ストーリー9 王子様にわからせる
「素人しかいないチームに負けただと!?馬鹿者!!」
大会本部テントにいる鬼頭教諭の前に、準決勝で明日斗たちのチームに敗れたチームのサッカー部員が並ばされていた。
「全く。素人チームが決勝の相手なんて、中川のチームも試合がやりにくいではないか。お前たちのせいだぞ!!後で、中川に謝っておけ」
「はい・・・」
サッカー部員たちは下を向いて俯いていた。
「あの・・・監督。仙崎という人は何なんでしょうか?」
「ああん?あの転校生がなんだ?」
「敗戦の言い訳ではないのですが、我々は終始攻めつづけていました。けど、攻撃が全部彼に完璧に潰されました」
「そして、試合終了間際でお互い0-0同士で、こちらのチームが無理攻めをしたところを、一瞬のカウンターで決められました」
「あれは明らかに、素人ではない試合運びでした」
実際にピッチで明日斗と対峙したサッカー部員たちは、彼のプレイについて口々に語った。
この中学のサッカー部は県大会で上位に食い込むチームだ。故に格上とのレベル差というのも同時に肌感で体感してきている。
先程の準決勝の試合は、明らかに格上にいいように攻めさせられて、受け潰されて、最小限の力でやられてしまったという感じで、断じて素人チームのラッキーパンチが当たったという類の試合内容ではなかった。
「奴は前の学校ではサッカー部にいたようだが、前の学校は県大会にすら出れていない弱小校だ!!下手な言い訳をするな!!もういい、中川たちの応援に行け!!」
鬼頭が大会本部の長机をダンッ!!と叩き、サッカー部員たちは萎縮しながら、大会本部テントを後にした。
「全く、決勝でサッカー部同士の模範的な試合を全校に披露しようとしたのに」
ブツブツと鬼頭は独り言ちる。
あの転校生の、前の中学校からの申し送り資料には、協調性にやや欠けるという記載以外は、平凡そのものだった。
サッカー王国 静丘県の学校からの転入だが、同校のサッカー部は特に強くない平凡な成績だった。
「まぁ当初予定とは違うが、素人チームをうちのサッカー部のチームが圧倒的に蹂躙するというのを全校に見せつけるのも、悪くはないか」
そう言いながら、鬼頭は決勝戦の試合を観戦しようと、ピッチへ向かった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ぐっ!!」
Aチームの戦略は、偵察なんてしていなくても手に取るように解る。
マイボールになったら王子様にボールを預ける。
それだけだ。
「はい。動き出し遅いし初期加速が遅い」
空いたスペースへのパスに王子様が走り込もうとするが、俺に敢え無くカットされる。
「パス出しもっと精度上げろ!!」
王子様は苛立ったように、パスの供給元のMFを怒鳴りつけた。
「いや、今のはお前の走り出しが遅いだけだよ」
俺は試合中にも関わらず、王子様に冷たくダメ出しをする。
普段はもちろん対戦相手にこんな失礼な事しないが、これは正式な試合じゃないし、何よりこいつは超えちゃいけないラインを超えた。
人の退部届なんてものを強引に賭けさせやがったんだ。
当然負けるわけにはいかないし、二度とこんなふざけた真似をしでかす気が起きないように、徹底的に潰す。
「この!!素人がエラそうに」
「ほら次のパスが来るぞ」
王子様も反応して、前に走り出したが、俺は自軍のゴールを背にして正確にパスの軌道を見定めてトラップしてボールをキープする。
「今のパスは、ポストプレーでボールキープして自軍の上がりを待つべき場面だろ。まぁ、俺がへばりついてたらキープするのはキツイだろうけど」
「う、うるさい!!よこせ!!」
王子様は強引に俺の背後からチャージをかけるが、
「体幹が弱い。ちゃんとコアトレーニングやってるのか?」
余裕を持ってキープして、相手の攻撃陣が釣り出されてこちらに上がってきたところで、カウンターパスを出す。
Aチームは慌てて守備に戻る。
パスを受けた誠也が右サイドに自ら切り込み、シュートを放つが、相手ディフェンダーに当たり、ボールはAチームゴール側のラインからフィールド外に出た。こちらのコーナーキックだ。
「俺が蹴る」
そうBチームのメンバーに言って、俺はボールをコーナに置き、目を閉じてボールの軌道をイメージする。
目を開き、味方と敵の位置を最終確認する。
「誠也!!もっと俺の側にこい!!」
大きな声で、周りにも聞こえるように誠也へゴール前のポジショニングを指示する。先程、シュートを放った誠也を、Aチームは否応なく警戒して一緒にポジションを動かす。
その直後、迷いなく俺はコーナーから一蹴した。
回転がかけられたボールは、先程のイメージ通りにファー側のゴール隅へ直接叩き込まれた。
「「「 おおおおぉぉ!! 」」」
鮮やかな先制点に思わず、Aチームもちだった観客もどよめき、拍手が起きる。
「ナイスシュート!!明日斗!!」
未央が喜んで拍手しているのが見えた。弾けるような笑顔を見せている。
先程の、俺の退部届を賭けた勝負云々のアナウンスは当然、未央の耳にも入っていただろう。
未央をさぞ不安にさせただろうと思うと、あらためて王子様をこの場で叩き潰してやらねばと決意を新たにする。
「流石っすね。ナイスシュート!!」
「すまんな。美味しい所貰っちまって」
「何言ってんすか。この試合は俺に暴れさせてくれって、すでに試合前にBチームの皆に頭下げたじゃないっすか。自由にやりたい放題やっちゃって下さいよ」
誠也がおどけながら答える。
「そうですよ。それに、予選では僕たちが楽しくプレーできるように尽力してくれたじゃないですか」
「俺、サッカーで点決めたの初めてです。体育のサッカーより楽しかったです。感謝してます」
「だから、最後の試合くらい自由にやっちゃって下さい」
他のBチームのメンバーも口々に後押しをしてくる。
「けど、これじゃあ俺のワンマンショーになっちゃうぞ」
「むしろそれが見たいんっすよ。それに・・・」
誠也がチョイチョイと手招きして皆を集めると小声で、
「日頃あれだけエバッてる王子様が惨敗してるのが見たいんっすよ」
とBチームのメンバーにこぼした。
「「「「 それな!! 」」」」
腹を抱えて笑うBチームの面々を前に、俺も胸のつかえがとれた。
「よし、じゃあ徹底的にやったるか」
「「「 おう!! 」」」
俺達は、試合再開のため自分のポジションに戻っていった。
(ピッ!!)
審判の笛で試合が再開された。
相手は相変わらず王子様にパスを供給するが、あっという間に俺に刈り取られる。
作戦の変更とかしないのか。先程のこちらの得点直後で何か修正してくるかと思ったが、キャプテンの王子様は何も具体に指示は出していないようだ。
客観的に見て、既に王子様は俺と一対一でマッチアップしたら必ず負けるというのは、Aチームのチームメイトは解っている。
解っていながら、王子様の指示がない以上、パスは王子様へ集めるしかない。俺にボールを奪われることを解っていながら。
無意味な作業を行うことは苦痛を伴い、モチベーションを下げる。そのため、ますますAチームのパス精度は落ちていく。
「そろそろ陰険な受け潰しは止めとくよ」
再開直後のパスを難なくカットした俺は、ボールを止めて、王子様に話しかけた。
「なんだと」
「俺とお前の格付けはもう済んだし、これ以上やると、ただの弱い者いじめになるからな」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕を弱者・・・だと」
憤怒の感情がもし炎として現出するなら、今の王子様の憤怒の炎は、さぞかし景気のいい勢いの火柱となるだろう。
自分が先に直接対決で白黒はっきりさせるみたいな事言ってた癖に。
「球技大会なんてお祭りみたいなもんなんだろ?折角だし派手に盛り上げてやるよ、王子様」
そう笑いながら言うと、俺はドリブルで敵陣へ突っ込んでいく。
トップレベルのフォワードである俺の初速に、ボールを持っていない状態で全力で走っているにも関わらず、王子様はあっという間に俺から振り切られていた。
ドリブルのスピードはそのままに、基本のアウトターンからエラシコと、次々に中央を突破してペナルティエリア手前まで進入。
左右のディフェンダーが距離を詰めるが、シュートレンジが狭まる前に右脚を一閃!!
電光石火のドリブルからの鮮やかなミドルシュートがゴールネットを揺らす。
失点直後に、またしてもあっけなく失点を重ねたAチームは呆然とするしかなかった。
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