最終話 幼馴染と一緒の文芸部
時は高校3年生になる春休み
春休みの期間を利用したU-18日本代表の合宿が始まろうとしていた。
世代別の代表に選ばれるようになってから、最早毎年の恒例行事である。
大体は代わり映えのしないメンバーだが、今回から初参加の、ある新顔と会うことを俺は楽しみにしていた。
合宿所の門の前で待っていると、
「師匠〜〜!!」
と、まずは見知った顔が来た。
「おう、天彦。久しぶり
何かまた身体デカくなったか?」
「うちの学校の冬のトレーニングヤバいっすからね」
「竜爪高校の名物、地獄の冬合宿だっけか」
「あれを乗り切ったんですから、今年こそプレミアリーグEASTでの優勝は貰いますよ。師匠のいないチームなら俺も遠慮なく戦えます」
「ぬかせ。登呂ヴィナーレユースは俺なしでも十分強えぞ。うちの連覇だ」
天彦は中学卒業時に某ユースクラブからスカウトも来たらしいのだが、性に合わないということで結局地元の強豪校の竜爪高校へ進んだ。
昨年は、全国高校サッカー選手権大会いわゆる国立の舞台を制した、高校サッカー部の王者だ。
プレミアリーグは日本全国を東西で分けて、強豪高校サッカー部、ユースクラブで長いリーグ戦を戦いあい、東西の優勝チームで決勝戦を行い、勝ったほうが文句なしの日本一の高校生チームになる。
「明日斗は、昨年度の途中からトップチームと契約しちゃったからな。俺も会うの久しぶりだわ」
ジュニアユースから同じチームで、現在はユースチームのキャプテンの聡太が話しかけてくる。
「あれ?天彦。お前の高校のキャプテンは?」
「あいつなら便所じゃないっすかね。代表初選出で緊張でお腹痛いとか言ってたし。あいつ、サッカー部のキャプテンに選ばれた時も」
「天彦。代表初顔合わせなんっすから、いきなり便所にこもるキャラ付けとかしないでくれっす」
「お〜誠也!!久しぶり」
「しばらく振りっす。明日斗くん」
俺と誠也は抱き合って再会を喜び合った。
誠也も真新しい代表ジャージを着て嬉しそうだ。
「まさか、誠也がサッカー強豪の竜爪高校に入って、天彦とチームメイトになるとはな。そして今や竜爪高校の10番でキャプテン」
「誠也は一般受験入部組で4軍スタートだったっすけど、最初からコイツ持ってるなって俺は思ってて、入部当初から目をかけてたんすよ」
「いやいや何を言ってんだ天彦。俺は中学の球技大会で既に誠也のこと見出してたんだから」
俺と天彦が、誠也はワシが育てた論をかわしていると、
「明日斗が誠也くんを発掘しちゃったから、うちのチームは今、プレミアで苦労してるんだが。当の戦犯はさっさと上に行きやがるし」
聡太がぶすくれている。
「まあまあ。代表的には、有力選手が増えた方がいいだろ。もっとデカい視点で見ろよ聡太」
「俺にチームのキャプテン押し付けやがって」
「しょうがないだろ。上で定着しちゃったんだから」
俺は既にトップチームと契約して、プロの試合に出ているので、一足先にユースは卒業してしまった。
最近は、周りは年上の大人ばかりだから、こうして同年代に囲まれてると落ち着く。
「師匠は俺らの一歩先に行っちゃってますからね。けど、必ず追いついてみせます」
「明日斗世代とかサッカー雑誌に書かれてるけど、明日斗のオマケ扱いは御免だからな」
「僕も行ける所まで肩を並べていたいっす」
「よし!!じゃあ行きますか」
俺の号令を合図に、闘志みなぎる若武者たちは意気揚々と合宿所の門をくぐる。
(ピリリリッ!!)
「あ、やべ。先行っててくれ」
他の3人はズコッと出鼻を挫かれたように傾いた。
そんな3人には目もくれず、明日斗はいそいそとスマホを片手に物陰の方へ走っていってしまった。
「例の彼女かね。氷の令嬢とか呼ばれてたっていう」
「それ言うと本人怒るから言っちゃダメっすよ。それに中学卒業する頃には氷の令嬢の面影なんて影も形も無かったし」
「明日斗師匠のユース入りで、まさかの彼女まで追いかけて静丘県の高校に進学してくるとは」
「よく親が許してくれたよな」
「未央さんが文芸部で賞とって、たまたま推薦の話が来たから親も納得したみたいっす。まぁ未央さんは、推薦なんて無くてもどんな手を使っても明日斗くんの行く高校に入学するつもりだったみたいっすけど」
「ビブリオバトルだっけ?中3で全国で賞取ったんだよな」
「県大会と全国大会の前は明日斗くんがつきっきりで練習付き合ってたみたいっすよ」
「「 愛だね〜 」」
3人は明日斗のことをボヤキ、苦笑いしながら合宿所の門をくぐっていった。
◇◇◇◆◇◇◇
「公園って、緑丘公園ってので合ってる?」
『うん、そうそう。あ、見えた!!おーい!!』
俺は合宿所の近くの公園に、電話で未央に呼び出されていた。
大きな桜の樹の下で、待ち合わせ相手の未央が手を振っている。
桜はちょうど満開のようだった。
「春休みだからって何も他県まで来ることないのに」
「合宿や遠征で明日斗、ほとんどクラブの寮にも実家にもいないじゃない。だから、せめて始まる前に一目会っておきたくて」
「ありがとう」
「どういたしまして」
クスッと花咲くように笑う少女を見て、かつて氷の令嬢なんてあだ名がついていたことを、誰が想像出来るだろうか。
「そういえば、次のビブリオバトルの本は決まったのか?テーマは告白、だっけ」
ビブリオバトルにはテーマが予め決まっていて、それに沿った本を選ぶというのもあるのだ。
「うーん、まだ考え中」
「じゃあ、華より紅くはどうだ?未央が俺に初めて薦めてくれた本。ラストの夏帆の告白シーン可愛かったよな〜」
文芸部の部室で初めて未央が薦めてくれた恋愛小説。
今思えば、あれが未央のビブリオバトルへの第一歩だったのかもしれない。
「あのさ明日斗」
「ん?」
「私達って付き合ってるんだよね」
「は?3年も付き合ってて今更何言ってるんだ?高校まで押しかけて来といて」
1年でお別れなんて絶対に嫌だと未央は頑張った。
別に高校で遠距離になっても別れる気なんてなかったし、遠距離でまた文通のやり取りになっても、それはそれで楽しいと俺は思ってたんだけど。
「違くて!!あのね・・・今回のテーマの告白っていうので改めて思い返してみたんだけど、私達って両方とも告白してなくない?」
「ん?俺が球技大会後の学内放送でぶちかましたじゃん」
「あれは、文芸部は明日斗と私の愛の巣だから近付くなって言ってただけじゃない」
「そうだったっけ?」
何しろ3年ちかく前だから記憶も不確かだ。
「そうなんですー!!その後は、クラスでもお互いデレデレ甘々だったから、周りも完全にカップルとして扱ってたけど」
「まぁ、欧米じゃ告白とかあまりしないみたいだし」
「ここは、日本です〜。さ、いい感じの桜の樹の下だし、告白するには良い場所だと思わない?」
「それで、この公園を指定したわけか」
「あくまで検証ね!!ほら、作家の人が取材するみたいなものよ」
「うーん、今さらあらたまって告白するとか恥ずかしいな」
「私も自分で言い出しておきながら、私も今さら恥ずかしくなってきた・・・」
二人してテレて顔を赤くする。
「じゃあ、するぞ」
「うん」
未央は照れた顔を引き締めて、公園の丘の上にある桜の樹の下に立った。
俺は、少し離れた未央の真正面の位置に立つ。
「未央」
「はい」
満開の桜の木からの桜吹雪を背景に、期待したような、はにかんだ笑顔で俺を見上げる未央を見て、ドキリとしてしまった。
その動揺が思わぬ自分の中の衝動を口から吐き出させる。
「俺と結婚してください」
「は・・・い?・・・・へ?」
「え!?あれ・・・俺・・・なんで!?」
不意打ちを食らって未央が戸惑っているが、俺も盛大に動揺してしまった。
なぜ今、プロポーズの言葉が口をついて出てしまったのか、自分で自分が、本気で解らなかった。
「は!?告白が・・・へぇ?あれ?でも、ただの検証だから・・・冗談・・・なんだよね?」
未央が動揺しながらも、笑いながら助け舟を出すように、冗談で済ますような方向へ話を持っていこうとしてくれた。
それが、最善手の選択肢なんだろうとは解っていた。
けど、またしても俺の胸の中の衝動は理性的な道を選ばなかった。
「いや本気だ。俺もプロになって自立できたから、俺のために頑張って着いて来てくれた未央の人生背負ってみせるから・・・」
言いながらドックンドックンとうるさいくらい心臓の鼓動が鳴っていた。
きっとワールドカップの舞台に立っても、ここまでは緊張しないだろうと言うほどの心拍数だ。
「だから、結婚してくれ」
「・・・・・」
俺が言葉を言い切ったあとに、二人の間を静寂がつつむ。
先に沈黙に耐えられなくなったのは、もちろん俺の方だった。
「じ、じゃあ、合宿の集合時間だから。またな!!」
沈黙の間に多少の冷静さを取り戻すと、今更ながら勢いで言ってしまったプロポーズの恥ずかしさが頭の中を駆け巡り、俺は未央の返事も聞かずに一目散に、公園の丘を駆け下りていった。
◇◇◇◆◇◇◇
U-18日本代表の合宿が終わると共に春休みが終わる。
結局、あれから未央から何も連絡が来なかった。
俺は合宿中、そのことが気になりすぎて、らしくないプレーミスを連発して皆にからかわれた。
メンタルの乱れがこんなにも身体に影響を及ぼすのだということを、強心臓を自負していた俺は初めて体験することとなった。
今日から新学年の高校3年生
そういえば、ちょうど3年前の今頃は、学校の校門の前で未央と待ち合わせしたんだよな。
そんなことを考えながら、俺はちょっぴり期待しながら高校へ向かったが、校門の前に未央はいなかった。
「まぁまだ早い時間だし・・・」
俺は震え声で自分に言い聞かせながら、下駄箱へ向かう。
新しいクラスの下駄箱
ふと、すでに登校している生徒の靴が視界に入った
ら、俺は急いで上履きに履き替えて、廊下を走る。
【古典準備室】の札が掲げられた校舎の端にひっそりとある教室の前に、俺は息を切らせて到着した。
息を無理やり落ち着かせて、俺は意を決して古典準備室、いや、文芸部の部室の扉を開く。
中に入ると、清楚可憐で令嬢のような少女が、春風に長い髪をなびかせながら文庫本を、物憂げに読んで・・・
などいなくて、仁王立ちの未央が窓側のに立っていた。
「文芸部なんだからもうちょっと春の文学少女のイメージとかあるじゃん・・・仁王立ちって」
思わず、自分が描いた想像した絵と違いすぎて、思わずいらぬことを口走ってしまった。
「明日斗いつもそれ言うわね。っていうか部では部長って言いなさい」
「はい部長。部長はここで何してたんですか?」
「ビブリオバトルの練習」
「ぶれないな~」
「新作だから付き合いなさい」
「はいはい」
高校では別に部活動への入部は強制ではないのだが、俺はユースクラブの許可をもらって、文芸部に入っているのだ。
一先ず、プロポーズのせいでギクシャクしたことにならずに済んだことに安堵しながら、いつものように俺は観衆の質問役に就く。
そしてプレゼンターの未央は、演台に立ち目をつぶって本を片手に精神を集中して、やおら目を見開くとタイマーのスイッチを押した。
「私が本日紹介したい本は・・・・」
ここで未央はいつもとは違い、本のタイトルを言う前に一呼吸置いた
「『家族になろう』です。この本は、キャア!!」
俺は感極まって、未央を抱きしめた。
「ちょ!!ちょっと明日斗……まだプレゼン中」
「げ……げっごんして……くれるの?」
俺は、感極まりすぎてグッズグズに涙が出てきてしまった。
ずっと合宿中、勢いでプロポーズしたことを思い出しては悶々としていたのが嘘のように晴れた解放感からなのか、俺の涙腺は馬鹿になってしまったようだ。
「もう……せっかくプレゼンの最後で『プロポーズお受けします』って締めくくろうと、私、家ですごい練習したのに」
未央が目尻に少し涙を滲ませながら、俺の事を優しく抱き返す。
「ごめ……でも、タイトルだけで解ったから。おれ、こんな泣けると思ってなかった」
「俺が泣くのはワールドカップで優勝した時だけだって言ってたのにね」
子供がベソをかくように泣いている俺を、泣き笑いで未央がちゃかしながらも、未央は俺の背中をヨシヨシとさすってくれた。
「未央と家族になった人生の魅力なんて、今更プレゼンなんてしてくれなくても俺は解ってるし」
「そうだね。私も5分間のプレゼンタイムに、内容を凝縮するのが大変だったわ。
あ、でも明日斗と私が家族になった未来についても語るプレゼンもあったんだけど」
「それについては俺も聞きたいし話したいな」
ようやく涙が引っ込んでくれたが、泣き腫らしてヒドイ有様のまぶたを拭いながら俺は、居住まいを正して、椅子にしっかり座り直した。
「ディスカッションタイムは私のプレゼンの後でお願いしま~す」
結局、5分のプレゼンタイムの終了を告げるタイマーの音も、ディスカッションタイムの終了を告げるタイマーの音が鳴っても、いつまでも2人の話は尽きなかったのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
投稿当初から思った以上に多くの人に読んでいただけて感激の至りです。
他に書きたいエピソードもあったのですが、各キャラの過去編のようなエピソードが多いので、ここで完結とさせていただきます。
今後は番外編が出来たら更新するつもりです。
今のところ考えているのは、明日斗と未央の小学生時代、明日斗と天彦の出会いとか。
他に読んでみたいエピソードの要望があれば感想欄にお願いします。
最後にブックマーク、評価、感想よろしくお願いいたします。
次作の書きための励みになります。
それではまた。
さ~、ワールドカップが始まるぞ~




