番外編 任務は矢文で
次回は通常のアスカ視点に戻ります。
数日後、うちの玄関柱にトスッと、矢文が突き刺さった。
好きだよね、月ってこういうの。家に穴が開くからやめてほしいんだけど…。
矢に結わえられてた手紙を確認。
今日、入国すると…え、今日?
もうちょっと早く連絡くれないかな…。
でも、今日は身体の調子もいいから有り難い。
昨日は高熱を出してたから、任務ってなると、あの苦い忍び薬を飲まざるを得なかった。
あれ、効き目はすごいんだけど、二日以上続けて飲むと身体に異常がでるんだとか。
だから私も緊急時以外は飲まないように言われてる。
比較的平和な時代だからこそ、私でも白を名乗れてるんだろうな。
そんな事を考えながら、忍び装束に着替えて、私は瀬亜から白になる。
手甲に棒手裏剣は…よし!
脚絆にもよし…!
着物の背板に苦無もよし!
愛刀の、白桜もよし!
この白桜は、代々白が受け継いできた名刀。太刀と脇差が揃いであるのだけど、どちらも最上大業物。
でも私が使うのは脇差のみ。
長いのは使いにくいし、重いし…。
全力を出せば太刀も使えるけど、それまで持ち歩くのがツライ…。
陛下の指定で蒼はお留守番だから、同行してくれる翠を迎えにいく。
翠の家は、うちより山の中にあるから涼しい。虫も多いけど…
「翠ー、今日入国だって。 急いでいくよ」
「はぁ!?今日って! 月の一族はなにしてるの?」
当然その反応だよね。いきなり今日って…
「二人だけで大丈夫か?」
「大丈夫よ、問題ない!」
「翠、それフラグ…」
「そうはいっても陛下のご命令でしょ?仕方ないじゃん!」
「戦力としては白がいれば問題ないだろうが…」
蒼は翠の親戚で、小さな時から妹みたいに可愛がってたから心配なのかも。
普段は三人一組だし…。
私達、風の一族は二人一組のチームもあれば、ソロも当然いる。
この辺は相性だったり、戦い方による。
お母さんのとこなんて全員揃えば数十人だし。
他の一族は二人一組が多いみたいだけど、他所はよそ!
役割が違うんだから、そっちも違って当然。
翠と一緒に向かうのはユリズ・シー。
ハルナ様の経営するリゾート地の中でも、一番規模が大きいところ。
なんせ島が丸ごと一つリゾート地なんだから…。
王島とは橋で繋がっているんだけど、この橋がまた立派でお金がかかってる。
馬車が並んで数台走れる幅があり、夜には魔道具によってライトアップされる。
橋そのものが観光名所になってるくらい。
出資して作ったのも当然ハルナ様。渡るのにもそこそこのお金はかかる。
明け方の薄暗い山道を駆ける。
「橋はどうする?普通に渡る?お金もったいないけど、陛下から軍資金は貰ってるし…」
「下から行こうかーあたし達忍び装束だし」
「それもそだね」
早朝とはいえ、忍び装束で堂々と橋を渡っていたなんて知れたら、また陛下に叱られる。
私達忍びの存在は数十年前からは周知されてるし、今更なんだけど…。
だって、海戦国時代の終焉と共に平和になり、忍びの仕事がなくなって、お金に困った花鳥風月のお頭たちが、忍びの技を纏めた本を先代の陛下に売ったんだもん。
もちろん秘術関連や”口伝”として伝える部分は書いてないからすべてが明るみには出てないけど。
それでも忍び、忍者という存在が絵草紙や御伽草子になり、舞台になってたりするくらいには周知されてる。
陛下の偏った忍びへの認識は、そういう創作からの影響が強い。
陣屋にある陛下の私室にはそういう御伽草紙とかが沢山あるし…。
翠と山を降り、雑木林を走り抜け、橋の見える位置まで来た。
「人影はないね、あたしが先に行くよ」
「わかった」
翠が一瞬でトップスピードまで加速し、橋の横にある点検用通路へ駆け込むのを確認。
”わぉーーーーん”
翠の合図だ。犬獣人の翠が使うこの合図、かなり遠くまで聞こえるんだよね。
私は通常、翠程の速度は出せないから隠れながら走る。
最初の合図以降なにも合図が無いってことは人影も無いんだろう。
私も点検用通路へ飛び込んだ。
「あー鍵かかってるわ」
「そうだろうね…」
「すぐ開けるから、警戒してて」
「りょー」
警戒とは言われても私は探索能力とかないから…カンが全てだけど、そういうのも馬鹿にできないんだよね。
「よしっ、行くよ!」
あっさりと鍵を開けた翠はすぐに駆け出す。
関係者以外立入禁止の札があるけど、私達には関係ないし。
気にしてたら仕事なんて出来やしない。
「船で来るの?それともドラゴンで?」
「それが…詳細が書かれてなくて」
「ほんと、月は何してるの?」
「私に言わないでよ…」
諜報専門の月がこんないい加減な情報を寄越してくることがそもそも異常だ。しかも当日になんて…。
よほど情報を集めるのに苦労したか…または、完全にハルナ様に鞍替えしたか…。
だとしても、ハルナ様と陛下は本当に仲がいいから、裏切るようなことも無いはず。
いつだったか陛下がハルナ様の事に言及していたっけ…
「利害関係が一致していて、お互い儲かるのに裏切るわけがないじゃろ。なんの得があるんじゃ。ハルナは根っからの商売人で守銭奴じゃぞ?」
と、話していたのを思い出す。
そうなると、ギリギリまで粘ったが情報が集まらなかったと考えたほうがいい。
「ユリズ・シーの本館辺りで待ち伏せる?」
「それしかないと思う。身内なら会いに来るだろうし」
本館は、宿泊施設がメインではあるけど、目の前はビーチだし、飲食店や土産屋、徒歩数分の場所には専用の港まで完備という頭のおかしくなるくらいの規模だ。
建物も当然豪華だし、内装五階、外装四階建てでかなりの高さがある。
本館の中にハルナ様も居を構えてるから、当然会いに来るならここ。
「白、ドラゴライナ王国の女王様の顔は覚えてる?」
「うん。ばっちり」
「なら任せる。あたしは遠くから一度見ただけだから」
「りょー」
二人で本館入り口が見渡せる植え込みに隠れる。
「急だったから朝餉食べそこねたよー。全く月めー」
「携帯食は?」
「遠出でもないし持ってきてないよ」
「私も。帰りになにか食べてこ」
「いいね、偵察だけならすぐ終わるでしょ。あたし、朝から冷やし善哉食べてやるんだー」
「だからフラグみたいな事言うのやめてよ」
「ごめんごめん。白がいるのにそんな心配いらないかなーって」
信頼してくれるのは嬉しいけど、私は諸刃の剣。
全力を出して戦うハメになったら、逃げる余力を残さないと私は間違いなく捕まる…。
翠まで巻き込めない。




