ストーリー10 バレちゃった
【未央視点】
『お互いのキャプテンが退部届を賭けて勝負します』
場内のアナウンスを聞いた時、私は最初、言っている内容の意味が分からなかった。
「は?退部!?」
なんでそんな物を賭けて、明日斗とあのクソ王子がサッカーなんてしなきゃいけないのよ!!
確かに、さっきの準決勝は凄かった。
Bチームは終始攻められてて観ていてハラハラしたけど、明日斗が安定して相手の攻撃を防いでみせていた。相手にはサッカー部の人も何人かいたのに。
そして、試合の終盤に明日斗の合図と共に皆が一斉に攻め上がって、明日斗のラストパスから、佐々木君がゴールを決めた。
サッカーしてる時の真剣な顔の明日斗、カッコ良かったな・・・
とと・・・今は、そんな事を考えている場合じゃない。
Aチームは、あのクソ王子がサッカー部員や運動神経の良い男子を集めている。
たかが、ただの親睦会の球技大会でサッカー部がマジで勝ちに行くとか、あのクソ王子は本当に残念な奴だ。
明日斗が、どうやら凄い選手だというのは、今日、自分の目で直接見たから、もはや疑いはしないんだけど、流石に明日斗だけ強くてもどうにもならないんじゃ・・・
この試合に負けたら、明日斗が文芸部から居なくなる。
また、あの部室に一人ぼっち・・・
「 嫌だ!! 」
明日斗が文芸部に来てくれて楽しかった。
ビブリオバトル大会への参加も、背中を押してくれた。
一緒に練習に付き合ってくれるって言った!!
だから勝って!!
決勝戦の始まる前の明日斗は、なんだか怖かった。
あの放送があってから、険しい表情をしていた。
一体、あのクソ王子とどういう経緯でこんな事になったのか、聞くに聞けなかった。
ひょっとして、明日斗もクラブの練習が忙しいから、文芸部を辞めるいい口実を探していた?
ふと、そんな不安が心の中をよぎった。
それは、小さいけど急激に大きくなって、私の心の中を塗りつぶしていく。
今、思い返してみると、私はかなり強引に明日斗を文芸部に入れた。
明日斗は成り行き上、その場で断りづらくて、けど後から、やっぱり文芸部は嫌だって思ったんじゃ・・・
どんどんネガティブな思考に陥っていたなか、ピッ!!と決勝戦の試合開始の笛が鳴った。
気づいたら、決勝戦の試合が始まった。
明日斗は・・・あれ?さっきより前の方にいる。
そして、クソ王子にピッタリとマークしている。
「あ、ボールが来た」
するとクソ王子がトラップしたボールを明日斗が簡単に奪って処理する。
その後、何度もクソ王子の所にパスがくるけど、ことごとく明日斗にカットされて、クソ王子はまともにボールに触れてさえいない。
さっきの準決勝と一緒だけど、毎回一対一で競り合っているから、自ずと素人の私にもレベル差がわかってくる。
明日斗の方がクソ王子よりも強い。
観客も当初こそは「ドンマイ!!」、「次、つぎ!!」とクソ王子に声援を送っていたが、今は静かになっている。
そして、王子様でボールがBチームに渡るということが数回繰り返されると、不意に明日斗が長いパスを蹴り出した。
そのパスは正確に、佐々木君の方へ飛んでいった。
準決勝でもゴールを決めた佐々木君のシュートは惜しくも相手に阻まれるけど、Bチームのコーナーキックになった。
蹴るのは明日斗だ。
「誠也!!」と、明日斗が佐々木君の場所について指示を出す。
また佐々木君へパスしてゴールを狙うのかな、と思っていたら明日斗が蹴った。
佐々木君が前方に走り出る。
一緒にAチームの選手がそれを体を寄せて防ごうとする。
しかし、ボールは佐々木君の上を通り過ぎていき、まるでゴールに吸い込まれるように軌道を曲げて、ゴールネットを揺らした。
「おおおぉぉ!!」
Aチーム持ちだったはずの観客も、鮮やかなシュートに思わずどよめいた。
「ナイスシュート!!明日斗!!」
端からBチームもちだった私は、拍手しながら大きな声で声援を送った。
そんな私を見て、周りは
「え!?氷の令嬢ってあんな大きな声出たの?」
「っていうか、笑顔なの初めて見た」
とか言っているが、そんな事は今はどうでもいい。
点が入ったんだから、守備があんな強い明日斗がいれば、このまま準決勝みたいにこの1点を守り切ればBチームの勝ちだ。
「そうすれば、明日斗は文芸部に・・・」
ここでまた、先程試合前に浮かんだ不安が再び顔を覗かせた。
明日斗は本当に文芸部にいていいのかな?
目の前でサッカーをしている明日斗は本当に楽しそうだ。
またボールを奪って、軽やかにドリブルしながら相手ゴールへ向けて駆け上がっていく明日斗の姿をボーッと見る。
何でもないことのようにボールを操り相手を抜き去る明日斗に、観客からも徐々に歓声が上がるようになってきた。
そして、遠くから放った豪快な明日斗のシュートがゴールに突き刺さると、その歓声は更に大きくなっていった。
これで2―0
ここに来て、ようやくAチームはクソ王子にパスを出すのを諦めて、別のサイドにパスを展開しだした。
いい感じにAチームのパスが繋がるが、いつの間にか後ろに下がっていた明日斗に、見透かされたようにパスカットされた。
今度は自陣の最奥から、ドリブルで敵陣へ駆け上がる明日斗を見て、Aチームは必死に戻る。
左右と前面を3人のディフェンダーに詰められるけど、構わずディフェンダーを引き連れながらボールをキープし続けた明日斗は左サイドへ折れていく。
と、突如、明日斗はノールックで軸足の後ろをクロスする形で左足の内側でボールを右側に蹴り出した。
「うおおおラボーナ!!」
観戦していた男子生徒たちが騒いでいる。
パスの先には、フリーのBチームの攻撃陣が2人詰めていて、ゴール前で決定的な状況となり、シュートする。
ゴールキーパはシュートを何とか弾くが、こぼれ球をもう1人がゴールへ押し込んだ。
明日斗と佐々木君にディフェンダーを厚く配置したのが裏目に出た形で、Aチームは3点目の失点を喫した。
「マジかよ!?これ見てみろよ!!」
歓声で騒がしい中、私の隣で観戦していた男子が、スマホの画面を見ながら素っ頓狂な声を上げる。
「ん?お前、スマホ禁止なんだから、教師に見られたら没収されるぞ」
「それどころじゃないって、とにかく見ろ!!」
先程素っ頓狂な声を上げた男子は、友人と思しき男子にスマホを眼前に突きつける。
「何だよ全く・・・え?仙崎って・・・」
「顔も名前も一緒・・・だよな?」
「うおおぉぉお!!日本代表選手とかマジか!?おい皆、聞け聞け!!」
興奮した男子二人は、グループに大きな声でスマホを見せながら話し出した。
「あの転校生、サッカーU−15日本代表だってよ!!」
「え!?登呂ヴィナーレのJrユース所属!?」
「俺等世代のトップの中のトップじゃん!!」
「登呂ヴィナーレってプロのチームは知ってるけど、ジュニアユースってなに〜?」
「U−15日本代表も、わかんな〜い」
「女子はよく知らないか。ジュニアユースってのは、簡単に言えば、プロサッカー選手の候補生だよ」
「U−15日本代表ってのは中学生世代での国内トップ選手が集まって、世界大会に出たりするんだよ」
その時、話を聞いていた多くの女子たちの目が怪しく光った気がした。
「へぇ〜、仙崎くんってプロサッカー選手になるかもなんだ〜」
「海外でも活躍してるんだぁ〜。私、英語得意だから支えてあげられるな〜」
「将来、ワールドカップも出るかもだよね〜奥さんなら応援に行かないとね~」
「今からW杯の関係者観覧席でフェイスペイントして祈るポーズの練習しなきゃ」
「えーと、プロサッカー選手 年収 で検索っと」
マズい。
明日斗のことが、最悪のタイミングでバレた。
衆人環視のもと、サッカーで華麗なプレイを見せて活躍するってだけで、すでに惚れさせ要素抜群なのに、実は肩書や経歴もド派手なんて、恋する女の子の大好物じゃない。
玉の輿乗っちゃおうかな〜なんて軽口叩いているメス豚はまだいい。
周囲を見渡すと、喋らずにポ〜ッとしたトロけたような顔で明日斗を目で追っている女子が何人もいる。
今日この場だけで、明日斗への厄介ガチ恋勢が、何人も生まれてしまった。
転校生が実はサッカーU−15日本代表なんて面白い話、今はSNSを使って簡単に全校どころか近隣の中学にまで広がってしまうだろう。
そして、今は女子のバレーの試合を観てる子達からも、更にガチ恋勢が増えて・・・
「私は、今後どうすれば良いの!?」
答えの出ない自問自答で頭の中がグルグルしている。
そのせいで私は、明日斗がゴール前で、ディフェンスで寄りかかってきていたクソ王子を物ともせずに弾き飛ばしながら、ヘディングシュートで4点目を得点しているシーンを見逃してしまった。
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