オーガの反乱
ある日の夕方の自室。いつもの衣装とは違い、真っ黒な装束を身に纏ったルーグがいた。何かしらの支度をしているようだ。そんな彼にクリスタルが声をかける。
「ルーグ、下準備はどうなっている?」
「ぬかりなく。何時でも潜入できる。」
「ならいい。そっちは任せたぞ。行ってこい。」
「御意。」
そう言うや否や、ルーグの姿が消える。何処かへ行ったようだ。ルーグを見送ってから、クリスタルは自室を出て玉座の間へ向かう。その表情は冷たさを感じさせる無表情であった。
玉座に座り、待機していた十数人の騎士達を見やる。全員やる気に満ちているのが眼で分かる。一息つき、クリスタルが号令を出した。
「オーガ総勢347名がエルフ区域の一部で盗みを働いていると情報があった。一人残らず生かして捕えろ!」
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エルフ区域のある廃鉱山。そこでは約350人のオーガたちが集まっていた。皆手には銀製の武器を持ち、防具も身に着けている。その中でも最奥にいる10名程のオーガ達が地図を広げて何やら話し合いをしている。
「見張りからの連絡はどうだ?」
「城では特に動きは無いらしい。が、あの国王の事だ。何かしら動きはしているだろう。な? 頭領?」
片腕のオーガが、口を開く。
「問題はその人数と実力。それと俺の腕を切った側近様が出るかどうかだ。」
「正直あの側近は出て欲しくはないな。腕が立つので有名だ。」
「自分達で言うのも何だが、流石に出てはこないだろう。規模も規模だし。」
そこに慌てた様子のオーガが一人入って来る。その防具には草木の葉や何かの血が付いてる。
「報告だ! 騎士と魔導士、総勢10数名が南側から進行中!」
「ついに来たか!!」
「10数人程度ぉ!? 舐められたモノだな!」
「皆落ち着け。被害は?」
「南の見張り部隊は壊滅! 今他の方角にいる見張りへ戻ってくるよう連絡をしているが、連絡がつかない!」
「手練れの50名を見張りとして四方を見張らせているんだぞ!? 連絡がつかないとは何が起きている!?」
見張りの報告に、最奥に居るオーガ達は慌てて武器を持ち出す。そこへ鉱山入口に居たはずのオーガが、傷だらけで息も絶え絶えにやって来る。
「ほう、こ、く……。き、しが、とう、たつ。もう、は……、い、られ……。」
そこまで話すと傷だらけのオーガは地面に倒れる。その後ろには、一人の騎士がいた。
「『不法占拠』及び『窃盗』の容疑で全員捕縛させてもらおう!」
騎士が剣についた血を切り、構える。オーガ達は身構え、頭領以外は騎士に襲い掛かっていく。
「甘いッ!」
瞬間、オーガ達の武器が斬られ、地面に落ちる。そして一瞬怯んだオーガ達の隙を見て、騎士が斬り込む。足を切られたオーガ達は、成すすべもなく倒れる。皆呻きながら斬られた足を抑えうずくまっているが、そのうめき声が次第にいびきに変わっていた。
「睡眠魔術か。」
そう言ったのは、襲い掛からず構えていただけの片腕のオーガ。
「そうだ。『生かして捕えろ』との事だったからな。眠ってもらった。」
「だが、ここまで俺達を痛めつけてどうする? このままだと俺達、お前らに殺されるんだが? 任務は達成できないだろうな?」
「決して『痛めつけてはいけない』とは言われていないからな。生きてさえいれば、捕えてから回復させればいいだけだ。お前もな。」
「まぁ、こうなる事は覚悟してはいたが……。」
「なら話が早い。大人しく囚われろ!」
「だが、その前に側近殿に会わせて頂きたいな? 俺の腕を、こんなにしてくれた御方によ!」
片腕のオーガは斬られた後の残る、肘から下が無い右腕を見せ付ける。
「もしかしてこの騒動の黒幕は、閣下に腕を斬られたからか!」
「あぁ、そうだよ! 料理人であった俺の、命ともいえる腕を斬りやがったんだ! やり返しさせて貰いたくてなァ!?」
「そうか、そりゃどうも。」
ふと、どこからか誰かの声が聞こえた。片腕のオーガの声でも、騎士の声でもない、第三者の声。そして、片腕のオーガにとって、一番聞きたかった声だ。
「会いたかったぜ、側近殿よぉ! さっさと出て来い! ボコボコに殴らせろォ!!」
「殴られるのは勘弁だが、出てやるよ、『元店長さん』。」
廃鉱山の最奥に突風が吹き荒れてルーグが現れた。その手には何かが握られている。
「呼ばれたからには、何かあるんだろうな?」
「ああ! 一先ずこれでもくらえ!」
片腕のオーガはルーグに球状の銀の塊を投げる。すると騎士が苦し気に倒れる。
「ぐっ……! ま、魔力が……!」
「どうだ! 『魔力減少魔術具』の威力は! 魔力の強いお前達には辛い代物だろうな!?」
「いや、全然。」
その言葉通り、騎士と違いルーグは苦しさも無く立ったままだ。
「魔力が減って動きが鈍る魔術具か。考えたものだが、俺には効かんぞ。これしきで動けなくなる魔力量じゃないんでな。とりあえず、お返しだ。」
その言葉と同時に、片腕のオーガは立ったままに、その左腕が地面に落ちた。
「……え。」
「殴られたくは無いからな。悪いが斬らせてもらった。」
「……うががああああがががあっがああああああ!!!!!!!!」
斬られた部位を抑えようとして、右肘が動く。が、傷口を抑える腕は無い。地面に転がり痛みに耐える頭領へ、ルーグが見下し言い放つ。
「『不法占拠』に『窃盗』までとは。落ちたものだな、元店長さん。」
「ぐがが……。『不法占拠』は認めるが、『窃盗』まではしてない! 証拠はあるのか!?」
「あるさ。さっきからこの部屋調べて見つけたからな。」
ルーグの手には何かの種とグローブがある。
「これはお前が座っていた箱の中から入手した。以前エルフ区域の畑で発見された『品種改良前のハーブの種』だ。これは城のハーブ園でしか保管していないものだ。それと一緒に魔術具『シーフのグローブ』があった。これを調べれば、お前が使ったか一発で分かるぞ。言い訳はあるか?」
「……チッ!」
「あの時、俺の言う通り大人しく捕まっていれば良かったものを。そもそも法律を理解し守っていれば、両腕を斬られず店も繁盛させれたのにな。」
「……ずっと理解できなかった! 納得がいかなかった! 何故『種族贔屓も差別か』なのか! せっかく一つの種族として、民として認めてくれたんだ! 少しくらい差別されていた俺達オーガにも贔屓させて欲しかっただけなんだ!!!」
『飲食店の元店長』であった頭領が訴える。腕の痛みからなのか、真摯の訴えのためか、その目からは涙が溢れている。それでもルーグは言い放つ。
「『少しくらい』。それがやがて大きな贔屓になるんだ。差別になるんだ。争いになるんだ。俺もクリスタルも、そんなの嫌と言うほど見て来た。だから禁止としている。疑問に思うなら、何故聞かなかった。入国時に『ルールが理解できるまでしっかり教える』と、お前にもここのオーガ達にも伝えたのにな。」
泣いたまま突っ伏しているオーガに歩み寄り、ルーグが拘束具をはめる。そして近くの騎士に話しかける。
「20時21分。捕縛及び制圧完了。全員捕縛後、帰還する。」




