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#8「スターゲイザー」

「大丈夫?怪我してない?」


僕は倒れたまいヌナ(お姉ちゃん)を起き上がらせ、顔を覗き込んだ。


「え…、あっ…うん」


まいヌナはこれまで見せた事のない可憐な表情ではにかんでいる。


「…かわいい」


発するつもりの無かった心の声がつい漏れてしまった。

すると、


「私帰る!」


と言ったかと思うとまいヌナは猛ダッシュで練習室から去って行ってしまった。



気が付くと、僕はベッドの上で目を覚ましていた。


「まいヌナ…」


初めて見せたまいヌナの少女のような可愛らしい表情に不意を突かれた。

あんな顔するなんて意外だった。

実際のまいヌナはどんな人なんだろう。

現実でも会ってみたいな…。


と物思いにふけていたところで、思い出した。

「かわいい」という言葉がつい漏れてしまっていた事を。


ヤバい。これはヤバい。キモい奴と思われてたらどうしよう。

アイドルなのにアイドルらしくない言動に幻滅してたらどうしよう。

僕は突然不安になってきた。


すると、ルームメイトのアオイくんがそんな僕の様子に気づき声をかけてきた。


アオイくんは少し天然な所がある日本人メンバーで、ポジションはリードダンサー兼リードボーカル。僕より一つ歳上だが、お互いタメ口で喋るほど仲が良い。

年齢も国籍も違う二人だけど、お互いに親友と言えるぐらいにお互いを信頼している。


「どうした?なんかニヤけてると思ったら急に不安そうな顔してたけど」


という言葉に一瞬ドキッとしたが、すぐに真顔に戻り、


「え?いや別になんでもないけど」


と平静を装う。


「なんでもないわけないだろ。お前さっき完全にニヤけた後、子犬みたいな顔になってたぞ」

「ニヤけてないし、子犬みたいな顔もしてないし。変な事言わないでよ」

「変なのはお前だろ。ニヤけてたし、子犬顔にもなってたって。完全に」

「何言ってるんだか」


僕はため息をついて、ごまかすように部屋から出ていく。


「え?ヨンデ!ちょっと待てって」


アオイくんの言葉を無視してわざと乱暴に扉を閉める。

部屋の外で、中の様子に耳をそばだてると


「えっ?俺が悪いのか?」


というアオイくんの戸惑う独り言が聞こえてきた。

アオイくん、ごめん。1ミリも悪くない。誤魔化した僕が1000倍悪い。

心の中で謝罪しながら、リビングのソファーにドカッともたれかかる。


にしてもあぶなかったな。アオイくんになんか勘付かれるとこだった。

冷や汗をかき内心焦りながらも、平静を装った。

そこに、アオイくんが遅れて部屋から出てくる。


「なんかさっきはごめんな」

「え?いいよ、別に。そんな気にしてないし」

「いや、良くない。勝手にお前の顔がニヤけてたとか言って。よくよく考えたら失礼だった」

「そんな事ないって」


アオイくんのそのピュアさに、誤魔化してる自分が恥ずかしくなってくる。


「俺はヨンデより年上なのに、いつもお前の事を傷つけてばかりで…。俺は自分が恥ずかしい」


と言うとアオイくんはポロポロと涙を流し始めてしまった。


「練習生の時、俺がまだ韓国語をあまり話せなかった時でも、お前は積極的に俺に話しかけてくれて、どれだけ助けられたか分からない」


僕はアオイくんのこのピュアさがたまに嫌になる。

生意気でズルい自分を思い知らされるから。

でもそれを表情に出さずに僕はアオイくんの話を聞く。


「なのに俺は、いつも恩を仇で返すような真似を…」

「そんな事ないって。いつも助けて貰ってるって」

「嘘つくなよ!俺にそんな気使うなよ!俺の事ちゃんと叱ってくれよ!」


そして、ここまでくるとアオイくんに対して腹が立ってくる。これはもうピュアという言葉で片付けていい問題じゃない。これはただの面倒くさい人だ。クレーマーだ。ピュアという名のクレーマーだ。

しかし、ズルい僕はアオイくんの肩をさすりながら慰めている。


そこに僕らのリーダー・イェジュン兄さんと唯一の台湾人メンバーのワン・リー兄さんがやってきた。

2人は同い年で練習生期間もイェジュン兄さんが7年でワン・リー兄さんが6年と共に苦労人。

この2人も国籍は違えども、お互いを親友と言っても差し支えない程にお互いを尊重し分かり合っている。


さらにイェジュン兄さんは作詞作曲もこなすグループのメインラッパーで、ワン・リー兄さんは身長188cmでグループ1番の高身長。ポジションはメインダンサーだ。


「あっ、ヨンデがまたアオイの事泣かしてる」

「ホントだ。お前ら仲良くしろよな」


2人が僕らを囃し立てる。


「ヒョン(兄さん)!俺が勝手に泣いてるだけでヨンデは悪くないんです。ヨンデを悪く言うのは止めてください」


アオイくんがイェジュン兄さんに食ってかかる。


「別に悪くは言ってないだろ。仲良くしろよって言っただけで」

「ヨンデが俺を泣かしてるって言ったじゃないですか!」

「あっ、それ言ったの俺」


和ませようとおどけながらワン・リー兄さんが手を挙げた。


「やっぱり言ってるじゃないですか!」


アオイくんは全く和まない。

そんなアオイくんの態度にイェジュン兄さんは流石にイラっとした様子で、アオイくんに怒鳴りつける。


「だから俺は言ってないって言ってんだろうが!」

「どっちが言ったとか関係ないじゃないですか!」

「関係あるだろうが!」

「怒鳴らないでくださいよ!」

「お前が先に怒鳴ったんだろうが!」


何故かどんどんヒートアップしていく2人を、僕とワン・リー兄さんは何も言わずただ眺めるだけ。

そこにさらにやってくる残りのメンバー、シウ兄さんとノア兄さん。


シウ兄さんは元大手事務所練習生経験者で、ボーカル・ラップ・ダンスどれも高水準でこなすオールラウンダー。

ノア兄さんはイギリス出身の韓国人で英語が堪能。グループ1の美形でビジュアル担当。

2人とも僕より一つ年上でアオイくんと同い年だが、僕からのタメ口は許可していない。


「朝っぱらからなんなんですか」

「昨日遅かったんだからもうちょっと寝かせてよね」


そう、これが僕たちスタゲの日常なのだ。



午後になりダンスのテユン先生指導の元、メンバー全員でダンス練習をしている。

皆汗だく状態の中、入口の扉を気にしてしまう自分がいる。

キッチリ閉まった入り口の扉から、誰かが入ってくる気配は無い。


そりゃ、そうだよな。いるわけないよな。

夢での出来事を現実にまで引きずるなんてどうかしてる。


「ヨンデ!ちょっと遅いよ!」


というテユン先生の言葉にハッとして、邪念を振り払い踊る。


「メインボーカルだからってダンス手抜いていいなんて言ったか!」

「すいません」


僕は自分の不甲斐なさが恥ずかしかった。

そしてそんな僕を見るイェジュン兄さんの視線が痛かった。



さっき踊ったダンス映像を皆で見ている。

途中でよそ見して、ちょっと遅れる僕の姿が映し出される。


「ほら、ここ。集中してない」


テユン先生が一時停止して指摘する。


「すいません」


皆に申し訳なくてそれしか言葉が出てこなかった。


「先生」


とイェジュン兄さんが突然口を開く。


「ん?」

「ちょっと俺たちだけで話してもいいですか?」

「あぁ、うん。じゃあ、ちょっと休憩」


テユン先生はドリンクを片手に練習室から出ていく。


「カムバックまであと一週間なのに何やってんだよ」


イェジュン兄さんは、静かだが怒りの交じった声で僕に問いかける。


「……」


何も言えずただ俯くことしかできない。


「ごめん。俺が朝から変な事言ったせいで」


アオイくんが何も言わない僕に代わって発言する。

僕は首を横に振り、


「アオイくんのせいじゃないよ。僕が集中してなかっただけだから」


とアオイくんに言う。

そんな僕らの態度にイェジュン兄さんは呆れ気味の態度。


「大体、お前ら朝から何か変なんだよ。カムバック前の大事な時期なんだからちゃんとしてくれよ」

「…ごめんなさい」


ただ謝ることしか出来ない。100%僕が悪い。


「謝るだけだったら誰でも出来るんだよ。俺たちもう練習生じゃなくてプロなんだから、もっと自覚持てよ」


ぐうの音も出ない程の正論に何も言えずにいると、


「ごめん。悪いのは俺だから、そんなにヨンデを責めないであげて」


とアオイくんがまた僕を庇う。


「俺は、別に誰が悪いとか言いたいわけじゃない。自覚を持ってほしいだけだ」

「そうだよね。僕の自覚が足りなかっただけだから、アオイくんは関係ないよ」


自分で言ってて、その通りだと恥ずかしくなった。夢の中の出来事を引き摺るなんて…。大事な時期に僕は一体何をやってるんだ。


「そんな事ないよ。ヨンデはよくやってるって。今日はたまたま俺のせいで…」

「だから、アオイくんは関係ないって言ってんだろ!その変な優しさやめてくれよ!」


いつまでも庇ってくるアオイくんに対して、つい声を荒げてしまった。

悪いのは僕なのに。勝手にイラついて人に八つ当たりするなんて最低だ。


「おい、年上の人間に対してその態度は無いだろ」


縦関係に人一倍厳しいイェジュン兄さんが僕の胸ぐらを掴んだ。


「……」


僕は反論する余地のないこの状況に、黙るしか出来なかった。


「おい、ヨンデ!なんとか言ったらどうなんだ?」


僕はこんなどうしようもない僕自身が途轍もなく許せなかった。

すると、そこにちょうどテユン先生が戻ってきた。


「おいおい、悪化してんじゃねぇか。勘弁してくれよ」


殺伐とした練習室の雰囲気に、テユン先生は呆れていた。

僕は、


「先生、すいません」


と言い練習室を出ていった。

これ以上あの場にいるのが苦しかった。

練習室の外まで微かに中での会話が漏れ聞こえてくる。


「ひとりいないんじゃ練習になんないな」

「…すいません」


イェジュン兄さんが謝っている。


「イェジュン、お前リーダーなんだから、明日までにちゃんと解決しとけよ。今日は自主練」

「すいませんでした!」


謝るイェジュン兄さんの声が僕の心に深く突き刺さる。

そして、扉の前に貼ってあるカレンダーが目に入る。


カレンダーは2020年7月。

7月31日の所に赤字で初カムバック!と書かれている。


今ならまだ練習室に引き返せる筈なのに、僕は階段を登り練習室から遠ざかっていってしまった。



【ヨンデの脱退まであと3年と8日】

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