ストーリー14 ビブリオバトル本番
「おっし!!これで1部リーグ 暫定単独1位だ!!」
登呂ヴィナーレJrユースは相手強豪クラブに快勝し、リーグ戦の大事な一戦を獲った。
俺は、急いで試合後のクールダウンをしてからロッカールームへ駆け込んだ。
サッカーにも野球のコールド勝ちみたいなものがあればいいのにと、この時ばかりは思った。
ロッカーに入ったスマホで、急いであらかじめ開いておいたページからリンク先URLで、目的の動画配信サイトへ飛ぶ。
今日は、未央が参加するビブリオバトル県大会だ。
動画へアクセスしてしばしグルグルが回った後に、大会の生ライブ映像が表示された。
開会式などはすでに終わってしまっていたが、これから第1プレゼンターが登壇するところのよう……
「って、未央が第1プレゼンターかよ!?」
順番は当日にくじ引きで決まるようだが、まさかの1番を引いちゃったか。
これは未央、緊張してるんじゃないか……
俺は、まるで我が子の発表会の本番で、客席からハラハラ見ているしかない親のような心境で、スマホを食い入るように観る。
しかし、ステージの上に立った未央の顔を見て、その心配は杞憂であったことに、俺はすぐに気がついた。
凛として立つ姿は、氷の令嬢時代を思い出させるが、不思議と冷たさは感じなかった。
未央は堂々とした立ち振る舞いで、ステージ中央に立つ。
手には本が一冊あるのみ。
ビブリオバトルはカンペなどは持ち込めない。
パワーポイントのスライドも無し。
ステージの前面スクリーンには制限時間のタイマーが表示されるだけ。
視覚的な情報は本の表紙くらい。
本を片手に、ただ自分のつむぐ言葉のみで、本の魅力を紹介する5分間が始まった。
「私が紹介する本は、『ブルー・グラスホッパー』です」
「直訳で青いバッタ。これ何の話なんだろう?って思って本屋さんで手に取ったのが、この本に出会ったキッカケです。」
「目次を見てビックリ。本作はまさかのサッカーを題材にした小説でした」
「主人公は、中学生の男の子で、サッカーのジュニアユースのクラブチームに所属しています。
ジュニアユースっていうのは、学校の部活のサッカー部とは違って、プロサッカーチームの下部組織として集められた、サッカーが上手い子たちが集まっているクラブです」
これが、俺に本番用の本を内緒にしてた理由だったのか。
俺の境遇に重なるから。
「上手い子たちが集められてるクラブって、なんだエリートの話か、いけすかねぇなって思ったりしません?無名の弱小校から成り上がるストーリーの方が読んでて楽しいじゃないかって。ちなみに私は最初そう思いました」
観客席から、小さく笑い声が上がった。
よしよし、いいぞ。序盤は掴みが大事だ。
「主人公の達樹は、そのクラブに小学生からいる生粋のサッカーエリートです。将来の夢は、もちろんプロサッカー選手です。けれど、達樹は中学生になってジュニアユースに上がると、伸び悩みます」
「どんどん周りに追い抜かれて、試合でもスタメン扱いではなくなり、苦悩する達樹という所から物語は始まります」
「そして、とうとうクラブのコーチから、高校からは高校サッカー部等の移籍先を考えておけと言われてしまいます」
「けど、やっぱりあきらめたくないじゃないですか!!だから達樹は必死に考えます。そして、思い切ってポジションをコンバートすることをチームに申し出ます」
「この時の達樹って、すごい決断をしたと思うんですよ。下手したら、かえって自分のサッカーのキャリアを更に傷つけちゃうかもしれない。なのに、クラブに残留するために必死になって新ポジションの練習をします」
「チームメイトたちもそんなひたむきな達樹の練習に付き合います。小学生から一緒のチームメイトってことで、特別な絆を私は感じました」
「こういう言わばエリートチームって、漫画や小説ではとかく敵役や悪役として登場しがちです」
「けど、彼らも頂点に近い所にいるからこそ、それに届かないかもしれないことに恐怖したり苦悩したり、その後の人生までをも賭けた戦いに勇気を振り絞って踏み出している」
「そんな彼らに、同い歳の私は素直に敬意を持ち、またエリートと呼ばれる彼らも自分と同じく自分が何者なのかに迷うんだと知りました」
未央のプレゼンを聴きながら、俺は未央と文通をしていた頃を思い出していた。
ジュニアユースクラブに入って、世代の代表に選ばれて、周りからは特別扱いをされることもあった。
その中で、未央はただの幼馴染としてずっと接し続けてくれた。
物心ついてから、文通を続けても、そしてまた同じ学校に通うようになってからも。
そうか。
ずっと前から、俺にとって未央は特別な存在だったんだな・・・
「自分の人生で見聞きしたり経験できる事はたかが知れています。けど、本を読めば色んな人生や考え方に触れられる」
「そんな、読書の醍醐味を教えてくれる一冊です」
「あと、冒頭に話したネタバレ部分は序盤も序盤です。バッタが高く飛び上がるように達樹がどんな道へ進むのかは、是非本を読んでみてください。ご清聴ありがとうございました」
(ピィーッ!!)
完璧なタイミングで、未央はプレゼンタイムを終了させた。
パチパチパチと会場からの拍手が鳴ったあとに、すぐさまディスカッションタイムの3分間が始まる。
「作者を教えてください」
「作者の他の作品は読みましたか?」
「スポーツ物の小説として、他の作品と違うところは?」
次々と質問がなされ、淀みなく未央は答えていく。
残り時間的に次が最後の質問だろう。
「この作品であなたの人生は変わりましたか?」
未央は、少しだけ考える素振りをした後に答えた。
「はい。閉じこもっていた自分を解き放つ機会をくれた大事な人と、本作の主人公の達樹と重なる所があって、その人への理解がより深まりました」
先程まではプレゼンをする上でのアルカイックスマイルだった未央が、最後に見せた、弾ける笑顔が印象的なままにディスカッションタイムは終了した。
会場には届くわけもないが、それでも俺はスマホの画面に映るステージから降りていく未央へ、俺は涙を滲ませながら割れんばかりの拍手を贈った。
次回最終話
最後までお付き合いよろしくお願いいたします。




