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番外編1 高校受験

明日斗と未央が中学3年の冬の頃のお話です。

 「もうすっかり冬ですな〜婆様や」


 「そうですな~爺様や」


 寒い季節になり、温かいほうじ茶を飲みながら俺と未央は相も変わらず、文芸部の部室で二人きりの昼休みを満喫していた。


 「冬といえば、今年は大きな行事があるじゃろ?」


 「何じゃろうの〜?あ〜チョコの期間限定お菓子が出るいい季節じゃの〜バレンタインは楽しみにしとれよ爺様や」


 「いや、受験だろ(真顔)」


 居間でぬくぬく爺さん婆さんコント終了である。


 「いきなり現実に引き戻さないでよ明日斗」


 「いや、未央。未だに志望校も定まってないとかヤバイだろ」


 ほうじ茶の入った湯呑を傾ける未央には、まるで受験生特有の危機感や焦りというものが感じられなかった。


 「明日斗も自分の受験の心配しなさいよ」

 「俺はクラブと提携してる静丘学院高校に推薦で100億パーセント行けるからいいの」


 「申し送り書類紛失未遂事件があったから、内申書も忖度されてそうよね」

 「だから、そんなの無くても受かるから。って、話を逸らすな。未央は高校どうするんだよ」


 「うーん、何かどこもピンと来ないのよね」


 「フォルタン女学院はどうだ?ミッション系のお嬢様校」

 「礼拝とか、かったるそう」


 「氷の令嬢に似合いそうなのにイテッ!!」

 「最近ようやく、そのキャラ忘れかけてたんだから、黒歴史を掘り起こさないで」


 頬をふくらませた未央に机の下からスネを蹴られた。

 レガース着けてないから普通に痛かった。


 「じゃあ、鎌田女学園は?新設校の自由な校風で、私服登校できるぞ」

 「私服登校とか毎日服選ぶのかったるそう」


 かったるいって・・・うら若きJCがそんなメンタリティで良いのだろうか。


 「後は、室谷ムロヤ女学院か。猪突猛進が校訓で」


 「ねぇ。何で明日斗が勧める高校、みんな女子校なの?」


 「そ、それは。その・・・」


 「はは〜ん・・・」

 「な、なんだよ」


 ニヨニヨしながら未央が、得心顔で俺の顔を覗き込む。


 「明日斗は、彼女を他の男の目に触れさせたくないんだ〜?」

 「う・・・」


 図星だった。

 俺と未央は高校ではまた離れ離れになってしまうのだ。


 遠距離恋愛の寂しさにつけこむ、「どしたん?話聞こか〜?」男子の存在は決して侮ってはならない。


 脅威の芽は事前に刈り取るのは、俺のサッカーマインドにも繋がっている。


 「そ、そうだよ・・・悪いかよ・・・」


 蚊の鳴くような声で俺が言い返すと


 「ううん、嬉しい♪」


 パァッとお日様のような満面の笑顔で腕に抱きついてくる未央にドキマギする。


 「じゃあ女子校に」

 「いや女子校は私は遠慮しとくかな。それに、明日斗の危惧してることからすると、かえって悪手だと思うよ」


 「なんで!?」


 「知ってる?明日斗。女子校の方が、男子校との合コンやら文化祭招待し合うとかで、男女の出会いの機会が案外多いのよ」


 「なんと!?」


 「遠恋の彼氏持ちで、女子にとっては安牌の私は、広告塔としてきっと合コンに引っ張りだこね」

 「あ・・・あ・・・・」


 くそ・・・女子校でも、どしたん?話聞こか?男子に常識改変され、彼氏脳破壊ルートがありやがるのか。


 現実はいつもフィクションの上を軽々と超えていきやがる。


 「大丈夫大丈夫、ちゃんと良い考えがあるから。明日斗にも私にとってもね。って聞いてる?明日斗」


 うーん、遠距離恋愛でも、また前のように文通をしていれば大丈夫かと思ったが、いざ現実的に考えてみると案外俺のほうが大丈夫じゃないかもしれない。


 今後のことや、バッドエンドの悪い想像で頭がいっぱいになっていて、俺はその後の未央の言葉が耳に入ってこなかったのであった。



◇◇◇◆◇◇◇




 年明け早々、俺は静丘学院高校の推薦入試の試験会場に来ていた。


 無事にクラブユースへの昇格も決まり、高校生からはクラブの寮で暮らすことになる。

 クラブまで実家から通えない距離ではないが、この伸び盛りの時期はサッカー漬けの生活にしたいと前々から思っていたので、寮暮らしを選択した。


 どうせ実家通いにしても、未央と会ったりする時間は大して無いし。


 クラブの練習場や寮から近い静丘学院高校はクラブと提携していて、サッカー絡みで欠席する際にも融通を効かせてくれる。なので、クラブのユース生の多くは同じ静丘学院高校に通うことになる。


 「よっ!明日斗。受験本番で緊張してるか?」

 「聡太か。結果が保証されてる勝負だから緊張なんてないさ」


 「俺は正直、ちょっと緊張してる。プレゼン上手くいくかな・・・」

 「今までは面接だけだったのにな」


 俺たちが受けるのは推薦入試になるのだが、今までは面接試験だけだったのが、今年度の入試から、プレゼンテーションの試験が課されるようになったのだ。


 プレゼンのテーマは「自己PR」


 まあ、面接で一問一答で答えるより、プレゼンテーションの方が今後の人生で経験する機会も多いし、事前に準備ができるという点は受験生にもメリットがあると言える。


 プレゼンは事前にスライド資料を作成して持ち込み、プレゼンの後に試験官が何問か質問するという形式だ。


 準備は万端。


 一つ心残りだったのは、プレゼンの練習に未央が付き合ってくれなかったことだ。


 ビブリオバトルでプレゼン慣れした未央にアドバイスを貰いたかったのだが、何やら未央は未央で忙しそうにしていたので結局機会が無かった。


 「まぁ、なるようになるさ。こんなの世代別ワールドカップの時の緊張と比べたら楽勝だろ」


 聡太と緊張を和らげる軽口を叩きながら、俺達は受付を済ませて受験生控室へ入った。


 「うぽぁ!!??」


 「うわ!!ど、どうした明日斗、変な声出して」


 受験生控室に素知らぬ顔で座っている未央を見て、俺は全くの予想外のことに変な声が出てしまった。


 「お、すっごい美人。明日斗の知り合いか?」


 聡太の質問を無視して、俺は未央の方へ慌てて向かう。


 「なんで未央がここにいるんだ!?」


 「受験生控室なんだから静かになさい明日斗」


 「なぜに氷の令嬢モード!?」


 「戦いはすでに始まってるからよ」


 未央はチラッと受験生控室内にいる学校職員の方に視線を向ける。


 「いやいや、質問に答えろ。なぜ、この静丘の学校の受験会場に未央がいるんだ?」

 「なーなー、明日斗。ひょっとして、この可愛い子が噂の彼女か?」

 「まずは、その人の質問に答えてあげたら?明日斗」


 聡太が空気を読まずに絡んで来ているのを利用して未央が俺の追及をかわしてと、場がカオスになって収拾がつかなくなる。


 「受験番号1番 仙崎 明日斗さん。試験室前へ移動お願いします」


 「ほら、呼ばれてるわよ明日斗」


 「ぐぬぬ・・・」


 そうこうしている間に、俺の試験の順番が来てしまった。


 受験番号が筆頭なのは、クラブ提携校故の忖度をした結果なのかもしれないが、俺にはマイナスに働いてしまった。


 俺は後ろ髪が引かれまくりながら、受験生控室を後にした。



◇◇◇◆◇◇◇



 結局、受験生控室での事があったため、俺のプレゼン試験は散々な出来であった。


 別に言っちゃいけないことを言ったり、プレゼンタイム中に黙り込んでいたとかはしていないが、試験官の先生たちが、しどろもどろな俺を見て、


『やっぱりサッカーが凄い生徒でも、所詮はただの中学生で緊張しているんだな』


 という感じで微笑ましいものを見るような目で見てきたのが、なんともやりきれない気持ちであった。


 プレゼン試験が終わってすぐに未央を問い詰めようと、受験生控室に早足で戻ったが、未央は部屋の中にはいなかった。


 ちょうど入れ違いで、未央の試験の順番のようだった。


 「明日斗おつかれ~。いや~、未央さんから色々面白い話が聞けて有意義だったな~」


 聡太がニヤニヤしながら俺に話しかける。


 くそ・・・受験会場でなければ、聡太のケツに蹴りをくれてやるというのに。


 「慌てふためく明日斗なんて珍しいものも見れたしな。おかげで緊張がどっかへ吹っ飛んでいったわ。じゃあな明日斗」


 言うだけ言って、聡太は名前を呼ばれたので、試験室へ向かった。


 試験が終わったら、速やかに退室をとの案内だったので、俺は一先ず建物から出て、正門前で待ち人が出てくるまで待っていた


 「おかえり」


 「ただいま」


 未央が出てきたので、俺と未央は連れ立って、最寄り駅まで歩いていった。

 なお、聡太を待つという選択肢は俺の中にはまるで無かった。


 「さて、話の続き・・・と言いたいところだが、もうどういう事かは解ってるんだよな」


 「まぁ、受験会場にいたんだから、そういう事だってわかるわよね」


 「まさか、静丘の高校まで追いかけてくるとは・・・」


 「静丘学院って文芸部があって、結構盛んに活動してるみたいでね。駄目もとで見学に行かせて貰ったら、顧問の先生が、わたしが優勝したビブリオバトルの中学生大会の動画観てくれてて、この高校来ないかって誘われたのよ」


 「そういうカラクリだったのか」


 「まぁ、私はスポーツ推薦じゃなくて一般推薦での受験だから、確実に受かるって訳じゃないんだけどね」


 「そうなのか?」


 「うん。そして、お父さんお母さんとの約束で、推薦の試験で落ちたら、縁が無かったと諦めて地元の高校受けなさいって」


 「え、そんなシビアなの!?静丘学院ってそんなに偏差値も高くないし、一般試験で受ければ未央なら絶対受かるだろ」


 「県外の高校へ行くのは、あくまで文芸部での実績を買われたからだっていう体にして、筋を通さないとね」


 受験のこと何も考えてないと思ってたけど、未央は色々考えてたんだな・・・


 「けど、それならそうと言ってくれれば良かったじゃないか」


 「私自身の人生の選択だから、明日斗に余計な重しになりたくなかったの」


 「いや、受験当日にはバレるってわかってただろ。おかげで、俺の今日のプレゼン、ボロボロだったんだぞ」


 俺は先ほどの自分の失敗を嬉々として語った。


 ここにきて、未央と一緒の高校に通えるという望外の未来があることに、俺は徐々に実感が湧いてきて、正直、心が弾んでいた。


 「明日斗は合格が保証されてるんだから大丈夫なんでしょ。私はどうなるか分からないし」


 「未央は受かってるよ」


 「いや、結構倍率も高いみたいだし」


 「受かるよ。未央がどんだけビブリオバトルでプレゼンの経験値積んできたか、俺が一番良く知ってるし」


 「うん・・・」


 そう言って、しばし二人は黙ったまま駅までの道のりを一緒に歩いた。


 その沈黙は、恐らく二人とも、この先の高校生活での妄想に費やされていることは、お互い解っていた。



◇◇◇◆◇◇◇



 「あと合格発表まで3分だな。って、未央ちょっとは落ち着いたらどうだ」


 「あわわわ、緊張する緊張する緊張する」


 試験から一週間後


 俺と未央は推薦入試の合格発表を一緒に見ようと、静丘学院高校へ来ていた。


 ホームページでも合格発表は見れるのだが、そこは敢えて現地で発表を見たいという未央の希望に沿った形だ。


 しかし、当の本人はここにきて緊張のピークが来たようだ。


 「落ちてたらどうしよう~どうしよう~~」


 「ここまで来たら覚悟決めろ。お、掲示板に人だかりが。あそこか」


 「こわいこわいこわい。無理無理ムリ」


 抵抗する未央を引きずり、俺と未央は合格者の受験番号が書いてある掲示板の前に立った。


 俺の受験番号は1番なので、探すまでもなくすぐに視界に入ってきた。


 はい、合格。


 そんなことより未央の番号だ。


 未央の受験番号は30番


 30、30、30


 「あ・・・」


 掲示板の前に立ったのに、怖くて目をギュッと閉じている未央の肩に手を置く。


 ビクッと未央は肩を震わせる。


 「未央・・・目を開けて」


 俺の言葉を受けて、恐る恐る少しずつ瞼を開ける未央。


 未央の視界に、30番の番号を指差して満面の笑顔の俺の顔が映る。


 「合格だ〜!!やったぞ未央!!」


 俺は未央の腰を担いで、高々と未央をリフトアップして


 「やっ!!ちょ、ちょ・・・高い!!高い!!怖い!怖い!!」


 俺は自分の歓喜の声で聞こえておらず、未央をリフトアップしたままクルクル回った。


 「も〜、合格を喜ぶ間もなかったじゃない」


 ようやく地面に降ろされて、未央はプンプンと怒っていた。


 「ごめんごめん。けど、これでまた3年間一緒だな」


 「そうだね」


 「別に高校まで追いかけてこなくても、俺はまた文通続けるのでも良かったんだけどな」


 「人を高々と空中に抱えあげておいて説得力無いわよ明日斗」


 「さぁ?そんなことしたかな〜?お、合格者はこのまま事務室で入学用の資料を貰いに行くみたいだぞ。行こうぜ未央」


 「あ〜!!しらばっくれる気ね!!」


 俺は照れ隠しで事務室の方へスタスタ歩いていった。

 無論、文通で満足云々の所は本心じゃない。

 未央と一緒にいられる時間が延びたことに、手元でガッツポーズをした。


 なお、先程の俺が未央をリフトアップして合格を喜んだ様子は、実は学校の広報の人のカメラにバッチリ撮られていて、その写真が高校の入学式で配られた資料の表紙を飾り、入学1日目にして俺と未央は全校生徒が知る有名カップルになってしまうことは、この時の俺と未央は知る由もなかったのであった。

ワールドカップが今までになく盛り上がってますね。

現実の試合のフィクション越えのドラマチックさや選手たちのバックストーリーに大いに心を揺り動かされてます。


番外編はまた投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったので一気読みしてしまいました! 素晴らしい作品だと思います。 できれば続きをもっと読んでみたいです。
[良い点] 面白かったです。日本PK敗退は残念でしたね
[一言]  微笑ましくて、高校のパンフレットにピッタリ。
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