第16話「決戦前に広がる、波乱」
パンツァー・モータロイドが居並ぶ格納庫内は、激しい轟音と熱気に包まれていた。何十機もの89式【幻雷】が、出撃可能状態で整備科の生徒たちにチェックを受けている。むせ返るような人いきれとオイルの匂いに、ともすれば居座る冬将軍の寒気も忘れそうなほどだ。
摺木統矢もまた、愛機97式【氷蓮】の新装備を佐伯瑠璃と共に確認していた。
【氷蓮】は今、スキンテープだらけの全身を再び灰色のマントで覆っている。
「なんや、統矢? あの女のことかいな。……そら、知らん奴おらへんで。有名人やし」
今朝の射撃場でのことを、それとなく統矢は瑠璃に聞いてみたのだ。
だが、瑠璃はなにか面白く無いのか、唇を尖らせて口調を早める。
「その、桔梗先輩の御家族って……」
「北海道生まれの北海道育ちは、あんまし本州、内地の話は疎いんか? ……かつての皇都でなにがあったか、知らん訳あらへんやろ」
「……皇都東京の壊滅……パラレイドとの日本での初めての戦闘」
「そや、そんとき桔梗は東京におったんよ」
瑠璃は手を動かしながらも、なにか不機嫌そうに言葉を続ける。
西暦2092年……今から約5年前、日本皇国をパラレイドが襲った。政治と経済の中枢である皇都東京は、突如として次元転移してきたパラレイドの攻撃を受けたのだ。大勢の市民が密集する中での殺戮劇は、おおよそ戦闘と呼べるものではなかった。
皇都は一方的に蹂躙され、パラレイドが去ったあとには人口の一割に匹敵する命が失われた。
首都機能を失った東京は未だ再開発が進まず廃都となり、今は第二皇都として広島の呉に皇国元老院がおかれていた。
「そうか、その時に桔梗先輩は」
「せや、ごっつぅ悲惨やで……今じゃ御巫重工創始者の娘ゆうても、経営からは遠ざけられてるさかいな。せやけど、せやけどやで? 統矢」
グッと瑠璃は顔を寄せてきた。
そばかすが僅かに目立つ表情は、まじめに作った険しさで凝り固まっている。彼女はじっと統矢の目を見て、その奥を覗き込むように迫ってきた。
吐息を頬で感じて、僅かに統矢は身を仰け反らせる。
「あの女は、御巫桔梗は敵や!」
「て、敵……?」
「そうやで、なんや辰馬に色目つかって! いっつも一緒におるねん! べたーっとして、感じ悪いやん」
「そ、そうです、か?」
「そうや! 覚えとき、統矢。お前もそうや、男ゆうもんはな……幸薄そうでおっぱいボイーンな女がみんな好きなんや!」
瑠璃の言葉に、思わず統矢は目の前の上気した顔から視線を少し下げる。
確かに桔梗はスタイルがよかったが、瑠璃も過不足ない起伏がメリハリあって、いわゆる健康的な女子の体つきをしているように思える。
そのことを言うべきかどうか迷って、統矢が考えもせず選んだ言葉が口をついて出た。
「いや、まあ……千雪もそりゃ、色々ご立派でしたけど」
「なんで? なんでや、どしてそこで千雪ちゃんの名前が出るん?」
「あ、いや! 違う、違います! そりゃ、りんなと比べたらって話で」
「今度はりんなちゃんかいな。統矢、あかん……凄く、あかん感じやよ」
はぁ、と溜息をついてようやく離れた瑠璃は、それでも次の瞬間にはいつもの笑顔になった。ようやく謎の圧迫感から解放された統矢は、安堵に胸を撫で下ろす。
「せやけど、りんなだかれんふぁだか知らんけどなあ、統矢。あの子、元気になるとええんやけど」
「え、ええ」
「ラスカちゃんちでなんやかや面倒見てくれてなあ。千雪ちゃんも付きっきりやで」
「ですね。だから……俺が守ります。パラレイドから、みんなを……りんなを」
統矢がそれだけを強く強く、言い聞かせるように呟く。
不思議と瑠璃は満足したように、統矢の頭へ手を伸べて……汚れた軍手を脱ぐと、素手で髪を撫でてくれた。子供扱いだと思ったが、不思議と瑠璃の手は熱かった。
妙に意識してしまって、次々と脳裏を多くの少女たちが過る統矢。
顔に出ているのではと思うと、つい違う話題へと逃げ出してしまうのだった。
「そ、それで、佐伯先輩!」
「なんや統矢、水臭いやっちゃのう……あの女は桔梗先輩で、うちは佐伯先輩なん?」
「……瑠璃、先輩。このマントは」
瑠璃は早速腕組み胸を張って、フフンと鼻を鳴らす。
以前、ラスカとのパンツァー・ゲイム時に統矢が剥ぎ取ったPMR運搬用の保護シートではない。まるでPMRサイズにあつらえた専用のマントで、よく表面を見れば不思議な文様がびっしりと刻まれていた。
これは、瑠璃をはじめとする整備科の有志が作った新装備だという。
「これは対ビーム用クローク、絶対元素Gxによる技術を応用して作ったリアクティブ・アーマーや!」
「これが?」
「せやで、統矢! この表面はフラクタル・フェイズ・シフトによって、一定の熱量を吸収、無効化するんや! パラレイドはわんさかビーム撃ってくるさかい、理論上は有効な筈やで!」
「……理論上、は? あの、実戦テストとかは」
つい、と瑠璃は目を逸らした。
その視線が泳いで逃げる先へと、統矢が周囲を回りこんで覗き込む。
「とにかく、理論上は完璧なんや!」
「一定の熱量って……一定以上のビームを受けると、その」
「うむ、それは、まあ……昔から言うやん? 当たらなければどうということはないんや! 頼むで、統矢。使ってみてぇな……実戦で実績作れば、学校側が予算つけてくれるんよ」
「は、はぁ」
二人が【氷蓮】の前でそんなやりとりをしていた、その時だった。
一際甲高い駆動音と共に、真っ白な影が格納庫の奥から姿を現した。
振り向く統矢は、白亜に輝く89式【幻雷】の改型、その壱号機を初めて目にする。限界まで安全マージンを切り詰めたハイチューン仕様であることが、音を聴いただけでも伝わってくる。40mmカービンにシールドという全校生徒が使う一般仕様とは、装備する兵装も一味違っていた。
通信機能を強化された頭部には複数のアンテナが並び、そのバイザーで覆われたアイセンサーが統矢たちを捉えて光った。同時にコクピットが開かれる。
「よぉ統矢! そこにいたか。ああ、瑠璃……頼む、ちょっと脚が硬いんだよな。接地圧も考えて、少しラジカルシリンダーを調整してくれ」
ヘッドギアはかぶらないのか、手にブラブラさせながら五百雀辰馬が現れた。彼はいつものしまらない笑みで統矢を、次いで瑠璃を見下ろしている。
そして統矢は、先ほどとは全く別の表情を見せる瑠璃に驚くのだった。
「なんね、辰馬! あんまし過敏にしたらあかんよ? スッ転んでも知らんからね!」
「頼むぜ瑠璃。俺の改型壱号機は、言ってみれば戦技教導部の、この学校の旗機だぜ? あんまみっともない動きしてるとよ、軍の大人たちにもなめられちまう」
「しゃーないなあ、ンもぉ……辰馬がそこまで言うんやったら」
「すまん! 助かるぜ瑠璃! 愛してるぞ!」
それはもうだらしない笑みで、瑠璃はわざとらしい内股の女子走りで去ってゆく。
統矢は純白の改型壱号機を見上げて、その仕様を即座に読み取っていた。壱号機は奇をてらった特化仕様ではない。桔梗の弐号機が遠距離狙撃用、千雪の参号機が零距離格闘専用、そしてラスカの四号機は機動力のために全てを捨てた駆逐仕様だ。
だが、目の前の機体は武装もチュニーニングも高い次元でバランスが取れていた。
右手には40mmカービンではなく、同口径ながらロングバレルのアサルトライフル。銃身の下部にはグレネードランチャーを増設している。左手のシールドは大型のもので、撃発式の炸薬カートリッジで飛び出す衝角機構を内蔵しているようだ。
音を聞けば出力の増強も明らかだし、背部スラスターユニットも別物だ。
これが戦技教導部の部長が駆る、フェンリルと恐れられたチームの旗機なのだ。
流石の統矢も感嘆に言葉を失い、ただ見上げるしかない。そうして感心していると、不意に背後で声が走った。
「ヘイ! 見ろよ、白いのがいるぜ? ジャパニーズは白が好きなんだよな」
「ハッ、視認性良好だな。10km先からでも狙撃できる。しかしなんでこう、日本人は兵器に対してこうもセンチメンタルなんだ?」
「知るかよ。ま、ロボットアニメは日本のお家芸だからな。小さい頃に見たろ? 連中にとってはPMRもそういう感覚なのさ」
「ああ、そういうことか。日本のアニメなら山ほど見たぜ。オーライ、そういうことなのか、ハッハッハ」
振り向くとそこには、四、五人程の軍人が一緒に改型壱号機を見上げていた。その顔つきは皆、日本人ではない。軍服を着崩してひっかけた姿は、この緊張感に満ちた臨戦態勢の格納庫でも異彩を放っていた。
恐らく、三沢の在日米軍基地からやってきたアメリカ兵だろう。
そして、彼らの一人が統矢の視線に気付いて笑いかけてくる。
「よぉ、日本もハイスクールでPMRを教えてんのか。ステイツと一緒だな、ボーイ?」
「ええ……失礼ですが貴方がたは」
「三沢のベースからさ。日本に来て二週間目でこの騒ぎだ、まだ弘前も八戸も観光してないんだぜ? ……青森にゃなにかあるのかな。ねぶたフェスティバルには早いしよ」
全く気負いというものを感じないし、軽口を叩く姿がかえってふてぶてしくて頼もしい。統矢はベテランの古参兵と思しきパイロットたちの肝の座り方に敬意を評した。
共に戦う人類同盟の同胞、古くから日米安保条約で結ばれた同盟国だ。
だが、そんな統矢の思いは次の瞬間踏み躙られる。
「来月にゃ桜も咲くさ、少尉。観光はまだでも、ここにゲイシャガールなら沢山いるぜ? クソッタレなパラレイドをさっさと片付けて、花見と洒落込もうじゃねえか」
屈強な米兵たちが、その声に身を正して振り向き敬礼する。
その先には、上官と思しき男が立っていた。他の面々がかわいくみえてくるほど、筋骨隆々たる大柄な男だ。まるで熊のようで、豪快な笑みには野性味が滲んでいる。
だが、統矢が驚いたのはそこではなかった。
「……失礼ですが、りんなさんを……れんふぁさんを放して頂けますか? 軍人としての規範となる態度を求めます」
「あ、あのっ! はっ、放してください……千雪さぁん、どうしたら」
大男は両手にそれぞれ、右に五百雀千雪、左に更紗れんふぁの肩を抱いている。ともすればそのまま持ち上げ担いで、持ち帰ってしまいそうな程に気安い。
そして、いつもの玲瓏な表情を崩さぬ千雪と違って、れんふぁは今にも泣き出しそうだった。
それが統矢には、幼馴染のりんなが困っているようにしか見えない。
「あ、統矢君……すみません、れんふぁさんに少し外の空気をと思いまして。れんふぁさんも、統矢君の学校を見てみたいと乗り気だったのですが」
「ああ、任せろ千雪! ……おい、おっさん。その娘から……りんなから手を離せ!」
言葉も強く統矢は男の前へと踏み出す。
だが、真上からは面白がるような笑みが降ってくるだけだった。
「ボーイ、この二人のプリティなガールは……お前のコレか?」
男は嫌悪感も顕な二人を一際自分の身体へ寄せて密着させつつ、統矢に小指を立ててみせる。
だが、挑発とも思える態度と、周囲の米兵からの笑い声が統矢を逆に冷静にさせた。
「軍人なら軍人らしく礼節をわきまえたらどうです? 俺は摺木統矢だ……名乗ったぞ」
「なるほど! いいねぇ……実にクールだ。俺は海兵隊第二PMR中隊指揮官、グレイ・ホースト大尉だ。お互い名乗りを終えたとこで、もう一度クエスチョンだ……やっぱコレか?」
再度小指を立てるグレイの顔には、もうニヤけた表情はなかった。まるで野生の獣に睨まれたかのように、統矢の身体が硬直する。だが統矢は、そこで圧倒的な覇気に飲み込まれるだけの、ただそれだけで終わるような男ではなかった。
れんふぁが、りんなと信じる少女が見ているから……そして、千雪も見ててくれるから。
「答える必要を感じません。大尉殿、その二人を放していただけませんか」
「あン? いやいや、待てよボーイ。……ノーと言ったら?」
「警告はした、あんたにもパイロットの誇りがあるなら……乗機を降りても紳士たれ。もう一度いうぞ……二人を放せっ!」
「パイロットの誇り……子供が気安くそんな言葉を使うなよ? ……潰すぞ、ボーイ!」
一触即発の空気が緊迫感を産んで、統矢とグレイの間に見えない空気を圧縮してゆく。
だが、不意に二人のぶつかり合う視線を、両方横合いから奪う声が響いた。
「面白いな、貴様が噂に聞く摺木統矢か! ……この件は私が与ろう」
カツカツとヒールの音を響かせ近付いて来たのは、意外な姿だった。
日本皇国軍の制服に身を包み、凛とした声で割って入ったのは……見るも小さな女の子だった。




