ストーリー5 幼馴染ちゃん 氷の令嬢辞めるってよ
昼休みになって、俺は文芸部の部室へ向かった。
未央から、話は昼休みに弁当を食べながら部室でとスマホにメッセージが来ていたからだ。
お弁当を抱えて俺が部室に入ると、未央は既に部室の机に座っていた。
「はー、えらい目にあった」
「人気者は辛いわね」
「人気があるのは、かぐや姫のほうだろ」
「なにそれ?」
「未央の異名の1つだろ」
「いくつかあるみたいだけど、陰で言われてるから私自身は知らないのよね」
「名字の竹部から連想して、竹から生まれたかぐや姫ってのが由来だろうな」
朝の王子様とのやり取りで、俺が未央と親しいということが周りにバレたため、色んな人間が、授業の合間のわずかな休憩時間に俺のところに押し寄せてきた。
俺と未央との関係を問い質すものがほとんどだった。
俺の方も、幼馴染としか答えようがない。
その間、王子様が刺すような目線で睨んできていた。
「なんで、みんな俺に聞いてくるんだ」
「明日斗が話しかけやすいからでしょ」
「転校2日目の俺より話しかけにくいのか?未央は」
「皆がビビってるだけよ」
「俺は未央と話すのに何の気兼ねもなくて、好きなんだけどな」
「ゴッホン!!」
未央がお弁当を喉につまらせたのか、盛大にむせる。
武士の情けで、視線を本棚の方に移す。
ノンフィクションものからSF、推理小説にはたまたラノベまで、実に多種多様な本が置いてある。
「色んなジャンルの本があるでしよ?」
まだ少し小さな咳をしながら未央が話しかけてくる。
「ああ。正直まったく手を出してないジャンルもあるな」
「先輩たちが置いていった本も多いわ」
「それでジャンルが色々なのか」
「読書好きは、本の置き場に常に困ってるからね。だから部室に置いておいて、そのまま卒業して行っちゃうのよ」
「何か借りてくかな。ユースのクラブへの移動時間結構あるからな」
「あ、じゃあこれが私のお薦めだよ。キュンキュンする恋愛物だよ」
未央が本を本棚から抜いて、俺に渡してくる。
正直、恋愛小説なんて読んだことないが、未央がキラキラした目をしながら渡してくるから、読んでみるか。
「おう、じゃあ読んでみるよ」
「読んだら感想聞かせてね」
「文芸部の活動って、やっぱり本を読むのが主な活動なのか?」
「ここの文芸部はそうだね」
「文芸部って言ったら、作品集の冊子作って文化祭で売るイメージだけど」
「何年か前はやってたみたいだけど、最近は気軽にネットで作品を公開できるから」
「何か文芸部の大会みたいなのはあるのか?」
「一応あるけど・・・・私はいいかな」
体育会系部活とは違ってそんなもんかと思いながら、俺も椅子に座ってお弁当を広げた。
「そういや、王子様の視線が痛いんだけど」
「アイツ、私に言い寄ってきてるからね。しつこくてウザくて仕方ないわ」
「かぐや姫なんだから王子様に無理難題でも吹っかけて諦めさせたら?」
「軽薄な奴に与えるチャンスなんて無いわ」
素知らぬ顔でお弁当を食べ終えた未央は、文庫本を取り出した。
「周りや王子様がうるさいから、教室では俺達話したりするのやめるか?」
「え?」
未央が文庫本から顔を上げる。
「このままじゃ、未央のキャラが崩壊するだろ?」
「そうだけど、私は別に・・・」
「安心しろ。未央が逃げてる間に、色々聞いてきた奴らには、俺達はただの幼馴染だって言っといたから、その内に騒ぎも沈静化するだろ」
「ただの幼馴染じゃない!!」
バンッ!!と少々乱暴に文庫本を机に叩きつけながら、未央はいきり立っていた。
「な、何だよ。大きな声出して」
「よし決めた!!今、決めた!!
今日から素のキャラで行く!、
氷の令嬢も、かぐや姫も、くっだらない!!
んなもん、捨てたら〜!!」
「なんで、そんな急に・・・」
「明日斗と一緒にいれる時間は、あと1年間しかないんでしょ?」
「ああ」
「くだらないキャラを守るために明日斗と過ごす時間が短くなるなんて真っ平だわ!!」
「お、おお。まぁ、未央が決めたことなら、俺も協力するよ」
未央の気迫に圧倒されながら、俺は答えた。
◇◇◇◆◇◇◇
「ちょ・・・なんでそんなくっついてるんだ」
「い、いいでしょ。それに協力してくれるって、さっき言ってたじゃない!!」
あと5分で昼休みが終わるというタイミングで、文芸部の部室から教室へ戻る道すがら。
未央は俺の左腕に自分の腕を絡めていた。
昼休みということもあり、廊下にはたくさん生徒が歩いている。
道行く生徒は、こちらを見てギョッとして驚いている。
「これだと、氷の令嬢イメージの払拭はできるけど、新たな問題が起きるぞ」
これじゃあ、俺と未央が付き合ってるという噂に波及するのは必至だ。
俺とクラスで話したりするために、何も恋人っぽくする必要はない。対応策として、ちょっと飛躍し過ぎだ。
そんなことを未央に諭そうとしたが、沸いたヤカンのように湯気が出ていそうなほど顔を上気させて、いっぱいいっぱいな顔をした未央を見ると、今は何を言っても頭に入らないかと俺は諦めた。
ガラッとクラスの教室のドアを開けて中に入る。
そして今回も当然ながら、クラスの空気が凍る。
「未央、着いたぞ」
未央の席まで来たので、腕を揺する。
未央は名残惜しそうな顔で俺の顔を見つめながら、組んでいた腕を解く。
「うん。明日斗、帰りも一緒に帰ろうね」
「あ、今日俺クラブ行く日だから無理だわ」
「エエェェ!!」
「ちゃんと道中に、さっき未央がお薦めしてくれた本読むから」
「むぅ・・・明日、感想聞かせてもらうからね」
少し拗ねたような声を上げる未央の声が、耳をすましながら聞いているクラスメイトたちの耳に、バッチリと届く。
「氷の令嬢、あんな可愛い感じだったっけ?」
「幼馴染には心許してるって感じだね」
「いや、あれは完全にメスの顔してたって」
「すました女かと思ってたけど、案外可愛いとこあるじゃない」
ヒソヒソ話をするクラスの女子からは未央のイメチェンは、案外好意的に受け取られているようだ。
問題は男子の方だ。
普段見られなかった、未央の可愛い様子が見て取れたのは良かったのだが、それがポッと出の転校生の俺にだけ向けた態度ということに、嫉妬を覚えずにはいらなれないようだ。
未央のもとを離れて、自分の席へ向かう間に、殊更粘っこい視線を向ける王子様の視線に気付いていたが、俺は意図的に無視した。
◇◇◇◆◇◇◇
「数日ぶりだな静丘県」
俺は登呂ヴィナーレのジュニアユースのクラブハウスの前で伸びをした。
「よ、明日斗。どうだ?転校して」
「お、聡太。遠征ぶりだな。通勤ルート、前より乗り換えが多くなって大変だよ」
「俺は学校での様子を聞いたんだけどな」
そう言って、同じジュニアユースのチームメイトの、屋敷 聡太は苦笑した。
「学校いいぞ。今回は俺がジュニアユースってバレてないからな」
「マジか!?いいなー。サッカー熱高い静丘県じゃ、黙ってても絶対バレるからな」
「まぁ、相当なサッカー好きじゃなきゃ、プロチームの下部組織の中学生の選手まで知らないからな」
「静丘県だと同級生は知らなくても、親がサッカー狂で、俺らのこと知ってたりするからな」
「おっちゃん連中からの方が、むしろ女の子からよりサイン求められるよな」
「あるあるだわ」
「その変わりに学校でジュニアユースってバレてるとエグいこともあるんだよな」
「青田買い目論む女の先輩あしらうの大変だったわ。そして、今は後輩からのアプローチがキツイ。色々手を出したら終わるし」
遠い目をする聡太。
聡太も結構イケメンだから、学校では苦労しているようだ。
「サッカー部の先輩に校舎裏に呼び出されたんだろ?」
「あの時は焼き入れられるのかと、ビビりながら行ったら、ただのサッカー談義のお誘いでホッとしたわ」
「静丘県民はサッカー熱高いから、基本リスペクトしてくれるから、その点はありがたいよな」
「そっちの県ではどうなの?」
「早速、サッカー部の王子様に目の敵にされてるぞ」
「王子様?」
俺は聡太に、転校早々に王子様に絡まれて、サッカー部顧問から入部拒否宣言されたことについて、練習用ユニフォームに着替えながら話した。
「U-15日本代表選手なのに中学校のサッカー部から戦力外通告とか草だわ」
聡太は腹を抱えて笑い転げる。
「俺は笑えたというより呆れたがな」
「ヤベェおもしれぇ〜。この話、U−15メンバーのグループチャットに投稿しとくわ」
聡太が笑いすぎて涙を拭っている。
ちなみに聡太もU−15日本代表の招へいメンバーの常連だ。
「そう言えば、そっちの県でU−15のメンバー1人いるじゃん」
「あ〜、そうだな。天彦がいたな。それにアイツはクラブじゃなくて中学部活だったな」
中学部活なら、王子様のことも知ってるかもな。
今度、天彦に連絡して聞いてみるか。
けどな~
「アイツと話してると疲れるんだよな」
「天彦は明日斗の信者だからな」
俺は溜息を吐くと、瞬時に真剣な顔になってグラウンドへ出る。
練習は短時間集中がヴィナーレ流だ。
俺は雑念を振り払い、目の前の練習に集中した。
日間ジャンル別ランキング1位、日間総合7位に入っていました!!
やったー!!ワールドカップ効果すげぇ!!
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