ストーリー13 練習
「「この度は申し訳ありませんでした」」
校長室の応接ソファにて、校長と鬼頭が深々と頭を下げていた。
頭頂部をさらす相手は、俺と保護者である母さんだ。
「それで、結局、紛失していた転校前の学校からの申し送りの書類は見つかったんですね」
「はい。他の教諭数人がかりで担任の岡部の机上、キャビネットを捜索したところ、無関係のファイルにはさまっているのが見つかりました」
母の晴子が問いかけると、鬼頭が説明用の紙資料を忙しくめくりながら説明した。
緊張しているためか、紙資料を持つ鬼頭の手はかすかに震えている。
「担任の先生は変わるんですよね?」
「はい。岡部教諭は、先日より休暇で自宅待機にしています。急遽、担任が変わってしまい申し訳」
「新学期早々でまだ私は1回しか会ったことないので、どうでもいいです」
普段は飄々としている母だが、怒ると怖いんだよな。
校長と鬼頭は額の汗を拭っている。
「捏造されたっていう俺の申し送り資料って何が書いてあったんだろ。内容気になるわ」
「茶化すんならあんたは黙ってな」
「はい……」
せっかく俺が軽口を叩いて場を和ませようとしたのに。
けど、こうなった母さんには大人しく従っておくのが良いと、俺は長年の経験から知っていたので素直に黙っておいた。
「それで、今後はどうするのです?」
母が、値踏みをするのを隠そうともしない目つきで校長を眺める。
「はい。今回の話し合いの場をもうけさせていただいたのは他でもありません。できれば、今回の件は何卒、寛大な……ほら、幸運にも個人情報は外部に出ておりませんし」
「そう仰ると思ったので、私の方で既に転校前の静丘県の中学と教育委員会には話をしておきました」
「そ、そんな!!」
「むこうの中学にはお世話になっておりましたからね。それに、今回の件でむこうの中学を蚊帳の外に置くわけにいかないでしょうに。お怒りみたいですよ、むこうの中学校と教育委員会は」
やはり思った通りかと、諦念を帯びた顔で母はあっさりと校長の要望をはねのけた。
「こちらは何もマスコミに情報を流して目立とうなんて思っていません。ただ、ルールにのっとって嘘ごまかしなく処分、処理が行われることを希望するだけです」
「「・・・・・」」
押し黙ってしまった校長と鬼頭を尻目に、母は応接テーブルに置かれた緑茶にゆっくりと口をつけた。
「では失礼します。行くよ、明日斗」
「はーい。失礼しました」
母の後ろについて俺もそそくさと校長室をあとにする。
二人が去った後、残された校長と鬼頭はしばらく、応接室のソファで無言でうなだれることしかできなかった。
◇◇◇◆◇◇◇
「は!!」
サッカー部顧問の鬼頭は、思わず声をあげる。
あわてて周囲や自身の格好を見渡す。
自身がサッカーコートのベンチにジャージ姿で座っていることを確認する。
「夢だったか・・・」
思わず鬼頭は独り言をつぶやく。
日ごろの疲れから、ついうたた寝をしてしまっていたようだ。
あの日、校長室で仙崎の保護者に、けんもほろろに断られた日のことを、鬼頭はあの後何度も夢で見ていた。
あの日から、鬼頭は目まぐるしい日々を送っていた。
担任の岡部が、個人情報の塊のような資料を紛失させただけならまだしも、資料の捏造までしてしまったのはやはり大問題であった。
鬼頭も当該問題に最初から関わっていたことが災いして、岡部のしでかした不祥事の後始末として、教育委員会での記者発表資料の準備に、仙崎本人と保護者への謝罪文作成、静丘県の仙崎の転校前の学校と教育委員会への校長謝罪の随伴出張、事態を知った他の生徒の保護者からの苦情や問い合わせの対応と、愉快でない仕事に忙殺されていた。
なお、当の岡部は問題発覚直後から休職に入ってしまっている。今の岡部は、処分が下るまで教育委員会の人事課付となり、おかげで1人減員だ。
事態の後始末から、岡部の本来担当の通常業務の他の教員への割り振り。
これらの問題への対処のため残業続きで、ろくにサッカー部の様子を見ることは出来なかった。
いや、それだけが原因ではないか。
今のサッカー部は雰囲気が最悪なのだ……
学内の球技大会で仙崎に中川の頭を無理矢理下げさせてから、チームの中は不協和音が鳴りっぱなしだ。
あの無理やり頭を下げさせたのが、中川のプライドを大きく傷つけ、監督の私との信頼関係は完全に破壊されてしまった。
そして、部のエースと監督の不和は、チーム全体に広がってしまう。
「っと、何はともあれ、今はこちらに集中だ」
鬼頭は、監督席のベンチからピッチを見渡した。
ここは、夏の中体連の県大会会場である。
昨年度は、2年生エースの中川の力で、県大会の上位まで駒を進めることができた。
中川は、その後県選抜のメンバー候補にまでなった。
単純な皮算用だが、中川が3年生となった今年は、間違いなく好成績を残せる、自分が顧問をしてきた中で最高のチームだった。
はずだった………
あの校内の球技大会から、まるで別人のように気弱になってしまった中川は、積極性に欠けて得点がなかなか決まらない苦しい展開の試合が多くなっていた。
その結果、昨年度は優勝した地区大会でまさかのベスト4
なんとか県大会にはギリギリ出場出来たが、地区大会の結果からシード権は当然取れなかった。
そして、トーナメント組み合わせの不運で、一回戦の相手は第1シードだった。
「よう、王子様」
一回戦の相手は、全国にも名を轟かせる竜爪中学。
そのエースの神谷 天彦が、試合開始前直々に王子様へ話しかけに来た。
王子様は俯いて返事をしなかった。
「お前、他のサッカー部員が明日斗師匠にこっそりサッカーのアドバイス求めてるの見て金切り声あげたんだって?俺も見たかったわ」
ギャハハっと笑った天彦だが、目は笑っていなかった。
「やっぱ、その程度なんだなお前。上に行くなら、強くなるためにはどんな相手からも吸収する生き汚さが必要なんだよ。師匠と真正面から向き合ってたら、きっとお前のサッカー人生大きく変わってたぜ、俺みたいにな」
「・・・・」
うつむいて目を合わせようとしない王子様を見て、天彦はチッと舌打ちした。
「お前を見てると無性に腹立たしくなる理由がわかったぜ。お前は、選ばなかった俺だからだ。あの日、世代別代表で鼻っ柱を折られて、それでも強くなろうと師匠に教えを請うことをしなかった俺だ。
あの時、今の選択をしなかった自分が目の前を闊歩してるようで怖気が止まらんわ。今日は、俺のためにも徹底的に叩き潰してやるからな」
天彦はそう王子様に言い捨てて、自陣へ戻っていく。
天彦の言葉を受けて、先程からオドオドしていた王子様が、更に小さくなったようだった。
そして試合開始
この日、王子様のチームは0―13と、県大会とは思えない点差で竜爪中学にボロ負けして、全国の道はあっさり絶たれる結果となってしまった。
そして、試合中にろくにボールにも触れずピッチ上でオドオドしていただけで終わった王子様に、県選抜のセレクションや高校のスポーツ推薦の声がかかることは当然なかった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ねぇ明日斗、もう一回しよ♪」
昼休みの文芸部の部室
夏休みが終わり、まだまだ暑さが厳しい中、俺と未央は汗だくになっていた。
「またかよ。ちょっと休憩してから・・・」
「や〜!!早くしたいの!!昼休み終わっちゃう」
「付き合ってるこっちがもたないよ」
「そう言いながら、明日斗ってば毎回色んなこと試すじゃない」
「そりゃ、未央のちょっと苦しそうにしてる顔が見たいからな」
「イジワル・・・けど、攻められるの嫌いじゃないかも」
「俺も性に合ってるかもな。フォワードだからかな?
しかし、未央は最初の頃と比べると随分積極的になったな」
「初めての時は緊張したけど今は・・・ね」
「よし回復!!やるぞ」
「うん♪やろ♪」
「私の紹介したい本は〜」
俺達は今日も今日とて、未央のビブリオバトルの練習をしていた。
ビブリオバトルとは、自分の好きな本を5分間の持ち時間を使い切るようにして、聴衆にプレゼンして、誰の紹介した本が一番読みたくなったかを投票で決めるという、実に知的な競技だ。
「その本と出会ったきっかけを教えてください」
5分間のプレゼンが終わると、次は3分間のディスカッションタイムだ。
ディスカッションタイムでは、本に関連した質問を聴衆がしてくるので、それに答える形で、さらに本の魅力を伝える。
聴衆は本に疑問に思ったこと、その本に対するプレゼンターの熱い想いなどを引き出すために、色んな質問を投げかける。
(ピピピッ!!)
タイマーが鳴った。
「ふぅーお疲れ」
「あー、喉かわく」
5分間しゃべり倒して、更に質問の返しに脳をフル回転させていた未央は、額の汗を拭いながら終わった途端にゴクゴク喉を鳴らしてペットボトルの水をがぶ飲みしている。
「こっちも質問をその場で複数考えるのキッツイわ」
熱くなった頭を冷ますために、俺も水筒のお茶を飲んだ。
「下手したらサッカーの試合より頭使ったんじゃない?」
「3分間の短い時間の間でって意味じゃそうかもな」
「明日斗は最近、サッカーはどうなの?忙しい?」
「ジュニアユースクラブの全国大会が8月にあったからな。今月と来月はある程度余裕ある。10月の終わりからU−15日本代表の海外遠征あるけど」
「じゃあ、9月末にある中学ビブリオバトルの県大会は観に来れそう?」
「本当に残念だけど大会当日はリーグ戦が入ってるから無理なんだ」
「そっか・・・」
ジュニアユースは土日に大会や練習試合が詰め込まれているので、中々私用でクラブを休むというのが難しい。練習や練習試合ならサボっても良かったんだけどな……
「今は大会公式で動画ライブ配信してるから、観てるからな」
「うん。その分、練習に毎日のように付き合ってくれてるし大丈夫だよ、気にしないで」
「これまで色んな種類の本で練習してみたけど、本番はどの本で臨むんだ?」
練習では、ミステリー小説、ノンフィクション、はては地域の不動産開発の歴史といった変わった本などを使って練習している。
未央の乱読っぷりには恐れ入る。
「ヒミツ♪」
「え~、教えてくれてもいいじゃん」
「本番では明日斗にも、まっさらな気持ちで観て欲しいから」
「まぁ、下手にやり込みすぎて想定問答みたいになっても良くないみたいだしな」
「うんうん、そうそう」
うーん、何か未央が隠してそうな雰囲気だが、まぁいいか。
「未央のお薦めの本、俺大好きだからさ。本番期待してるよ」
「………不意打ちに褒めるのやめてよ」
未央は急に褒められたのが恥ずかしかったのか、頬を赤らめた。
「それにしても、俺達全然デートっぽいことしてないよな」
「毎日学校のある日はお昼休みに二人きりの時間あるから私は満足してるよ」
「俺がクラブの練習で土日全潰れだからな。唯一のオフの月曜日も文芸部の部活だし。たまには部活さぼって遊びに……」
「私はいい。遊んでると説得力なくなるから」
「説得力?」
「こっちの話」
ツーンとそっぽを向いてしまった未央の横顔を眺めながら、俺のカノジョ可愛いと思っているうちに、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ってしまい、二人で慌ててお弁当を片付けて教室へ急いだ。
最終話まで残り2話
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