第19話「男たちの戦い」
新町商店街のビル群から、大型のパンツァー・モータロイドが姿を現す。マッシブな巨体は、全高7m前後という通常規格のPMRより、一回り程大きい。
摺木統矢は即座に愛機97式【氷蓮】へアクセスしたが、外観や駆動音に該当はない。
正体不明の新型機としか思えない、アメリカ海兵隊第二PMR中隊最後の生き残りが銃を構える。隊長機と思しきその紫色の機体は、肩アーマーに二本の白い縦線がマーキングされていた。手に持つショットガンタイプの銃口が、煙を翻して持ち上げられる。
『周囲の被害を気にしてるようだなあ? ん? ハッ、ガキの考えそうなこったぜ』
そのダミ声は間違いない、青森校区の格納庫で統矢とやりあった軍人の声だ、確か名は、グレイ・ホースト大尉。
だが、彼の駆る謎の新型機は、手にした銃を地面へと投げ捨てた。
意図がわからず、統矢は傍らで89式【幻雷】改型四号機に乗るラスカ・ランシングとともに警戒を強める。数では有利、このパンツァー・ゲイムの勝利はほぼ決まったようなもの……だが、残敵数一となった、その最後の一体から異様な迫力を感じる。
そして統矢のヘッドギアを通じて、回線の向こうのラスカが声を強張らせた。
『嘘……もう海兵隊に配備されてるの? あれは……マキシア・インダストリアル製、TYPE-13R【サイクロプス】!』
「知ってるのか、ラスカ」
『局地戦用に開発された新型よ。TYPE-07M【ゴブリン】より装甲や出力、全てで上回る高コストの少数生産機。決して他国に輸出供給されず、アメリカ本国でも配備数不明なの』
「つまり、アメリカ軍の切り札、隠し玉ってことか」
確かに、その一つ目巨鬼の名が現す通り、首のない頭部に単眼が光っている。まるでその全身は、全身を筋肉で武装したプロレスラーだ。五百雀千雪の駆る改型参号機が、華奢な標準サイズのフレームにラジカルシリンダーを増設した格闘専用機としてフォルムが似ているが……フレームレベルで大型化を前提とした設計は、シルエットからして根本的に違う。
頭一つ大きな巨体が、ゆっくり腰を落として身構えた。
どうやらグレイは射撃を捨てての格闘戦、それも無手の取っ組み合いを希望らしい。
その自信に満ちた声が無線から響く。
『学生にしちゃ上出来だ……だなが、PMR戦をなめてやがる』
「なにっ!」
『まず……中央突破でウチの部下をあらかた喰っちまった空色……ありゃ、ダメだ。射撃武器も持たずに格闘特化、そういうのはいけねえなあ。俺らが本気なら、銃で距離を取ってボックスアウトだ』
海兵隊第二PMR中隊のほぼ半数が、千雪の改型参号機に潰されてる筈だ。
だが、単身残ったグレイの声は強気の余裕で言葉を続ける。
『そっちの赤いのは装甲を切り詰めて脚を取ったか? だが、決定力のない奴は恐かねぇ……打ち込んできたら後の先、カウンターで一撃だ』
『う、うっさいわね! アタシのアルレインなら、反撃の前にトドメを捩じ込めるんだから!』
『加えて中身はガキで、挑発に乗って熱くなりやすいときてる……カモだな、ハッ!』
『ぐっ……あーもぉ、統矢っ! アタシにやらせて! 1on1できっちり勝負つけてやるわ』
統矢は愛機に命じて、横から飛び出そうとするラスカを手で制する。
その間にも、グレイの【サイクロプス】は肥大化した前腕をかざして、ふと頭部を覆った。同時に、軽く上げた手の甲で飛来した弾丸が弾ける。金属の金切り声が、【サイクロプス】の厚い装甲の上に煙を巻き上げていた。
『それと、狙撃に特化した支援機がいるようだが……教科書通りの急所狙い、目を瞑ってても防げる。殺気丸出しのスナイパーなんざ、いないも同じよ』
「桔梗先輩、位置を変えてください! 後退を! ……恐らく、見えてます」
統矢は回線の向こうで、息を呑む気配を拾った。
同時に、【氷蓮】が手にする大剣をアスファルトに突き立て、手を離す。
先程からお喋りな大尉殿は、再び乗機にファイティングポーズを取らせた。僅かな全高の差が今は、相手を山のように巨大な存在に見せている。威圧感は圧倒的で、しかし不思議と統矢は闘志が澄み切ってゆくのを感じる。
眼前の【サイクロプス】からは、邪気が感じられなかった。
『白いのは、ちょっと見て音を聴いた感じじゃ一番マシか? だが、安全マージンを詰めてゆくセッティングはナンセンスだ。そういうのは、本当にただのお遊びなんだよ』
「……なにが言いたい、グレイ大尉」
『格闘特化に機動性重視、そして狙撃専用……おまけに応急処置の半壊機と来てる。日本人てのは本当にロボットアニメの見過ぎだよなあ? ……戦争ナメんじゃねえぞ、ボォォォイ!』
グレイの【サイクロプス】が、ずしりと腰を落として半身に構える。その手は人差し指で手招きをして、露骨に統矢たちを挑発してきた。
統矢は迷わず、機体の対ビーム用クロークを外し「持っててくれ」とラスカに預ける。
そうして素手でスキンテープまみれの包帯姿を晒し、そのまま前へと歩み出た。
統矢には不思議と、同じPMRを操縦するパイロット同士の予感があった。直感を総動員する統矢にとってそれは、既に確信と同義である。
「じゃあ、聞くがな……グレイ大尉。単機孤立の隊長機が、なに考えてんだ?」
『なぁに、お前たちと同じさ……泣く子も黙る海兵隊はなあ、ボォイ! ヒーローを夢見たアメコミマニアしかいねえのさ! 正々堂々勝負だ、小僧! その上で捻り潰してやる』
「面白い……これ以上街には被害は出さないというなら!」
瞬間、統矢は操縦桿を握り締めて押し込み、Gx感応流素を通じて【氷蓮】を突進させる。それは、グレイの【サイクロプス】が瞬発力を爆発させるのと同時だった。
二機のPMRは、同時に地を蹴るや激突音を北の空に響かせる。
瞬く間に互いの距離を零にした両機は、巨大人型兵器での取っ組み合いという愚挙を演じ始めた。統矢は自然と、伸びてくる手に手で答えて、がっぷり四つに組み合う。
互いの指と指とがすれ違う中で、掌と掌が鋼の衝撃音でぶつかり合った。
『大したもんだぜ、ボォイ! だがな……アマチュアなんだよっ! そんな尖った機体じゃ、まして半壊機じゃ戦争は戦えねえ。子供なんざ、俺が戦わせねえ!』
「余計なお世話だ、このお節介がっ! 戦う理由がある限り、俺は、俺たちは……っく!?」
ガクン! と上からのパワーに負けて、【氷蓮】の膝が大きく下がって接地する。片膝を衝いた統矢の【氷蓮】を押し潰すように、グレイの【サイクロプス】が組んだ手と手を押し込んできた。
パワーの差は明白にも思えたし、実質装備されたラジカルシリンダーの数が違う。
パワーもトルクも、【サイクロプス】の方が一回りも二回りも上だ。しかし、それが勝敗を分かつ決定的な差とは統矢は思っていない。もし、そうしたものが全てなら、そもそも訓練された軍人であるグレイに統矢は勝てないのだ。
だが、この非情の世界では……戦争が常態化した地球では、違う。
絶対元素Gxの科学技術で、軍事のみが歪に発展した時代が条理を書き換えていた。
『どうした、ボォイ! 押し返せんか、非力だなあ? パワーが【サイクロプス】なんだよぉ! このまま捻り潰してくれるっ!』
「……両腕部ラジカルシリンダー発熱、ダンパー油圧上昇。機体が悲鳴をあげている! だけどっ、まだ!」
愛機【氷蓮】がフレームごと軋んで撓む音が聴こえる。パワーの差は歴然で、今にも組んだ手を握り潰されそうだ。ガクガクと不気味な振動で震えるコクピットは、基本的に密閉されていてもオイルの臭いが上がってくる。
その焼けた臭いは、愛機の血が滾って燃える血潮の高まりだ。
冷静に状況をチェックしつつ、統矢は信じる。
この機体は、評価試験も途中で北海道ごと消えた、まさしく歴史から消え去ろうとする最新鋭機だ。だが、この場所にずっと最期まで座って、戦い続けた少女がいる。統矢の背を守って、逃げ出さなかった彼女がいたのだ。
「こんなもんじゃないだろ、なあ……りんな。俺も【氷蓮】も、こんなとこでなど! 終われる、ものっ、かあああああっ!」
スキンテープに覆われた片目の【氷蓮】の、その隻眼に光が走る。
同時に、統矢が裂帛の意志を流し込む機体が、ガクン! と震えた。
足元が陥没してアスファルトがめくれ上がる中で、徐々に【氷蓮】の駆動音がメカニカルな金切り声を歌ってゆく。そして、上背に物を言わせて圧してくる【サイクロプス】が、ピタリと止まった。
徐々に潰されそうになっていた【氷蓮】が、不思議な鳴動と共に吼える。
『な、なんだっ! 圧倒している! のに、これは……』
「大尉、あんた……知らないんだな、PMRのことをなにも」
『なんだとっ!』
「誰でも戦えるように、Gx感応流素による操縦系の補佐を実装し、素人の操縦に対応した素人と同じ姿……人型でPMRは造られた。そこにもう、軍人だなんざ、関係ないっ!」
瞬間、【氷蓮】の背に並ぶスラスターが火を吹いた。
周囲に暴風が吹き荒れ北の街が震える。
同時に、耳障りな金属音が響いて、グレイが驚愕に身を引く気配が伝わった。それは、【氷蓮】の手が、【サイクロプス】の手を……一回り大きいマニュピレーターを、逆に力で捻じ伏せ握り潰した音だった。
駆動音を高鳴らせて、徐々に劣勢だった【氷蓮】の機体が持ち上がる。
『な、なんだっ! 97式のスペックには目を通している……ありえんっ!』
「悪いな、大尉……一度死んだコイツは、地獄から蘇った。この俺と共に……カタログスペック通りに直したつもりはない! それにっ、Gx感応流素の恩恵を使えば、俺自身の力が!」
『ば、馬鹿なっ! ありえん……』
「押せよっ、【氷蓮】ッ!」
既に完全に立ち上がった【氷蓮】の、その全身に配置されたラジカルシリンダーが高鳴り輝く。それ自体が縦横無尽に伸縮する人工筋肉であり、絶対元素Gxの恩恵の産物であるラジカルシリンダー……その力をカタログスペック以上に引き出す術を、統矢は心得ていた。
あの、地獄の北海道での攻防戦が、多くのことを教えてくれた。
共に戦った仲間が、大人たちが遺してくれたのだ。
Gx感応流素を通じて流し込まれる意志の力さえも、PMRは力に変えて動くと。
煌々と灯るスラスターを全開に、そのまま【氷蓮】は【サイクロプス】の巨体を押し返す。本来ジャンプや一時的な滞空に使う推力を、デリケートな操作で統矢は押し返す力へと変えた。あっという間に二機は、大通りに轍を刻みながら揉み合い転げるように移動する。
もはや【サイクロプス】は、両腕から火花と煙を吹きながら【氷蓮】に押し出されようとしていた。
だが、両手を放した統矢の【氷蓮】が、握った拳を振りかぶった、その時だった。
『それまでだ! 摺木統矢、やめろ。グレイ大尉も。パンツァー・ゲイム終了、引き分けとする! 双方の殲滅失敗、生存を確認……すみやかに撤収、|皇立兵練予備校青森校区へ戻るぞ』
それは、御堂刹那の声だ。
耳にキンキンと痛い、子供の声が統矢の鼓膜に突き刺さる。
『待てぇ、御堂三佐! 俺はまだ、まだ戦えるっ!』
『グレイ・ホースト大尉。終わりだ……パラレイドが、ゼラキエルが活動を開始した。観測班の報告があった。直ぐに戦線を構築、青森は全県で臨戦態勢に入る』
奥歯を噛む音が聞こえてくるようで、唸るグレイの声が統矢の耳にも届いていた。
同時に、統矢の中で心臓が飛び跳ねる音が、ドクン! と響く。
文字通り拳を振り上げたまま固まった【氷蓮】の、その鉄拳を振り下ろす相手は別にいる……そしてそれこそが、統矢が倒すべき仇敵、パラレイドだ。
始まる本当の決戦を前に、限界を超えた【氷蓮】が大きく震えて一歩後ずさる。その中で統矢は、懸命な操縦で愛機を支えて立たせ、ヘッドギアを脱ぐ。汗に濡れた髪をかきあげ、コクピットを開放させれば……北の風は遠く、決戦の地へと統矢を誘うように吹いていた。




