王国の原則
「そうだけれども、俺が見てるのは店の張り紙だ。これ、『差別対象になる』。」
『差別対象』。
その言葉を聞き、クリスタルは睨むように張り紙を見てみる。
『0のつく日は「オーガの日」! オーガ種の皆さまにサービス品をお渡ししています!』
それを見たクリスタルはさらに顔を顰める。
「これは間違いなく『差別禁止法』にあたるな。店に聞き出す必要があるな。行くぞ、ルーグ。」
「了解。」
ルーグはこっそり腰のベルトから、見えないワイヤーの様な物を取り出しておいた。
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店に入れば、そこはオーガの客で満席状態だ。『違法な張り紙』に惹かれたのだろう。昼を過ぎても店内には濃い肉類の良い匂いが漂っており、緊急事態でもなければ食事を取りたくなる。
笑顔でやって来た店員が声掛けをしてくる。
「陛下、閣下、いらっしゃいませ! ご用件をお伺いいたします!」
「店長を呼べ。」
ルーグが睨むように店員を見て、そう命じる。その様子から店員は飛ぶように裏へ回っていく。店内にいる客も「何事か」と少し騒めく。 程なくして大型のオーガの店長がにこやかに出てくる。
「これは陛下に閣下。どのようなご用件でしょうか?」
「外の張り紙を見た。アレはなんだ?」
「あぁ! あの張り紙を見て下さったのですね! 良い案でございましょう?」
ニコニコしている店主は、何かを勘違いしているようだ。ルーグが店主とクリスタルの間に立って、こう言った。
「あぁ、見たさ。『生まれ持ったモノでの差別が厳禁』であるこの国で、よくも『種族差別』してくれたな? 罰則の対象だ。」
店主を見るルーグは、傍から見れば感情が全くない印象を受ける。そのルーグの様子と『罰則の対象』という言葉に、店主は怯みつつも強気で言葉を返す。
「お言葉ですが、閣下。私はこの国で一番重たい罰則である『種族差別』はしていません! 今回の張り紙は、あくまでもオーガ種へのサービス! 他の種族を貶すような真似はしていません!!」
「『オーガ種しか』サービスが受けられないのに、何処が『種族差別していない』だと?」
クリスタルの冷ややかな言葉に、店主が後ずさる。
「数多の種族が暮らすこの国にとって、争いの火種になりかねない『種族差別』は大罪。お前がこの国に来た時、説明があったはずだぞ? 『特定の種族だけが得をする行為も差別である』と。」
店主は顔面蒼白だ。店内にいる客も先ほどまでの賑やかさを失い、沈黙している。クリスタルが、静かに言い放つ。
「国王クリスタルの名において、お前を『種族差別の罪』で罰する。ルーグ、ソイツを連れて来い。」
「御意。大人しく捕まれよ。」
店主は膝から崩れ落ち、ルーグは手持ちのワイヤーで拘束しようとする。
しかし
「うがぁぁああああああぁあああ!!!!!!!!!」
拘束される一瞬の隙に、店主が暴れて拘束を解く。
クリスタルに殴り掛かろうとする店主。
その拳は、届かない。
腕が、取れていたから。
店内に、血しぶきが上がり、床を赤黒く染めていく。店は客の悲鳴で騒然となる。
「う"あ"あ"あ"ぁぁあ"ぁあ"あ"あ"ぁあ"!!!!!!????」
店主の絶叫を他所に、ルーグが言う。
「だから『大人しく捕まれよ』って言っただろ?」
何時抜刀したのか、ルーグの手には紅い短剣が握られている。床に赤い滴りができ、カーペットを赤黒く染めていく。飲食物の匂いと鉄錆の匂いが入り混じり、店内は酷い匂いに変わっていく。痛みで絶叫し暴れる店主を、ルーグは今度こそワイヤーで縛り上げ拘束する。彼には血の一滴すらついていなかった。
そこに騒ぎを聞きつけたのか、王国騎士団が到着した。
「騎士団だ! 全員大人しくしろッ!」
「『種族差別』の容疑で調べさせてもらう!」
「陛下、閣下! ご無事でしょうか?」
「大丈夫だ。クリスタルも無事だ。」
「騎士団、この場は任せる。他に『種族差別』した痕跡があるか調べろ。客の鎮静化も任せた。」
「「御意!」」
クリスタルは騎士団に指示を出し、ルーグと共に店を出る。辺りは騒ぎを聞きつけた野次馬で囲まれていたが、二人を見るや否や去って行った。
「はぁ……、ここでも厄介事か。面倒だ。何でこの国に入る時のルールやマナー講習、皆聞かないんだか。おかげで俺らは大変だ。」
クリスタルが頭の後ろに腕を組み、ぼやく。ルーグはその横で短剣に付いた血を。質の良いハンカチで拭いながら剣が刃こぼれしていないかじっくり眺める。
「この国の最低限のルールなのにな。守ればこんな目に合わないのに、なんでだろうな?」
「俺に聞くなよ、クリスタル。ま、これで暫くはこの辺りに今回の件の噂は広まるだろう。暫く騎士の見回りをさせつつ、再犯対策しないとな。」
そうぼやきつつ、二人はオーガの住む区域の視察を続けることにした。
「よくも、この俺の腕を……!!」
そのぼやきは、誰にも届かず消えていった。
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城に戻った二人は、今回の視察の問題について話していた。ルーグが紅茶を入れ、ソファに座っているクリスタルに差し出す。それを受け取り、クリスタルはそれを啜る。
今日も紅茶が旨い。
一息入れた一息入れた後、クリスタルがルーグに問う。
「『小麦農薬問題』に『種族贔屓問題』か。俺とお前、どっちがどっちを担当する?」
「俺が農薬取引した訳だし、取引解除含めて俺が『農薬問題』を担当しようか。クリスタルは『種族贔屓』の方をお願い出来るか?」
「ま、そうだな。国のトップからまたお達しすれば、贔屓はマシになるだろう。」
「それもだが、入国時の講習も見直さないといけないな。」
「何せ、」とルーグはため息交じりに言う。
「この国は『死者の国』。幾多とある国・世界で生活していた者達が集まってるんだ。住民は何処か別の場所で生活していた。そこで身に着けた価値観や考えは変わりにくい。だからこそ、入国時に講習やって注意喚起しないと。」
「死んだのにも関わらず、もう一度この国で人生やり直せるだけ有難いと思って欲しい所もあるがな。」
「まぁ、そうではあるんだがな。それは俺達の言い分だろ。国民には分かってもらえない事もあるさ。」
クリスタルはルーグに席を勧めて座らせる。ルーグはそれに答え、クリスタルの横の椅子に座る。ため息交じりに彼は先ほどの話を続ける。
「まあ、どうするかは俺が考えるさ。クリスタルは農薬問題考えろ。」
「そうだな。さて、まずは新しい取引先の開拓か、国で生産させるか、どっちにしようか。」
寝室での会議は、もうしばらく続く。