ストーリー12 氷解
【未央視点】
「はぁ・・・」
球技大会の表彰式が終わって、私は文芸部の部室の机に突っ伏していた。
本来はすぐに教室に戻るべきだが、一人になりたくて部室に来ていた。
表彰式の時にも周りは、明日斗の噂で持ちきりだった。
こんな何の変哲もない公立中学校に降って湧いた華やかな話題に、皆が色めき立っていた。
幼馴染の私に、明日斗のことを聞いてみようとヒソヒソ話していたのが耳に入って、面倒なことになりそうだと思ったのも、文芸部の部室に避難した理由の一つだ。
けど、こんなのは一時的な逃避に過ぎない。
明日斗を取り巻く環境は、今日で一変した。
学内で私だけが知っていた明日斗の秘密。
いや、私自身は明日斗が凄いサッカー選手であること自体は、明日斗に好意を寄せる上では大した要素ではなかった。
むしろ、サッカーのために高校からまた離れ離れになってしまうんだから、私にとってはマイナス要素ですらある。
あの日、明日斗が小学校を転校すると先生から発表された時。
小さな頃から当たり前のように一緒に遊んでいた明日斗が居なくなる。
その当たり前が失くなってしまうことに恐怖して、私は泣いた。
最初は仲の良い幼馴染と離れてしまうのが寂しくて、私は泣いていたのかと思っていた。
けど、それは違った。
明日斗に私を覚えていて欲しくて、私を忘れて欲しくなくて、文を書くのは苦手なのに私は明日斗に手紙を出し続けた。
毎回、何度も書き直すから、そんなに頻繁に送れなかったけど。
「なんで自分は苦手なものなのに、こんなに頑張って文通を続けているのだろう?」
それを考えたときに、答えは私が明日斗のことが好きだからという結論に落ち着いた。
中学では氷の令嬢の仮面を被った私でも、手紙の中ではただの未央になれた。
手紙を書くのに役立つかと思って、本をたくさん読んで、文芸部に入った。
明日斗から、こっちに戻ってくるという手紙が来た時は、私は嬉しくて嬉しくて、自分の部屋で布団を被って転がりまわった。
けど、それは中学3年生の1年間だけ。
また文通をする生活が始まるのか・・・・
けど、今は以前と状況が違う。
明日斗に将来性があるなら、遠距離恋愛でも構わないなんて女子も、相当数いるだろう。
これじゃあ、激戦は必至。
私と明日斗の昼休みや部活の二人きりの時間にも横槍が入るだろう。
きっと男女を問わず人気者になって、昼休みに色んな人から誘われて、私はきっとまた一人でこの文芸部の部室で一人でお弁当を食べるんだ。
あ・・・そう言えば、明日斗のBチームが勝ったから、一先ず明日斗の退部は無いよね。
「なら、部活の日は会え・・・」
けど、明日斗は本当のところ、私と一緒の文芸部をどう思っているんだろう・・・?
また悪い方悪い方へ思考が沈んでいってしまいそうな気配がしたところ、
『こちら放送席放送席。先程の決勝の賭けについてお話があるので、皆様お聞きください』
文芸部の部室にあるスピーカーから校内放送が入った。
放送部員のアナウンスのあと、マイクを受け渡したようなボッという音がした。
『この度、わたくし中川 王司は、仙崎 明日斗さんの同意を得ていないにも関わらず、本件球技大会において、お互いの退部届を賭けるという賭け勝負を広く周知してしまいました。』
スピーカーから押し殺したような沈痛な声音で、クソ王子の声が流れた。
じゃあ、明日斗はあのクソから一方的に賭け勝負を吹っ掛けられただけなんだ。
明日斗が、決して賭けに乗り気ではなかったんだたということがわかって、私は少し安堵した。
『また、そんな一方的な賭け勝負を挑んでおいたにも関わらず私は敗北してしまいましたが、賭けの敗北時の条件の履行を仙崎さんにご容赦していただきました。』
「 だっさ!! 」
あのクソを形容するのにこれ以外の言葉が見つからない。
『今回の寛大な措置に感謝し、今後、仙崎 明日斗さんへご迷惑をおかけしないことを誓います。 中川 王司』
まるで役所の謝罪会見のようなクソの謝罪が終わった。
これであのクソは、この学校での発言権を大きく損なっただろう。
『あ、ついでに一言俺も』
またボボッとマイクを受け渡すような音がスピーカーから流れたかと思うと、明日斗の声がした。
何だろう?クソとの事はこれで解決したと思うんだけど。
『仙崎 明日斗です』
「キャー」と黄色い女子たちの歓声が、文芸部部室のドアごしにも微かに聞こえた。
『文芸部は俺と、氷の令嬢こと未央の愛の巣なので、皆さん近付かないでください。以上』
「「「「 ギャアアアァァァ!!! 」」」」
今度は文芸部部室のドアごしでもはっきりと聞こえるくらい、男女問わずの悲鳴が聞こえてきた。
「え?・・・・・・・え?」
あ・・・あ、愛の巣!?
急に何なの!?・・・・何なの!!??
私は予想外の事態に、今後のことを想像しようにも頭が全く働かなくなってしばし呆然とした。
呆然とした後に湧いてきた感情は、意外にも怒りの感情だった。
これ、私はどんな顔して教室に戻ればいいのよ!!
明日斗ってば、なんて恥ずかしいことをしてくれたのよ!!
これからのことを想像したら、既に顔から火が出るようだ。
「お、いたいた。やっぱりここか」
「ホギャアアァァ!!」
突然部室のドアが開いて、つい変な声が出てしまった。
「なんだその叫び声」
「あ、明日斗・・・」
「ほら、教室一緒に戻るぞ」
「ムリムリムリ」
「ずっとここに閉じこもってるわけにはいかないだろ」
「誰のせいだと思ってるのよ!!」
ポカポカと明日斗の胸を叩きながら私は抗議した。
「未央は嫌だった?」
明日斗が真剣な顔を向けた。
私のポカポカなぐっていた拳がピタリと止まる。
「い・・・嫌じゃない・・・」
俯きながらだけど、私は精一杯の勇気を振り絞った。
顔を真っ赤っかにしながら泣きそうな顔で、我ながら格好がつかないなと思った。
「良かった〜。俺も王子様みたいに訂正と謝罪放送しなきゃならないかと思ったよ」
「ちょちょ!!」
ガバッと明日斗に抱きつかれて、私は目を白黒させた。
今日は心臓に悪いことが多すぎる。
「あ、悪い。まだ着替えてないから汗臭いよな」
「そういう意味じゃなくて・・・」
「あの放送終わったら、すぐにここに駆けつけたからさ」
「すぐに来てくれたんだ・・・」
この胸に湧き上がってくる熱いものは何なんだろう。
何だかキューンとするような。
「大方、俺が校内のスターになって寂しいとか思って、部室で黄昏れてたんだろ?」
「はぁ!?ち、ちがうし!!それに校内のスターって言ったら、氷の令嬢の私のほうが年季入ってるし!!」
「よし。じゃあその校内のスターをまとめて殺しに行くか」
「スターを・・・殺す?」
「二人で教室戻って交際宣言したら、氷の令嬢もU−15日本代表も他人様のものってことで、人気大暴落さ」
「そんなの恥ずかしすぎるでしょ!!」
「こういうのは一気に大炎上で燃やしちゃうのが、結局鎮火するのも早いんだよ」
「けど・・・」
「さっきの放送で、数日くらいなら牽制になるだろうけど、二人はまだ付き合ってないってバレたら、きっと横恋慕が湧くぞ」
「うぐ・・・」
「俺もU−15日本代表なのがバレて、まだ1日目だからな。もう少しチヤホヤされる期間があっても」
「いいわよ!!やったろうじゃないの!!」
「その素の姿が皆の前で出せたらバッチリだよ」
私は覚悟を決めて、明日斗が差し出した手を握って、文芸部の部室を後にした。
明日斗が文芸部に本当にいたいのかどうかと悩んで、私の心に根をはろうとしていた悩みは、綺麗さっぱり氷解してしまっていて、まるで氷の令嬢の終わりを表しているかのようだった。
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