side王宮魔術師団(フィン・ハートネット視点)
僕はフィン・ハートネット。ハートネット伯爵家の嫡男だ。
ハートネット伯爵家は、ドラゴニア王国建国当初からある由緒正しい魔術師の家柄だ。
貴族に魔術師家系は多いけど、ハートネット伯爵家は代々多くの優秀な魔術教師を輩出してきた。
僕も今は王宮魔術師団の上級魔術師として勤めているけど、ここで経験を積んだ後は、母さんの跡を継いで魔術教師になろうと考えている。
最近、従姉妹のエヴァが、家庭の事情でハートネット家の養子になった。
元々、子供の頃からエヴァとは交流があって仲も良かったし、母さんも父さんも女の子を欲しがっていたから、彼女が義妹になるのは大歓迎だった。それに、家の中が賑やかになって、正直に嬉しい。
エヴァは元気でしっかり者だ。そのうえ努力家だ。
四大魔術と呪い魔術に適性があって、魔力量も多いらしい。
本来なら優秀な魔術師になれるはずなんだけど、彼女の家庭環境が悪くて、なかなか芽を出せずにいた。
ハートネット家の子になったからには、安心して勉学に励んでもらいたい。
僕も母さんのスパルタ……いや、しっかりした教育のおかげもあって、最年少で王宮魔術師団に入団することができた。
そして、王宮魔術師団に入団してからも順調に階級を上げてこられたのは、子供の頃から頑張ってきた魔術の基礎があったからだ。
子供の頃は魔術の勉強がすごく大変で辛かったけど、今では心から感謝している。
***
その日、僕は上級魔術師のザカリー先輩と一緒に、魔術師団の廊下を歩いていた。
ザカリー先輩は背が高くて、見事な赤髪を魔術師らしく伸ばしている。
先輩は平民出身だけど、努力と類稀な魔術センスで上級魔術師にまで上り詰めた人だ。
僕が尊敬している魔術師の一人だ。
「フィン、あいつらまた訓練中にいちゃついてるぞ。それに、男の方は君の従姉妹君の婚約者じゃなかったか?」
不意にザカリー先輩が、魔術師団内の中庭にある訓練場に目をやると、あからさまに嫌そうに顔をしかめた。
僕も先輩の視線の先を目で追うと、訓練場の端の方で中級魔術師のアラン・ロッドフォードと下級魔術師のミア・ダルトンが騒がしくおしゃべりをしているのが見えた。
訓練場で真面目に練習をしている魔術師たちは、チラチラと迷惑そうな視線を彼らに向けていた。
アラン・ロッドフォードは、元々は真面目な魔術師だった。
僕も、訓練場でよく彼が魔術の練習をしている姿を見かけていた。
だが、ミア・ダルトンと仲良くなるにつれて、訓練をサボる姿を目にすることが増えていった。
エヴァの婚約者だったということもあり、はじめのうちは僕も何回か注意していた。
でも、そのうちに彼からはのらりくらりと避けられるようになってしまった。
彼がエヴァと婚約解消した今となっては——
「いえ、もう彼はエヴァとは婚約を解消しています。赤の他人です」
僕はザカリー先輩にキッパリと伝えた。
あんな奴、エヴァの元婚約者だっていうのも認めたくないぐらいだ。
「お、ついに捨てられたか。四大魔術の適性持ちで魔力量も多い上に、魔術師家系の次期当主……伯爵家の三男坊なら、絶対に逃しちゃならないお相手だったろうに」
ザカリー先輩が、わざとらしく憐れむように肩をすくめた。
「いえ、エヴァはダルトン子爵家から追い出されて、今は僕の義妹になってます」
「ほぉ……」
ザカリー先輩は、今度はもっと鋭い視線をアラン・ロッドフォードとミア・ダルトンに向けた。
「……そうなると、ダルトン子爵家は彼女が跡を継ぐのかな? 彼女は確か、例の魔術伯爵閣下の推薦状を持って入団してきた子だったよね。あの推薦状持ちは大した実力も無いのに、碌に訓練もしないし、男漁りばかりするから評判悪いんだよね……彼女が魔術の練習をしてるところなんて見たことないし、一応ダルトン子爵家は魔術師家系だったはずだけど、どうなることやら」
ザカリー先輩は廊下の手すりに肘をついて、冷め切った口調で溢した。
「まぁ、黒の塔を抜かせば、一応公式には王宮魔術師団が国内の魔術師としては最高峰。入団できただけで箔がつくし、花嫁修行的にはいいのかな?」
そう茶化しながら、ザカリー先輩はまた廊下を歩き始めた。
僕も先輩の背中を追う。
しばらく廊下を歩いた後、不意にザカリー先輩が立ち止まった。
瞬時に、僕たちの周りにだけ防音結界の魔術を展開する。
「実は、王国騎士団から俺のところに次の討伐の話がきてたんだ。フィン、俺の隊に入ってくれるか?」
先輩が笑顔で僕に確認してきた。でもその目元は、どこか僕を試しているような真剣な雰囲気だった。
ザカリー先輩は、王宮魔術師団の中でも精鋭の一人だ。
同じ「上級魔術師」という肩書きではあるけど、僕はまだ上級魔術師に上がりたてのペーペーだし、ザカリー先輩は何年も上級魔術師を務めているベテランだ。
もちろん、魔術師分隊のリーダーも任せられている。
先輩の分隊は、王国騎士団からの信頼も厚く、しょっちゅう討伐について来てもらえるようお声もかかっている。
王宮魔術師団は、入団するまでは確かに貴族が優遇されている。
貴族の家系は魔力量が多い者が生まれやすくて、魔術の素養がある者も多い。さらに、環境的にも魔術教育に力を注ぎやすいからだ。
でも、魔術師団に入団してしまえば、完全に実力主義の世界になる。
実戦経験を積めば積むほど、魔術も上達するし、魔術師団内での評価も自然と上がっていく。
「もちろんです! よろしくお願いします!」
僕はすぐに承諾した。
先輩の隊に入れるなんて、間近で先輩の実戦魔術を見れるなんて、夢のようだ。
「上からは、俺の隊に何人か中級魔術師も連れて行けって、リストを渡されてるんだ。その中に、アラン・ロッドフォードの名前もあった。でも、あんな風にチャラついてる奴なら、俺の隊には加えたくないな。上に掛け合って外してもらうよ。隊の風紀を乱す恐れがあるし、作戦に支障をきたす可能性もある。魔物を相手にしている以上は命がかかってるから、信頼できない奴を隊に入れたくないんだ。俺だけじゃなくて、他の分隊長たちもそう思ってるさ」
ザカリー先輩が、真剣な表情で教えてくれた。
僕も、先輩の意見には納得できるところしかなかった。
アラン・ロッドフォード……以前は真面目に訓練を受けていただけに、残念に思う。
だが、エヴァを傷つけたことを僕は絶対に許さないし、今の彼が、新しい婚約者のミア・ダルトンにかまけて訓練を蔑ろにしていることは紛れもない事実だ。
ザカリー先輩のように、普段の様子を見ている人はきちんと見ているからね。きっと彼はこうやってチャンスを棒に振っていくんだろう。




