第10話「光が運ぶ謎と死と」
見上げる天上の雲が渦巻きながら、空へと巨大な穴を穿つ。
その先から降り注ぐ光条は、間違いなく次元転移特有の発光現象だ。それも、反応はかなり大きい……周囲の空間が歪曲してゆく光景に、摺木統矢は絶句した。
それは、前衛として周囲で戦う二人の仲間も同じようだった。
『ッ! ちょっとなに? デカいわよ、この反応……まだ来るって訳!?』
『ラスカさん、現状維持を。統矢君も』
悲鳴を叫ぶようなラスカ・ランシングの声とは対照的に、五百雀千雪は落ち着いていた。
そして、統矢は見る。
眩い光の柱が屹立する中へと、空からなにかが舞い降りてくるのを。
そのシルエットは、巨大な剣を持った人の姿を象っていた。
「奴かッ! ……違う、これは。なんだ? あれはいったい」
周囲で暴れ回るパラレイド、無数のアイオーン級も動きを止める。
徐々に次元転移の光が収まると同時に、純白の機体が地へと降り立った。
だが、様子がおかしい。
「千雪っ、あれは――」
『照会中ですが、パラレイドならばデータベースにないタイプです。アイオーン級は勿論、アカモート級やバルベーロー級でもありません』
「セラフ級の一種じゃ」
『もしそうであれば、絶望的ですが……寧ろ、あのサイズと形は』
千雪が言わんとしてることが、統矢にもすぐに知れる。
等級別にカテゴライズされるパラレイドの中でも、固有名を持つ最強クラスの存在……セラフ級。天使の名を冠した巨大な機動兵器で、遭遇すれば死は避けられない。例えば、以前統矢が戦った、北海道を消滅させた個体などがそうだ。
だが、モニタを凝視する統矢の目にも、その可能性は低く見えた。
むしろ、パラレイドですらない……それは。その姿は。
『なによあれ、どこの機体? ちょっと千雪! 詳しんでしょ? ……なんて派手な色、バッカじゃないの!』
人のことは言えぬ真っ赤な機体の、ラスカの声がレシーバーにキンキン響く。
巨大な剣を雪の上へと突き立て、それに寄り掛かるように片膝を突いて停止した所属不明機。そう、所属不明機……パラレイドの機動兵器というよりは、パンツァー・モータロイドに見える。真っ白なカラーリングは各所に赤や青のラインが走って、どこか試作機や実験機等のデモンストレーターを彷彿とさせた。
その外観やサイズから、どう見ても人類側で運用しているPMRに酷似している。
だが、謎の所属不明機に対して、千雪の声が冷静に現状を伝えてくる。
『現在、人類同盟軍で運用されてるPMRに該当機はありません。警戒を』
「新型って可能性は?」
『カラーリングからしても制式運用されてる機体ではなさそうですが……あんな機種は私、始めて見ます。ただ、強いて言えば……』
損傷した97式【氷蓮】の修理作業で、千雪のPMRに対する知識を統矢は嫌というほど思い知らされている。機械的な技術の知識は勿論、PMRに関してはなんでも千雪は詳しかった。
時々ドン引きする位のPMRマニアなのだが、今はその博識が頼もしい。
そして、その千雪が知らないということは、少なくとも普通のPMRとは思えなかった。ゴクリと喉を鳴らす統矢の耳元で、レシーバーは千雪の声を届けてくる。
『強いて言えば、統矢君。その子に……【氷蓮】に似ています』
「こいつにか? ……そうか?」
『外観は大きく違いますが、基本となるフレーム構造等、多くの類似点が』
「見てわかるものなのか? そういうことって」
『見なくてもわかります! ……音が、雰囲気が、凄く似てるんです』
それで統矢は、改めて停止したまま動かない謎のPMRへと目を凝らす。
補修用のスキンテープが包帯塗れにも見える、まるでミイラのような統矢の【氷蓮】。損傷を隠すために被せた、輸送用シートがマントの様にたなびいている。そんな継ぎ接ぎだらけの突貫作業で直した機体とは、似ても似つかない。
謎のPMRはどこか騎士然とした優美な姿で、手にする両刃の大剣はその身を覆うほどに巨大だ。
「……とりあえず、接触してみるか」
『ちょっとアンタ! バカなの? あいつ、次元転移して出てきたのよ? それって』
『危険です、統矢君。まずは様子を見ては』
だが、統矢は「援護してくれ」とだけ言い残して、機体から二丁の40mmカービン銃を捨てさせるや前進する。それは、周囲で固まっていたアイオーン級が動き出すのと同時だった。
群れなすアイオーン級は、たちまち謎のPMRへと殺到し始める。
そして、現れたきり動かなくなった謎のPMRには、反撃の素振りは見られなかった。
「なにやってる、動けよ! 飲み込まれて潰されるぞ!」
噛みつくように叫ぶや、統矢は機体を跳躍させる。その背後では、ラスカの89式【幻雷】改型四号機が刃を投擲した。投げつけられた複数の対装甲炸裂刃が、敵に突き立つや炸裂する。その爆発を飛び越えるように、スラスターを吹かしながら統矢の【氷蓮】は、謎のPMRの隣へと舞い降りた。
機体を並べてみれば、サイズもほぼ同じ……だが、油断はできない。
「おいっ! そこの白いの! 所属と姓名を名乗れ、敵が……パラレイドが来てるんだぞ!」
外部スピーカーを通して呼びかけるも、返事はない。
そして、悪いことに空は再び次元転移の光で撓んで歪み始めた。
再び強い反応の輝きが、周囲に帯電のプラズマを広げながら空へと巨大な穴を空ける。
謎のPMRを守りつつ、その手から巨大な剣をひったくるや統矢は周囲のアイオーン級を薙ぎ払った。その剣は身を覆うほどに大きい広刃なのに、驚く程に軽い。PMR用の格闘武器は、ナイフ等の小さな物であれば単分子結晶で、千雪の【幻雷】改型参号機の肘部ブレードのように大きな物はGx超鋼で鍛造される。全て、強度や重量を考えられて作られるのだ。
長刀身の巨刃を振り回しながら、統矢は機体のモーメントバランスを調整しつつ舌を巻く。
「なんだ……? この剣、こんなにでかいのに……これ全部が単分子結晶なのか? そんな技術力はまだ」
『統矢君、人類同盟軍です……それと、上空に特大の次元転移反応』
『遅ーいっ! 軍はなにやってたのよ!』
見上げる空には今、先ほどと同じくらい大きな反応が空間を歪めている。そして、その周囲には空挺装備で輸送機から投下された、人類同盟軍の部隊がパラシュートを広げていた。
そしてたちまち、周囲は大乱戦へと飲み込まれる。
人類同盟に所属する、日本皇国軍……恐らく、在日米軍との共同拠点である三沢基地からの部隊だろう。スラスターの光で新雪を吹き飛ばしながら、モスグリーンの94式【星炎】が緊急展開を開始した。投入された部隊は手にするカービンに銃剣を着剣したり、ナイフやスコップを手に周囲のアイオーン級へ攻撃を開始する。
降下した何割かは空中で爆発の花を咲かせたが、あっという間に集団戦で大地が揺れる。
周囲は爆発音と打撃音、そして無数のPMRが駆動する金切り声に支配された。
相変わらず謎の白いPMRを守りつつ、剣を振るう統矢は空を見上げる。
そして、再び光が舞い降り……その中に統矢は見知った姿を見て、戦慄に総身を震わせた。
『次元転移反応、大きいです! 統矢君、あれは……』
「奴だ……奴、は。奴は、あの時、の……あいつはっ!」
無線は錯綜する軍の通信の中に、珍しく声を張り上げる千雪の叫びを聞いていた。
だが、それも全て耳から遠ざかる。
統矢の目の前に今、突き立つ光芒の中から、巨大な人影が現れた。例えるならばそれは、PMRのサイズを遥かに凌駕する鉄の城。シンプルに円筒形の手足で人の姿をした、巨人……否、巨神だった。
無骨な巨躯をそびえ立たせる、白と黒に彩られたモノクロームの破壊神。
『データ照会……これは。セラフ級、個体名ゼラキエル!』
「ゼラキエル。それが……それが、お前の名かぁぁぁッ!」
吠える統矢の中から、あらゆる思考も知性も薄れてゆく。
だが、現れた巨大なパラレイド……最強クラスのセラフ級、ゼラキエルの双眸から光が走る。頭部の目を模した場所から、苛烈なビームが迸った。
統矢の【氷蓮】を掠めて通り過ぎた光が、一拍の間を置いて衝撃波で周囲を吹き飛ばした。
たちまちアイオーン級もろとも無数の人類同盟軍が巻き込まれてゆく。
突き抜けたビームは、そのまま遠く青森市の遠景に吸い込まれ……振り向く統矢たちからも見える巨大な爆発を巻き起こした。
そこにはもう、人類が天敵パラレイドと戦う戦場はなかった。
セラフ級という最強最悪のパラレイドが広げる、ただの狩場があるだけだった。




