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#6「コードネームはミッションチング」

「あなた、ホントに一体誰なんですか?毎日僕の夢に出てきてますよね?」


という全く予想していなかったヨンデの言葉に私はひたすら狼狽した。


え?どうゆうこと?これ私の夢だよね?え?違うの?これ誰の夢?てか、昨日も一昨日も私に気づいてたの?え?どういうこと?



次の瞬間には、あまりの衝撃に目を覚ました。

状況が全く理解出来ていない。


ヨンデは確かに言った。「毎日僕の夢に出てきてますよね?」と。訳がわからなかった。

私が見ている私の夢の筈なのに。


自分の動悸が激しくなっているのが手に取るように分かった。


こんな精神状態のまま仕事に行ける訳もなく、私は店長から話を聞くためKPOPカフェ『みっくすじゅーす』へと朝から向かう事にした。


お店に着き、開店して間もない、まだ誰もお客さんのいない店内。

レジ前にいる店長はすぐに私に気づき、呑気に手を振っている。

私は店長のその感じに若干イラッとしつつも、


「店長、今日の夢で大変な事が起きたんですが…」


と、イラつきを抑えながら問いかける。

すると、それを聞いた店長は一瞬ギクっとしたように見えた。


「…もしかして私になんか隠してます?」


逃してなるものかと、店長を問い正す。


「え?なんで?別に何も隠しては無いけど」


あぁ、これは何かを隠している人間の「何も隠してないけど」だ。

私の野生の感がそう察知した。


「…夢のヨンデに変な事言われました」

「…なんて?」

「毎日、僕の夢に出てきてますよねって」


回りくどい言い方はせずド直球にありのままを伝えた。

すると、意外にも店長は驚いた様子を見せず、


「あぁ、やっぱりそうなっちゃった?」


と軽い感じで言ってくる。

やっぱりなんか隠してんじゃん!と、イラ立つ気持ちを抑え、


「やっぱりってどういう事ですか?店長なんか知ってるんですか?」


と冷静かつ沈着に答えを引き出そうとした。


「この間は言ってなかったんだけど、実はね…」


実際のところは分からないが、若干申し訳なさそうな態度で『Dreamers』の成り立ちを話し始めた店長。


「当時は薬剤師として働いてたんだけど、チャンソンへの想いがどうしようも無くなってきちゃって。このままだと、自分がチャンソンに迷惑をかけるモンスターオタクになってしまうのが怖くなっちゃって」


私はただ黙って店長の話を聞いている。


「そんな時、自分の夢を自分自身でコントロール出来るという明晰夢を知っちゃってね。それで、明晰夢を思い通りに見る事が出来る薬を作れれば、夢の中でチャンソンに会えるって気づいちゃって」

「はい…」


私はなんだかヤバい話を聞かされているんじゃないかと思い始めてきた。


「それから100通り以上もの試作品を経て、ようやく完成したのが『Dreamers』なの」


なんだかハニカミながらも自信ありげにそう言った店長を見て、私の脳裏にありありと思い浮かんだ。


壁にチャンソンのポスターが貼ってある研究室で、作っては失敗作っては失敗を繰り返しながら、遂に完成した『Dreamers』を手に興奮気味に嬉々としている狂気の店長の姿が。


見た事ないのに見た事あるかのように容易に想像できた。


思っていた以上にヤバい動機とヤバい製造過程だった。

薄々勘付いてはいたけど、店長はどうやらヤバオタクのようです。

と、口にこそ出さなかったが、口に出す一歩手前だった。


店長はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、


「それで、私も最初は気づいて無かったんだけど、あなたがヨンデから言われたのと同じような事をチャンソンにも言われたの」


とケロッと大事な事をいとも簡単にゲロった。

言われてんじゃん。最初にそれ言ってよね。

私はこれまた口に出す一歩手前だった。


「でも、なんでそんな現象が起きるのかの解明は出来てなくて、不可抗力なのよね」

なのよねって、めちゃくちゃ他人事!やっぱり怖いわ、この人。

身震いがした。


「…そうだったんですね…」


全ての説明を聞いて店長の怖さが際立っただけだったが、ヨンデの夢と私の夢がリンクしているというのは、どうやら間違い無く事実のようだった。

そこである考えが頭を過ぎる。


という事はこれから毎日、ヨンデと夢の中で対話できて、しかもそれはヨンデ側も同じ夢を共有しているという事になるって事は…。

私はハッとして、


「つまり、これから毎日ヨンデを説得すればもしかしたら、脱退を思いとどまってくれるかもしれないってことですか!?」


とつい声に出して言ってしまった。

それを聞いた店長はフフッと笑う。


「今あなたが言った事、可能よ。実際に私も夢の中でチャンソンにアドバイスしてるもの」

「!!!」


店長のその言葉を聞いた私はパーっと目の前が開けた気がした。

そして大学3年生の時、初めてヨンデを知った時の事を思い出した。


大学のキャンパスで周りは友達と一緒にいる中ひとりぼっちだった私は、家と大学をただただ往復する毎日。


そんな何も無い日に、たまたまTwitterのTLで流れてきたスタゲの切り抜き動画。

なぜだか分からないが食い入るように見た。


マンネ(末っ子)なのに一番生意気なヨンデ。生意気で友達が一人もいなかった私は、ヨンデのパフォーマンスに滲み出る生意気な姿に心を掴まれた。


それからというと、YouTubeでスタゲの動画を漁っては見る毎日。

リーダーのイェジュンに対して生意気な態度のヨンデ。でも、それが不思議と嫌味に見えないどころか、年上のメンバーたちからも可愛がられている。


それまで、生意気な自分が好きになれなかった私に、君は君のままでいいんだよと言われてる気がして、初めて自分を肯定できた。


すると、友達が出来なかった私に突然、友達が出来始めた。

ある日、Twitterでトレカ交換の約束をして渋谷タワレコ前で待っていると、


「まいんさんですか?」


と話しかけられた。そう、これが私とせんの出会い。


「はい。せんさん?」

「はい!せんです!あっ、トレカ」


と言うとヨンデのトレカを取り出したせん。

私はアオイのトレカを差し出し、ヨンデとアオイのトレカを交換した。


「今日はありがとございました」


お礼を言ってそのまま帰ろうとする私に、せんが話しかけてきた。


「もし良かったらお昼一緒に食べませんか?歳も近そうだし」

「え?あっ、はい」


私たちは横並びで歩きだす。


「ヨンデいいよね、ちょっと生意気な所が」

「そう、そうなんです!マンネのくせにあの態度がたまんないんです!」

「タメ口で話そうよ。私99ラインだけどまいんちゃんは?」

「え!私も99だよ!」

「マジ?」


こうして私とせんは友達になり、何も無かった私の大学生活はヨンデとスタゲによって文字通り救われた。

そしてその数日後、せんからきょんこを紹介され『東京テレスコープ』を結成。


3人でカラオケに行ってスタゲの歌を歌ったりと、それまででは考えられないような生活になり、ヨンデとスタゲのお陰で私の人生は一変した。


その事を改めて思い出し、決意する。

今こそこれまで救われた分を返す時がきたのかもしれない。なんとしても私がヨンデの脱退を食い止める!それこそが私に課せられた使命に違いない!


私は店長を見つめ、


「店長!カムサハムニダ(ありがとうございます)!」


と店長とガッチリ固い握手を交わし、今日の分の『Dreamers』を貰い意気揚々と帰っていった。



夜。

ベッドに入り『Dreamers』を飲み干し、眠りにつく。

この日から私のヨンデ脱退阻止作戦が人知れず幕を開けたのだった。


練習室の扉の前。すりガラスの扉からうっすらと見えるヨンデの姿。一人でダンス練習をしている。

すりガラスに顔を近づけ、私は中を凝視する。


いきなり説得しても聞いてもらえないと思い、ちょっとずつ距離縮め作戦、名付けてコードネーム『ミッションチング(友達)』を敢行する事にした。


そうと決まれば話は早い。私はノックをし、扉から顔を出す。


「アニョハセヨ〜(こんにちは)」


多分引き攣ってたと思うが、精一杯の笑顔を絞り出した。

ヨンデは扉の方を振り返ると、ため息をついた。


「またあなたですか。毎日、毎日僕に一体なんの用があるっていうんですか?」


わーお。何かめっちゃウザがられてる…。でもその冷たい目…、嫌いじゃないぞ!


私は引き攣った笑顔でヨンデに近づいていく。


「毎日頑張ってるヨンデを応援しようと思ってさ」


怪訝な顔のヨンデ。


「…応援してくれるのはありがたいけど、僕、あなたの事知らないし…。正直不気味です」

「いや、いや。私全然、怪しくないから。デビューからずっと応援してるただのファンの一人だから」


てか、ヨンデと普通に会話できてるぅぅう!


自分の韓国語スキルに感謝した。

一方ヨンデは何やら若干考えている様子。


「ずっとって言うのは流石に言い過ぎだと思うんですが…。僕たちまだ新人ですし」


私はその言葉にキュンとする。


デビューしてもう3年になるのに、自分達のことをまだ新人と呼ぶなんて…。

あなたって人はどこまで天使なの!謙虚!いい子!好き!LOVE!サランへ(愛してる)!


ヨンデへの愛が爆発した。

そして私はまるで弥勒菩薩の様な穏やかな微笑みで、


「私あなたのファンになって良かった。ありがとう、私の推しになってくれて」


と初めてヨンデに直接感謝を伝えることが出来た。

夢の中とは言え、嬉しかった。

するとヨンデは、


「…カムサハムニダ」


とちょっと照れ臭そうに下を向きながら言った。

そんなウブなヨンデの姿に胸キュンし、これ以上のヨンデ摂取は致死量レベルになりかねん!と思った私は、


「明日、また来るね。じゃ!」


とそそくさと帰っていった。


今日はもうこれ以上は無理!心臓もたん!でも、良かった。ヨンデが思ってた通りの人で。

ヨンデのピュアな姿勢に嬉しくなってついスキップになってしまっている。


必ず私がヨンデの脱退阻止するんだから!

スタゲとヨンデの未来は私が守るんだから!



【ヨンデの脱退まであと13日】

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