ストーリー2 王子様との衝突
「じゃあ転校生を紹介するぞ。入ってきなさい」
3年1組の担任の先生が教卓から廊下にいる俺に声をかける。
転校は人生2度目だが、この瞬間はやっぱり緊張するな。
「仙崎 明日斗です。小2までこっちの小学校に通っていたので、知っている人もいると思います。また仲良くしてやって下さい。趣味はサッカーです。よろしくおねがいします」
こういう初対面での挨拶は奇をてらわないのが一番だと、俺は1回目の転校の時に思い知らされている。あれは黒歴史だ・・・今でも時々寝る時、布団の中で思い出してうわぁーーってなる。
「今は出席番号順だから、仙崎は窓際の列の一番後ろの席だ」
俺の無難な挨拶が終わり、指定された席へ向かう。
窓際から2列目の1番前の席の未央が、微笑みながら小さく手を振ってくる。
俺の緊張を解そうとしてくれているのか、ありがたい限りだ。
俺も無言で微笑みながら小さく手を振り返す。
その時、何故かクラスがザワめいた気がしたが何なんだろう?
俺は構わず目的の自分の席へ向かうが、ふと視界の中に動くものが映り込んだ。
俺の席の斜め前の席の男子生徒が、左足を目一杯、机と机の間の通り道に伸ばしてきた。
足を伸ばしたタイミングは、俺を転ばそうとするのにバッチリのタイミングだった。
(ガッ!!)
「ぐっ!!?」
「ああ、すまん」
苦悶の声を上げたのは、足を伸ばした生徒の方だった。
脛を抑えて痛そうにしている。
俺を転ばせるために足を硬直させていたのが災いして、俺の足とぶつかった衝撃をモロに脛で受けてしまったのだろう。俺の方は何も痛くない。
相手が痛がっているので、一応儀礼的に軽く謝っておいて、さっさと自分の席についた。
心なしか、さっきよりクラスがざわついているようだ。
周囲からは、
「あの転校生終わったな」
「転校初日から王子様に目つけられるとか前途多難だな」
「いいじゃん。いい生贄役ができて」
と、ヒソヒソ声が聞こえる。
転校初日だから、状況がいまいち掴めないな。
後で、未央に聞いてみるかと思っていると、そろそろ始業式だから廊下に背の順で並びなさいと、担任教師から指示があったので、皆そそくさと席を立った。
◇◇◇◆◇◇◇
退屈な始業式は滞りなく進行した。
校歌斉唱は、今日初めてこの学校の校歌を聞いたので、口パクで誤魔化した。
始業式が終わり帰ろうとすると、担任の岡部先生から、職員室に来るように言われた。
転校関係の手続きかと思い出向いたが、職員室の応接コーナーに通される。
目の前には、先程俺の足を引っ掛けようとした男子生徒と、色黒のガッシリしたジャージ姿の男性教師が、対面のソファに座っていた。
「困りますなー岡部先生。あなたのクラスの生徒が中川に危うく怪我をさせる事態になるとは。彼はうちのサッカー部の主将でエースなんですぞ」
「はい・・・すみません鬼頭先生」
俺の隣の椅子に座る岡部先生が、小さくなっている。
「中川は2年生で県選抜のセレクションに招集される逸材ですぞ。今年は県選抜メンバー入り間違いなしなんだ。もしくだらない事で怪我をしてしまったら顧問として、私も黙っていませんよ」
クドクドと鬼頭とかいう先生が岡部先生に苦情を言いたてる。
スミマセン、スミマセンと岡部先生はしきりに頭を下げている。しかし、ペコペコと気安く頭を下げている姿は、何だか謝り慣れているような感じがして、却って相手をヒートアップさせているようだ。
しかし、都道府県選抜か。
ナショナル選抜メンバーの俺は自動的にメンバー入りしてるから、都道府県選抜のセレクションについてはよく知らないんだよな。
中川とかいう選手も聞いたことないし・・・
ああ!!選抜のセレクション、つまりは選考会に呼ばれただけだから、選抜メンバーには選ばれてないのか。じゃあ俺と接点は無いな。
「ともかく!!今回は、転校生ということで大目に見て、本人が謝罪するなら許すとしましょう」
ハイハイと何度も頷きながら、岡部先生は俺に視線を向ける。
とっとと終わらせたいという感情が表情からダダ漏れだ。
「話はこれで終わりですね。じゃあ失礼します」
俺は、そんな岡部先生の内心なんぞ知ったことではないので、とっとと退散しようと席を立つ。
他の3人は、俺の言っている言葉の意味が解らず虚をつかれて一瞬固まっていたが、俺が席を立って職員室を出ていこうとすると、慌てて岡部先生が追いかけてきた。
「ちょっと!!仙崎。今の話、聞いてたか?」
「聞いてましたよ」
「じゃあ何で帰ろうと・・・」
「すでに謝罪はしてますから。そうだよね?えーと、中川くんだっけ?」
俺が聞くと、中川くんはワナワナ身体を震わせている。
「ぶつかった直後に言った、あれを謝罪と言いたいのか?お前は」
「そもそもあれは、君のほうが悪いだろ」
転校生にちょっかいを出そうとして自爆して、挙げ句に顧問の先生に嘘の告げ口するとかダサ過ぎだろと言いかけたが、流石に転校初日から口が悪すぎるか?と思い口には出さない大人の対応をした。
「仙崎、ちゃんと大人の対応をだな・・・」
「十分してると自負してますが」
事実を捻じ曲げて、謝らせやすそうな奴を謝らせて事を治めようとするのは、大人の対応とは言えない。
この岡部とかいう教師も駄目だな。
「君はサッカーが趣味なんだろ?だったらサッカー部顧問の鬼頭先生や主将の中川くんにはキチンと誠意をもって謝ったほうがいいだろ」
「ほう、サッカー部に入部希望か。この転校生は」
ニチャアという音が聞こえてきそうな、嫌らしい口元で、サッカー部顧問の鬼頭は笑みを浮かべながら笑った。
まるで相手の致命的な弱点を見つけたとでもいうような顔だ。
「真摯に謝ることができない生徒をサッカー部に迎え入れるわけにはいかんな」
「うちのサッカー部は強豪ですからね。主将として、人間性に問題のある者の入部は認められないですね」
鬼頭と中川は、まるで自分達が相手の生殺与奪の権利を握った上位者のような、余裕の態度と物言いで言い放った。
「ほら、早く謝っちゃおう。仙崎くん」
岡部が何故か、少し嬉しさが滲んだ顔で俺に謝罪を促す。
上手いこと俺に謝らせる口実を見つけられたことに安堵しているのだろう。
初対面だが、どんだけこの人は顔色が読みやすいんだ。
「俺から謝罪する必要はないです。失礼します」
3人の期待に反し、そう言って俺は再度、職員室のドアへ向かう。
「後日、謝罪に来てもサッカー部への入部は認めんぞ!!」
「後から泣きついてきても知らないからな!!」
チラリと後ろを見ると、紅潮した顔で鬼頭と中川がいきり立っている。岡部は青い顔をしている。
「失礼しました」
俺は怒号を背中にドアを閉めて、職員室を後にした。
まったく、見当違いも甚だしい。
俺はそもそも、ジュニアユースのクラブチームに所属しているので学校のサッカー部には入部できない決まりだ。
自己紹介で、俺の趣味がサッカーだと話したのを聞いた岡部が早とちりしただけだ。
自分が優位な立場にあると勘違いしている中川と鬼頭の2人は、俺からしたら滑稽なものでしかなかった。
しかし、おかしいな・・・
俺が通っていた静丘の中学では、俺がジュニアユースのクラブチームに入っていることや、サッカーの世代別代表に選ばれていることは把握していた。
こういう生徒の特殊事情や実績って、転校先の学校に引き継がれるものなんじゃないのか?
少なくとも担任の岡部は把握していてもいいような気がするが。
まぁ、プロチームのジュニアユースクラブや、ナショナルチームメンバーである情報が広まったら広まったで、面倒なことにもなったりするので、特に自分からは言わないようにするか。
◇◇◇◆◇◇◇
時は経過して、すべての部活動が終了した夜。
「まったく、何だあの転校生は!!岡部先生も大変ですな!!あんな問題児の担任で」
「は、はい」
生徒たちが下校した教員たちだけの職員室で、開けっ広げな会話が繰り広げられる。
「転校前の中学校でも、さぞ手を焼いていたんでしょうな」
「え、ええ・・・そうみたいです」
「前の中学校から送られてきた申し送り資料はどうだったんです?岡部先生、見せてください」
「あ〜・・・いま教頭の方に回しているので手元に無いんですよ」
岡部は焦ったように答える。
4月だというのに額には汗が浮かんでいる。
「問題のある生徒の対応は担任だけでなく、チームで対応が必要ですからね。早目に、他の先生に情報共有しましょう」
「は、はい。書類が戻ってきたらすぐに」
そう言って、逃げるように岡部は自分の席へ戻っていった。
いくつもの書類やファイルが山積みになって、いくつもの層をなしている自分の机の上を眺めながら、岡部はしばし呆然とする。
岡部は、仙崎が前に通っていた中学校から送られてきた申し送りの資料を、未開封のまま紛失してしまったことを、まだ職場の誰にも言い出せないでいた。
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