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人智超越のひずみ  作者: 東都エリ
腹違いの双子篇
2/6

弍.能力開発のひずみ

 今、世界中である一つの動画が話題となっている。


「世都来日孁命」


 夜よりは明るい暗闇の世界で一人の少年が空に手を伸ばしてそう呟いた。


 瞬間、世界は色めき、明るさを取り戻す。


 闇夜を祓う少年の動画。


 その動画は炎上していた。


『マジ最悪。失明寸前だったんですけど』


『皆既日蝕を台無しにした男』


『ココミナの天岩戸ライブが原因じゃなかったの!?』


『太陽への信仰心が足りない。日神血会は完全な太陽信仰宗教です。天照大御神様より下位の天津神国津神および人工神への信仰心を無くし能力開発で上位神になりましょう。私は日神血会に入ったことで、蛭子様の神力を得ました。近日、セミナーを予定してます。興味のある方は下記のURLから』


『だからダメなんだよあの政策は。政府はこういう思春期拗らせた勘違い主人公マンの対策できてんの? できてないよね? 問題起きてから処分すればいいって考え? お社もそうだし、日本終わった。英国で魔女になるわ』


『政府の人智超越プログラムは危険です。私はプログラムの犠牲者です。薄暗い場所に連れて行かれたと思ったら、周りに変な面を被った男たちが取り囲んでいました。逃げたくても逃げられず、声を出すと怒鳴られます。ずっと笛と太鼓と未知の言葉で洗脳しようとしてました。終わる頃には足腰が立たなくなり、思わず泣いてしまいました。そしたら奥から白衣のおじさんが出てきて洗脳装置を被せようとしてきました。それをつけている間、記憶力が低下して何をされても覚えてられないらしいそうです。私は事前にその話を友達から聞いていたので、逃げることができたけど、それを知らなかったらと思うと今でもゾッとします。#人智超越プログラムに騙されないで#国絡みのレイプ#人間最高』


『天照優位は解釈不一致。マジ無理。月読×天照が至高。#ツクアマの近親相姦を止めないで#宇宙規模の推しカプ#ツクアマ最高』


『よつぐひるめのみこと。恐らく夜津具日孁命かな? 聞いたことない雑神だけど、天照の系譜だと思う。日孁が天照を表してるから。で、夜はそのまま夜。津は港だけどここでは天津や国津みたいにその場所のことを表していると思われる。具は連れ。だから、夜、共に行く天照大神って意味だと思う。夜も照らせる太陽ってことかな?』


「なんだよ……これ」


 日蝕の日から一夜開け、夜舟は自宅アパートで携帯を開き、件の動画を見つけ言葉を失った。動画に映る少年は紛れもなく自分だ。一体誰が撮ったのか。いつのまに撮られたのか。尽きない疑問はあるが、その画角から一先ずこの人物が自分だとわからないことに安堵する。


「……」


 だが、確かにそうだと夜舟は反省する。十数年に一度の日蝕。いや、彼は最近知ったことだが皆既日蝕ならば何百年に一度だ。それを台無しにしてしまったことは反省しなくてはならない。自分の軽率な行動で失明しかけた人もいるのだ。


「だけど、どうすればいいんだよ」


 動画は拡散されていく。今では日本中のほぼ全ての人が見てしまっただろう。謝りたくても、その身を晒すことはできない。わからない。一介の高校生がどうこうできる問題ではなかった。


「困っておるな小僧」


 背後から女の声が聞こえた。夜舟は誰だと振り返る。そこには怪しげな笑みを浮かべる幼女が座っていた。自室の机から足を放り、上から夜舟を見下ろし幼女は言葉を続ける。


「余は世都来日孁命なり。汝を助けてやろう」


 まるで太陽のような明るさと影のかかった笑みで幼女はそう言った。太陽をもした髪飾り、赤と白の着物。幼女の姿はまるで宗教絵画で描かれる天照大神にそっくりである。


「よ、世都来日孁命……」

「そうじゃ。世都来と呼ぶがよい」


 その名前は夜舟が手にした能力と同じものだった。日本人だけが持つ神の遺伝子から発芽させると噂の能力開発。それで発芽した能力と同じ名前の幼女。奇跡や偶然のものではないだろう。

 しかし、夜舟は到底信じていなかった。神の力を得られる時代と言えども、当の神が現代に実在していると考える者は少ない。夜舟にとって今目の前にいる幼女は妄言を吐く不法侵入者でしかなかった。


「さては信じておらんな?」

「当たり前だろ。いきなり現れて自分は神だなんて言うやつ、信用すらできないな」


 口元を白い着物の袖を隠しながら世都来はくくくと笑う。


「そうじゃろうな。じゃが、信用する必要はない。汝がすべきは信仰。余を信じることじゃ」


 何が違うのか。夜舟は呆れたように口を開ける。世都来は構わず喋り続ける。


「さりとて御業の一つでも見せねば信じぬか……」


 ならばと世都来は指を立て、そこを注視するよう言った。夜舟が言う通りに目を向けるとボッという音を立てて、彼女の人差し指の爪先に火が灯った。橙色に発光する炎。暗い部屋の中ではそれが理科の教科書に載った太陽にも見えた。

 マジック。夜舟の頭にその単語が浮かんだが、着物の袖から露わになる白く細い腕にも、開かれた掌にも種も仕掛けもなかった。


「どうじゃ? これで信じたかの?」

「あ、ああ」


 まるっきり信じたわけではなかったが、目の前にいるこの幼女が只者では無いことを夜舟は理解する。だが、ますますわからない。そんな神が、なぜ自分の前に姿を見せたのか。なぜ助けると言ったのか。


 満足そうに頷く世都来に何か質問しようかと口を開きかけた時、インターホンが押された。甲高い音に夜舟は肩を跳ねさせる。気のせいか世都来も小さく悲鳴を上げていた。

 東都にしては学生一人が暮らせる安物件。金がなく、配達も頼めなければ、友人の一人もいない夜舟にとって入居日以来の来客だ。夜舟は誰かと思い扉へと足を進める。

 しかし、服の裾を掴まれその動きを止める。掴んでいたのは机から降りてきていた幼女。世都来は一切の笑みをも見せずに、真剣な目で夜舟に言った。


「日を浴びてはならぬぞ」

「は?」


 時刻は朝十時を過ぎたころ。部屋には一つ窓があったが日当たりの悪い部屋はカーテンが必要性を持たぬほど薄暗い。夜舟は常に無表情で感情のない目をしてはいるが、彼は当然アンデット系モンスターでもヴァンパイアでもない。それを言うなら普通、扉を開けてはならないと言うべきではないのか。世都来は何を心配しているのか。夜舟の頭に疑問が湧き、世都来は同じ言葉で忠告する。


「日を浴びてはならぬぞ」

「わ、わかった」


 その絶対だと念押しする目に夜舟は渋々頷いた。一応という形で夜舟はドアスコープを覗く。わずか数ミリの穴から扉の前が見えた。一人の男性が立っている。黒いスーツを着た初老の男。奇妙なのはその顔に謎の紋様が書かれた面をつけていること。手には何らかの書類とヘルメットのような機械を持っていた。どうやら宅配でも知り合いでもなさそうだ。夜舟は扉にチェーンをつけてゆっくりと開く。共に入ってくる日の光に慌てて避けた。


「あー、夜舟ひずみ様?」 

「はいそうですけど……」

「私、神祇省の神力活用課、鷹泣と申します」


 そう言って鷹泣は扉の隙間から名刺を渡す。


『神祇省 神力活用課 鷹泣 兵太夫』


 夜舟は、はあと間の抜けた相槌を打つ。


「夜舟様に神力測定の再検査状が届いておりますので、開けてもらえませんか?」


 夜舟はそう言われ、扉を開けるか迷うも背後で服を引っ張り首を振る世都来の姿を見て辞める。


「あ、あーそれ今日じゃないとダメですかね?」

「そうですね。私のことを考えてくれるなら今すぐの方がいいですね」

「なら、また今度でお願いします」


 夜舟はそう言って扉を閉めようとする。が、鷹泣はそのわずかな隙間に指を入れた。夜舟は驚きのあまり目を丸くする。


「妹さんですか?」

「あー……そうです」


 扉の隙間から見えたのだろう。鷹泣は夜舟の背後にいた世都来に視線を移した。夜舟は特に何かを思考したわけでもなく、適当に答えた。しかし、鷹泣はその言葉に強く反応する。


「おや、それはおかしいですね。夜舟ひずみ様。戸籍上ではあなたに弟はいても妹はいないはずですが」


 この男が自分の何を知っているというのか。その疑問に答えるように男は言った。


「いや、失礼。私、仕事柄、人に会うときは相手の素性を全て調べる癖があるんです。夜舟様の家族構成や過去。そういえば昔は子役だったんですね」

「……」


 どうやら本当に調べているのだろう。心底気味が悪い男だ。夜舟はそう感じながら言い間違えたと言い、彼女は従妹だと答える。


「従妹、そちらの方が可笑しいですがね。夜舟様の出自を考えるに妹と言いはる方が筋は通っていたのですが」

「なら妹ですよ。同じ腹のね。あの、いい加減指を離してくれません?」

「まあ、我々にとっては日本人みな兄弟ですが……」


 男は納得していないようだった。何としてもの扉を開けたいようにも思えた。


「能力測定を受けてくださるのなら指を離しますよ」

「なら受けますよ」


 受けるつもりはなかった。男が指を離した瞬間扉を閉め、鍵をかけるつもりだった。それでも帰らなければ警察を呼べばいい、夜舟はそう考えていた。だが、鷹泣は指をするするとチェーンの方へとスライドさせる。


「何してるんですか。離してください」

「その必要はありませんよ」


 そう言って鷹泣はチェーンを指で挟み、切断した。決して力があるようには見えなかった。白髪の生え始めた小太りの男という印象だった。その男がまるでゼリーでも潰すかのようにいとも簡単に硬いチェーンを断ち切ったのだ。


「なっ……!」

「ご心配無く。神祇省での評価では夜舟様は大変な逸材。この能力測定でそれが証明されたなら、このようなボロアパートとはおさらばできますとも」


 ゆっくりと扉が開かれる。あまりの驚きに夜舟は尻餅をついていた。だからだろうか、ドアスコープから見えた小太り男が、今では大男のように見える。鷹泣の背後から後光がさすかのように日光が部屋へと入る。


「しまった!」


 そう叫んだのは誰だったか。声が聞こえたと同時にリーンと凪を生み出したかのようにほんの一瞬、時が止まった感覚を覚える。


「おやおや、ここにいたのか」


 鈴のような声だった。それでいて不気味さすらも感じてしまうような声だった。夜舟が鷹泣の背後へと視線を移せば、そこには声の主と思われる少女が立っていた。太陽の髪飾り、赤と白の着物。その容姿は世都来と瓜二つだった。


「おや、お嬢さんはどちら様でしょう。もしかして迷子――」

「黙れ」


 少女がそう言うと、鷹泣の姿が消滅した。高熱にでも焼かれたかのように灰と散った。夜舟は驚き固まった。恐怖。その感情だけが胸中を支配する。


「おっと、そんなに怯えないでくれよ」


 少女が一歩踏み出す。夜舟は無表情だった。恐怖が渦巻こうとも、ただ冷や汗だけが流れつづける。少女も一種の無表情だった。貼りつけたような笑みで近づいてくる。


「そうだ。自己紹介をしよう。仲良くなる第一歩はお互いを知ることだ。吾は――」


 少女がその名を言い切るよりも前に、幼女は夜舟の体を掴み、部屋の中へと走り出した。まるで怪物から逃げるようにできるだけ遠くへ。部屋の窓を割り、ドタバタと駆けて行く。


「おやおや」


 少女はそう呟き、姿を消した。

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