ストーリー6 球技大会はサッカーに決定
「では、今年の球技大会。男子の競技はサッカーに決まりということで」
職員会議で、サッカー部顧問の鬼頭教諭は、会議の場で決まった結論を他の教諭に再度確認するように告げた。
鬼頭が見渡した中には、渋い顔をしている教諭が何人かいた。
サッカーという、身体的接触が多い競技を選ぶことに、難色を示していた教諭たちだ。
しかし、鬼頭の強いすすめと学年ごとに分けるから大丈夫だとの強弁により、半ば押し切るように決まってしまった。
鬼頭は、顧問をしているサッカー部員が活躍する機会、ひいては自分のアピールの場が増えたことにほくそ笑んでいた。
最近は、生意気な転校生がサッカー部のエース部員を負傷させかけたのを、謝罪もせず、結局そのままサッカー部にも入らず逃げてしまった。
最近の子は辛抱が足らない。
この球技大会のサッカーを通して、忍耐を子供たちに学ばせたい。また、忍耐を学んだサッカー部員たちの強さを学内に知らしめてやる。
鬼頭はそんなことを考えていた。
そして、ふと転校生について思い出したので、岡部教諭に話しかける。
「岡部先生。例の転校生の前の学校からの申し送り資料は戻ってきたのですか?」
「あ・・・あの資料ですね。ええと・・・戻ってきたので、整理して明日には皆さんにも共有します」
岡部は焦ったように、そう答えた。
「頼みましたよ」
鬼頭が去っていくのを、岡部はうつろな目で見送っていた。
翌日の朝に、教諭のパソコンからアクセスできる共有サーバーの問題児フォルダに、新たに仙崎 明日斗のフォルダが追加された。
先日の仙崎の謝罪拒否についての経緯メモのファイルと共に、前の学校からの申し送り資料という名のファイルが格納されていた。
しかし、そのファイルは、資料を紛失させてしまった岡部が捏造で作成した、全くデタラメな内容のものであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「年度始めの球技大会は男子はサッカー、女子はバレーボールになりました。今日は、このホームルームの時間でチーム分けの話し合いをしたいと思います。男子はこっちに集合」
音頭を取っているのは、体育委員の王子様だ。
「早速だが、実はすでにチーム分けは僕の方で編成済みだ。チーム分けはこの通りだ」
王子様はチーム分けメンバーの表が書かれた紙を配付する。
クラスで2チームに別れるのか。
俺はBチームか。
ん?俺の名前の横に書かれている「リーダー」というのは何だ?
「王じ・・中川君。俺の横にあるリーダーって何なの?」
「ああ、それかい。今回は球技大会で優勝するために、僕が率いるAチームは精鋭を集めているんだ」
「ほぉ」
「とは言え、Bチームにも率いる者が必要だろ?だから、サッカー好きだという君が適任だと思ったんだよ」
なるほど。
要は残り者たちのチームを俺が面倒見ろと言う事か。
しかし、俺を評してサッカー好きと来たか。
確かに全くの間違いというわけではないな、うん。
俺がサッカーが好きなのは事実だ。
「わかった。引き受けた」
「期待しているよ」
ニンマリとした笑みを口元にたたえて、王子様はチーム分けについての話し合いという名の、事実上の決定事項の伝達を終えた。
◇◇◇◆◇◇◇
「明日斗がBチームのリーダーになったのね」
「王子様に頼まれたからな」
俺と未央は、今日も昼休みに文芸部の部室で一緒に弁当を食べていた。
「チーム分け、かなりあからさまね。サッカー部員と体育の成績がいい男子は根こそぎAチームだわ」
チーム分けのプリントを見ながら未央は、卵焼きを頬張った。
「本気でクラスの優勝を目指すなら、間違った戦略ではないさ」
「たかだか学内の球技大会で、そこまでガチで勝ちにいく必要なんて無いでしょうに」
たしかに、新年度早々に行う行事なんだから、新しいクラスメイトとの親睦を深めるのが主な目的なんだろう。
サッカー部が球技大会のサッカーでガチで勝ちに行くのは、少々空気が読めていない。
「それより、未央の薦めてくれた恋愛小説、『華より紅く』読んだぞ」
「どうだった?」
「主人公の夏帆可愛すぎ!!」
「でしょー!!」
俺と未央は、小説の感想を語り合った。
「なんで夏帆は木村くんじゃ駄目なんだよ!!木村くんむっちゃ頑張り屋で優しくて良い奴じゃん!!」
「この年頃の女の子は、ちょっと危うい感じの拓矢くんみたいな男の子が放っておけないのよ」
「絶対、木村くんと一緒になった方が、夏帆は幸せになるって!!」
「明日斗は女心が解ってないな〜」
件の小説のページを開きながら、あーでもないこーでもないと、二人で感想や考察を述べる。
華より紅く、通称ハナアカは、今まで手に取ろうとも思わなかった女主人公の恋愛小説だが、読んでみたら存外面白かった。
練習の休憩時間に読んでたら、ヴィナーレジュニアユースの皆に、めちゃくちゃイジられたけど。
「これ面白かったわ。次の未央のお薦めの本教えてくれよ」
「また私のお薦めでいいの?」
「自分で選ぶより、人にお薦めされたほうが新たな本に出会えるからな。未央のセンスがいいのは1冊目で解ったし」
未央は、不意に俯いた。しかし、チラリと見えるその顔は、自分の好きな物を相手も好きになってくれた、くすぐったい充足感に満たされているようだった。
「明日斗、この間チラッと話した、文芸部の大会があるって話、覚えてる?」
「ああ」
「明日斗は、ビブリオバトルって知ってる?」
「何かカッコイイ名前だな」
「ビブリオバトルっていうのは、簡単に言うと、自分が他の人にお薦めしたい本をプレゼンして、どの本を皆が読みたいと思ったか投票して決めるっていう大会なの」
「ほぉ、そんな大会があるのか」
「基本は喋りのみで、パワーポイントやレジュメも使えないから、文字通りトークだけで、その本の魅力を伝えるの」
「いいじゃん。未央にピッタリじゃないか」
「どこがよ。私、人前で話したりなんか全然してきたことないのに」
「けど、本を他の人にお薦めするのって嬉しいんだろ?さっき、俺とハナアカの感想言い合ってる時、未央、凄い良い顔してたぞ」
「そ、そう?」
「人前で話すのに不安があるなら、まずは練習で俺にだけ本のプレゼンしてみてくれよ」
「練習・・・付き合ってくれるの?」
「せっかく文芸部に入ったんだし、何か形に残る思い出が欲しいじゃん」
「・・・実際に大会に出場するかはさておき、練習はしようかな。どうせ明日斗に本のお薦めはするんだし」
「おう!!頼むよ」
赤い顔をしながら、本棚から何冊か本を選ぶ未央の後ろ姿を見て、2日連続で俺は微笑ましい気持ちになっていた。
引き続きお付き合いいただける方は、ブックマーク、評価等よろしくお願いいたします。
励みになっております。
本作のキャラの名前のネタ元にちらほら気付く人が出てきてニンマリしてます。