表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リレイヤーズ・エイジ  作者: 長物守
23/26

第23話「未来へ、抗え!」

 眼前にそびえる、(くろがね)の城。

 全高18mの高さから見下ろしてくる眼光が、妖しい光を(たた)えて周囲を見渡した。真っ黒に輝くそのボディは、胸に配置された巨大な熱線放射用のパネルだけが赤い。そこから繰り出される一撃は、あの北海道を消し飛ばした神罰の業火(インディグネーション)だ。

 まさしく、神か悪魔か……セラフ級パラレイド、ゼラキエル。

 両手で大剣を構える97式【氷蓮(ひょうれん)】のコクピットで、冷たい戦慄に摺木統矢(スルギトウヤ)は凍えた。

 同時に、身の内から()れるような熱を感じて、憎悪の暗い炎に心が()ける。


「出たな、セラフ級……お前は、倒す! 今日、ここで!」


 ヘッドギアのレシーバーを行き交う声は、混線の中で的確な情報だけを統矢の脳裏に残してゆく。どうやら皇国軍(こうこくぐん)の本隊も、既に戦場でそれぞれ会敵、戦闘を始めたようだ。

 同時に、統矢たち|皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくの生徒たちも、最前線で戦っている。

 アメリカ海兵隊のグレイ大尉たちが援護してくれているが、学生たちは戦火のまっただ中へと放り込まれたのだ。幼年兵の命は、パンツァー・モータロイドの一番安価で代用が利く部品だ。無限にスペアの存在する、正規軍の弾除け……体のいい壁、(おとり)、そして使い捨てだ。

 だが、その一人一人が統矢と同じ少年少女で、その中の一部は統矢と親しい級友なのだ。


「これ以上はやらせない……もう、誰も死なせない! 少しでも多く、一人でも多く……そのために、叩いて潰す! 行けよ、【氷蓮】ッ!」


 再び戦闘機動でフルスロットルを叩き込まれ、統矢を乗せた【氷蓮】が走り出す。大地を踏み締め、全高7mの巨兵(きょへい)疾駆(しっく)した。全身で稼働するラジカルシリンダーが金切り声を歌って、関節部が灼ける熱がコクピットまでオイルの臭いを運んでくる。

 千機近くのPMR(パメラ)と無数のパラレイドがひしめく戦場は、激震に揺れていた。

 にらぐ大地を踏み抜き、統矢は真っ直ぐゼラキエルへと()せる。

 【氷蓮】は身に纏う(アンチ)ビーム用クロークを棚引かせて疾風(かぜ)になる。

 周囲を満たす轟音は、重金属の駆動音と衝撃音に爆発が入り混じっていた。

 そして、吶喊(とっかん)する統矢の左右に声が並ぶ。


『統矢! アンタ、突っ込みすぎ! ……アタシも混ぜなさいよ、いい? パラレイドに恨みがあんの、アンタだけじゃないんだから!』


 真紅の機体で統矢を追い越すのは、一年生のラスカ・ランシングだ。極限まで出力を上げて装甲を軽量化した、ネイキッドなボディの89式【幻雷(げんらい)改型四号機(かいがたよんごうき)が抜きん出る。同じ戦技教導部(せんぎきょうどうぶ)五百雀千雪(イオジャクチユキ)が駆る参号機(さんごうき)と並んで、彼女の機体は最速の加速力を持つ。その上、重い参号機とは違って爆発的な機動力と運動性を持っているのだ。

 さらに、逆側の左に白い影が並んで統矢の死角をフォローし始めた。


『後の連中には俺が目を光らせてっからな、統矢! お前の背中は俺が、そして桔梗(キキョウ)が守る。振り向かずに突っ込め、あいつを……パラレイドをブッ潰せ!』


 戦技教導部部長、五百雀辰馬(イオジャクタツマ)だ。彼は隊長機とも言える壱号機(いちごうき)の中から、統矢へ『正規軍や海兵隊の援護を上手く活用しろよ!』と呼びかけてくる。ハイチューン仕様で既に原型機(ベース)を凌駕するパワーを得た、この世にたった五機の【幻雷】改型……そのフラッグシップ機は今、戦場の全てに眼光を配って目を光らせる。

 頼もしい仲間たちに、気付けば統矢は無条件の信頼を預けていた。

 ――そう、仲間。

 全てを失い(ひと)りで青森に来た統矢が、亡くした全てに代わって得たもの……それは仲間。

 仲間は統矢の戦う力であると同時に、戦う理由になりつつあった。


「前回の戦闘でゼラキエルの手の内は見えてる……このまま!」


 周囲ではアイオーン級が次々と火柱に変わり、アカモート級が蜂の巣になってその場で崩れ落ちる。同時に、背後でも無数に火柱があがって、悲鳴と絶叫が耳朶(じだ)へと飛び込んできた。


『やった、やったぞ……一機撃墜、やった! 次は……ああ、ガァ――!?』

『クソッ、死ね! 死ねよ、死んじまえ! この国から、日本から……世界からいなくなれ!』

『う、ああ……俺は、死ぬ、のか……嫌だ、そんな、うう……かあ、さん』

『ヒャハハ! 撃てば当たるぜ、クソッタレめ! 家族の仇……死ねやあああああ!』

『前進! 前進せよ、進め! 突っ込め、突撃だ! 幼年兵どもを盾にしつつ……特攻!』


 この世に地獄があるとすれば、それは今、この場所だ。

 散りゆく命を燃やして、統矢の周囲に爆発の徒花(あだばな)が咲き誇る。その中を今、操縦桿(スティック)を握って統矢はゼラキエルへと突き進む。

 ()く先々、死ばかり。

 死だけが広がる中で、死に背を押されて統矢は突き進む。

 人の顔を()した悪魔(デーモン)のようなゼラキエルの眼に、光が走ったのはそんな時だった。同時に、レシーバーの中で辰馬の声が一際強く叫ばれる。


『野郎っ、なにかしかけてくるぞ! 散開(ブレイク)、回避!』


 左右からラスカと辰馬の機体が離れてゆく。

 同時に、統矢はあらゆる事態を想定して身構えた。

 目からは強力な高出力ビームを放ち、両腕の鉄拳は個々に誘導性のある有質量兵器として射出……文字通り、鉄槌(てっつい)でこちらを潰しにかかってくる。そして、胸から必殺の烈火が(ほとばし)る時、この北の大地は巨大なクレーターと化すのだ。最悪、北海道のように地図から消えてしまう。

 だが、統矢たちを襲ったのは……戦場を包んだのは、そのどれでもなかった。


「なにっ!? なんだ、センサーが。気圧変動? これは――」


 不意に、ゼラキエルの口に当たる部分から烈風が吹き荒れた。格子状(こうしじょう)にスリットの入ったその奥から、周囲の空気を沸騰させる激流が放たれる。目に見えない嵐が、戦場そのものを包み込んだ。それは同じパラレイドのアイオーン級やアカモート級をも巻き込んでゆく。

 気象兵器……セラフ級のパラレイドは、戦場そのものの空間すら武器にしてしまう。

 突風が叩き付ける中で、統矢たちのPMRは突進が鈍るのを感じて立ち止まる。

 それ以上は、前には進めなかった。

 旋風があちこちで逆巻く渦と化した中、戦闘が止まった。


『隊長、進軍不能! 繰り返す、進軍不能!』

『こちらで活路を切り開く! 四機来い! ……少尉、隊を任せる。こういう時、真っ先に動かなきゃならんのが上官の辛いとこだな。あとは頼むぞ』

『隊長っ! クソッ、援護だ! 隊長を見殺しにするな!』


 背後でスラスターの光が瞬いた。

 (すく)んで動かなくなる味方機の中から、皇国軍の94式【星炎(せいえん)】が数機飛び上がる。ゆらゆらと豪風に煽られながらも、彼らは勇敢に上空へと昇った。

 愛機がセンサーを通じてモニターに映す情報を読み取り、統矢の思考が研ぎ澄まされる。

 確かに、この突然の暴風は、一定の高さより上には及んでいない。広さは圧倒的でも、高さは限定されたもの……ゼラキエルの頭部、口から発せられるので、そこより上には及んでいないのだ。

 だが、それが死角を意味するものではないと、すぐに統矢は気付く。


「馬鹿野郎っ、迂闊(うかつ)に!」


 咄嗟(とっさ)に統矢も、機体の推力を爆発させる。最新鋭故に増設され、最適化されたスラスターが(うな)りを上げた。吹き荒れる風の中、揺れながらも光の尾を引いて【氷蓮】が飛ぶ。

 そして、暴風圏を真上に突き抜けた者を……裁きの光が待ち受けていた。

 ゼラキエルは戦場を嵐で縛って沈めつつ、その瞳から光を発したのだ。

 苛烈なビームの閃光が、真っ直ぐ照射される。永遠に続くかに思われた一瞬の光条が、空中で五つの爆発を連鎖させた。先に舞い上がった皇国軍の【星炎】が次々と爆散し、さらには遠くの市街地に火柱が上がる。

 余波を浴びた統矢の【氷蓮】の、その身を包む対ビーム用クロークが瞬時に蒸発した。

 包帯まみれの死に損ないにも似た機体が(あらわ)になり、ありあわせの装甲と補強材を繋ぎ止めた応急処置用のスキンテープが発火する。真っ赤なアラートの光に包まれながらも、統矢は身を声に叫んだ。


「こんなとこで……死ねるかああああっ!」


 絶叫、咆哮……そして、時間が一瞬の刹那を無限に刻んで並べ始める。

 統矢の体感する全てが、スローモーションで意識を広げてゆく。加熱する理性がとめどなく暴走に拡張し、(たぎ)る感情が爆発して全神経を躍動させた。

 そして、統矢は見る……前面180度の世界を支配するゼラキエルの、その背後に飛び込む光。

 それは、地上を真っ直ぐに走る彗星のように、フルパワーでぶつかっていった。


『統矢君はやらせません……ラジカルシリンダー、フルパワー。乾坤一擲(けんこんいってき)……そこです!』


 独特な甲高い駆動音は、まるですすり泣く戦場の戦乙女(ヴァルキリー)。死せる勇者を軍神(オーディン)に捧げる歌のように、幾重にも重なるメカニカルノイズが響き渡った。

 それは、千雪の乗る【幻雷】改型参号機の、激昂(げきこう)の叫びだ。

 千雪は愛機に振りかぶらせた右の拳を、迷わずゼラキエルの膝裏へと叩き付ける。そして、一撃にゼラキエが揺れて攻撃をやめた中……フェンリルの拳姫(けんき)は【閃風(メイヴ)】の名の(ごと)く荒れ狂った。

 そして、その瞬間を統矢は見逃さない。


『今です、統矢君! 合わせます!』

「合わせる!? 重ねるのか! だったら――」


 千雪は強烈な正拳突きをお見舞いしたゼラキエルの脚部へと、力の限りに乱打を浴びせる。蹴り抜き膝を叩き付け、最後に両肘に生えるGx超鋼(ジンキ・クロムメタル)のブレードで斬撃を浴びせた。

 千雪の【幻雷】改型参号機もまた、拳を突き上げ空へと飛び上がる。

 空中で僅かな時間だけ浮かぶ統矢と千雪を見上げて、ゼラキエルが両の拳を突き出した。

 唸る鉄拳が肘から火を吹き、打ち出される。

 だが、もう統矢は回避しない……真っ直ぐ攻撃だけに集中して、飛び込む。

 迷う素振りも見せずに、千雪が続く。

 二人はゼラキエルへ向けて、全力全開のフルパワーで落下した。統矢の【氷蓮】は既に、機体を包むスキンテープが全て発火して燃え上がり、さながら燃え盛る炎そのもの。次々と装甲が脱落してゆく中で、自らをばら撒き流星のように落ちてゆく。


『この瞬間を待っていました。超高速徹甲弾ちょうこうそくてっこうだん……撃ち抜きます!』


 背後から光が走って、打ち出されたゼラキエルの拳に火花が散る。一つ、また一つと弾丸が撃ち込まれる。最後尾で援護射撃をする、御巫桔梗(ミカナギキキョウ)の狙撃だ。破壊できないまでも、統矢と千雪を狙っていた拳の一つが、軌道を逸らされ(かす)めて背後へ飛んでゆく。

 飛び交う拳はそれ自体が誘導性を持つ追尾兵器だが……初速から圧倒的なスピードで迫る反面、一度外せばターンして再攻撃までに時間はかかる。そして、もうあの右拳は戻ってはこない。それが統矢にはわかった。そして左拳が迫る中で勝利を確信する。


『任せて、統矢! 千雪っ! ブリテンの痛みを、思いっ、知れええええっ! パパとママと、アタシの恨みっ!』


 なんと、跳躍するラスカの(あか)い機体は……高速で上昇する鉄拳の上に飛び乗った。ラスカの機体でしか出来ない、曲芸(サーカス)じみた極限機動。そのマニューバの中で、ラスカは左右の手に握った大型ナイフを突き立てる。単分子結晶が火花を散らして、空飛ぶ前腕部を撃墜する。

 その時にはもう、辰馬の【幻雷】改型壱号機が本体を射撃で釘付けにしていた。

 そして辰馬は、左腕の大型シールドに内蔵されたパイルバンカーで、文字通りゼラキエルの足を撃ち抜きその場に縫い付ける。


『やれ、統矢! 千雪っ! ……フェンリルの爪と牙で、敵を引き裂き噛み砕け!』


 言葉にならない声が、統矢の口から雄叫(おたけ)びとなって迸る。

 それは、僅かに身じろぐ素振りを見せたゼラキエルの胸が光ると同時。

 世界をすり潰す嘆きの(ほのお)が、この地の全てを灰燼(かいじん)()すべく放たれようとした。

 だが――


「それを……待っていたっ! 最大にして最強の攻撃、その間隙(かんげき)に!」

『持てる全てをぶつけます! いかな最強のパラレイドといえど……攻撃の瞬間を狙えば!』


 統矢の声に千雪の叫びが重なる。

 Gx感応流素ジンキ・ファンクションで二人の意志を吸い上げた巨人のアダムとイブが、最大の武器を死の熾天使(セラフ)へ叩き付けた。それは神の意志にさえ逆らい、滅び行く楽園(エデン)を出て明日を探す……絶望の未来へ(あらが)う魂の一撃。

 迷わず統矢は、巨大な単分子結晶(たんぶんしけっしょう)の大剣を押し出し、ゼラキエルの胸へと突き刺す。今にも熱線を放たんとしていたゼラキエルの、その胸に深々と刃が突き立った。燃え盛る炎そのものとなって火だるまのまま、【氷蓮】が離脱。

 ゼラキエルを飛び越える統矢は身構える……千雪を、待つ。

 千雪は腰まで引き絞った拳を、真っ直ぐ……ゼラキエルを穿(うが)つ大剣へ叩き付けて押し込んだ。

 衝撃音が突き抜け、巨大な刃がゼラキエルの胴を貫通した。

 その先に――既にもう、()()()()()()()()()()


「終わりだ、パラレイド! りんなの痛み、北海道の痛み……この星の痛みっ! 俺と一緒に、思いっ、知れええええっ!」


 首だけで振り向くゼラキエルの、その脳天へと統矢は復讐の(つるぎ)を振り下ろす。

 千雪の一撃でゼラキエルを貫通した大剣を、その勢いを殺さずキャッチするなり……統矢の【氷蓮】は縦に大上段からの斬撃を叩き付けた。

 真っ二つになったゼラキエルが、内側から膨れ上がって爆発する。

 その光に吸い込まれながら、統矢は消えゆく意識の中に懐かしい声を聞いた。それは、既にもう会えない幼馴染、更紗(サラサ)りんなの別れの言葉に聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ