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chuva  作者: 信楽
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出会いは雨

 その日も雨が降っていた。

この街ではいつも傘をさすまいか迷うほどの雨が、降ったり止んだりしていた。

青空は滅多に拝むことはできない。そのせいなのか住人たちもなんだか活力のない表情をしている。

 ガルシア商店街の端に佇む小さなカフェ『chuva(シューヴァ)』。 灰緑色の壁紙は年季を感じさせ、90年代に流行ったロックバンドのナンバーが延々と流れる。

小さなシャンデリアが慎ましやかに店内を照らしていた。

艷やかなウォールナットの椅子に腰掛ける客たちがカップを片手に談笑したり読書を楽しんでいる。

 

 一方、カウンター席から雨粒で滴った窓を頬杖ついて眺めている青年が一人。

冷めきったエスプレッソには一度も口をつけていない。フィルターまで燃えた煙草から出た煙だけが彼のそばにはあった。

青年の名前はエリオット。

彼の短い癖毛はホワイトブロンドにきらめき、薄灰色の瞳は物憂げな表情をしていた。

 エリオットは指先に迫る熱気に気づくと煙草を消し、溜息をつく。

「お前といても虚しくなる。」

昨晩自分を捨てた男の最後の言葉を反芻する。

別に本気で愛していたとか、どうしても一人になりたくないだとか思っていた訳では無い。だけれど数ヶ月は共に過ごしていたので、喪失感を感じていた。


 ティリン、とカフェのドアチャイムが鳴る。

入ってきた大柄の男は雨が染みたパーカーのフードを目深に被りカウンターまで歩いてくる。

男はカウンターの内側でカップを拭うウェイトレスに声をかけた。

「アメリカーノ、ホットで。」

「かしこまりました。」

男は注文を終えるとフードをとり、前髪に僅かに残る雫を手でわしゃわしゃと払う。

その雫がエリオットにかかり、如何にも不快そうな表情を浮かべた。

「おい、濡れたんだけど。」

「ん?ああ、すまない。」

男は謝罪を口にするが、その顔はにかっと笑顔を浮かべていた。

大して濡れていないが、昨夜の出来事や陰鬱な天気にあてられていたのでエリオットは苛立ちをあらわにした。

エリオットの舌打ちが聞こえていただろうに、男は笑顔を崩さぬまま続けた。

「この辺はいつもこんなに天気が悪いの?」

「...そうだけど?」

「僕の住んでいた場所では雨のほうが珍しいよ。こうジメッとした空気じゃ気持ちまで落ち込むね。せめてコーヒーは美味しいといいんだけどな。」 

エリオットは内心、男の言葉に同意しつつも馴れ馴れしい態度に返事をしなかった。

「お待たせしました。」

運ばれてきたコーヒーを手に取り、ウェイトレスに礼を言う男。

 エリオットはちらりと男の方を見る。

体格がかなり良い。艷やかな黒髪と褐色の肌。太い眉が凛々しく、澄んだ青い瞳と目が合う。

しまった、と思い咄嗟に目をそらしたが、男はエリオットの隣にそのまま座り話しかける。

「名前は?」 

「教える必要ある?」 

「無愛想だな、ただこの街に来て最初の友人になってほしいだけさ。」

男はカップに口づけながらウィンクした。器用な男だ。

つっけんどんな態度を返し続けるのにも疲れそうだと思ったエリオットは、新しく咥えた煙草にマッチで火をつけ一息置く。

「...エリオット・ミラー」

「エリオット、よろしく。僕はミゲル・ジラルド・クラウェル。ミゲルでいいよ。」

握手を交わしたミゲルの手は大きくゴツゴツとしていた。

「なんだか胃もたれするような名前だな。」

毒付いたエリオットにククク、と白い歯をのぞかせ笑うミゲル。

「この街にきて最初ってことは越してきたばかりなのか?雨は嫌そうなのになんでここにしたんだ?」

「雨はたしかに嫌なんだけど、仕事の都合でね。商店街の中にある陶芸教室の講師になるんだ。伯母がそこのオーナーでね。」

「なるほど。」

芸術的なことに興味のないエリオットは、陶芸に関して硬めの泥を焼いて花瓶や壺を作るというざっくりとしたイメージしか湧かなかった。

「そこの生徒にこの店を勧められてね。雰囲気は気に入ったよ。コーヒーの味も。」

あたりをぐるりと見回すミゲルの瞳はキラキラと輝いていた。

エリオットは煙草を灰皿に押し付け、エスプレッソを一口飲んだ。

「そうか、この店の雰囲気なら俺も好きだ。それじゃあな。」

立ち上がった彼は煙草をコートのポケットに仕舞うと、カウンターに代金と僅かなチップを置いた。

「え、もう帰るの?」

振り向くこともせず店を出る。湿った道路を横切り、乱暴な足取りで歩き出す。雨はまだ降っている。

  

「エリオット、ちょっと待ってよ!」

自分の名を呼ぶ声の方を見るとミゲルがいた。

「…あのなあ、しつこい男は嫌われるぞ。」

顔をしかめ答えるエリオットにミゲルは手を差し出す。 

「忘れ物だよ、エリオット・ミラー。」

手のひらを開くとそこにはエリオットのマッチがあった。カウンターに置き忘れていたのだ。

「...どうも。でもわざわざ持ってきてもらうようなものじゃない。」 

「僕もそう思ったんだけど...この街最初の友人の連絡先も知りたかったしね。」

確かに握手は承諾したし名前も教えたが、その場しのぎのつもりだった彼に友人になる気はなかった。一応傷心中のエリオットは新しく何かを始めたり開拓しようという気持ちになれなかった。


 しかし、エリオットにとってミゲルの見てくれは好みだったのだ。


 そこで彼は賭けに出ることにした。

「...次見かけたら教えてやるよ。」 

この狭い街で二度と会わないというのはほぼ不可能なので八百長のようなものだが、積極的に教えるのも先程の自身の態度を考えれば不自然な気もした。出会わなかったらそれまでだし、出会ったとして何のアクションがなくても別にいいと思えた。

ミゲルはエリオットの言葉に、再び白い歯をのぞかせ笑う。

「わかった。楽しみにしてるよ。」


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