗人──
「久しぶりね、エヴァちゃん!」
「フレデリカ様!? ご無沙汰しております! それに……」
フレデリカ様と一緒に馬車から降りてきたのは、以前占いの館「ルナテミス」にいらしたお客様だ。変わったお客様だったから、印象に残っていて覚えてる。
彼は、フレデリカ様によく似た印象的な青い瞳をしていて、綺麗な金髪をひとまとめにして上等なリボンで留めていた。お店にいらした時よりも、貴族の子息らしい服装をしているからか、見違えるようにキリッとして格好良く見えた。
私が驚いて彼のことを見ていると、
「ああ、この子は私の息子! セルゲイよ」
フレデリカ様が笑顔で紹介してくださった。
「セルゲイ・オルティスです」
セルゲイ様から朴訥と挨拶をされた。格好は違うけれど、印象はルナテミスにいらした時と全く一緒だ。
彼の雰囲気的に、もしかして私のことは覚えてないのかしら……?
「エヴァ・ハートネットです。よろしくお願いします」
私はとにかく淑女らしく微笑みを浮かべて挨拶をした。フレデリカ様たちをこのまま車寄せに立たせっ放しにするわけにもいかないし。
互いの挨拶が済むと、お義母様が客室へと案内を始めた。
「久しぶりね、フレデリカ。セルゲイ君もよく来てくれたわね。さぁ、こっちよ」
ハートネット家の客室に着くと、四人で丸テーブルを囲むように座った。
メイドが紅茶を淹れて下がって行った後、私は思い切って尋ねてみた。
「あの、本日は魔術の先生がいらっしゃると伺っていたのですが……」
「そうよ。私がエヴァちゃんの先生に立候補したのよ」
紅茶で軽く口を潤すと、フレデリカ様が堂々と答えてくださった。
「フレデリカ様が!? いいんですか!?」
私はびっくりして大声を出してしまった。
フレデリカ様は、王宮魔術師団の元魔術師団長だ──つまり、この国でもトップクラスの魔術師だ。
そんな方から直々に魔術指導していただけるなんて、幸運すぎるわ!
「いいのよ〜。私が好きで言ってるんだから。でも、ビシバシいくわよ?」
「大丈夫です! むしろ、よろしくお願いします!」
私はピシリと背筋を伸ばして、すぐに返事をした。
「それから、エヴァちゃんは黒の塔を目指してるんでしょう? セルゲイは黒の塔の魔術師だから、何か参考になるかと思ってつれて来たの」
フレデリカ様が印象的な青い瞳を、セルゲイ様の方に向けた。
セルゲイ様は、半分興味が無さそうに「なんだ?」といった少し寝ぼけたような雰囲気で顔をあげた。
そして、真面目な顔で少し考え込むと、簡単に質問をしてきた。
「エヴァ嬢の魔術適性は? 魔力量はどのくらいだろうか?」
「エヴァは、四大と呪い魔術に適性があるわ。魔力量は上級レベルよ。どうかしら?」
お義母様が私の代わりに答えてくださった。なぜか晴々と胸を張っていて、どこか得意げにも見える。
「なるほど。黒の塔の魔術師としては申し分ないな。呪い魔術は使ったことはあるか?」
セルゲイ様はあっさり頷くと、淡々と次の質問をした。
「無いです」
私は即座に首を横に振った。
呪い魔術は適性持ちが少なくて、教えられる魔術教師もほとんどいない。それだけじゃなくて、呪い魔術の特性上、術者にも必ず危害が及ぶから、気軽に使えるようなものでもない。
もちろん、私もそんな魔術は怖くて使ったことはなかった。
「呪い魔術を使わないにしても、黒の塔に入りたいなら、最低限呪い返しができた方がいい。挨拶代わりに軽く呪いをかけてくる奴はいるからな。素質はあるようだから、誰かに師事した方がいいだろう」
セルゲイ様は、冷静に妥当なアドバイスをくださった。
「……挨拶代わりに呪いをかけ合うって噂は、本当なんですね……」
私は信じられなくて、呆然と呟いた。
ドラゴニア王立特殊魔術研究所──通称「黒の塔」は、塔の魔術師同士で挨拶代わりに呪いをかけ合っているという噂があった。
研究対象として呪い魔術を扱っていることから、普通の人は呪われたくなくて、滅多なことでは黒の塔に近寄ったりしない。
それに呪い魔術は誤解や秘密も多いみたいで、調べてもらっても、まともな黒の塔の情報はあまり出回っていなかった。
所属する魔術師も上級者ばかりだから、嫉妬心から変な噂を流されてるっていう感じも否めない。
「ふぅん。呪い返しなら、セルゲイが教えてあげなさいよ」
「なぜ俺が……」
フレデリカ様が指摘すると、セルゲイ様は迷惑そうに呟いた。
「アドバイスをいただけただけでもありがたいですし、また分からないことが出てきたら、ご相談させていただけると嬉しいです」
私はにっこり微笑んで伝えた。
全く乗り気でない人に無理やり教わっても、お互いに時間の無駄になりそうだわ。セルゲイ様の雰囲気的に、あまり他人との交流は得意ではなさそうだし。
それに、呪い魔術に適性がある人は少ないけれど、全くいないわけじゃない。
本格的に呪い魔術を習いたいわけじゃなくて、身を守るための呪い返しを学ぶだけなら、別の先生を探してもいいわけだし。
フレデリカ様は「まぁ、エヴァちゃんは謙虚で良い子ね」と感心したように呟かれた。
「私の方でも、呪い返しが教えられる方がいないか探してみるわ」
お義母様も私の肩に手を置いて、そっと励ますように言ってくださった。
「そういえば私、まだダルトン子爵家の占いスキルを見たことがなかったのよ。エヴァちゃんの前にスキルが発現された方は、確かだいぶ前の方よね?」
「う〜ん、そうですね……以前の占いスキル持ちは、高祖母かその前くらいですね」
フレデリカ様に訊かれて、私はむか〜し子供の頃にお祖父様から習ったダルトン子爵家の話を、記憶の底から引っ張り出して答えた。
「占いスキル……?」
セルゲイ様がぽつりと聞き返した。
彼の青い瞳がキラリと一瞬、興味深そうに光った気がした。
「ダルトン子爵家の初代当主は、本当は占いスキルで初代国王陛下を支えられたのよ。もちろん、魔術師としても優秀だったから、表の顔は『優秀な魔術師』ということになっているけど」
フレデリカ様が、セルゲイ様に説明された。
「それは是非とも見てみたい」
セルゲイ様が、急に熱心にこちらを見つめてきた。
自分に興味があることと無いことの差が激しいし、すぐに態度に出るわね、この人。
占いスキルも、ルナテミスで占い師として披露してるから、別に勿体ぶるようなものでもないけれど…………この人、本っ当に私のことはすっかり忘れてるのね!!
私は失礼な人だな〜と思いつつも、「準備して参りますね」と作り笑いをして、タロットカードを取りに自分の部屋に戻った。
タロットカードを持って客室に戻って来ると、テーブルの上の茶器は全て片付けられていて、テーブルクロスも新しいものに取り替えられて綺麗になっていた。
私は「ありがとうございます」とお礼を言って、テーブルの真ん中にタロットカードの束を置いた。
一瞬、セルゲイ様の眉がピクリと動いた。
少しは思い出したのかしら?
私はタロットカードの山を崩して、テーブルの上で両手でぐるぐるとかき混ぜるようにシャッフルを始めた。
私の中で、自然とスキルが発動した感覚があった。
「この魔力は……まさか、この前の占い師か!?」
セルゲイ様が、訝しげに眉をしかめて訊いてきた。
「あら? 本当に気付かれてなかったんですね。まさか、私の魔力で気付かれるとは思いもよりませんでした」
私はあっさりと答えた。
見た目とか声とか、他に気づく要素はあったはずなんだけどな〜
まさか魔力で他の人を判別してるなんて……黒の塔の魔術師は変わった人が多いっていう噂はデマじゃなくて、本当なのかも。
私はシャッフルを終えると、カードをひとまとめの束に戻した。
「店内は薄暗かったし、君はヴェールで半分顔を隠していただろう」
セルゲイ様が、むすっと少し不機嫌そうな声音で言い訳をした。
「……そうですね」
ハイ、確かにそうですね、と図星に思ってしまったので、反論の言葉はぐっと飲み込んだ。知り合いにバレたくなくて、ああいう格好をしているというのもあるし……
それよりも、今は占いの方に集中する。
私がカードの束を三つの山に分けてカットした時、
「それなら、呪い返しについては俺が教えよう。その代わり、俺の塔での研究を手伝ってもらおうか」
セルゲイ様の急な手のひら返しに、思わずピタリと指先が止まってしまった。
「随分急な心変わりですね?」
「ああ、君に興味が出た」
私が半目で彼を見返すと、セルゲイ様からやけに真面目な顔でそんなことを言われた。
「それでは、この占いでは『私がセルゲイ様に教えを乞う方が良いか』をみてましょうか」
私は、そういえば何を占うか全く決めていなかったことを不意に思い出して、提案してみた。
セルゲイ様の方も、「それで構わない」と頷いた。
私は三つに分けたカードの山を、適当な順番で元の一つの束に戻した。
左手にカードの束を持つと、上から順番に六枚捨てる。
そして、七枚目のカードをテーブルの真ん中に置いた。
──さぁ、結果はどうかしら?
カードをめくると、『高等司祭』のカードだった。
立派な髭を蓄えた男性が、右手には杖を、左手ではサインを作ってカードの真ん中に堂々と描かれている。彼は暁のようなオレンジ色の司祭の服を着ていて、立派な帽子をかぶっている。
なんっっっで、こういう時に限ってズバッとしたのが出るのよ!!?
『高等司祭』のカードはズバリ、「入門すること」や「誰か先生や師について教えてもらう」という意味合いのカードだ。
「それで、結果はどうなんだ?」
セルゲイ様が、まじまじとこちらを見つめて尋ねてきた。
「…………ご、」
「うん?」
「……ご教授を、よろしくお願いします……」
私は深々と頭を下げて、いやむしろそれを通り越して、テーブルにぐったりと突っ伏して言葉にした。
誰かに教えを乞うのに、こんな屈辱的な気持ちでお願いしたのは、初めてのことだった……




