ロリコンドラゴン~一万人の幼女を盗撮し下着泥棒をしたため死刑になったロリコン、スライム以下の最弱ドラゴンとして異世界に転生、三つ子の美幼女冒険者たちに親の仇だと言われ戦いを挑まれる~
西暦二千五十年。
日本は、度重なる性犯罪に対する世間の目が厳しくなり、何度も厳罰化が為された。
その結果、〝死刑〟を求刑出来るようになった。
そして、〝一万人の幼女を盗撮し尚且つその下着を盗んだ〟咎によって、俺は、盗撮魔と下着泥棒としては、日本で初めて死刑となった。
全く罪悪感を感じずに、むしろ〝誰も俺を掴まえられない〟という高揚感さえあった十年間の犯罪生活だったが、一万人目の幼女との出会いが、俺の人生を変えた。
そして、とうとうその日がやって来て、俺は――
(俺が今まで盗撮して、下着を盗んでしまった幼女たちよ)
(本当に申し訳なかった)
――心の中で、被害者たちに謝罪して――
(こんな俺だが、もし、万が一生まれ変わる事が出来たら)
(今度は、幼女を〝傷付ける〟のではなく、〝守りたい〟)
――ありもしない来世に対して、思いを寄せて――
――死んだ。
※―※―※
そして、現在。
「とうとう会えたわね、ブラックドラゴン! 私はリンジー! 両親の仇を取らせて貰うわ! 覚悟なさい!」
――何の因果か、〝最弱ドラゴン(翼すらない)〟として異世界に転生した俺は、三人の美幼女冒険者たちに、親の仇だと言われ戦いを挑まれていた。
※―※―※
何故こんな事になったのか、順を追って説明しよう。
日本で処刑された俺は――
「本来ならば、犯罪者は転生などさせないのじゃが、其方は心から反省しており、〝幼女を守りたい〟との想いもどうやら本物のようじゃ。よって、特別に異世界に転生させてやるのじゃ」
――女神によって、特別に転生させられた。
「但し、〝最弱ドラゴン〟としてじゃ。しかも、〝自分から幼女に触れた場合は、即死ぬ〟という条件付きじゃがのう」
――という一言を付け加えられて。
※―※―※
そうして、俺は、〝最弱ドラゴン〟として異世界転生した。
実際に、森の中で〝低級モンスター且つ最弱と謳われる〟スライムと身体がぶつかってしまった事があるのだが――
「ぶべっ!」
「あ、ごめんなさイム」
――巨躯を誇る俺の方が、何故か吹っ飛ばされてしまった。
女神の言葉に偽り無し、である。
※―※―※
さて。
頭の先から後足の先まで真っ黒な〝ブラックドラゴン〟と呼ばれる俺は、その凶悪な見た目に反して最弱な訳だが、そんな俺の棲み処である〝漆黒山の頂上〟に、突如として現れたのが、三つ子の美幼女三人だった。
長身痩躯で仮面をつけた神父に連れて来られた彼女たちは、長女であり魔法使いのリンジー(金髪天然パーマのロングヘア)、次女であり剣士のジュリア(金髪ツインテール)、そして武闘家のミシェル(金髪ショートヘア)だ(それぞれ、一目でどの職業か分かる格好をしている。尚、神父は既に姿をくらましている)。
皆、八歳くらいであろうか、前世の俺ならば、〝ドストライクだ〟とでも言ってテンション爆上がりだったのだろうが、生憎、既に足を洗っており、むしろ〝守る〟側として生きようと決意したばかりだ。
なのに――
「食らいなさい! 『ファイア』!」
「リン姉……それ、蝋燭の火よりちっちゃいんだけど。全然飛んで行かないし」
「う、うるさいわね! ちょっとだけ手加減してあげたのよ!」
――まさか――
「食らえ! 必殺剣! はああああ!」
「ジュリア。貴方こそ、ここで剣を振り回した所で、ドラゴンには届かないわよ?」
「ち、違うし! 今のはウォーミングアップだから!」
――幼女たちから命を狙われる事になるとは。
「ミシェル、がんばる。えいっ。……かたい……」
「ちょっと、ミシェル! あんたが殴ったそれ、〝ドラゴン〟じゃなくて〝岩〟じゃない! 何やってんのよ!」
「コラ、ジュリア。ミシェルはあんなに幼いのに、必死に頑張ってるじゃない。すごく偉いわ。ちゃんと、その頑張りを認めてあげなくちゃ」
「リン姉は、いつもミシェルに甘過ぎんのよ! っていうか、あたしら三つ子だから歳変わんないし!」
少し離れた場所で、何やらわちゃわちゃとやり取りしている幼女たち。
どうしよう。
大人しく殺された方が良いのだろうか?
これは、もしかしたら、前世で好き勝手やった俺への罰なのか?
だとしたら、自業自得な訳で、甘んじて受け入れるが……
御世辞にも戦闘能力が高いとは言えない彼女たちだが、最弱の俺ならば、きっと、あんな攻撃でも倒される事は可能だろうし……
思考を重ねる俺だったが、その間に、幼女たちは――
「……ううっ……いたい……ねぇね……いたいよぉ……」
「何でそんな時間差で痛みが襲って来てんの!? おかしいでしょ、あんた!」
「ああ、泣かないで、ミシェル。貴方に泣かれたら……わ、私も……ぐすっ……」
「リン姉まで!? や、やめてよ……リン姉まで泣いたら、あ、あたしまで……」
「「「うわああああああああああん!」」」
――巨大なドラゴンを眼前にして精一杯虚勢を張っていたのが、限界を迎えたのだろう。
緊張の糸が切れたかのように、三人はその場に座り込んで、泣き出してしまった。
な、何とかしないと……!
俺は決めたじゃないか、〝幼女を守る〟んだって!
意を決して、俺は彼女たちに話し掛ける。
「えっと、その……俺は、悪いドラゴンじゃないんだ。実は〝スライム以下の最弱ドラゴン〟で、力も全く無いし。それと、俺がお前たちを攻撃する事は絶対にないから、安心して欲しい」
出来るだけ誠実に話したつもりだ。
――が。
「うわああああああああああん!」
「ドラゴンが何か吠えてる! 怖いよおおおおおおお!」
「ミシェル、たべられちゃう? ミシェル、そんなのイヤ。うわああああああああああん」
「あ、あれ……?」
どうやら、彼女たちには、俺の言葉は伝わらないようだ。
ただ「ガアアアア」みたいな、咆哮として聞こえているのだろう。
俺は、あの子たちの言葉が分かるのにな。
いや、俺は転生者だから、もしかしたら特別なのかもしれんが。
「俺の言葉は分からないかもしれないが、と、とにかく、落ち着いて――」
そう言いながら伸ばし掛けた右腕が、自分の視界に入った。
「!」
――否、それは、右腕ではなく、〝前足〟だった。
人間とは比べ物にならない程に大きな、鱗に覆われた四肢の一つ。
その先端には、触れた相手を傷付け殺すための、鋭い爪が鈍い光を放つ。
〝スライム以下の最弱ドラゴン〟とか、そんな御託を幾ら並べたところで、何も意味は成さない。
俺は……〝恐怖の対象〟なのだ。
「怖がらせて、悪かったな……俺は、どこか他の所に行くからさ」
俺は、〝前足〟を引っ込めて、暫く幼女たちの前から姿を消す事にした。
――あ、また虫に刺されてる。今度は脇腹か。
何か、最近、ちょくちょく刺されるんだよな。
あと、あんな所に岩なんてあったっけ?
まぁ、良いけど。
※―※―※
姿を消すとは言ったものの、やはり幼女たちの事が気になった俺は、翌日、盗撮魔と下着泥棒時代に培った、〝パルクール選手もビックリ〟のテクニック(マンションのベランダから下着を盗んだ時に培った技術など)を使って、自分の巣に戻るために、山頂まで延々と続く断崖絶壁を、また登って来た。
ひょこっと、彼女たちの様子を見ると――
「リン姉、お腹空いた」
「それはみんなが思ってる事よ、ジュリア! みんな我慢してるんだから、一々言わないで!」
「ねぇね。ミシェル、おなかへった」
「まぁ、それは大変! お姉ちゃんが何とかするからね! もうちょっとだけ待ってて!」
「あたしの時と反応違い過ぎでしょ!」
――皆、空腹に喘いでいるようだった。
マズい!
早く何とかしないと!
俺は、急いで下山した。
そうだ。
以前抱いていた〝毎日他のモンスターや動物を食べている〟イメージからは想像もつかなかったが、ドラゴンを始めとするモンスターは、たまに水を飲んだり草を食べたりするだけで事足りるが、人間は、毎日食事を取らないと、その内死んでしまうのだ! 俺もついこの間まで人間だったのに、失念するだなんて!
山の麓に広がる森の中で、俺は食料を探すが――
え? どれを持って行けば良いんだ?
地球とは全く違う、訳の分からない色や形をした植物たちを前に、呆然としてしまう。
と、そこに――
「おう、どうしたン、ブラックドラゴン?」
「おおお! これぞ神の御導き!」
「いや、そこは〝魔王さまの御導き〟と言ってくれよン」
ゴブリン(緑色の肌をした小柄なモンスター)、オーク(豚の半獣人のモンスター)、そしてオーガ(鬼のような見た目をした半獣人のモンスター)が通り掛かった。
彼らに訳を話すと、〝人間が食べられる果実と木の実〟を教えてくれた。
「ありがとう! 助かるよ!」
「良いって事よン。それより、もしもその子たちと仲良くなれたら、教えてくれよン。おいらたちも、いつか人間と仲良くなってお喋りしたいからさン」
モンスターたちは、皆、穏やかな気性の者ばかりで、人間と交流したいと思っており、〝どうすれば仲良くなれるだろうか〟と考えて、普段から人間を観察しているため、その食生活も良く知っている(が、話し掛けると、人間はこちらの言葉を理解出来ないため、「モンスターだ!」「逃げろ!」と、怖がって逃げてしまい、仲良くなれない)。
俺は早速、大量の果実と木の実を持って、我が家――〝漆黒山〟頂上へと戻った。
※―※―※
「二人とも、見て! 果物があるわ! しかも、木の実まで!」
「本当だ! こんなに沢山……しかも、綺麗な葉っぱの上に並べられて……でも、何で?」
「何でも良いじゃない。でも、そうね……心配なら、まずは私が毒味するわ。長女だもの!」
「そんな事言って、自分が先に食べたいだけでしょ、リン姉!」
「何言ってるのよ!? 私は、万が一貴方たちが毒で死んじゃったら、そんなの耐えられないと思って――」
「ミシェル、しぬときは、みんないっしょがいい」
「ああ、ミシェルったら! 何て健気で良い子なの! そうよね、じゃあ、みんなで一緒に食べましょう!」
「いや、健気って言うか、重いし! っていうか、ミシェルの言動に振り回され過ぎだって言ってんのよ!」
やれやれ、やっと食べてくれたか……
三人の幼女たちは、無事に果実と木の実を食べてくれた。
人間が生きる上で最も重要な〝水〟も、果汁という形で取れるので問題無いだろう。
「美味しい!」
「こんなに美味しかったっけ、コレ?」
「うまうま」
そんな風に、無邪気に果実を頬張る幼女たちの様子を、密かに見ていたら――
可愛い……!
触れたい……!
もっと近くに行って……!
滅茶苦茶にしてやりたい……!
――いつの間にか、俺は、鋭い牙の生えた大きな口から、ダラダラと涎を垂らしながら、息を荒くしていて――
「ハッ!」
何考えてるんだ、俺は!?
いくら可愛くたって駄目だ!
女神の言い付けを破って俺が死ぬのは別に良いが、あの子たちを傷付けるのだけは、絶対に駄目だ!
「いたっ! ……でも、これで……何とか……」
右前脚の鉤爪を左前脚に突き刺して、その痛みで衝動を我慢した。
その後、俺は、時々姿を現して話し掛けてみるも、やはり言葉を理解して貰えず、ただ幼女たちは怯えるだけだった。
毎日食事を運び、たまに顔を出して怖がられる、その繰り返し。
そして、そんな日々を続けて――
一ヶ月が経過した。
※―※―※
その日。
いつものように、俺がコッソリと幼女たちの様子を見ていると――
「御久し振りです、皆さん」
――黒い祭服と仮面を身につけた神父が現れた。
どうやら、空間転移魔法を使えるらしい。
「神父さま!」
「神父のおじさん!」
パッと顔を輝かせるリンジーとジュリアに続いて、ミシェルが「しんぷさま」と、とてとてと駆け寄って行くと――
「一ヶ月もの間、風呂に入っていない者が、ワタシに触らないで下さい」
「あうっ」
――平手打ちされて、横に吹っ飛んだ。
「ミシェル!」
「何するんですか、いきなり!?」
倒れたミシェルにジュリアが駆け寄り、リンジーが抗議の声を上げる。
「おっと。これはこれは、大変失礼しました。手が滑ってしまいましてねぇ。どうか、許して下さい」
頭を下げる神父。
「ミシェル、大丈夫か?」
「いたい……」
「泣くのを我慢して偉いわ、ミシェル!」
神父は、顔を上げると、幼女たちに訊ねた。
「それで、皆さんは、御両親の仇を討てたのですか?」
「うっ」
「それは……まだだけど……」
途端に、彼女たちの歯切れが悪くなる。
「はぁ。そうですか」
溜息を一つついた神父は――
「ブラックドラゴン。そこにいるのは分かっています。出て来なさい」
――山頂の反対側の端にて密かに一部始終を見ながら、怒りを抑えるのに必死だった俺に、声を掛けた。
「お前……そんな幼い子に手を上げるだなんて……! 何考えてやがるんだ!」
――姿を現し、牙を剥きだしにする俺。
何を言っても通じないのは、分かっている。
だが、言わずにはいられなか――
「何を考えているかですって? ただ〝無能な子ども〟を折檻しただけですよ?」
「!? お前、俺の言葉が分かるのか……!?」
予想だにしない神父の反応に、俺が目を剥くと――
「ああ、ついうっかり、反応してしまいましたね」
――あっさりと、男は認めた。
更に――
「知らなかったのですか? 人間は皆、モンスターの言葉が理解出来るのですよ」
「何だと!?」
――神父は、事も無げにそう言ってのける。
「じゃ、じゃあ何で、その子たちは俺の言葉を理解出来ないんだ!?」
当然の疑問を呈する俺に、神父は仮面に触れながら答えた。
「簡単な事です。モンスターに対する〝恐怖心〟があると、ただの〝鳴き声〟にしか聞こえず、言葉が理解出来ないのですよ。逆に言うと、恐怖心が無い、或いは、あっても他の感情がそれ以上にあれば、何を言っているのかが分かります。例えば――」
そこまで説明した彼は、俺に向けて、無造作に手を翳して――
「殺意、とかね」
「!」
――突如放たれた氷柱を、翼が無い俺は、慌てて跳躍して避ける。
「プッ。無様ですね。ドラゴンともあろう者が、飛ぶ事すら出来ないとは」
嘲笑する神父に、俺は更に疑問をぶつけた。
「何で他の人間たちは知らないんだ? モンスターの言葉が理解出来る事を。モンスターはみんな良い奴らばっかりで、人間を襲おうとする奴なんて一匹もいないのに! みんな、仲良くしたいだけなのに!」
神父は、肩を竦めると――
「だからですよ」
「!?」
――氷よりも冷たい視線で、俺を射抜く。
「本当は、モンスターは意思疎通が出来て、穏やかな性格で、人間と仲良くしたいと思っている。そんな事が分かったら、実際にモンスターと友好関係を築いてしまうではないですか。それじゃあ、困るんですよね」
「何を言ってるんだ……?」
混乱する俺。
幼女たちは、皆、怯えた表情で身を寄せ合い、ただ成り行きを見守っている。
「良いでしょう。では、最初から説明してあげましょう。そうそう、ワタシの名前は、ハーヴェイと言います。まぁ、今の名前は、ですが」
そう言うと、ハーヴェイは、「昔々、ある所に、吹けば飛ぶような小国と、その国に仕える宮廷魔法使いがいました」と、語り始めた。
※―※―※
ハーヴェイによると、五百年前に、その小国で働いていた彼は、宮廷魔法使いとしては国内最高位にまで上り詰めていたものの、近々戦が行われようとしている事を察知して、このままでは、この国も自分も命運が尽きてしまう事に気付いた。
野心家であった彼にとって、それは我慢出来ない事だった。
どうにかして事態を打開出来ないかと考えていた所、中途半端な炎魔法しか取り柄が無いと思っていた部下の一人が、実は召喚魔法の才能を持っている事に、偶然気付いた。
そこで、ハーヴェイは、その男を、「言う事を聞け。さもないと、家族を殺すぞ」と脅して――モンスターを大量に召喚させた。
それまでも、この世界でモンスターが召喚されたことはあったが、その男程の才能を持っている者は他に誰もいなかったため、多くてもせいぜい二~三匹程度しか召喚出来ず、また、呼び出しても、気性が荒く、召喚した者にすら歯向かってただ暴れ回るだけなので、扱い辛くて、召喚魔法は役に立たない、という認識だった。
ところが、ハーヴェイの部下が召喚したモンスターたちは、その〝数〟だけでなく、〝質〟も違っていた。
最上級モンスターすらも軽々と召喚して、更には、何故か人間の言葉を理解し、心が恐怖に支配されていない相手限定ではあるが、人間にも理解出来る言葉を喋り、気性が穏やかな者ばかりだった。
そこに目を付けたハーヴェイは、何度もモンスターに対して実験を繰り返して、彼らを何千匹も犠牲にした上で、〝特殊な魔力を矢の形にして体内に撃ち込む事で、対象のモンスターを暴走させる〟技を身に付けた。
そして、部下と共に魔法で他国の王都や帝都に空間転移しては、モンスターを大勢召喚させて、その全てに〝特殊魔力矢〟を撃ち込んで暴走させて、市民を皆殺しにする、という事を繰り返した。
その結果――他国全てに勝利、征服し、五カ国あった人間の国は、現在の一ヶ国に統一された。
晴れて大国の最高位宮廷魔法使いとなったハーヴェイだったが、王が自分に与える褒賞と給金は、彼が望む額には程遠かった。
王を殺して国を乗っ取る――という考えも頭を過ぎったが、止めておいた。
国のトップとなると、目立ち過ぎる。
王とは名誉ある職であり、贅沢三昧の暮らしを謳歌出来るが、それに伴い、〝暗殺〟される可能性もまた、一般市民の比では無いからだ。
それ程目立たず、されど甘い汁を吸える地位――
そう考えて、ハーヴェイは、普段は神父などの、それ程目に付く訳でもない職業に従事しつつ、裏で〝モンスターの部位の売買を独占する〟事にした。
モンスターの爪・牙・鱗・眼球などの独占販売権を取得したハーヴェイは、他にも同様の商売をしようとする商人が現れると、その度に速やかに暗殺して来た。
また、自分の部下以外でモンスター召喚魔法を扱える者もまた、全て屠った。
そして、モンスター召喚魔法に関する書物を全て焼き払った。
終いには――自分の部下すらも、殺した。
その直前に、夥しい数のモンスターに〝頼んで〟世界中の魔石を集めさせて、魔力でその全てを合体させて〝超巨大魔石〟を作り、部下に命じて、そこに、〝モンスターを自動的に生み出し続ける魔術回路〟を組み入れさせた上で。
〝超巨大魔石〟は、〝世界中至る所にあるダンジョン全てを繋ぐ最奥部〟に安置してあり、そこから毎年、一定数ずつ、モンスターが生み出され続けている。
そして、ハーヴェイは、〝余りにも長い間同じ人間が同じ地位で仕事をし続けていると、怪しまれる〟と思い、仮面を被った上で生活するようにして、数十年ごとに、〝幻覚魔法〟で背丈などの見た目を偽り、名前を変えた上で、〝後継者に職を譲る〟と告げて、実際は自分自身で同じ仕事を継続した。
※―※―※
真実を聞いて、俺は愕然としていた。
幼女たちは、尚も沈黙を貫いている。
「モンスターを生み出しているのは、魔王じゃなかったのか……」
「〝魔王〟なんていませんよ?」
「え?」
「このワタシが、〝魔王がいて、モンスターを生み出している〟という嘘を流布して、百年ほど掛けて信じさせたのです。人間とモンスター、双方にね」
平然と話し続けるハーヴェイに、俺は、「いや、それよりも」と、一番気になった点を問う。
「五百年前だろ? そんな大昔の人間が、何でまだ生きてるんだ?」
ハーヴェイは、「ああ、その事ですか」と言いながら――
「簡単な事ですよ。ワタシの部下が召喚した中に、〝不老〟のモンスターがいたので」
――黒い祭服の前のボタンを外すと――
「ワタシ自身も不老となるために、身体に取り込んだのです。所謂〝融合〟ですね」
「「「きゃああああああ!」」」
――ハーヴェイの腹部には、無数の牙が並ぶ巨大な〝口〟があった。
思わず、三つ子が悲鳴を上げる。
恐怖に顔を引き攣らせる幼女たちに対して、「そうそう」と、ハーヴェイが恰も些末な事のように、付け加える。
「貴方たちの両親がブラックドラゴンに襲われたという、例の事件ですが……全てワタシが見せた幻――〝幻覚魔法〟でした」
「え!?」
「それと、ワタシの腹に居候している〝彼〟ですが、一つだけ欠点がありましてね。不老でい続けるために、定期的に人間を食べないといけないんですよ。つまり――」
そこで一旦言葉を切ったハーヴェイは、仮面を外すと――
「貴方たちの大好きだった御両親は、〝彼〟が食べてしまった、という事です」
「「「!!!」」」
――邪悪な笑みを浮かべる。
「貴方たちが縋り付いていた御両親の亡骸も、本当はゴブリンとオークの死体だったんですよ? 〝幻覚魔法〟で騙されているとも知らず、モンスターの死骸に泣きつく貴方たち、傑作でしたよ。笑いを堪えるのが大変でした。フフフ……あはははははは……!」
「そんな……!」
「ひどい……!」
「パパ……ママ……」
膝から崩れ落ち、涙を零すリンジーたちの姿に――
「ハーヴェイいいいいいいいいいいいい!」
俺は、怒号を上げた。
「お前は、絶対に許さない!」
ハーヴェイに向かって、四本足で猛然と走って行く俺だったが――
「鬱陶しいですね」
「ぐはっ!」
――懐にスッと入った奴が無造作に振るった拳で、後方に吹っ飛ばされた。
「ワタシは魔法使いですよ? そのワタシの拳で、こうもあっさり迎撃されるとは……」
ハーヴェイは、その視線に侮蔑を込める。
「知っていますよ、貴方、スライムにすら当たり負けしていましたよね?」
「! 何故それを……!?」
身体を起こしつつ目を瞠る俺を、ハーヴェイは嘲笑った。
「監視していたのですよ、ずっと。魔法を用いて、小動物の〝目〟を通してね。特に、この場所では、そこにある〝岩〟の形をした魔導具によって〝幼気な子どもたちが、ドラゴンによって惨殺されるシーン〟を撮影しようと思っていたのに。貴方と来たら、どれだけ〝特殊魔力矢〟を撃ち込んでも、ちっとも暴走してくれませんでしたからね」
物体創造魔法で創り出したものだったのか、手に持った仮面を消したハーヴェイは、やれやれと首を横に振りながら、更に言葉を継ぐ。
「困るんですよ。定期的に〝モンスターが人間を殺す事件〟が起きてくれないと。そうすれば、幻覚魔法では再現出来ない、より生々しい映像を魔法で撮って市民に見せられますし。そうやって怖がって貰わないと、そこの子どもたちの両親みたいに、〝もしかしたら、モンスターたちは、それ程悪い奴らではないのではないか〟〝仲良くなれるのではないか〟なんて考え始める冒険者や一般市民が出て来てしまうのですから」
私利私欲のために残虐な行為を繰り返して来た男に、俺は声を荒らげた。
「だから口封じをしたって言うのか!」
「感謝して欲しいですね。ただ殺すだけでなく、食べられる事によって、ワタシの一部となれたのですから。あ、ちなみに、最近、このモンスターが人間の肉を食らう際の〝人間の味〟も共有して味わう事が出来るようになりまして。誇りに思いなさい。とても美味でしたよ、貴方がたの御両親の身体は。クックック。あははははははははは!」
哄笑する男に向かって、激昂した俺は――
「ふざけるなあああああああああああああああ!」
――再度走って行くが――
「がはっ!」
――再び吹っ飛ばされて、地べたに四肢をつき、顔を上げると――
「さて。全てお話したのは、勿論、貴方たち全員に死んで貰うからです」
「「ヒッ!」」
モンスターとの融合で既に人間ではなくなっているのか、縦に細長く変化した瞳孔で睨め付けるハーヴェイに、リンジーとジュリアが小さく悲鳴を上げ、ミシェルは声も出せず、蒼褪める。
「やめろ!」
俺は大声で叫ぶが、ハーヴェイは意にも介さず――
「真実を知って愕然とする者を殺すのは、楽しくて仕方が無いですよ。人間もモンスターもね」
愉悦に口角を上げながら、邪悪な魔法使いは、幼女たちに手を翳した。
「死になさい。『氷柱』」
「いやああああああああ!」
「きゃああああああああ!」
〝死〟の氷柱群が、彼女たちに突き刺さる――
――寸前に――
「ぐはっ!」
「「「!」」」
――俺は、幼女たちの眼前で、巨躯を用いて氷柱を全て受け止めていた。
後ろ足で立ち前足を広げた俺の全身を、幾つもの氷柱が貫いている。
激痛、吐血、出血。
だが、それでも――
(何とか……間に合った……)
彼女たちを守れたことに、安堵する。
――しかし。
「それで守ったつもりですか? 『氷柱』」
「ぐっ!」
――ハーヴェイの猛攻は止まらない。
「最弱の癖に、ワタシの前に立ちはだかるなんて。身の程を知りなさい。『氷柱』」
「がぁっ!」
――次々と俺の身体が追撃を受けて――
「モンスターなんて、ワタシの道具に過ぎないのです。いえ、人間ですら、ワタシにとっては、金儲けのための単なる手段なのです。『氷柱』」
「ぐぁっ!」
――穴だらけになって行く。
それでも俺は、震える足で、辛うじて立ち続けるが――
「そろそろ死になさい。『大氷柱』」
「が……はっ!」
――一際大きな氷柱によって心臓を貫かれた俺は――
――後ろに倒れた。
俺は――
「……大……丈夫……か……?」
無駄にでかい俺の身体で、幼女たちが押し潰されなかったかを心配したが――
「ドラゴンさん!」
「ドラゴン!」
「どらごん」
俺の顔の近くに駆け寄って来た三人の姿を見て、胸を撫で下ろした。
「……ご……めん……な……」
俺は、力の入らない身体から、必死に声を絞り出す。
今度は守ると決めたのに。
無様に倒されてしまって。
守ることが出来なかった。
前世で、一万人目の幼女が見せた――
――あの〝涙〟が脳裏を過ぎる。
逃げ続けて、決して幼女たちの顔を見ようとしなかった俺が――
――初めて向き合った彼女が見せた〝涙〟。
もう、〝幼女を泣かせない〟と決めたのに――
「ドラゴンさん、死なないで!」
「死ぬなんて許さないんだから!」
「どらごん、しんじゃいや」
――今、目の前で、幼女たちが涙を流している――
――こんな、俺なんかのために――
「いやはや、実に美しいですね、人間とモンスターの相互理解。思いやり。友好関係」
ハーヴェイが手を叩く。
乾いた音が鳴り響いた後――
「友達になられると、困るんですよ。〝友人を殺してその身体を売買したがる人間〟なんていませんからね。商売上がったりですよ」
〝神父〟であり〝魔法使い〟でもあり〝商人〟でもある男は――
「ですから、今の内に、〝仲良し同士〟、そこで仲良く死んで下さいね。『氷柱』」
――その何れでもない、ただ〝加虐心〟に顔を歪める、快楽殺人者として――
「あははははははははははははははははははははははは!!!」
――無数の氷柱を放った。
リンジー、ジュリア、そしてミシェルが――
――キュッと目を閉じる。
「――――ッ!」
――俺の身体に触れながら。
彼女たちの震えが、恐怖が――
――鱗を通して、伝わって来る――
――女神との約束により、〝自ら幼女に触れる事〟は、死を意味するが――
――〝彼女たちの方から、触れられる事〟により――
――俺は――
「ドラゴンさん!」
「ドラゴン!」
「どらごん」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「!?」
――金色の光を放出して――
「なっ!?」
――迫り来る氷柱を全て消し去った。
見ると、光に包まれた俺の身体は――
「ドラゴンさん!」
「ドラゴン……あんた、それ!」
「どらごん、げんきになった」
――傷が全て治っている。
のみならず、翼まで生えている。
金色に輝く俺だったが、徐に立ち上がり、幼女たちの手が離れると――
――光は消えてしまった。
「リンジー、ジュリア、ミシェル。悪いけど、ずっと俺に触っていてくれないか? お前たちに触れられていると、さっきみたいな〝特別な力〟が出せるみたいなんだ。俺、ちょっと変わった体質でさ。幼い子に自分から触れると、死んじゃうから、自分からは触れないんだ。頼めるか?」
眼下の彼女たちの顔を一人一人見ながら、そう語り掛けた後、俺は――
あ。そういや、俺の言葉は伝わらないんだった。
――そう思ったが――
「お安い御用よ!」
「全く。ドラゴンなら、自分の力くらい自分で出しなさいよね! 仕方ないから、手伝ってあげるけど……」
「ミシェル、どらごん、さわる」
「!」
――幼女たちは、俺の言葉を完全に理解しており――
――尻尾から俺の身体に上って来ると、背中にちょこんと乗って、鱗に手で触れて――
「ありがとう、みんな! 『防御』!」
――再度金色の光を纏った俺は、無限に湧き上がる力に突き動かされて、幼女たちに敵の攻撃が当たらないように、また、振り落とされないようにと、彼女たちを覆う半球状の防御魔法を掛けた。
「その姿……い、一体何なのですか、貴方は!? ブラックドラゴンではなかったのですか!?」
初めて狼狽した様子を見せるハーヴェイに、「ブラックドラゴンじゃない」と首を振った俺は、胸を張って告げた。
「俺は〝ロリコンドラゴン〟だ!」
「は? ロリ……?」
「こっちの世界じゃ伝わらないか」
いや、伝わらなくて助かった。
背中の幼女たちに「キモ。やっぱ触るの無理」と言われる所だった。
だが、先刻までとは打って変わって、俺が自信に満ち溢れている事は伝わったようで――
「死に損ないの分際で! さっさと死になさい! 『氷柱』!」
――苛立ちを隠せないハーヴェイが、幾多の氷柱を放つが――
「『ロリドラファイア』!」
「何!?」
――大口を開けた俺は、炎のドラゴン息で、その全てを燃やし尽くす。
「ドラゴン風情が! 調子に乗らない事です! 『氷柱』! 『氷柱』! 『氷柱』!」
――ハーヴェイが何度氷柱群を放とうと――
「『ロリドラファイア』!」
――俺の猛炎が焼き尽くして――
「これならどうです! 『超大氷柱』!」
――先程よりも更に巨大な氷柱でさえも――
「『ロリドラファイア』!」
――紅蓮の炎により、俺の下に到達する事すら出来ない。
苛々して頬をひくつかせた男が――
「分かりました。では、ワタシの最強魔法で殺してあげましょう」
――そう宣言すると、飛行魔法で高空へと舞い上がり――
「跡形もなく消し飛びなさい!」
――両手を天に掲げると――
「『隕石』!!!」
――宇宙から巨大な隕石が落下して来た。
「あはははははは! どうです!? これでも『ロリ何とか』とかいう、訳の分からない技で防げますか!? やれるものならやってみなさい! あははははははははははは!」
――右方向へと水平移動し、隕石の射線から自分だけは逃れつつ、勝利を確信して高笑いするハーヴェイが――
「『ロリドラテール』!」
「………………は?」
――俺が素早く回転しつつ繰り出した〝尻尾〟による一撃で隕石を弾き返し、宇宙へと吹っ飛ばしたのを見て、言葉を失くす。
「な……何が起こって……!?」
眼前で起こった事実を理解出来ず、混乱するハーヴェイに対して――
「『ロリドラビーム』!」
「くっ! 『空間転移』!」
――俺が両目から光線を放つと、男は慌てて空間転移魔法で――
「ふぅ。危ない所でし――がはっ!?」
――逃げ切れず――
「馬……鹿な……! 自動追尾型の……光線……!? しかも……空間転移機能付き……!?」
――少し離れた空中にて、胴体を二本の光線で貫かれたハーヴェイだったが――
「クックック……あはははははは! 確かに少々驚きましたが、この程度でこのワタシがやられるとでも思ったのですか? 甘い! 甘過ぎですよ!」
――モンスターと融合しているためか、少しずつ傷が修復していくのを見て――
――俺は――
――翼で羽搏いて、奴と同じ高度まで上昇すると――
「はああああああああああああああああああああああああ!」
――右拳に力を込めて――
「な、何ですかその異常な魔力は!? それに――その腕は!?」
――筋肉が隆起、数倍に膨れ上がった右腕を後ろに引くと、空中で腰を落として――
「「「行けええええええええええええええええええ!!!」」」
――幼女たちの声と手に背中を押されて――
「ヒィッ! 『超大氷柱』! 『超大氷柱』! 『超大氷柱』! 『超大氷柱』! 『超大氷柱』!」
――必死に抗うハーヴェイを――
「『ロリドラパンチ』いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
――超巨大氷柱群と共に――
「……そ……そんな……!?」
――圧倒的な威力の一撃で――
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」
――吹っ飛ばして――
――ハーヴェイは、肉の一欠片も残らず消し飛んで――息絶えた。
※―※―※
その後。
棲み処の山頂にて。
「ドラゴンさん、両親の仇を取ってくれて、本当にありがとう!」
「ふ、ふん! まぁ、感謝してあげなくも無いけどね。……ありがと」
「どらごん、ありがと。ミシェル、うれしい」
リンジー、ジュリア、そしてミシェルに礼を言われた俺は、こそばゆい思いをしながら、「別に良いって。俺がやりたくてやっただけだから」と、答えた。
そして――
「決めたわ! 私、ドラゴンさんと一緒に、ここに住む!」
「ちょっと、リン姉、何考えてるの!?」
「そういうジュリアは、嫌なの?」
「別に、そこまで嫌じゃないけど……」
「なら、決まりね!」
「ミシェル、どらごんとあそぶ」
「ほら、ミシェルもこう言ってるし!」
「ああもう! 仕方ないわね! あたしがいなきゃ、二人は駄目なんだから! あたしも残ってあげるわよ!」
「あ、いや、どう考えても、人間社会に戻った方が良いと思うんだが……」
――俺の言葉を誰も聞いておらず――
――何とか人里に彼女たちを戻そうと、俺は暫く苦労し続ける事になった。
――ちなみに――
――何だかんだあって――
――後に、俺は〝幼女たちと一緒に旅をする事になる〟のだが――
――それはまた別のお話。
―完―
最後までお読みいただきありがとうございました! お餅ミトコンドリアです。
新しく以下の作品を書き始めました。
【無自覚最強おっさん武闘家】田舎道場師範の無名おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女である事が判明、何故か全員から言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
https://ncode.syosetu.com/n6791kz/
もし宜しければ、こちらの作品も星とブックマークで応援して頂けましたら嬉しいです。何卒宜しくお願いいたします!