邪神墜ち
二人と三柱が禍々しい神気の下にたどり着くと、そこに居たのは『ハエの姿をした神』だった。全身をこれでもかと掻きむしり、苦し気に呻いている。そして纏うその神気は、黒く染まっている。
「『蠅の神』! 何があったのだ!?」
『虫の神』が叫び駆け付けようとする。しかし、その禍々しい神気が強く近づけないでいる。周りには大量の『蠅の神の奉仕種族』が飛び回る。そして『虫の神』と同様やって来たはいいものの、見ているだけしか出来ない『蝶の神』や『蜂の神』、『蚕の神』などがいる。現場を見たレフトが呟く。
「こちラ側に来てシまったみたいね、彼。」
「『こちら側』って事は、『邪神になった』って事か!」
ルーグが『蠅の神』の様子を見ながらそう言う。それにライトが答える。
「善神達曰く『邪神墜ち』ってものだよ。周りの生き物からの認識が『この神は邪神だ』と認識が変わってしまったんだ……。」
「どうにかする手立てはないのか?」
クリスタルが冷静に言う。その答えは分かってはいるものの、望みをかけて。しかし、レフトが答えたものはやはり予測していた答えだった。
「周リの認識が『善神だ』と思い直すシかないわね。出来ルことはないわ。」
そうレフトが答えた途端、『蠅の神』は突如禍々しい神気を振りまきながら暴れ出した。6本あるうちの上2本の腕で頭を掻きむしり、残りの腕で辺りの木々をなぎ倒し始めた。
「ぐ、ああ、あああぁ……! 何故、わた、わたし、が、こん、な目に……!!」
苦し気、と言うよりは嘆きの声が辺りに響く。それに呼応するように『蠅の奉仕種族』が辺りをブンブン飛び回る。彼らもまた嘆いているのか、苦しんでいるのか、周りにいる別の奉仕種族に飛び掛かり攻撃を始めた。それを見たライトが弓を、レフトが大鎌を取り出す。
「彼らには悪いけど、止させて貰うよ! レフト!」
「準備出来てル! 行くわよライト!」
レフトが『蠅の奉仕種族』の群れに向け大鎌を振り下ろす。その衝撃は凄まじく、大地を抉る勢いだ。その攻撃と衝撃波で辺りは吹き飛び、『蠅の奉仕種族』は粉々になり吹き飛ぶ。そのままレフトは『蠅の神』周辺の『蠅の奉仕種族』に鎌を振り、首を刎ねていく。ライトはレフトのおかげで出来た隙を突き、『蠅の神』に矢を放つ。光を纏った矢は真っすぐに『蠅の神』に向かい、至近距離で光の鎖と化す。鎖は暴れる『蠅の神』を拘束し、縛り付ける。
「ぎゃああああぁぁあぁあぁぁあああぁ……!!!」
『蠅の神』は断末魔を上げ、その場に倒れ込んだ。それと同時に『蠅の奉仕種族』も気を失いその場に崩れ落ちる。全員気を失っているようだ。
「拘束して麻酔をしたとはいえ、大丈夫かな……?」
ライトが心配そうに声を掛ける。レフトが『蠅の神』に近付き、様子を見る。
「大丈夫、気絶シて眠っていルだけよ。力も抑制サレていルかラ鎖で繋がレていル以上、暴レ出すことも無いでシょう。」
「二人とも、お疲れ様。」
近くでクリスタルを守っていたルーグが声を掛ける。そして守られていたクリスタルがこう言い出す。
「レフト、不可抗力とはいえ『虫の領域』の土地壊してどうするんだ?」
ハッとしてレフトは周りを見る。辺りはほぼ更地となっている。辛うじて『虫の神』の神殿手前までは残ってはいるが、居たはずの『奉仕種族』は消し飛んでしまっていた。呆然とするレフトに声がかかる。
「破壊神様、お助け頂きありがとうございます。ですが、これはやりすぎではありませんかな?」
『虫の神』は口調こそ丁寧でお礼を言ってはいるが、その表情や声色には怒気が混ざっている。
「『邪神墜ち』を何とかして頂きましたが、この有様をどのようにして償うのですか?」
「ソ、ソレは……。」
言葉に詰まるレフト。それに詰め寄る『虫の神』。
「申し訳ございませんが、何も出来ないのであればこれ以上私の領域に立ち入らないで頂きたい。助けて頂いたのは事実でございますが、多くの『奉仕種族』が貴女の攻撃により命を落としているのも、また事実なのです。」
何も言えないレフトに『虫の神』は「どうぞお帰りを」と馬車を呼ぶ。顔を伏せるレフトに駆け寄るルーグ。見ればレフトの目には涙が溜まっていた。それに気づき『虫の神』に向かう。
「助けて貰ったのに、『さっさと帰れ』っていう待遇はどうなんだ? そもそも『邪神墜ち』をどう対応するつもりだったんだ?」
「それは、その……。」
今度は『虫の神』が言葉に詰まる。そこにクリスタルがやって来た。
「面倒事を片づけて用済みなんだろう? そしてその責任はすべて『邪神』であるレフトに擦り付ける、と。これが『善神』のやり方なのが視察でよく分かった。」
クリスタルは言い放って、何も言えずにいる『虫の神』を背にする。そして到着した馬車にレフトを先導して乗りこむ。その時騒ぎで集まっていた『蝶の神』がレフトに向かって言った。
「申し訳ございませんが、この『邪神墜ち』した『ならず者』をさっさと持って行っては下さいませんか? 我々の領域にふさわしくないですし、破壊神様の領域にぴったりの者ではないですか?」
それを聞いたルーグは「『ならず者』って……。」と言葉を失いながら、物申そうとする。それを制止してライトが前に出た。その目は怒りに満ちている。
「さっきから聞いていれば、君達何のつもり? 少し前まで『友人』だった『蠅の神』に、『邪神墜ち』した途端『ならず者』って、そんなひどい事なんで出来るの!?」
瞬間、ライトが弓矢を取り出し『蝶の神』に向けて矢を放つ。あっという間に拘束された『蝶の神』は暴れるが、逃れられる術はない。そんな『蝶の神』に近付きライトが言う。
「お前も堕としてやろうか。」
そう言った途端、『蝶の神』の体が禍々しい神気に包まれる。
「な、何を! いや、止めて下さい! お願い致します! いやぁあ、あぁあああぁ、ぁあああぁ……!」
訳も分からず『邪神墜ち』が始まった『蝶の神』に、ライトが言う。
「『神の領域』で一番強い僕を怒らせたんだ。僕の信者に『蝶は害悪である』って認識を持たせただけだよ。認識1つで『善神』か『邪神』かが変わるんだ。それを身をもって知ればいいんだ。」
そう言い放ち『蝶の神』に背を向けたライトの胸にレフトが飛び込んでくる。その顔は完全に泣き顔だ。
「ライト、もういいの! もう、アタシは大丈夫だかラ……! だから、彼女をもとに戻シて! お願い!」
呆気にとられるライトへ、クリスタルとルーグも近づく。
「怒りに身を任せるんじゃない。お前らしくも無いぞ。」
「本当にレフトを思うなら彼女の我儘聞いてやんな、ライト。」
二人に咎められ、ライトは「そうだね」と小声で呟く。途端に『蝶の神』から禍々しい神気が無くなる。もがき苦しんでいた『蝶の神』はその場で崩れ落ちる。そんな『蝶の神』にクリスタルが言う。
「次は助け船出さないからな。」
そしてその様子を見ていた『虫の神』に向き直る。
「視察はまた今度させて貰おう。ただ、レフトはお前達を守ろうとして、最善の手立てを取ろうとしていた事を忘れないでくれ。じゃあな。」
四人は馬車に乗り込む。『蠅の神』は『ライトの奉仕種族』が乗っている馬車に乗せられる。そして静かにその場を後にした。