ここに3つの選択肢があるじゃろ?
クリスタルとルーグが『切れ込み』の先に入ると、そこは何処かの林の中だった。木漏れ日がサンサンと入り、鳥のさえずりと虫の鳴き声が聞こえる。少し遠くから動物らしき影も見える。
「さて、まずは街に向かうか。『聴力強化』で人を探そう。」
「だな。」
二人が耳に魔力を集中させれば、南東の方角にかなりの人間の声が聞こえる。東にも人の声が聞こえるが、南東の方角程ではない。
「南東の人の声。街がありそうだ。」
「その前に東の方に行かないか? 街へ入るのに通行証が必要で、尚且つ人が旅人なら、街に入るのに便乗したい。」
「それもそうか。」
二人は東の方角へ林を抜けていく。進行方向から魔物の気配がする。少し急ぎ足で向かえば、馬車と乗車している人々が、ゴブリン8体に襲われていた。護衛らしき人も一人いるが、手が回っていないようだ。他にも護衛がいるが、怪我をして倒れている。
「1,見捨てて街に行く。2,見捨てて林の中へ行く。3,馬車と護衛を助ける。」
「なんで選択肢があるんだ!」
「ここに3つの選択肢があるじゃろ?」
「ゲットするなら俺は3選んで信用を得る! クリスタル、行くぞ!」
「ヘイヘーイ。」
クリスタルが馬車前方へ、ルーグが馬車後方へ向かいゴブリンと対峙する。
「通りすがりのモンだ。手伝うぜ。」
「すまない! 何方か分からないが助かる!」
「戦えない人は馬車の中へ!」
クリスタル護衛と共に5体のゴブリンと向き合う。ルーグは残りの3体と対峙しながら、馬車の中へ入る護衛を守っている。前方のゴブリンの一体が襲い掛かって来る。クリスタルはそれを右側へ回避してゴブリンの首を握り、へし折る。ゴブリンの体は糸の切れた人形のようにぶらりと垂れ下がる。それを見た他のゴブリンたちは怯んでいるが、一体だけさらに襲い掛かって来る。護衛に襲い掛かる隙を突き、ゴブリンの左胸に向かい殴り掛かり、そのまま胴体を貫通。動かなくなった仲間を見た前方のゴブリンは、今度こそ逃げ出した。後方の方ではルーグが手にした短剣で次々とゴブリンの首を刎ねていく。悲鳴すら上げず、ゴブリンたちは死んでいった。
あたりを見渡し、クリスタルは護衛に話しかける。
「大事はないか?」
「ええ、自分は何とか。ありがとうございました」
「馬車の中に怪我人はいないか?」
「2名護衛が怪我を負っています。それと馬車も損傷してます。」
「ふむ。せっかくだから、怪我と損傷を治しておくか。ルーグ、お前は怪我人を治療しろ。」
「了解。怪我をされている方は、俺の方へ来てください。」
馬車から計6名の人間が出てくる。そのうち2名の護衛が腹や頭から血を流している。ルーグは傷口に手を当て、魔力を集中させる。すると、怪我がたちまち塞がっていく。それを周りの人間は目を見開いて驚く。
「詠唱どころか名称も無しに回復魔法を使えるとは……。」
「兄ちゃん、ランクBの魔法剣士か?」
「いえ、これから街へ入ってギルドに登録する予定の冒険者です。先日村から出たばかりでして。」
「本当かぁ? こんだけ短時間で怪我が治るのは上位魔法使いくらいだぞ? それも無詠唱!」
「修行の成果ですね。」
そう談笑しながらルーグは自身の持っていた薬も差し出す。
「良ければこれもどうぞ。感染症の病気の類に効きます。」
ルーグが薬を配っていると、クリスタルが馬車の人々に話しかけて来た。
「この中にリーダーはいるか? 相談、というか交渉がしたい。」
「私です。先ほどはお世話になりました。」
初老の男性商人が、手を上げながらクリスタルに話しかける。
「通りすがりに何事かと思ったぞ。お前さんは大丈夫か?」
「はい、おかげさまで。それで交渉をされるのであれば、お礼も兼ねての交渉とさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「そうして欲しい。こっちとしては、これも直しておきたいと思うんだが、どうだ? そちらの仲間で直せないなら、俺が直せばお互い得じゃないか?」
クリスタルは商人に向かい、壊れた馬車の車輪を見せる。車輪が完全に壊されており走る事は出来ないのが素人目でも分かる。
「ここまで酷いとは……。お嬢さん、直せますかな?」
「一晩掛かるどころか、一瞬で直せるぞ。修復関係の魔法使えるからな。」
「それは有難い。して、そちらが我々に要求する物は何でしょうか?」
「『一緒に次の街まで同伴させてほしい事』と『ギルド宛へ一筆書いて欲しい事』。これくらいだ。食料が足りないなら、俺達が狩りに出かけても良い。あくまでこっちは街に入ってギルド登録したいだけ。それにギルドへの紹介状がつくなら儲けものだ。どうだ?」
「それならお安い御用です。食料と水、寝床はこちらで提供します。こちらからの条件としては『次の街までの護衛』と『車輪修理』です。いかがでしょうか?」
「こちらも問題ない。契約成立だな。俺はクリスタル。あっちの黄緑色の髪のがルーグだ。」
「わたしはブモです。よろしくお願いします。」
「さて、手当が終わったみたいだし、車輪を何とかしないとな。」
クリスタルは壊れた車輪とその破片を地面に置き、出来るだけもとの形にくっつけて並べる。そこへ手をかざして魔力を一瞬だけ込める。すると一瞬車輪が光輝く。瞬きする内に光は治まり、見れば車輪は復元されている。
「復元したぞ。サイズも合うはずだが……。お、はまったな。」
車輪は何事も無かったように馬車に装着されている。
「おお! 本当に魔法で直せるとは……。腕が良いですね!」
「大したものではない。馬の方は大丈夫か?」
「はい、怪我もないようです。出発できます。」
馬の様子を見たブモが言う。馬車に商人仲間を乗せ、怪我を負っていた護衛も乗せる。馬車後方にルーグが立ち、護衛の代わりを受け持つようだ。クリスタルはそれを見て、馬車前方へ出て護衛をすることにした。
「そうか、なら早い所野営できる場所を探そう。街へはあとどれくらいかかる?」
「明日の午後には到着できるかと。短い付き合いになってしまいますな。」
「ま、それでもよろしく頼む。行くぞ。」
「はい。出発しましょう。」
馬に鞭を打ち、馬車は再び動き出した。