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#3「夢で逢えたら」

「適当なことばっかり言いやがって…」


真夜中だというのに、私はPCでヨンデ脱退についての記事やネット上の噂を調べまくっている。


ヨンデがクラブで大麻を吸っていたという噂、別事務所の練習生の女の子に手を出して事務所をクビになったという噂、親戚にヤクザがいる事が分かり事務所をクビになったという噂等々、どれもこれも信憑性に乏しいものばかり。


「ヨンデがそんな人なわけないっつーの」


イライラしながらも、ヨンデに関する噂を検索する手が止まらない。

すると、フォロワー5000人越えのスタゲの大手アカ“NOWさん”が荒ぶったツイートをしているのを発見する。


〈ソース不明の噂をいちいち、書き込んで暇かよ。まじカスしかいねぇな、この界隈。お前ら二度とテレスコープ名乗んなよ、カスが〉


それを見た私はついため息をついた。

言いたい事は分かるけど…。この人のせいでテレスコープの民度が…って毎回言われるんだから少しは自重して欲しいんだけど。


このイライラした気持ちを抱えたまま眠ることなど出来る筈がないと、机に向かってスタゲの事務所『アルタイルエンターテイメント』にメールを書き始める事にした。


〈ヨンデ脱退についてきちんとした説明が無い限り、私たちテレスコープは到底受け入れる事ができません。今からでも間に合うのでヨンデ脱退を取り消してください〉


という文章を書いて、これをそのまま韓国語翻訳すると丁寧な文章に翻訳されそうだなと思い、ChatGPTに「もっと怒っているように」と注釈付きで翻訳させた。


ヨンデの脱退と折り合いをつけるつもりだった筈が、逆にヨンデの脱退をどうしても阻止したい気持ちになってしまっている自分がいる。


今回の件で自分でも驚く程にスタゲとヨンデを大好きになっていたという事を改めて実感した。が、同時にどうする事も出来ない無力な自分自身が歯痒かった。


時計の針はいつの間にか深夜3時を指している。


「明日も仕事なのに、なぜ私はこんな事をしているのだろうか…」


寝る準備をさっさと済ませベッドに横になるも、目はギンギンに見開いたまま全く眠れそうにない雰囲気。


「寝なきゃいけないのに眠れない…。ヨンデ…」


天井を見つめながらヨンデを思っていると、


「あっ、…」


と『Dreamers』を思い出しベッドから飛び起き、部屋から出て冷蔵庫を開ける。

そして目の前に飛び込んでくる怪しい小瓶『Dreamers』。


「……」


昼のカフェでの店長の言葉が思い出される。


「これ、飲むと夢をコントロールすることができるの。要するに(小声で)推しが夢に出てきてくれるって事」


この怪しい囁き声が脳内にリフレインする。  

私は『Dreamers』を手に取ると、恐る恐る栓を開けた。


ごくりと唾を飲み込み、瓶に口をつける。


「死んだらどうしよう…」


瓶に口をつけたままそこから先への勇気が出ない。


「他の人には絶対言わないでよ」


と殺し屋の様な目で私を見つめながら囁いてきた店長の顔がちらつく。

そんな店長の顔を手で払いのけ、もし本当にヨンデが夢に出てくるなら飲まない人生の方が損だ!

と自分を納得させ、意を決してエイッと一気に『Dreamers』を飲み干した。


少し苦くて、決して飲みやすいとは言えない。でも、それがもしかしたら効くかもしれないと思わせる絶妙な味だった。

私はベッドに横になり、布団を頭から被った。


「朝、死んでませんように」


ヨンデに会える事を願いながら、ゆっくりと目を瞑った。



それから、どのくらいの時間が経っただろうか。

気がつくと見知らぬ通りを歩いていた。


「ここどこ…?」


辺りには人っ子一人おらず、この通りを歩いているのは私一人のみ。


「誰もいない…。夢だからかな…」


そして、目に入ってくる看板の文字は全てハングル。


「…韓国かな?」


しばらく歩き、ふと立ち止まる。

ちょっと待って、これ夢って事はもしかして何でも出来ちゃう?

目の前のビルの屋上に目をやり、ごくりと息を呑んだ。




「思ってたより高いな…」


私は今、ビル屋上のへりに立って下を覗き込んでいる。

ピューっと風が吹いている。


でも、これは確実に夢だしみんな一度は夢見るよね?夢だけに。

ふぅーっと深呼吸をして後ろに数歩下がる。


「よし!」


自分を鼓舞するかのように大きな声を出し、助走をつけて「とう!」とビルの屋上からジャンプした。

するとどうでしょう。浮いているではありませんか。

そう、私は今浮いている。


「やった!成功!私飛んでる!」


喜んでいると、何やら肩を引っ張られている感覚に気づき肩口を見ると、スタゲのコンサート会場で万札を天に運んでいった天使たちが私の両肩を掴みパタパタと飛んでいる。


「なんか思ってたんと違うけど…」


天使たちに連れられパタパタとしばらく飛んでいると、一抹の不安が頭をよぎる。


「これ…、どうやったら降りれるんだろう…」


次の瞬間、掴んでいた肩を離す天使たち。


「え…?」


私はヒューッと落ちていく。それはまるでスローモーションで、天使たちは落ちていく私を見下ろしている。


「えー!!!何でですかぁぁ!!」


と言ったか言わないかのタイミングで顔面から地面に落ちた。


「いたっ!…くない」


痛くなかった。流石は夢。

上を見上げると、天使たちがサムアップして「グッドラック」と口が動いているのが見えた。


「……」


天使たちはパァーッっとキラキラしながら飛んでいなくなってしまった。


「何だったんだ、一体…」


私はスクッと立ち上がり、鼻血を拭った。

痛くは無かったが、きっちり鼻血は出ていた模様。


そして私は、落ちたこの通りに何故か既視感を覚えた。


「あれ…。なんかここ見覚えあるような…」


ハングルだらけの街中でキョロキョロと辺りを見回し、はたと気がついた。


ここ弘大ホンデじゃん!スタゲの事務所『アルタイルエンターテイメント』がある弘大ホンデじゃん!


Googleストリートビューで擬似散歩しまくった場所に、私は今まさに降り立っている。

たとえ夢だとしても猛烈に嬉しい。

嬉しすぎて犬のようにアスファルトに頬擦りしてしまいそうな勢いである。


すると、その50メートル程先を歩く男性の姿が不意に目に飛び込んできた。


「ん?」


その男性の背中には見覚えがあった。

この通り以上に既視感があった。


背が高くてモデルみたいな後ろ姿。逞しいけどどこか華奢さも残る腰回り。そして、綺麗なミントグリーンの髪色に、しなやかな指先。

背中だけじゃなくその全てに見覚えがあった。


キョロキョロと横を見る度に見えるシャープな顎のラインも、どこからどう見てもヨンデそのものだった。


「まさか、まさか、まさか…!!」


私は興奮を抑える事が出来ず、


「ヨンデーーー!!!」


とその男性目掛けてつい大声で叫んでしまった。

振り返ったその男性は紛れもなく私の最推し、スタゲの生意気マンネ(末っ子)・ヨンデ本人だった。


「ギャァー!!ヨンデーーー!!!」


私は無意識のうちに、ヨンデに向かって一直線に走り出していたのだった。



【ヨンデの脱退まであと18日】

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