番外編2 ゴールデンコンビ
後書きに重大報告あり。なお、作品タイトル
「はぁ……なんで俺は今ここにいんだろな」
春の新緑の芝の上で、天彦は天を仰ぎながら自問自答したが、それに対する答えを天彦自身は既に持ち合わせていた。
「結局、肝心の登呂ヴィナーレユースから誘いが来なかったからだよな」
U-15でもすっかり主力として定着した天彦には、高校サッカー部の強豪からはもちろん、実は複数のユースクラブからスカウトの話が来ていた。
その多くは、入団テスト不要の文字通りのスカウトだった。
しかし、天彦はそれらの誘いの全てを断っていた。
何故かというと、天彦の意中のクラブはたった1つだったからだ。
登呂ヴィナーレ
天彦世代の最強選手である仙崎 明日斗のいるチームだ。
同じクラブチームで同じフォワードとして、明日斗とツートップを組むことを天彦は夢見ていた。
だからこそ、結局登呂ヴィナーレからスカウトが来なかったことに天彦は相当なショックを受けた。
登呂ヴィナーレユースのセレクションは例年のように執り行なわれていた。
しかし、U-15代表という目立つ位置にいたにも関わらずスカウトの声がかからなかったということは、登呂ヴィナコーチ陣にとって自分はチーム構想に必ずしも必須ではない存在なのだと考えた天彦は、セレクションを受けることもしなかった。
半ば自棄っぱちになった天彦は、兼ねてからずっと声をかけ続けてくれていた、地元の竜爪高校へ進学を決めた。
竜爪高校は全国大会常連のサッカー名門校ではあるが、最近はあまり全国の舞台では目立たない、いわゆる古豪になりつつある高校だ。
そのため、竜爪高校は、世代代表の大型フォワードの天彦が獲得出来たことを万歳三唱で祝っていた。
しかし、当の本人は
「高校では、もうちょいマシになるかと思ったのに」
退屈していた。
入学して天彦は即、竜爪高校の1軍に放り込まれた。
身体が出来上がりきっていない新1年生が上級生とプレーするのは危険なため、本来は新1年生は別メニューなのだが、ついこの間まで中学生だった天彦のフィジカルは、既に高校の上位レベルですらあったため、このような配置となった。
そして、この竜爪高校の1軍でも天彦を満足させる選手はいなかった。
「これじゃ、中学時代と変わんねぇな」
周りの先輩部員たちが芝の上に這いつくばっているのを眺めながら、天彦はドリンクボトルを握って喉の渇きを潤していた。
今は休憩中なのだが、先輩たちはトレーニングがキツかったようで、込み上げてくる物を抑えるためにボトルに手を付けないでいる。
「こりゃ、回復までしばらくかかるな。20分休憩にする」
新体制となって浮かれた監督が、どうやらキャパオーバーのトレーニングメニューを課してしまったようだと自省し、長めの休憩を入れた。
「ちょっと出てます」
天彦は監督に声をかけて、ボールを小脇に抱えて1軍の芝グラウンドを出た。
先輩たちがくたばっていたメニューを悠々とこなした天彦は自主練をするつもりなのだが、そのまま1軍グラウンドで自主練をしてしまうと、先輩たちから余裕ぶりやがってと反感を食らうかもと気を使ったのだ。
20分と中途半端な時間なので、シュート練習辺りかと思いながら、空いているミニグラウンドに来た。
「ん? 先客か。珍しいな」
このミニグラウンドは調整用で、一応サッカー部員なら誰でも利用できることになっている。
なっているのだが、それぞれ1軍から4軍まである竜爪高校にはそれぞれグラウンドがありコーチがついている。
流石に3軍4軍についているコーチはOBの大学生やおっさんたちだが、歴史ある古豪であるがゆえに、グラウンド敷地やOBの人材の厚さというレガシーは竜爪高校の強味である。
それ故、今のメインの練習時間は1軍から4軍まで仲良くそれぞれのグラウンドでコーチにしごかれヘバッているはずなので、合間の休憩時間に自主練習をしようなんて物好きはそうそう居ないはずだ。
しかし、現に今楽しそうにドリブル練習をしている選手がいる。
見たところ自分と同じ1年生のようだが。
「あれは……」
天彦は、その後ろ姿に見覚えがあった。
と、こちらが見ている気配に気付いたのか、相手が足を止めた。
「あれ、天彦くん!? どうもっす」
振り返った誠也が声をかけた。
「ああ、師匠と同じ中学の」
日頃、どうでもいい奴の顔は覚えない天彦だが、師匠である明日斗の球技大会に応援に行った時に目にしたこの選手は、他の素人と違っていたので印象深かったのだ。
「ちゃんと話すの初めてっすね。佐々木 誠也っす。よろしく」
「う……師匠に関連する奴に会ったから発作が」
「アハハッ! 明日斗くんに聞いてましたけど、師匠呼びするのホントなんっすね」
そう言えば明日斗師匠から、先月のU-16始動合宿で、竜爪高校に同じ中学の奴が行くからよろしくしてやってくれと言われていたことを、今更ながら天彦は思い出していた。
「この時間に人がいるのは珍しいな。俺しかいないと思った」
「全体トレーニングでみんなヘバッてて長目の休憩時間なんすよ」
「こっちも同じだ」
「ま、こっちは4軍なんでぬるいもんですよ」
いや、それはないと天彦は踏んでいた。
1軍でも4軍でも、各々の限界のラインはしっかり超えさせられるという点では一緒だ。
そして限界を無理矢理超えると、身体が危険信号として、身体を動かさないように様々な不調を訴え出す。
その結果、メンバーは皆這いつくばっているのだ。
では、天彦と誠也はなぜ平気なのか?
それは、2人がコーチがギリギリまで追い込むためにと設定したラインを、すでに安定的に超えてきた実績があるということだ。
「折角2人いるんだし、パス出し練習でもするか」
「いっすね。フォワードとミッドフィルダーいるならそれっすよ」
現在4軍の誠也にとって、1軍でしかもエース候補の天彦とやれるのはかなりありがたい機会だ。
他の4軍選手ならドギマギしてしまうところだが、誠也はいそいそとディフェンダーパネルを配置した。
「このディフェンダー群を撒いたところでパス受けるようにしてくださいっす」
「丁寧な口調のくせに、やらせるのは結構エグいじゃねーか」
要は、この配置でのディフェンダー陣の裏を抜く正解のルートを通れば。
(パシッ)
正解のルートを抜けた先にボールが提供される。
パスを出す誠也も単純にルートの出口にパスを出しているのではなく、天彦の出てくるところ、どこでボールを受けたいかを読み解き、最適なタイミングでフォワードがパスを受けられるように先読みしてパスを出す。
相手ディフェンダーの配置から瞬時に、抜けるイメージを共有し、
『アイツならこのタイミングでここにパスを出すだろう』
『アイツならここでパスを要求するだろう』
という相手の思考を読み解く様は、まさに以心伝心、言葉のいらないボールを介した会話だ。
これを完璧に行うことは長年一緒にプレーをしたとしても必ずしも身につくものでもないし、その発動は限定的な場面であったりする。
しかし、今の2人はどうか?
誠也が様々な配置にディフェンダーパネル人形を、途中からは味方の分の位置まで配置しだした。
味方のパネル人形にはビブスが被せられている。
2人は、無言でパネル人形を動かしては、まるで答え合わせをするようにパス出し練習を行った。
それらはピタリとハマり、一度も誠也のパスミスも天彦のトラップミスも起きなかった。
「っと。そろそろ休憩時間が終わるから戻らないとっすね」
「ああ、クソッ! もっとやりたかった」
そろそろ休憩時間が終わるというところで、誠也が切り上げようと提案すると、天彦は折角気分が乗ってきたのにと悔しがる。
「こちらも1軍選手を相手にできる貴重な機会をありがとっす」
「おい誠也。なんで一般入部で4軍のお前がこんな俺にとっての理想のパスを出せる!? まるで……」
続きを言いかけて慌てて飲み込んだが、このパスの感覚は世代代表の10番の聡太に匹敵するものだと天彦は感じていた。
「約1年、明日斗くんと一緒に昼休みに練習してたっすからね」
「それでか!!」
「明日斗くんは俺の昼練習に付き合えって名目だったっすけど、実質、あれは自分へのマンツー指導だったっすね」
「師匠とマンツーマンレッスンとか羨ましすぎるだろ! 師匠と同じクラブ行けなかった俺へのマウンティングか!!」
「ぐ、苦しいっす!!」
背後からチョークで首を絞め落とそうとする天彦の腕を、誠也がタップする。
「はぁはぁ。よし! 決めた!! 誠也、今日から練習終わったらここで一緒に自主練習だ」
「ゲホゲホ…… って、え! 何でっすか?」
「師匠の兄弟子として、弟弟子が4軍じゃ格好つかんだろが!」
「いや、別に自分は明日斗くんとは友達で、師弟関係という訳では……」
「い い な」
「はいっす……」
天彦の強引な取り決めにより、自主練習の予定が組み込まれた訳だが、世代最強格と練習できる機会はありがたいことだと思い直し、誠也は素直に天彦の提案に乗ることにした。
これが、竜爪高校の古豪復活
否、その後の高校サッカー界で栄華の時代を築く礎となった、竜爪高校ゴールデンコンビが結成された日であった。
本作品ですが、書籍化が決定いたしました!
これも読んでいただき、評価・応援いただいた皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
活動報告に書籍化に際しての小話もありますので、良ければそちらもご覧ください。




