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人智超越のひずみ  作者: 東都エリ
腹違いの双子篇
1/6

壱.日蝕のひずみ

『この度、我が東都高等学校は政府の進める人智超越プログラムに則り、能力開発ならびに能力測定を行うこととなりました。つきましては、本日から明日にかけて各学年クラスごとに開発・測定を行います。内容に関しましては以前お配りしました、人智超越プログラムに関する事前説明および承諾書をご参照ください。また、これにより著しい健康障害が発生する場合もございますが、政府より該当生徒は廃棄するよう指示されております。生徒の皆様にはご理解とご協力のほどよろしくお願いします』


 夜舟ひずみは前の席から配られたプリントを受け取ると、その怪しげで到底受け入れられない文言を見て、ああ、アレかと思い出す。


 人智超越。簡単に言えば日本帝国民全員を対象に日本人だけが持つ八百万の神の遺伝子を刺激し、潜在的能力を目覚めさせて人工の神様を作ろうという話である。我が日本帝国は世界と比べてもあらゆる面で圧倒的に能力不足であり、超常の力を持ってその差を埋めようというわけだ。

 すでに多くの場で能力開発が行われている一方で、違法な開発行為などが問題視され、公的機関以外による能力開発は禁止されている。そして、ついに我が校もその準備ができたようだ。


 教室内が騒めきだす。漫画やアニメで見てきた異能力とも言うべきものを手にすることができるのだ。思春期の真っ只中の子どもたちが喜ばないわけがない。夜舟もその一人だった。一体どんな能力が発芽するのかと、その能面のような面の裏では抑えきれない好奇心が踊りだしていた。


「いいか。今配ったプリントの通りだ。これから体育館で能力の測定と開発を行う」


 ジャージ姿の担任、秋夏春冬は生徒たちに廊下に並ぶよう促した。生徒から真面目と評される国語教師の秋夏がまるで体育教師のようなジャージ姿でいるのは彼女もこの機会に能力開発を行うからであっる。もちろん夜舟ら学生らも東都高校の紋章が刺繍された紺色のジャージ姿あるいは体操服姿に着替え済みだ。学校の制服ではなく動きやすい体操着を着ているのは、もし能力開発中に心身から強い神力が発芽した際、腕や足の可動域が制限されていると四肢が四散するおそれがあるからである。


「あきなっちゃんのジャージさ」

「ああ、ヤンクミみたいだな」


 夜舟は前に並ぶ友人の剣峰に言葉を返す。赤いジャージに身を包んだ眼鏡教師は有名な漫画の主人公のようだ。その答えに彼は満足そうににやけ面を浮かべ話題をこれから行う能力開発に変える。


「やっぱ神といえば、有名どころがいいよなぁ。天照とか月読とか。知ってか、アイドルのココミナ」

「天宇受売だろ」


 天宇受売命、芸能を司る神であり彼女の力を得たココミナは元々は零細企業の冴えない事務員だったが、今では世界にその名を轟かせるアイドルになった。


「まあ、どうせ無名の神なんだろうけど」


 剣峰は諦めたようにそう言った。日本には八百万の神々がいて、その誰もが古事記などに名を残すわけではない。加えて、神という性質上、信仰されてこなかった神々はその力が弱く、能力開発と言ったものの多くは毛の生えたようなものだった。


「無名の神と言えど信仰していればその力も高まっていくんだろ? それに信仰しやすいように擬似人格を埋め込んだAIホログラムを望めば支給されるらしいし」


 とは言いつつ、夜舟は政府の偶像崇拝的思考に懐疑的であった。神への信仰を高めるはずが、AIが作った神を信仰していたのでは本末転倒になってしまうからである。しかも、政府はその偶像崇拝を推しているのか、ホログラムの容姿は希望者の脳から読み取った要望通りの容姿である。さきのアイドルの例を出せば、本来女神であるはずの天宇受売が美男子になって、ココミナとユニットを組んだ曲があったりする。一部アンチもとい熱心なファンからは非難の嵐だったのは言うまでもない。


「俺は絶対獣耳ロリっ娘メイドにするね」

「うわ……」


 夜舟の剣峰に対する評価が変態な友人から支配欲の高い変態に昇格したところで、列の先頭は体育館に入り始めていた。もうすぐ夜舟たちの番である。


「お、俺の番だ。あぁっ緊張するッ!」


 剣峰はわざとらしく足を振るわせて、体育館へと進んで行った。開いたスペースを埋めようと、夜舟が一歩前に進むも、体育館の中には布で敷居がされており、どんなことが起きているかはわからない。ただ優雅な笛の音、太鼓の音が聞こえてくるのみであった。やがてその音はピタリと止まる。


「次、入れ」


 入り口の教師に言われるまま、夜舟は体育館を進む。狭い一本道。しばらく進むと行き止まりで巫女のような格好をした女性に手を消毒させられ、そして何かを呟きながら祓棒を振られる。


「どうぞ」


 巫女が布でできた敷居のひとつを捲くし上げて、蝋燭の火で灯された暗い空間の中に入った。そこには神社の神主のような服装で、顔に何かの模様が書かれた紙を貼りつけた怪しげな男たちがいた。床には陣が描かれており、それを囲むように男たちは座っている。


「其処に」


 目の前に座っていた男に陣の中心に正座で座るよう促される。目を瞑り、呼吸を整える。同時に笛の音色が聞こえてきた。


「高天原に――賜へと申すことの――畏み畏み白す」


 夜舟の耳に断片的な祝詞が入ってくる。細部までは聞こえなかったが、その意味はネットの情報から知っている。男は長々と語っているが、短く現代語訳すると『日本国の繁栄のため、高天原の神々の力をお借りしたいと恐れながら申し上げます』だ。夜舟にもっと知識があれば、その祝詞の全文を聞き取ることもできただろう。


 夜舟は自身の知識不足に特段恥じることもなく、ただ無心でその祝詞を聞いていた。幾重にも聞こえる笛の音色が鼓動を加速させ、音の合間を縫った太鼓の響きが心臓そのものを跳ねさせる。次第に胸中が熱くなり、額に汗が浮かぶ。焦り、不安、恐怖、さまざまな感情が芽生えてはその熱にかき消されていく。やがて、すべての音が止むころ夜舟はまるで長時間運動した後のような疲労感に襲われた。


「此方へ」


 正面の男が立ち上がり、敷居を開けた。夜舟はふらつきながらも外に出る。暗い場所にいたからか体育館の照明に目を細め、慣れるころにはさっきまでの和の雰囲気と打って変わって、白衣の女が未知の機械を持って立っていた。


「夜舟…………」

「ひずみです」

「ひずみくんね、ごめんなさい。それじゃあそこに座ってくれるかな」


 夜舟が用意された椅子に座ると、女は夜舟の頭に機械を被せてスイッチを押した。


「今ね、あなたのあらゆる能力を測定しているの」


 女が言うには、人間の知覚神経、記憶回路を刺激せずに脳内で無数の状況下に置き、それにより夜舟がどういった行動を取るのかを検証しているのだという。


「五億年ボタンってわかる? アレと似たようなことをやって、機械がそれの記録をとってるの。まあ、聞こえないか」


 当の本人の記憶には残らないが、今相当な数の検証が脳内で行われているのである。夜舟は虚な目でただ彼女を見ていた。その思考は海で溺れたり、火口でバンジージャンプをしたり、宇宙で日本のお笑いについての考察をしていた。だが、その思考は記憶には残らない。彼の放心は機械がビーッと音を立てて止まるまで続く。


「はい。お疲れ様」


 夜舟にはその言葉の意味が理解できない。ただ座らされて変な機械を被ったかと思えば、すぐに外されたと認識していたためだ。


「結果は後日送るからね。それからこれはホログラムの申請書。今日から一ヶ月の間は記録を保管してあるからその間に送ってね」


 どうやらあの機械はホログラムを作るための思考を読み取るためのものだったらしい。夜舟はそう結論づけ、体育館を後にした。



 それから数日が経ち、学校から能力開発の結果通知が配られる。


「いいか、いかなる能力もその信仰により形を変える。無用の長物だからと言って成長を怠ることのないように」

 

 そんな秋夏先生の言葉を聞きながら、夜舟は渡されたプリントをまじまじと見つめた。


『調査の結果、夜舟様の神力は 世都来日孁命 であると判明いたしました』


 神力というのは政府が呼ぶ能力の正式な名称で、それを持つ神の名前がつけられる。一体どういった基準でその神力が発芽するのかは公表されていない。神の遺伝子から色濃いものが選ばれると噂されるがその真偽は不明だ。

 夜舟は目についたその聞き慣れない神の名前をネットで検索した。第一に出てくるのは天照大神。もしや、天照大神の別名かと高揚する気持ちを抑えて、プリントの続きを読む。


『世都来日孁命、また世継日孁は神代に天照大神が天岩戸にお隠れになられた際に信仰された人工の太陽神でございます』


 夜舟は天照大神の文字が見えるとほんの僅かに口元を緩めたが、続く言葉にぬか喜びしたのだと悟らされる。

 一介の学生が天照大神の遺伝子を持っているはずがなかった。八百万と言いつつも八百万以上いる神の中から天照大神というジャックポットが当たるはずはない。


 しかし、気になるのは太陽神ということ。日本神話では太陽や月といった一つしかないものに複数の神はつかない。いたとしても全て習合されているはずである。習合されたならそれは天照大神であり、世継日霊の名はつかないはず。人工であることと関係があるのか。夜舟は頭を回転させるも、少ない情報からは何もわからないとさらに読み進めていく。


『世継日孁は太陽が完全に隠れた日蝕時に世界を照らします』

「よ、どうだった」


 最後の一文を読み終えたところで剣峰が話しかけてくる。彼は先に自らの結果を見せ、なんとも言えない顔をした。


「津岐神。川の分かれ道に立つ神様で流水を二つに分かれさせることが俺の能力だ!」


 そんな顔で語りながらも、最後にはノリノリでポーズを決める。


「聞いたことない神さまだ」

「そりゃな。名のある神はメインキャラが発芽するからな」

「何言ってんだお前」


 夜舟は何事もなかったかのように自身のプリントを見せた。


「なになに世都来日孁……た、太陽神!」

「人工のな」


 人工というのは人の新たな信仰により生み出された神のことを言い、天津神でも国津神でもない単独の個体である。

 人工とは言え太陽神は太陽神。神の力が信仰に依存するならばたった一つしかない存在への信仰は計り知れないものとなる。しかし今の世にその名が残っていないことを見ればやはり疑問が残る。


「ふーん、日蝕なぁ。ん? そう言えばちょうどもうすぐ日蝕の日じゃなかったか?」


 夜舟はそうだったっけと携帯端末を開き、これまたネットで検索する。なんと都合のいいことか。確かにちょうど今週末は皆既日蝕が起こる日だった。夜舟は剣峰にそうだと伝えると、ならばその力使ってみないかと誘われる。


「日蝕なんか十数年に一回だろ? 今この機会を逃したらほら、あきなっちゃんも言ってたろ。無能の懲罰でも成長を諦めるなって」

「無用の長物な。どういう懲罰だよそれ」


 しかし夜舟は剣峰の言葉を聞き、確かにその通りだと思った。この機会を逃せば次はいつかもわからない。期限つきの能力だ試せるうちに試し、信仰しやすくしよう。夜舟は彼の提案に頷いた。


「よし、決まりだな」


 剣峰は自身の携帯に予定を打ち込むと席から立ち上がる。彼は夜舟に手を振ると他の生徒の元へと歩みを進めた。夜舟はその後ろ姿を無表情に見送る。



 それからさらに数日が経ち、週末の土曜日がやってきた。夜舟は新緑が生い茂る土手を、額にべっとりと汗を浮かべながら自転車を漕いでいた。到底、天岩戸に隠れるとは思えぬほど燦々とした太陽の下、土手では何人もの人々が天照大神と月読尊の姉弟愛を確かめる瞬間をいまかいまかと待っていた。


「にゃにゃ! 来たですにゃご主人」

「おお、お疲れ。はいこれ水」

「さ、さんきゅう」


 肩で息する夜舟を出迎えたのは剣峰と獣耳ロリメイドだった。どうやらホログラムが届いたらしい。剣峰は何も言わないが、目線や顔つきから夜舟に言及してもらえるのを待っていた。


「……それが、ホログ――」

「そうなんだよぉ。わかっちゃう? まるで人間みたいだろ。うちのつぎにゃん」

「津岐神ことつぎにゃんでございますにゃ。よろしくおねがいしますにゃ!」

「これがさー、凄いのなんのって――」


 言い切る前に変態は語りだす。夜舟は水を飲みながら聞いているフリをした。確かに津岐神はホログラムとは思えないほど質感があり、人間然としていた。擬似人格AIが組み込まれているので独特な語尾に目を瞑れば会話もスムーズだ。


「夜舟もホログラム申請した方がいいぜ。一人で住んでたら寂しいだろ」


 しかも今なら一日で配送されると勧められるが、余計なお世話だと断った。家族と住んでいるのに性癖丸出しのホログラムを申請した剣峰に呆れつつ、夜舟は話を変える。


「そんなことより、なんでこんな土手川を待ち合わせ場所にしたんだよ」


 季節は春が終わり夏に向かう頃。家から遠く離れたこの場所へ自転車を漕いできた夜舟は剣峰に文句を言う。ただ能力を確かめるだけならわざわざこんな所に来なくてもいいからだ。


「そんなの決まっているだろ」


 剣峰は満面の笑みで答えた。


「俺の家が近いからだ!」


 そんなこんなで日蝕まで数分まで近づいた頃、剣峰は赤くなった頬を流水で冷やす。


「すまん……」

「気にすんな!」


 夜舟は思わずビンタしてしまったことを反省しつつ、剣峰の様子を見ていた。いや、正確には流水をだ。

 土手川を流れる水が、この世の物理法則を無視する。川から幅わずか5センチほどの水が分かれ剣峰に向かっていた。その水はまるで枝のように幾本にもなると彼の体を通り、頬を濡らしては元の川へ合流していく。これが彼の能力なのだろう。


 土手には能力を使うものが大勢いた。自身の周りにだけ涼しい風を吹かせる青年、川の水から水球を作りそれを椅子にする少女、土手川を沿うように生えた桜の木を咲かせる爺さん。少し前までは見られなかった日本の進化だ。人智超越プログラムは無名の神々が多すぎて思いの外役に立つ能力が発芽せず、この政策は失敗なのではないかと今も議論されている。だが、ここで各々が好きに能力を使っている様子を見ると、少なくとも悪い失敗ばかりじゃない気がした。


「お、始まるぞ」


 剣峰が日蝕グラスを目につけてそう言った。夜舟も太陽を見る。雲一つない快晴の空で丸い闇が今まさに光を侵食せんとしていた。月と太陽。天照と月読。神の存在が空想のものだった頃にはただの娯楽だったこの日蝕も、今となっては感慨深いものがある。


「もうすぐだ」


 土手の人々が空を見上げ、その瞬間を待ち望む。今、日本中の誰もが空を見上げていることだろう。夜舟の近くからも動画を撮る音が聞こえる。

 そして太陽が完全に月に隠れ、世界を闇が覆った。夜舟は空に向かって手をかざし、呟く。


「世都来日孁命」


 瞬間、世界は明るくなった。太陽は一段と大きくなり、月の存在を消した。弟の陰に隠れていた姉が、再び前に出てきたのだ。天岩戸が開かれたのだ。見上げていた人々は騒めきだし、肉眼で見ていたものは目を焼いた。月が消えた。太陽が現れた。


 この日、日蝕の最短時間が更新されると共に、ある一つの動画が話題となる。


 そして、その動画によって自身の運命が大きく動かされることを少年はまだ知らない。

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