#5「私の夢は誰の夢?」
私は家に帰るなり、ご飯も食べず風呂にも入らず、『Dreamers』を飲み干すと、そのままベッドに横になった。
気がつくとそこは夜の練習室で、ヨンデが一人でダンス練習をしている姿が見えた。
夜遅くまでダンス練習しているその姿をカーテンの影からひっそりと覗く。
汗をかきながら練習するその姿に、私の推しはなんて努力家なの!誇らしいわ!
と、私の感情は一瞬にして昂ったのだが、それと同時にこんなに努力家なヨンデがグループ脱退なんてやっぱりどうにも腑に落ちなかった。
ヨンデからスタゲを辞めたいなんて言う筈がない。
もしヨンデから申し出ていたとしたらツラすぎる。
と、昂った私の感情に一瞬にして寂しさの波が押し寄せた。
どうしてもヨンデの本心が知りたいし、どうしてもヨンデの気持ちを直接聞きたいという思いから、そっとカーテンの間から顔を覗かせる。
「アニョハセヨ〜(こんにちは)」
我慢出来ずについヨンデに向かって話しかけてしまった。だがそこは遠慮がちに。
すると、一人だと思っていたヨンデは夢とは思えないほど驚いている。
まぁそうか。これ私の夢だし、ヨンデは夢だとは気づいてないんだもんね。
まるで私がヨンデをコントロールしているかのような気持ちになり、なんだか気分が良かった。
ヨンデは驚きながらも、口を開く。
「あなた誰ですか?なんでここにいるんですか?」
きゃー!ヨンデが私に話しかけてるぅぅう!夢みたい!
てか、ヨンデが何て言ってるか普通に聞き取れてるぅぅう!こんな時の為に駅前留学しといて良かった!
カムサハムニダ(ありがとう)、パク先生!
自分が質問する前にヨンデから先に質問がきた事に興奮が隠せなかった。
平静を装おうとしているが、明らかに興奮しているのが手に取るように分かったのだろう。
ヨンデはちょっとヒキ気味な様子。
「すいませんけど、本当にどうやって入ったんですか?警備員呼びますよ」
「え?いや別に怪しいものじゃ…」
と言いながら我ながらメチャクチャ怪しいじゃん!と、思ってしまった。
そしてヨンデと自分の距離の近さに今更ながらドキドキし始める。
ヨンデ近っ!アクリル板無いじゃん!この間のお見送り会どころじゃないじゃん!これ、神イベじゃん!
興奮しすぎて顔が真っ赤になってしまった。
ヨンデは不審な表情で私の事を見つめている。
ヨンデに至近距離から見つめられているという事実に途端に恥ずかしくなった私は、その場にいれなくなってしまい、逃げるように練習室を飛び出していった。
次の瞬間、私はベッドの上でハッと目を覚ました。
ヨンデと会話した事が、あたかも現実だったかのように頭にこびりついている。
思い出しただけで、笑顔になる。反芻しては笑みが溢れるの繰り返し。
そして枕に顔を埋め、
「うわぁぁぁぁ!!!!」
と絶叫したのち、
「好きぃぃいいい!!!」
とヨンデへの愛が爆裂した。
土曜日。
私はルンルンで部屋の掃除をしている。
ついヨンデの事を考えるだけで顔がにやけてしまう。
「ヨンデ、ヨンデ」
と無意識にヨンデの名前を連呼している。
最早、初めて人を好きになった初恋少女のようになっている。
店長との約束通り、KPOPカフェ『みっくすじゅーす』に行き、ワンドリンクを注文して、店長に夢の話をする。
店長は「うんうん」と優しく話を聞いてくれている。
というよりは自分の作ったドリンクの効能を噛み締めているようにも見えなくは無かった。
『Dreamers』を貰い店長にお礼を言い、店を後にした。
スキップで家路についていると、
「ヨンデ、ヨンデ」
とやはり無意識にヨンデの名前を連呼してしまっている自分がいた。
夜。寝る準備万端にして、ベッドサイドに置いた『Dreamers』を一気に飲み干し眠りについた。
今日は歌番組『ミュージックキューブ』の楽屋で、スタゲのメンバーが順番にメイクしている所に降臨。
私はメイクアシスタント的な形で楽屋にいるようだ。
ヨンデとアオイでふざけ合ったり、待っているメンバーはおやつを食べていたりと、とても仲が良い様子が伝わってくる。
普段のメンバーの様子が垣間見れて、これ最高じゃん!神イベじゃん!
と、相変わらず興奮が抑えられないのだが、ヨンデが近くを通る時にはあえて目を逸らし感心が無いフリをした。
会話をすると途端に恥ずかしくなってしまいその場にいれなくなってしまうので、この日以降はただただ壁のようにヨンデを見守る事にシフトチェンジしたのだった。
日曜日。
ニコニコしながらYouTubeでスタゲの動画を見ている。
「ヨンデ、ヨンデ」
無意識を通り越して、逆に意識的に名前を呼んでいる感すらある。
そして今日もKPOPカフェ『みっくすじゅーす』へと赴き、ワンドリンク注文して店長に夢の話をし『Dreamers』を貰い店を後にし、やはりスキップで家路につく。
「ヨンデ、ヨンデ」
と私が名前を呼ぶのを止められる者は最早この世に存在しない。
夜。寝る準備は万端。
『Dreamers』を一気に飲み干し眠りについた。
歌番組『ミュージックキューブ』の収録現場。
昨日とは打って変わって、ヨンデのチッケム(個人カメラ)担当カメラマンとして降臨。
大好きな推しを好きなだけカメラで撮れるなんて最高じゃん!神イベじゃん!
と、毎日違う役割で夢の中で推しと会える事が楽しすぎて堪らない。
もうこの生活を止める事が出来ない体になっている。
ヤバいかもしれない。これを知ってしまった今、知らなかった頃の生活に戻る事は出来ないんじゃないかとちょっと怖くなってきてしまった。
月曜日。
会社を定時であがるのも慣れてきた。
「ヨンデ、ヨンデ」
ルンルンで名前を呼びながらKPOPカフェ『みっくすじゅーす』へと向かう。
もう名前を呼びながら帰らないと物足りなくなってきた。
今日もワンドリンク注文して、店長に夢の話をする。
話をしている時の私はきっと誰が見ても幸せそのものの顔をしていると思う。
今、最高に楽しい。
『Dreamers』を貰いルンルンで店を後にする。
「ヨンデ、ヨンデ」
軽快なスキップで家路につく。
夜。寝る準備万端。『Dreamers』を一気に飲み干し眠りについた。
自分の部屋で寝ているヨンデの姿が見える。向かいのベッドにはルームメイトで一つ年上のメンバー、アオイが寝ている。
ここはスタゲメンバーが共同生活をしている宿舎ではありませんか!そしてアオイじゃん!ヨンデとアオイがいるじゃん!
2人が同部屋なのは知っていたけれど、実際それを目の当たりにする日が来るなんて夢にも思ってなかった。まぁこれは夢なんですけどね。
2番目の推しがアオイの私は、推し2人が寝ている部屋に自分がいる事がヤバすぎてこれまでの夢の中でもテンションMAX状態。
一旦呼吸を整え、ヨンデの寝顔を至近距離で見ようとベッド横に座りマジマジとヨンデの顔を見つめる。
これ合法だよね!?これ合法ですよね!?
寝息も聞こえてくる距離でヨンデの顔を拝む。
こんな日がくるなんてまるで夢みたい。ってまぁ、これは夢なんだけどね。えへへ。
気味の悪い顔でニヤニヤしているであろう自分がちょっぴりキモかった。
すると、寝ていたヨンデが突然目を覚まし、目の前の私と目が合った。
「あっ、……」
夢だと分かっていながらも寝起きのヨンデと目があった恥ずかしさと、夢とは言え自分のストーカーまがいの行為に思わず顔を伏せた。
やっべ。夢じゃなかったら逮捕案件だよ、これ。バリバリ犯罪。不法侵入以外の何物でもない。
私はこの状況が、よくよく考えるとあまりにも非現実的過ぎて、逆に笑えてきた。
そんな私を見つめながら、ヨンデが口を開く。
「あなた、ホントに一体誰なんですか?毎日僕の夢に出てきてますよね?」
そのまさか過ぎるヨンデの問いかけに
「え?え?え?」
とさっきまでの笑顔は消え失せ、動揺を隠す事が出来なかった。
え?どうゆうこと?これ私の夢だよね?え?違うの?これ誰の夢?え?え?
私はプチパニック状態に陥り、頭の中が一瞬にして真っ白になってしまった。
【ヨンデの脱退まであと14日】