第20話「真の決戦へ、今」
セラフ級パラレイド、ゼラキエル……再起動。
すぐさま人類同盟と日本皇国軍は戦線を構築、青森市街地外縁に最終防衛ラインが敷かれた。
謎の幼女軍人、御堂刹那が演出したパンツァー・ゲイムの興奮など、あっという間に霧散してしまった。そしてその後にやってきたのは、逃れる術のない決戦の刻。生命と国土を賭けた、不可避の闘争だった。
摺木統矢が戻った|皇立兵練予備校青森校区の格納庫は、混乱の渦中にあった。
全生徒は幼年兵として、次々と己のパンツァー・モータロイドで出撃してゆく。正規軍に対して練度の低い少年少女は、最前線で盾となり弾避けにされるのだ。
灼けたオイルの臭いと甲高く響くメカニカルノイズ。
その中で、統矢は何故か……コンクリートの床に正座させられていた。
「……なんでアタシまで一緒なのよ。統矢! アンタのせいだからね!」
どういう訳か、ラスカ・ランシングも一緒だ。
そして、並んで座る二人の背後では、次々とカーキ色の89式【幻雷】が出てゆく。その何割かは、確実に戻ってはこない。重々しい足取りを響かせ歩く鋼鉄の巨人は、まるで死への行軍のように外へと出てゆく。
だが、統矢はラスカと一緒に身を縮ませ恐縮しながら膝を折る。
二人の目の前では今、整備用のケイジに立つ97式【氷蓮】の姿があった。
その腕部に梯子をかけて、一人の少女がぶら下がる鋼鉄の指に触れている。五本の指が備わるPMRの手は、各種兵装を取り扱うマニュピレーターであると同時に、握れば強力な武器にもなる。
だが、設定された限界耐久性を超えれば、破損するのが道理だった。
「えー、右腕部マニュピレーター、第一指の一番二番……全部駄目! 全とっかえ! 続いて第二指、見るまでもなく駄目! 第三第四、そして第五……あかんわ、これもぉ!」
声を張り上げ鬼の形相で振り返るのは、整備科三年の佐伯瑠璃だ。
彼女はキュートなポニーテイルを翻して、普段なら緩いタレ目も釣り上がっている。彼女は梯子から降りてくると、もう【氷蓮】の左腕部は見もしなかった。
見るまでもない、統矢の【氷蓮】は両手のラジカルシリンダーを全損していた。
そのことで瑠璃は、怒髪天の勢いで憤っているのだ。
「統矢! えろう壊してくれたなあ? このクソ忙しい時に」
「す、すみません。その、パンツァー・ゲイムには、勝ち、ました、けど」
「海兵隊がまさか、TYPE-13R【サイクロプス】を配備してるなんてなあ……あのバケモノPMRを相手にようやったわあ! ……て、言うと思ってるんかい、ドアホ!」
今にも噛みつかん勢いの剣幕で、それも当然だった。
【氷蓮】はグレイ・ホースト大尉の【サイクロプス】とがっぷり四つに組み合った時……その時にもう、ほぼ全ての指関節は破壊されていたのだ。パワーの差は歴然だったし、事実【氷蓮】のマニュピレーターは完璧にイカれていたのだった。
だが、ラジカルシリンダー自体もまた、絶対元素Gxの産物である。それは精神感応物質であるため、人の意志が流入する時……意外な力を発揮することもある。未だ人類は絶対元素Gxの、その本質や性質を理解せぬまま頼って使う日々を戦っていた。
「ちょっと、瑠璃! アタシは関係ないでしょ、どうして」
「ラスカ、なんで止めへんかった? ん? どー見てもあの1on1、無駄な戦闘やったなあ」
「うっ! そ、それは」
腕組み胸を反らした瑠璃が、見下すように眼光鋭くラスカを眇めた。
ラスカは言葉を噛み潰したまま「アンタのせいよ!」と統矢を肘で突いてくる。
統矢は統矢で、あの時はベストな選択とも思えたのだが……こうして後始末の話になると、確かに瑠璃の言う通りにも思えてくる。
だが、少し腑に落ちなくてラスカを肘で突き返した。
そうしている二人の前で、仁王立ちの瑠璃は大きく溜息を零した。
「ま、ええわ……統矢、次はないで? 壊すんはええ、戦うんもええやろ。せやけどなあ……無駄に壊したらあかんよ? 無駄に戦ってもあかん、パンツァー・ゲイムかて一歩間違えれば……死んでしまうんやからね」
不意に瑠璃が優しげに声を和らげ、困った悪戯っ子を見るような表情で微笑んだ。
彼女を包む空気が僅かに弛緩して、それで統矢も立ち上がろうとする。
「わ、悪かった、瑠璃先輩。その……でも、無駄じゃないさ。俺の、俺たちの戦いは、無駄じゃない」
「それはこれからや、統矢。パラレイドを押し返して、無駄じゃなかったと証明してな?」
「ああ! っ、と? お、おおっ?」
ニコリと笑った瑠璃の目線に、自分の目線が高さで並んだその時だった。グラリとよろけた統矢はその場にへたり込んだ。
随分長い時間、硬い地面に正座させられていたのだ……脚は痺れて筋肉がゴワゴワと硬直し、まともに立てなかった。それはどうやら、隣のラスカも同じようだ。
だが、血の巡らぬ脚の震えに手をやりつつ、悶絶する統矢に温かさが寄り添う。
そっと触れて柔らかな身を寄せ、躊躇なく肩を貸してくるのは五百雀千雪だった。
「大丈夫ですか、統矢君。立てますか?」
「千雪……お前、なんでまた」
「ちょ、ちょっと千雪! アタシも助けなさいよ! 正座だなんて、どうして日本はこういう懲罰があるのかしら。ジョンブルから言わせれば、エレガントじゃないわ! ……イチチ」
じったんばったん転がりもんどり打つラスカを尻目に、統矢は千雪に支えられて立ち上がる。すぐ間近、頬と頬とが触れそうな距離に彼女の横顔があって、ぴたり寄り添う華奢な身はしっかりと統矢に密着していた。
統矢が手を伸べてやると、ラスカは上目遣いに睨みながらも腕に抱き着いてくる。
そして、並ぶ三人を前に、瑠璃もようやく笑顔を見せてくれた。
「せや、千雪! 【幻雷】改型参号機、どや? ええ拳やろ、千雪やったら何を殴っても壊れへんよ? 整備科有志一同が徹夜を重ねた傑作やさかいなあ」
「とてもいいです、瑠璃先輩。ただ、少しスタビライザーが強過ぎる気が……安定性はもっと下げていいので、足回りはもっと膝下を柔らかくして下さい。それと、手は……拳は、本当にいい品ですね」
「という訳や、統矢! 共通規格やさかい、【氷蓮】の両手も全とっかえやから。あとでやったるわ、千雪の参号機と同じ手に……まあ、取り回しは変わらんやろ」
無手による近接格闘戦に特化した千雪のPMRは、その用途の性質上、両手のマニュピレーターは特注品だ。通常より絶対元素Gxの純度が高いラジカルシリンダーで構成され、操る千雪の気迫が満ちれば、文字通り鋼の拳と化す。フェンリルの拳姫と恐れられる、【閃風】の爪であり牙だ。
改めて統矢は、どんどん変わってゆく自分の愛機を見上げる。
相変わらず見栄えの悪い包帯塗れの姿は今、再び対ビーム用クロークを装着されようとしていた。その傍らには、巨大な両刃の大剣が突き立っている。
「ちょっと、瑠璃! アタシのアルレインもそのパーツにする! アタシにも頂戴!」
「ええけど……ラスカ、あんなあ。重くなるで? ラスカの四号機、もう既に普通の手やないさかい。あれなあ、手の指を細く長くして軽量化、ナイフの取り回しも自由自在やろ?」
「うっ! 重くなるのか……ぐぬぬ、それは、困るわ。でも……うーん」
「脚を使って一撃離脱、ええやないの。ラスカはゲンコツでド突きあうんがええの?」
流石に黙ってしまったラスカは、考え込みつつ統矢の腕にぶら下がっている。
そんな金髪娘の困り顔を見ていたら、自然と統矢も笑顔になった。そして、すぐ横で肩を貸してくれる千雪の、いつもの凍れる無表情も心なしか柔らかい。
その時、一同を振り返らせる声があった。
「あ、あの……えと、えっと……統矢、さん」
そこには、作業服のツナギを着た更紗りんな……否、更紗れんふぁの姿があった。彼女は統矢の記憶を裏切るようにおどおどと落ち着かなく、目を潤ませつつ駆け寄ってくる。
勝気で強気だったりんなが見せたこともない、不安げで頼りない表情だった。
戸惑う統矢が言葉を選んでは飲み込む、その躊躇を待たずにれんふぁは彼の前で頭を下げた。
「さ、さっきは、ありがとう。その、御礼……言いたくて」
「いや、俺は」
「さっきの戦い、見てた。ごめん、なさい。千雪さんとわたしが、うろうろしてたら……アメリカ軍の人に掴まっちゃって。その、なんか、男の人……怖くて」
こうして話していると、どんどん統矢の中でりんなのイメージが過去へと遠ざかる。
やはり、眼前の少女はりんなではない……出自不明の異邦人、りんなと同じ姓を持つ別人なのだ。れんふぁという、りんなの姿を象った別の個人なのだった。
そのことを自分に再確認させられ、より強く刻み込まれることに抵抗感はある。
だが、統矢は徐々に現実を受け入れようとしていた。
そうしなければ、死地より救った記憶喪失のれんふぁに対して、無責任だと思ったから。
「気にするなよ、ええと……れんふぁ。お前、色々手伝おうとしてくれたんだってな」
「う、うん。学校も見たくて……何か、思い出しそうで。でも、駄目だった……ただ、千雪さんが案内してくれて、わかったの。わたしはあのロボット……PMRのこと、色々知ってる」
そう、れんふぁは次元転移で現れたのだ……トリコロールに塗られた謎のPMRと共に。
そして、それを追うようにパラレイドが襲撃してきて、さらにはセラフ級と呼ばれる災害クラスの最凶個体まで出現した。青森は今、第二の北海道と化して消滅するかもしれないのだ。
「そ、それとね……統矢さん。あの人を……その、許して、あげて? 怖いけど、悪い人じゃ、ないみたい、だから」
れんふぁが首を巡らせる先に、大柄な男が立っていた。まだ寒い四月末の青森の風に、ひっかけたジャンバーの両袖を遊ばせている。格納庫に入ってきた彼は、先ほど統矢と激戦を演じたグレイ大尉だった。
彼は相変わらず厳つい顔で大股に歩いて来る。
自然とれんふぁを庇うように前へ踏み出した統矢は、まだ痺れてる足に転びそうになった。
だが、千雪がしっかり支えてくれて、どうにか踏みとどまって目の前のグレイを見上げる。
「……続きをしようってのか? この非常時に。あんたがその気なら」
「勘違いするなよ、ボォイ。……負けは負けで、しかし俺たちがお前たちを、幼年兵をナメてたのも事実だ。子供が戦場に立つような時代なんざ、暗くて寒くてしょうがねえ」
不意にグレイは、岩のような彫りの深い顔を僅かに綻ばせた。
不器用に笑う男の笑顔に、思わず統矢は驚きを隠せない。
「そっちの二人、お前のガールフレンドたちに非礼を働いた、それを謝る。悪かった」
「……は? あ、いや! ガールフレンドって、違……あのなあ大尉! 俺は、ンゴッ!?」
何故か、肩を貸してくれてる千雪が爪先を踏んづけてきた。涼しい顔で彼女は、靴の踵で統矢の足先をグリグリ踏み躙る。何故か、千雪は顔には出さぬ怒りを発散したようだった。
逆に、れんふぁは真っ赤になって俯いてしまった。
だが、グレイは言葉を続けつつ頭をボリボリと掻き毟った。
「連中が、パラレイドが動き出した。アイオーン級他多数も、次元転移してきている。この街は、戦場になるぜ……それでも、お前はパンツァー・ゲイムの中で街並みを守った」
「ここは……この街は、俺の、俺たちの居場所だから」
統矢が真っ直ぐ見詰めて言い放つと、グレイは鼻から呼気を逃がして行ってしまった。だが、その去ってゆく背は、片手を軽く上げて握り拳に親指を立てる。どうやら、彼とは今後はわだかまりなく友軍として戦えそうだ。
統矢は最後に、外で待つ海兵隊の仲間たちに合流するグレイへと、気になることを叫んだ。
「大尉、グレイ大尉! ……あんた、知ってたら教えてくれ。DUSTERって、なんだ?」
その言葉に足を止めたグレイは、肩越しに振り返る。
見開かれた目は確かに、あの時の広域公共周波数の通話を思い出していた。揺れる瞳の中に統矢は、グレイの驚きと納得の両方を拾っていた。




