『善神』と『邪神』
クリスタルとルーグがライトの元を訪ねて来た翌日。ライトの領域では盛大に二人の歓迎会が行われていた。
色彩豊かな花束が白い陶器に入れられ、厳かな神殿を鮮やかな雰囲気に変えている。銀製のテーブルには様々な果物が並び、出来立ての料理が並ぶ。どれも湯気を立てており、出来立てである事が伺える。しかし、そこにはクリスタルの好物はない。
「……肉は無いのか。」
「まぁ、生き物だったモノを食べる風習が無い領域だからな。そこは仕方ないだろう。」
「ごめんね……。僕自身もお肉は触るのも苦手だから……。」
「ソレなラ、アタシの領地で食べていきなサいよ。食べ物の殆どがお肉だかラ。」
昨日の深夜神殿に到着したレフトが、クリスタルを誘う。今回のレフトの衣装は、露出の低い赤いドレスの上に、黒を基調とした絹のストールを羽織っている。普段の彼女の衣装と比べるとかなりスマートな印象を受けるデザインだ。レフトの誘いにクリスタルは揺れる。
「お前の所の肉、見た目は変わってるが旨いんだよなぁ……。」
「クリスタル、先にここの歓迎会な。俺達は『正式な視察』をしに来たんだからな? 観光じゃないからな?」
「ちょっとくらい許してくれよ、ルーグ母ちゃ~ん!」
「誰が『母ちゃん』だ!」
「皆、3人とも! そろそろ歓迎会始めるよ!」
ライトの言葉に、その場にいる者達は一斉にライトを見る。出席している者達は様々な容姿をしている。人型ではあるものの、目の数や皮膚の色が明らかに人間ではない者。人の大きさの巨大蜂に、人間の手足を付けたような姿の者。人の数倍あるであろう巨体なクジラの姿の者。様々な者、もとい『神』が揃っている。ライトが少量の赤ワインの入ったグラスを掲げる。
「では、レイレード王国から来た国王クリスタルと側近ルーグ、そして破壊神レフィールの歓迎会を開催します!」
そう宣言し、ライトはグラスの中身を空ける。それに合わせて皆もグラスの中身を飲み干す。中身を飲み干したグラスを皆で掲げ、歓迎会の開催宣言は終わりを告げた。その後各自食事や談笑を楽しむ。クリスタルとルーグ、そしてライトとレフトも例外ではない。
「ここのバケット、本当に旨いよな。小麦が違う。」
「ルーグ、お前またパンばっかり食ってんじゃん。ワインでも飲めよ!」
「ソうよ、たまには果物とかメインで食べたラ?」
「まぁまぁ、三人とも。僕としては何であれ『僕の領地で取れた食べ物が美味しい』って言ってくれて嬉しいよ!」
そんな談笑を行っていると、人の手足を持つ巨大蜂が現れる。
「レイレード国王様、ルーグ閣下様。ようこそ我らが『善神の最高神』である創造神様の領地へお越し下さいました。」
四本ある手のうち二本でドレスの裾を上げ、優雅に挨拶をする。そして残りの手には、大事そうにラッピングされた手のひら大の何かが収められている。その品物をクリスタルに差し出す。
「我が領地は『虫の神の領域』の中にある『蜂の領地』でございます。これは我が奉仕種族が作り上げた蜂蜜にございます。お口に合えば良いのですが、どうぞお試し下さい。」
「そうか、お前は『虫の神』か。では遠慮なく頂こうか。」
クリスタルが品物を受け取り、その場で丁寧に包装を解く。中には赤みがかった蜂蜜が瓶に入っている。蓋を開ければ、ふわりとしたリンゴの香りが広がる。クリスタルはそれをスプーンで取り、口に運ぶ。
「お、旨いな! リンゴの風味がするのが良い。ハーブティーに入れても良い品物だな。」
「お褒めに与り、光栄にございます。」
虫の神は頭を垂れる。その背中にある羽根がブンブンと羽音を立てている。
「喜んでくれて何よりだ。是非量産出来るなら、うちと取引させてくれ。」
「ありがとうございます。お気に召されて嬉しい限りでございます。生産体制が整い次第、是非取引させて下さいな。」
何処かご機嫌な様子で席に戻っていく。四人で渡されたリンゴ風味の蜂蜜を味見していく。
「これは旨いな。アップルティー風味のハーブティーが出来るんじゃないか?」
「美味しいね! 多分リンゴの花から採取したんじゃないかな?」
「こレはいいわね! アタシも欲しいわ!」
その後もクリスタルとルーグは様々な贈り物を貰う。ライトも『善神の最高神』として供物を贈られる。しかし唯一、レフトは誰からも物を贈られるどころか声をかけられていない。レフトと話をしているのは、クリスタルとルーグとライトの三人だけである。そして、何処からかひそひそ声が聞こえる。
「またあの邪神が来てますよ。何故創造神様とあんなに距離が近いのでしょうか?」
「あんな恰好をして、色仕掛けでもしてるのでは?」
「さすが、『邪神の最高神』の考え方は我々とは違いますな。醜くはしたない。」
声をたどれば、出席している善神達の一部から聞こえる声であった。それにルーグは顔を顰める。
「まだ『善神』と『邪神』の壁は大きいな。自分が有利だと思い込んで話をしているな。」
「ソういうのいちいち気にシていラレないわよ。アタシ、ここに来る度いつも言わレルもの。」
クリスタルとルーグはレフトの顔を見る。口や表情では分からないが、眉尻が下がっている。内心傷ついているのが二人には分かった。ライトもそれに気が付いたようで、同じく眉を下げ呟く。
「出来るだけ僕とレフトは一緒に活動して、レフトへの偏見をなくそうとしているのだけれども、効果がなかなか、ね……。」
楽しい歓迎会は、脇役たちだけのものになっていた。