#1「推しが脱退するなんて聞いてません」
私はとある一室のベッドの上で目を覚ました。
キョロキョロと辺りを見回すも、天井、床、カーテン、そしてテーブルなどの調度品、どれをとっても何一つ見覚えの無い部屋。
「…ここどこ?」
口からついて出たその言葉は自分でも驚くほどに台詞染みていて、ついフフッと笑みがこぼれた。
ベッドから立ちあがろうと体を起こそうとしたところで、ガシャンという音と共に手足が引っかかった事に気付く。
「!?」
なんだろうと疑問に思い、ゆっくりと自分の手足を見ると両の手足に手枷足枷が付いていていた。
「なにこれ…?」
さっきまでの笑みは消え、何度かガシャンガシャンと手足を動かすも、外れる様子は微塵も無い。
次第に呼吸が荒くなるのが自分でも分かる。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
自分にしか聞こえない程のか細い声で呟きながら、外れるあてのない手枷と足枷を激しく揺り動かす。
すると、明らかにこちらに近づいてきている足音が部屋の外から聞こえてきた。
「!!!」
私は揺り動かしていた手足を止め、息を殺し気配を消すのに必死だった。
カツカツカツと徐々に大きくなる足音がこの部屋の前を通過するのを願った。
だがその願いも虚しく、扉の前でその足音はピタッと止んだ。
死んだ。
その3文字が私の脳裏によぎる。
死なないにしても死に等しい何かが起きるのは、今のこの状況から明らかだ。
荒くなる呼吸を必死に止めようと、自分の口を手で塞ぎ強引に音を殺した。
そんな現状を知ってか知らずか、ゆっくりと部屋の扉が開いていく。
「おはよ〜、起きたぁ?」
素っ頓狂な声と共に一人の女性が部屋に入ってくる。
その呑気さが余計に恐怖を助長させた。
手では抑える事の出来ない程に呼吸は荒くなり、目には涙が溢れてきた。
私は恐怖のあまり女性の顔を見ることが出来ず、目線を下に落とす。
と、女性の手にキラリと光る何かが握られているのが視線に入ってきた。
それは…紛れもない包丁。
刃渡り20cmはゆうに超えるであろう出刃包丁だった。
「!!!」
あぁ、こんな筈じゃ無かったのに。
私、どこで間違えちゃったんだろう?
目の前がブラックアウトし、脳内にはこれまでの出来事が走馬灯の様に駆け巡っていったのだったー。
◇
2023年・7月。
渋谷の道玄坂を登っていく。
郵便局がある辺りの年季の入った雑居ビルに入り、エレベーターの4階のボタンを押す。
出そうになる欠伸を堪え、1階、2階と徐々に上がっていく数字を見つめるいつものルーティン。
そして4階にある零細デザイン会社『da da da』のオフィスへとその身をねじ込んでいく。
去年大学を卒業して、ここで働き始めて1年と3ヶ月。
先輩の吉田さんからは小言を言われる毎日で、正直辟易としている。
「萩原さんさぁ、いい加減一回言われた事は学習してくれない?」
「すいません」
頭を下げながら吉田に資料を渡し、私は心の中で吉田と呼び捨てにするという些細な抵抗をしながら自身のデスクに戻り、深呼吸して仕事を再開する。
ある程度仕事には慣れてきたけど、まだまだ大変な事の連続で残業続きの毎日。でも、今の私のメンタルは無双状態だと言っても過言では無い。
吉田の前ではシュンとした表情で落ち込みを演出したものの、実際には大して落ち込んでなどいないのだ。
何故なら明日は私の最推しであるKPOPアイドル『スターゲイザー』(通称スタゲ!)のコンサートの日なのだから。
中でも推しメンである生意気マンネ(末っ子)のメインボーカル・ヨンデをこの眼で直に見れる事を想像するだけで、今から昇天寸前の夢心地状態だ。
デスクに飾られているヨンデのアクリルスタンドやブロマイド、缶バッジをこうして愛でているだけで明日の妄想が捗って仕方がない。
私はきっと今ニヤけている。
ニヤけている自覚は無いが、ニヤけているに決まっている。
怒られた直後に自席でニヤついてるヤバい奴って思われてたらどうしようかしら。
背中に視線を感じ、ゆっくり振り向くと吉田がこちらを見ていた。
あっ、やべ。めちゃくちゃ見られている!
吉田に精一杯の微笑みを返すと、なぜだか吉田は一瞬ビクッとしたように見えた。
あぁ、やっぱりヤバい奴って思われてるな、これは。
まぁ、でも吉田にどう思われたって構うもんですか。
なんてったって、明日はスタゲをこの眼で直に見られるんだから(本日2回目)。
スタゲを推し始めて3年目。初めての来日コンサートを前に、正直仕事どころではなくなっている。心ここに在らずとは正にこの事を言うのだろう。
仕事をしているフリだけで、実際は全く進んでいない仕事。
こんな奴は怒られて当然なのだ。
先輩、すんません!来週からきっちり働きます!呼び捨ても極力控えます!
私は再びPCに向かい、仕事しているフリに勤しんだ。
時計の針が19時を指すと同時にそそくさと帰り支度を始め、まだ仕事中の吉田さんの元に行き、ぎこちない微笑みで、
「お先に失礼します」
と私史上最高のしおらしさで言ってみた。すると、
「あ、うん。お疲れさま」
という意外にもあっさりとした吉田さんの態度に、もっと何か小言を言われると思っていた私は、肩透かしを食らったような気になってしまった。
ただ、これで明日の準備が思う存分出来る!という喜びの方が勝り、入社して未だかつてない程に意気揚々と会社を後にした。
帰宅ラッシュで満員の埼京線に揺られながら帰っている。
いつもなら億劫なこの時間も今日ばかりは気にならない。
何故なら明日の予習のために、スタゲのライブ映像をスマホで見ているから。
自分では無自覚なのだが、他人から見たらちょっと気味の悪い顔でニヤついているためか、私の周りだけ若干の隙間が出来ている。
でも、今の私はそんな事気にならない。何故ならメンタル無双状態なのだから。
赤羽駅から徒歩12分程の場所にある3階建てのこぢんまりとした作りのアパート。
まだ新築の装い残るここが私の住まいだ。
帰ってくるやいなや、着替えもせずに次の日のコンサートの準備に早速取り掛かる。
クリアバッグに大好きなヨンデの缶バッジを入れれるだけ入れて、お気に入りのヨンデのトレカの入ったトレカホルダーを付け、さらにヨンデのアクリルキーホルダ―も付け、痛バッグ(通称痛バ)の完成。
そして、スマホで写真を撮り『東京テレスコープ』と名付けられたTwitterのグループDMに写真を送りつける。
私のハンドルネームは本名の真依にちなんで“まいん”で、他に“せん”と“きょんこ”というスタゲオタ活仲間の3人だけのグループ。
テレスコープとはスタゲのファンネームで、東京在住の私たちは自分たちの事を東京テレスコープと呼称している。
お互いに本名は知らないが、リア友よりもよく会うし、よく遊ぶし、そんな不思議な間柄。
「ポロン」と音が鳴り、グループDMにせんから返事が返ってきた。
同じく、クリアバッグにアオイの缶バッジとトレカで彩られた痛バが送られてきて、
〈私のアオイくんも見て〉
と書かれていた。
そんな私たちのやりとりにきょんこが返信する。
〈お前ら明日遅刻すんなよ〉
それを見てふふっと笑みが溢れる。
ヨンデのうちわをうちわケースに入れ、スタゲのライトスティックに新品の電池を入れ、発光テストまで完了。
電車で見ていたスタゲの韓国コンサートの映像を見ながら掛け声の練習をし始める。
その顔はどっからどう見ても楽しそうに違いない。
さっきも言ったように、私たちスタゲのファンネームは“テレスコープ”。スターゲイザー(星を見る者達)にとってテレスコープ(望遠鏡)が無ければ、星を探す事は出来ない。私たちテレスコープとスタゲは二つで一つ。すなわち一心同体なのだ。
いつの間にかカーテンの隙間からは朝日が差し込み、スズメがちゅんちゅんと鳴いている。
私は興奮のあまり結局一睡も出来なかった。
一度寝ようと試みたが、目が冴えに冴えて10分で寝るのを諦めた。
その代わりに掛け声は完璧に覚えた。
おそらく、今日会場にくるテレスコープの中で1位2位を争う仕上がりの筈だ。
あとは最後まで自分の喉が持つかどうかの戦い。
頼むよ、私の喉。ヨンデー!!と終始叫び散らかす確率120%だけど、無事に生還してよね、私の喉。
そして、デートに行くかのような服装に身を包み、昨晩準備した痛バにうちわとライトスティックを差し込み準備万端。
私は颯爽と出かけていった。
コンサート会場であるパシフィコ横浜には、まだお昼だというのにたくさんのテレスコープ達が集まっている。
それを見るだけでもう感慨深い。
私と同じようにこれだけの人たちがスタゲを待っていたんだよね。
みんな、今日は一緒にスタゲに愛を届けようね!
ちなみに開演まであと4時間以上もある。
この時間を利用してグッズを購入したり、仲間と推し談義をする事でコンサート本番に向けて気持ちを高めていく。
そうする事で最高のコンディションになり、推しに会う為の準備が整うのである。
そんな中、私はCD物販の列に並びCDを大量に購入した。
そして買ったCDの数だけ〈スターゲイザーお見送り会抽選券〉と書かれているスクラッチカードを貰う事ができる。
現地でCDを積みまくった者だけに与えられる特権、それが終演後のお見送り会。終演後のお見送り会!!(大事な事なので2回言う!)
私は一心不乱にひたすらスクラッチを削っていく。
そしてハズレクジは山のように積み上がっていく。
その様子をせんときょんこはただただ隣で見ている。
最後のスクラッチを目の前にし、私は天に祈りを捧げた。
せんときょんこも一緒にお祈りしてくれている。
きっとこれは当たるに違いない。
「ヨンデーーー!!」
と最上級の願いを込め、天に咆哮し、目を閉じながら最後の一枚を削った。
目をゆっくり開くと、現れたのは『ハズレ』の文字。
「……」
私は無言でハズレくじを見つめている。
見続けたらアタリに変わるんじゃないか?と淡い期待を抱きながらハズレくじをただただ見つめ続けた。
すると、せんが私の肩を慰めるようにポンポンと叩く。
「残念。まぁ、今回は縁が無かったと思ってさ…」
私は黙ってスクッと立ち上がり再びCD物販の列に並んだ。
「…あれこそ限界オタクの正しい姿だよ」
「うん。でも私はあぁはなりたく無いかな」
「うん。だよね」
背後から私を憂う2人の会話が聞こえてきたが、そう言うせんときょんこの目の前にもハズレくじの山と大量に買ったCDの山がある事を私は知っている。
ここで諦めたらそれは私だけではなく、3人の敗北を意味する。
そんな事は許されない。私が立ち上がらないで誰が立ち上がるって言うの?
私は平然とした顔で列に並んでいる。が、実際心の中は半べそ状態。
「グッバイ、夏のボーナス(涙)」
誰にも聞こえない小さな声でそう呟くと、天使が万札を天に運んでいく姿が見えたような気がした。
私はこの後、さらに20枚のCDを追加して無事お見送り会参加権利をゲットした。
いや、私の財政状況はもはや無事ではないのかもしれない。
「ヤバい。緊張しすぎて気持ち悪くなってきた」
「うん。私も」
「マジ?私もなんだけど」
席に座り、スタゲの登場を今か今かと待っている私たちは、3人揃って緊張がピークに達していた。
自分達がパフォーマンスする訳でも無いのに何故だか緊張する。
と、次の瞬間会場が暗転し、何百回と見た韓国のライブ映像での登場BGMが流れ始めた。
すると、会場中が歓声なのか悲鳴なのか分からない声で埋め尽くされる。
正面のモニターにはメンバーが一人ずつ映し出され、その度に歓声のような悲鳴は臨界点を突破。
この日をどんなに待ちわびただろうか。
スタゲはデビュー直後に世の中がコロナ禍となり、満足な活動が出来ないまま約半年を過ごし、活動再開後も長い間無観客でのステージが続いた。
所謂、「持ってないグループ」と揶揄された。悔しかった。
こんなにカッコよくて素敵で最高のグループなのに。
もっとたくさんの人に愛されて然るべきグループなのに。
きっとメンバーは私たちファン以上に悔しかったに違いない。
その時からずっと夢見ていた日本でのコンサート。
考えれば考えるほど、期待すればするほど遠い未来のようで悲しくなるだけだった。
その途方もない叶わない夢だと思っていたスタゲのコンサートを、もうあと数秒もしないうちに目撃する事になるんだと思うと、途端に私の頬を涙が濡らした。
隣を見ると、せんときょんこの頬も同じく涙で濡れていた。
スタゲと出会って早3年。
遠距離恋愛だったら耐えられないほどの長い時間である3年を、私たちよく耐え抜いたよね。
とお互いの涙が語っていた。
そして遂に奈落から迫り上がってくるスタゲのメンバー達。
最早歓声は聞こえず、悲鳴しか聞こえない。
徐々に見えてくるスタゲのその姿に、会場のボルテージは最高潮に達する。
ステージにメンバーが登場するやいなや、デビュー曲『MOONLIGHT』でコンサートの幕が開けた。
目の前には夢にまで見た推しグル・スターゲイザーが、歌って踊っている。
特に推しメンであるヨンデの顔は彫刻のように美しいビジュアルをブチかまし、身のこなしはしなやかで、口から音源の歌声を響かせ、私は流れ出る涙を堪え、この瞬間を目に焼き付けるのに必死だった。
そして私だけではなくこの会場にいる9割の人間が、口を押さえ漏れ出る嗚咽を我慢しながら、ステージを凝視していた。
それはまるで、「ctrl + c」「ctrl + v」でコピペされたのと同じぐらい同じだった。
大熱狂のうちに幕を閉じたコンサートの余韻が冷めやらぬ中、「お見送り会当選の皆さんは入り口横2番ゲートまでお越しください」のアナウンスが聞こえ、私は帰っていく人たちを尻目に優越感に浸りながら集合場所へと急いだ。
そして2番ゲートに集合した100名程のファンがスタッフの誘導によりバックヤードへと誘われる。
さっきまでのコンサートとはまた別の緊張感に包まれている。
開演前に根性でもぎ取ったお見送り会。
アクリル板越しとは言え、推しをこんな間近で拝めるなんて。緊張しすぎて死ぬかもしれない。
私は高鳴る胸を落ち着かせようと、手のひらに人という字を3回書いて3回飲み込んだ。
すると、スタゲのメンバーが手を振りながら私たちの目の前に現れた。
さっきよりもさらに胸が高鳴っているのが分かる。手のひらに人の儀式は全く意味がなかった。
「キャーっ!!」という悲鳴がそこかしこから飛び交っている。
整列したスタゲの前を、選ばれし100人のテレスコープ達が通過していく。文字通りのお見送り会。
スタゲのメンバーが私たちの帰りをお見送りしてくれている!なんてこったい!
私はこの特異な状況にプチパニックに陥りながらも、必死に心を落ち着かせる。
前の順番の人に笑顔で手を振ったり、指ハートしたりしているスタゲの面々を見て、
「きゃー、可愛すぎるぅぅう」
と無意識に漏れ出ている声。
そして遂に自分の順番に差し掛かる。
あっ、やべ。緊張してきた。吐きそう。
緊張と嬉しさとで吐きそうになりながらも精一杯の笑顔を作り、ヨンデの目の前で立ち止まり、私はヨンデに向かって手を振った。
「ヨンデー」
精一杯の笑顔でヨンデに呼びかける。
すると、それまで笑顔だったヨンデの顔は、私と目が合った瞬間に強張った表情に急変し、何やらゴニョゴニョ言いながら私を指差している。
私はどうしたんだろうと思いながらも、自分の想いを伝えようと必死で声を振り絞った。
「ヨンデ…、私…、ヨンデと会えて本当に嬉しい…!あなたとスタゲに会えたお陰で私の人生は…」
と一生懸命に言葉を紡いでいる途中でヨンデはその場から逃げるようにしていなくなってしまった。
「ヨンデ?あれ?ヨンデ?どうしたの?」
突然の事であたふたしていると、屈強なSP2人が私目掛けて飛び込んで来て、途端に羽交い締めにされ、強引に会場の外へと追い出されてしまった。
その間、時間で言うと20秒ぐらいだっただろうか。全てがスローモーションのように見え、何がなんだかわからなかった。
「あの人何したの?」「こわーい」「サセン?」などと会場中の視線を一身に浴び、羽交い締めにされながらも、
「ヨンデーーー!!!なんでーー!!」
と意図せず韻を踏んでしまった私は、推しの名前を叫びながら、身に覚えのない罪でボロ雑巾のような扱いで会場からつまみ出されたのであった。
※(サセン:ストーカーまがいの過激ファンの事)
帰りの電車の中で大量のCDの入った袋を両手に持ち、吊り革に掴まりボーッとしている私。
突然の出来事過ぎて何も聞く事が出来なかったけど、ヨンデがじっと見つめてくれたからまぁいいか。
と脳内変換し、さっきのお見送り会での事を再度思い返す。
ニヤけ顔が止まらない。思い出すだけでニヤけてしまう。
キラキラした瞳でヨンデに見つめられてしまったよ。どうするよ。明日から普通に生きていけるかしら。
とにかくニヤケが止まらなくて、また私の周りだけパーソナルスペースが出来上がってしまっている。
はい、すいません。キモくてすいません。
この時の私はまだ何も知らなかった。
まさか自分のせいでスタゲがとんでもない事になるだなんて…。
夢にも思っていなかった。
◇
月曜日。渋谷スクランブル交差点。
忙しなく行き交う人混みの日常の中で、道玄坂の方へと歩いていく。
そして今日も郵便局がある辺りの年季の入った雑居ビルに入っていく。
エレベーターの4階のボタンを押し、出そうになる欠伸を堪え、1階、2階と徐々に上がっていく数字を見つめるいつものルーティン。
4階にある零細デザイン会社『da da da』のオフィスへとその身をねじ込んでいく。
月曜日の朝の定例を終え、自席で仕事をし始めるも、ライブの余韻で今日もまた仕事がままならない。全然仕事が捗らない。
来週から頑張りますって言ったのに、吉田さんには申し訳ねぇ気持ちでいっぱいだ。
すると、私を呼ぶ吉田さんの声がする。
「萩原さん、ちょっといい?」
「あっ、はい」
離席しようとした瞬間、デスクに置いてあるスマホのバイブが鳴った。
あっ、と思ったが仕事が捗ってない申し訳なさから吉田さんの元へと急いだ。
「全然ちょっとじゃないじゃん。もう最初の内容忘れちゃったよ(涙)」
席に戻りスマホを手に取ると、〈今後のグループ活動に関するお知らせ〉と書かれたスタゲファンクラブからのメールが届いていた。
なんだろう?と思いながらリンク先のページを開き、そこに書かれた文章を何とは無しに読み始める。
〈こんにちは。アルタイルエンターテイメントです。いつもスターゲイザーを応援してくださっているファンの皆様に心より感謝申し上げます。今後のグループ活動についてお知らせいたします。
メンバーのヨンデは7月31日付けでスターゲイザーの活動および当社との契約を早期終了し、新たな挑戦を始めることとなりました。双方にとってベストな方向性を長きにわたり話し合いを重ねた末、今回の決定に至りました。
8月からスターゲイザーは6人体制から5人体制のチームとなり、下半期に公開される様々な活動でファンの皆さまにお会いする予定です。
新たな成長への一歩を踏み出す5人のスターゲイザーのメンバーと、今までスターゲイザーのメンバーとして最善を尽くしてくれたヨンデへの温かいご支援、ご声援の程よろしくお願いいたします。
当社は今後ともスターゲイザーが多方面で活躍の場を広げながら、アーティストとしてさらなる発展を遂げられるよう、全面的にサポートしていく所存です。何卒よろしくお願い申し上げます。〉
え?え?え?嘘でしょ?嘘だよね?そんな訳ないよね?ヨンデがスタゲ辞めるなんて嘘だよね?だってコンサートで会ったばっかりだよ?え?え?
あまりに突然すぎて何も考える事ができない。
思考停止。茫然自失。五里霧中。
楽しかったスタゲの思い出が一瞬にして崩れ落ち、私は目の前が真っ暗になった。
まるで世界でひとりっきりになったような、そんな絶望だった。
【ヨンデの脱退まであと21日】