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人智超越のひずみ  作者: 東都エリ
腹違いの双子篇
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伍.夜舟のひずみ

 東都の南部。高いフェンスに囲まれた、神聖な白い建物。近代的で神秘ささえも感じさせるその施設の名は『伊弉諾』。


 日本帝国民の多くはここで産まれる。


 俺、夜舟ひずみもこの施設で産まれた。


 伊弉諾の子どもたちはその多くが養子に出される。希望者はもちろん。既婚者は二人以上の子を養わなければならないという法律のもと分配される。申請があれば、養親の精子と卵子から子どもが作られることもあり、血縁無関係の忌避は排除できる。もちろん繁殖行為を禁じてはいないので全ての子どもが施設の子であるわけでもない。

 だが、先天的な障害を持たない優良児を望むからと施設の子どもを希望する親は多い。人間から産まれる子より施設の子どもの方があらゆる面に置いて優れているのだ。500分の1の例外を除いて。


 俺の養母もそうだった。完璧な子どもを欲しがり、自らの卵子を提供し、自分に似た完璧な子どもを施設から貰い受けた。


 だが、その子どもは例外に当てはまった。


 気がついたのは俺が五つの時だった。

 母となった女性は昔は女優を目指していたらしい。だが、夢半ばで挫折して、その夢を完璧な息子に託そうとした。俺は幼い頃から数々の芸能事務所のオーディションを受けさせられて、子役としての活躍を求められた。


 母のおかげか、コネのようなものがあったのか、見事三社目にして芸能事務所が決まり、子役としての活動が始まった。だが、一度も表舞台に立つことはない。


 表情だ。笑ったり、泣いたり、子どもらしい表情ができない。施設産まれの優良で完璧な子どもとしてはあり得ない欠点だった。


 伊弉諾では毎日1500人の子どもが産まれ、1000人の子どもが死ぬ。原因はわからない。ある種の呪いのようなものだった。有名な昔話からその呪いは伊奘冉の呪いと呼ばれた。そして、伊弉諾にはもう一つ呪いがある。曰く、毎日最初に産まれる子どもは欠陥を持っているというもの。呪いの名前は伊弉諾と伊奘冉の第一子から名づけられた。

 体の一部が欠損していたり、臓器が足りていなかったり、人の形をしていなかったり。一目見てわかるものは処分されるが、中にはわからないものもいる。

 伊弉諾でどう子どもが産まれているのか、神祇省の職員でさえもが知り得ない。それゆえに長男長女を確実に把握し、処分することは不可能だった。


 そして、俺はその欠陥児だった。

 母は言った。表情が作れなくても、声や目の動きで感情を表せると。俺は母の指導のもと、その方法を取得する。声の抑揚、強弱。目の動き、瞬き。体全体を使って喜び、瞼を落として怒り、声を震わして悲しみ、顔を隠して笑い楽しむ。

 それでも、テレビ映りが悪いと、劇にしても前列の客の気を引いてしまうと。オーディションを受けても落ちる日々が続く。


 母は当然怒っていた。騙されたと施設に苦情を言った。俺を叩くこともあった。そうして一年が経つと新たな弟ができた。今度は欠陥のない一般的な施設の子ども。いつのまにか家に居場所がなくなっていた。芸能事務所でも仕事がなく、誰にも相手されなくなった。自分という存在が消えたかのような錯覚を覚える。誰にも求められず、必要とされない。


 そんな子ども時代を思い出した。


――――


「ま、待ってくれ!」

「……なんじゃ?」


 夜舟の言葉に世都来は振り返った。あと少しでも遅ければその手刀が天照の頭部を両断していただろう。夜舟が引き止めたのは、引き止めてしまったのは、昔を思い出してしまったのが原因だった。消えたくないと泣き叫ぶ天照の姿が、幼少の誰からも求められなかった自分と重なってしまったからだった。


「き、消えるってさ……ど、どういうことなんだ」

「……文字通りじゃ。神の死は存在そのものが消えること。誰もその存在を覚えておらぬか、十分な信仰がない場合じゃな。此奴は天照大御神じゃ。誰もが知っている最高神。普通なら消えぬと思うじゃろ」


 夜舟は聞き入り、頷くこともない。


「じゃが、太陽はもう一つある」


 天照が死ねば、そのもう一つの太陽に全てが譲渡される。名前、歴史そのすべてが。たとえ存在が消えた後、誰かが思い出したとしても天照という名前すら新たな太陽が引き継いでしまう。天照はそれを再度実感したのか、ぐずぐすと喚く。


「その、こ、殺さなくてもいいんじゃないか?」


 その言葉に世都来は目を大きく開けて、何を馬鹿なことを言っているのだと激昂する。


「なぜじゃ! 此奴は余と汝を殺そうとしたであろう! さては、消えた人間どもが心配か? ならば安ずるが良い。余が天照となれば消えた人間をも元に戻せるはずじゃ」


 肉体を人魂に変え、高天原に連れ去ったのだろうと世都来は言う。その逆も最高神にかかれば造作もないことだ。


「さすがに黄泉の者は無理じゃが……」

「違う! 確かにそれも心配だったけど……そうじゃなくて……」


 夜舟は言い淀むも、俯きながら言った。


「……俺は、人に忘れられる痛みを知っているから、人に求められない寂しさを知っているから! たとえ俺を殺そうとした奴でも、そうはなって欲しくはない……!」

「……」


 感情的な声。涙で上擦ったその声に世都来は目を伏せる。世都来自身もその痛みを理解していた。信仰され、忘れ去られる。幾つもあった貢ぎ物は消え、暗い世界に閉ざされては、名前さえも呼ばれない。誰もが自分を忘れている。ただ一人、忘れ去られた自分を信じてくれた夜舟を除いては。


 長い沈黙が続き、天照の啜り泣く声だけが聞こえる。時期に消化器の煙も晴れてしまうだろう。世都来は――その手刀を振り下ろした。


「まっ……!」


 夜舟の声よりも早く、振り下ろされた腕は天照の額に当たり、世都来は立ち上がる。


「うっ……」

「……安心せい。気絶させただけじゃ」

「あ、ありがとう」


 夜舟はホッと胸を撫で下ろす。安心し緊張から解放されたおかげか腰から崩れ落ちる。そしてそれにしてもと辺りを見回した。地下道の天井は消し飛び、近くにはビルがあったはずなのにそれもない。何キロも先の山々は巨大なスコップで削り取られたかのようだ。

 神。かつて存在していた日本の起源。そのはずが今や目の前に二人も存在している。出自の違う、双子のように瓜二つの神々。あり得ない。だが、信じてしまう。


「さあ、帰るのじゃ」


 夜舟は気絶している天照を背負い、世都来の後を追う。放って置いて、また殺されに来られてはたまらない。一度腰を据えて話し合おうと思った。


 人智超越プログラム。それにより発芽した能力と、信じられ現れた幼女。その幼女と自分を狙う少女。夜舟の頭には無数の疑問が残る。だが今日は疲れた。明日は学校もある。


 夜舟はゆっくり歩く。今後訪れる未来など気にせずに今は何もかもを忘れて、帰路につくのだった。

伊弉諾はそのままにポッと出の子役設定を変えたい。天照に同情するのも無理矢理過ぎる。

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