ストーリー11 崩れるのはあっという間
「なんだか観客がやけに盛り上がってるな」
王子様がいるAチーム持ちの観客が多いのは分かっていたので、Aチームがボロ負けしてる現況から、てっきり俺は会場のテンションはヒエヒエに盛り下がっていくことになると思っていたのだ。
事実、前半はそんな感じだったのだが、いつの間にか応援の声が活発になって、しかも俺達Bチームへの声援の方が圧倒的に多くなっている。
「何ででしょうね?バンドワゴン効果?」
誠也もちょっと予想外だったようだ。
「ま、当の王子様があの体たらくですからね」
誠也が、顎をしゃくって視線を投げる。
王子様は膝に手をついて苦しそうにしていた。
「仙崎くんへのマンマークでオフェンスもディフェンスも走りっ放しっすからね」
「呼び方、明日斗って呼んでくれ。俺も誠也って呼んでるんだし」
「恐れ多いっすよ」
「何か壁ある感じで嫌なんだよ」
「じゃあ明日斗くんで。それで、王子様はマッチアップしてみてどうっすか?」
「基本を疎かにしてる派手なプレーだけ好きな子供」
「辛辣〜」
「基本動作の反復練習やコアトレみたいな地味なトレーニングを積めば、もっと良くなるがな。指導者に恵まれなかったな」
「そこ、本当に大事っすよね」
「誠也。お前、中学のサッカー部入ってないって言ってたけど、外部でやってたろ。フットサルあたりか?」
「バレました?実は隣の市の社会人のフットサルチームに混ぜてもらってるんすよ。流石の慧眼っすね」
「世辞は一切なしで、かなりいいセンス持ってると思う。正直もったいない」
「ハハッ・・・サッカーは趣味でやれれば良いやって昨日まで思ってたっすけど、明日斗君みたいな一流の人と一緒にサッカーやれたら楽しすぎって知っちゃいましたからね。高校ではちょっと考えてみます」
そう言いながら、誠也は手をヒラヒラさせながらポジションに戻っていく。
さて、スコアは4―0でBチームのリード
残り時間は3分を切った。
あ1プレーで試合終了のホイッスルだろう。
それは、もう、この点差は覆らないことを意味していた。
Aチームは諦めに支配された顔でうなだれていて、Aチームのサッカー部員にいたっては絶望したような表情を浮かべている。
諦めは身体の疲労感を倍増させ、モチベーションの低下は思考力の低下をもたらす。
Aチームのキックオフで試合が再開されるが、安易なパス回しを俺がカットする。
俺がボールを奪っただけで、なぜか観客から歓声が上がった。
既に諦めで身体が重そうな相手の様子を見て、綺麗な動作を相手に見せるように、シザーズやエラシコ、クライフターンで次々に抜いていく。
Aチームも最早、俺を止められると思っていないのか、鮮やかに抜かれた後を呆然と見送る。
もう少しでペナルティエリア内という所で、最後のディフェンダーが立ちはだかる。
「お前だけはぁぁぁぁああ!!!、」
王子様が鬼の形相で、腕を大きく広げながらこちらに突進してくる。
はて?いつから俺はラグビーに参加していたのだろうか?
まぁラグビーのタックルだと考えてもお粗末な姿だが。
その姿は、まるで小動物が精一杯自分を大きく見せようと威嚇しているような様だ。
ちょうどペナルティエリア内に入ったから、わざと手に当ててハンドでPKを貰うのも一つの手だが、それじゃ締まらない終局だな。
と、王子様が上手く相手ゴールキーパーの視界を塞ぐ位置に来た。
決断は一瞬
俺はあえてのトーキックでボールに前回転を与えながら、王子様の無様に開いた股下を通して蹴り転がした。
ボールは地面を弾みながら、しかし高速で転がって、ゴールの下側隅を狙う。
王子様がブラインドになったせいでキーパーの反応が遅れたが、何とか横っ飛びで転がるボールに手が触れる。
しかし、前回転を与えられているボールは、キーパーの手が触れてもなおゴールに向かう勢いを失わず、無常にもゴールへ吸い込まれた。
「よし。これで終わり・・・」
と、ここで俺の足元に衝撃がくる。
突進している最中に股下を抜かれた王子様が、突進の勢いそのままに、シュートを放った俺の右足の膝にぶつかったのだ。
俺の膝の方は何も痛くはなかった。
股下を抜かれたショックで、王子様の突進の勢いも緩んで、そこまでではなかったのだろう。
しかし、膝が当たった王子様のやわらかい部分の被害は甚大であった。
「むぐうぅぅぅ・・・」
王子様は股間を抑えて、その場にうずくまってしまった。
「うわぁ・・・」
思わず俺は声を上げてしまった。
独りよがりなクソ野郎だし、そもそもアソコを俺の膝に打ち付けたのは王子様の自業自得だが、それでも同じ男としてちょっと同情した。
(ピッピッピ〜〜!!)
ここで試合終了のホイッスルが鳴った。
5―0で3年1組Bチームの優勝だ。
結局、なんだか締まらない終わりだったなと苦笑いしながら、俺はBチームの喜びの輪へと駆け出して行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ハァハァ・・・」
王子様はチームメイトに抱えられて運ばれ、大会本部の簡易救護ベッドで横になっていた。
股間の痛みに喘ぎながら、脂汗を流し苦痛が和らぐのを待つしかない。
ようやく起き上がれそうな程には回復してきたが、今グラウンドで執り行われている表彰式など参加も見たくもないので、そのまま横たわっていた。
「よーし。ムービーばっちり撮れたぜ」
ふいに聞いた覚えがある、声だけで精悍だと解る声の主へ頭を傾ける。
「竜爪中学の神谷 天彦!?」
そこに居るはずのない意外すぎる人物に、思わず王子様は下腹部の鈍痛も忘れ、大きな声でベッドから起き上がった。
「ん?俺の事、知ってんの?」
「そりゃ県下最強、去年、中体連の全国大会準優勝の竜爪中学のエースフォワードのことはね。なんだい、偵察にでも来たのかな?」
「いや、お前誰やねん、馴れ馴れしいぞ」
天彦は興味のない視線を王子様にチラリと向け、すぐにグラウンドに視線を戻す。
「自分は去年、中体連の県大会、準決勝で竜爪中に敗れた」
「あ!!表彰式が終わったみたいやな。師匠〜〜!!♪」
天彦はグラウンドに駆け出して行った。
他校のサッカー部を自由にさせておくわけにはいかないと、王子様も慌てて天彦の跡を追った。
◇◇◇◆◇◇◇
「明日斗師匠〜〜!!バッチリ見せてもらいましたよ〜!!」
「は!?え、天彦なんでいるの?」
表彰式が終わると、U−15日本代表メンバーの天彦がいた。
天彦の中学は同県内だが、気軽に行き来できる距離ではない。それに今日は平日だ。
「学校サボって来ちゃいました。途中、電車の乗換えミスって、着いたら既に決勝でしたけど」
「サボりって・・・全く」
「U−15日本代表合宿以外で師匠のプレーが見れる貴重な機会ですからね」
「もっと早く来てれば、貴重な俺がディフェンダーやってた試合が拝めたのに」
「ぐあぁあぁあ!!マジっすか!?見たかった〜〜〜」
天彦がガチで悔しそうにしていると、後ろから王子様がこちらに来た。
「おい、神谷。部外者が勝手に歩き回るな」
「あれ、二人とも知り合いなのか?」
「いや、全然知らねっす。こいつ馴れ馴れしいんっすよ」
俺の問い掛けに天彦が即否定する。
「去年の中体連の県大会準決勝を憶えてないのか?」
王子様が、ショックを受けたように天彦に問いただす。
「安心しろ王子様。こいつは、自分が認めた人間じゃないと顔や名前を全然憶えられないサッカー狂なんだ」
「何を会話に入ってきてるんだ仙崎。これはこの県でトップクラスの選手同士の語らいで」
「師匠に何をナマこいてんだ、あ?」
大柄な体格の天彦が王子様の眼前に詰め寄り見下ろしてくるのに、原初的な恐怖を覚えた王子様は、思わず立ちすくんでしまった。
「っていうか、王子様これっすか?」
「そうだよ。この人が、U−15日本代表のグループチャットで今や人気者の王子様だ」
「へえー、こいつがね・・・
あ、師匠が表彰式中に、グループチャットにさっきの決勝の試合の動画アップしといたっす」
「おう、あんがと。うわ、早速コメント欄に聡太から『素人イジメ最低』って書かれてるわ」
「おい。さっきから何なんだ仙崎!!」
「あー、王子様はさっきまで股間抑えて脂汗流してたから、まだ知らないのか。俺、サッカーのU−15日本代表なんだよね。所属クラブは登呂ヴィナーレのジュニアユース」
「・・・・は?」
「さっきの決勝戦で校内バレしちゃったんだよな」
「逆にサッカー部の奴らに今まで気付かれなかったのが奇跡っすね」
啞然として、口をあんぐりと開けた間抜けな顔で固まる王子様。
天彦は、ギャハギャハ笑いながら王子様の間抜け面の写真をスマホで何枚も撮っている。
と、不意に王子様の頭がグワシッと掴まれて、地面へ叩きつけられるような勢いで腰を90°近くまで曲げられ、深く頭を垂れる体勢となった。
「数々の中川の無礼、失礼した!!
仙崎くん。君には是非サッカー部に入部して欲しい!!」
王子様の背後から現れたのは、サッカー部顧問の鬼頭だった。
「あれ?俺はサッカー部に入部拒否されてませんでしたっけ?どういう風の吹き回しです?」
俺はすっとぼけて、鬼頭へ訊ねてみた。
「いや〜仙崎君も人が悪いじゃないか。U−15日本代表に選出されてる凄い選手だと言ってくれればいいのに、ガハハッ!!このバカにはよくよく説教しとくから!!な?」
そう言いながら、お辞儀させられたままの王子様の後頭部をバシバシ叩く。
あの時は、こっちの話に耳を傾ける気がなかったから話さなかっただけなんだがな。
そして、自分の非は笑って誤魔化し、全て王子様におっかぶせるか。
虚偽の報告をしてた王子様が悪いのは確かだが、それだけを鵜呑みにして沙汰を下した自分は安全圏に置いたままとは……。
相変わらず信用には値しない大人だな。
「聞かれなかったので。あと、サッカー部は入れないですよ。ジュニアユース所属だと部活のサッカー部には入れない決まりです」
事務的に俺が返答すると、
「いや、前の中学ではサッカー部にも籍置いてたんだろ?試合の日だけ参加してくれりゃいいからさ」
ん?何のことだ?
「俺は前の中学でもサッカー部には入ってないです。陸上部の幽霊部員でした」
「ん?いや・・・そんな訳はないぞ。前の静丘県の中学から中学のサッカー部に在籍していたと申し送りを受けてるぞ。ホントはこっそりクラブには内緒で出てたんだろ?だからこっちでも」
「何かの間違いです!!自分は学校のサッカー部には入っていません。前の中学校に確認してください!!」
「あ、ああ。わかった」
自分が、こっそりルール違反をしていたのではと言われて、眉をしかめながら全否定する。
俺の否定する剣幕に、一旦、鬼頭は引いていった。
天彦に鬼頭に、変な横槍が入りまくったが、ようやくこれで本題に入れる。
「さて、王子様。試合前に決めた賭けの条件、忘れてないよなぁ?」
「あれは・・・」
「全校放送まで使って大々的に周知してんだ。今更、吹っ掛けた本人が吐いた唾飲むような真似しないよな?」
「あ・・・あ・・・」
俺はニッコリ笑って王子様に言い放った。
今朝までの自信に満ち溢れていた王子様は、もう影も形もない。
「してもらおうか。タ・イ・ブ」
「すいませんで」
「そういうのいいから」
土下座でもしようとしたのか、膝を地面につけようとした王子様を、天彦が王子様の腕を掴んで引っ立てる。
天彦に俺が目だけで合図したのを、天彦は的確に汲み取ってくれた。
「土下座して俺を悪者にしたいの?」
「いえ、そんな・・・」
「謝罪は要らないよ。俺は賭けの条件が履行されれば、それでいいから」
「あの・・・退部は勘弁してください!!」
「出来ないの?なんで出来もしないことを賭けてるの?」
「それは・・・その・・・」
「人を賭けに強制参加させといて、いざ自分が負けたら、賭けの負けは無しにしてくれとか、何考えてるの?」
「・・・・・」
俺はしばらく無言で待ったが、王子様は唇を噛み締めながら俯いてるだけだ。
俺はハァ……と大げさにため息をついてみせた。
「俺が出す代案を履行するなら退部は無しにしてやる」
「ほ、本当ですか!?」
退部が無しになると聞いて、王子様の表情に僅かな希望の光がさした。
「簡単だよ。今回の件、事実を学内放送で公表しろ」
「あの・・・事実とは?」
「騙し討ちで俺を賭けに巻き込んだこと、負けたのに本当に退部するのは嫌だから俺に勘弁してもらったこと」
「そ、それは・・・」
「事実を端的に述べろ。今、文案書いてやる。それとも退部がいいのか?」
「・・・・代案の方でお願いします」
「よし、じゃあこの通り読めよ。
そろそろ大会本部片付けられるから、すぐやるぞ」
「うう・・・」
俺は迅速に原稿を書き上げて、半泣きの王子様を後に従えて、撤収作業を始めかけていた放送席へ待ったをかけに行った。
ブックマーク登録が5,000件を超えました。
たくさんの人に読んでいただけて本当にありがたいです。
引き続きお付き合いいただける方は、ブックマーク、評価等よろしくお願いいたします。
励みになっております。




