暗い過去
夜…
大きなベッドにみんな当たり前のように潜り込んでくる。
特に今日でしばらくお別れになるティアねえ様は甘えて離れたがらない。
逆にリアはどこか思いつめたような表情をしている。
「…アスカ。ティーから聞いたわ」
「うん?」
「私達はアスカが汚れ仕事をしてたとしても嫌いになったりなんてしないわ! だから! だから話してよ…」
「そうだよ。お姉ちゃん…また一人で抱え込まないで」
えーっと…?なんの話かな? (裏稼業をしてるとふつーがわからなくなるって!)
あぁ!! みんなに話したの!? (だって…心配で)
それは…ごめん…。
「面白い話でもないよ?」
「それでもよ!」
「…ちゃんと聞くよーねえ様に話してすっきりしなー」
「うちも…お姉様の話なら聞きたいの…」
「そっか…わかったよ。レウィは?」
「もう寝てるわ。知りたがる様なら私達が話すからいいわ」
リズはもう眠っているね…幼いあの子には聞かせたくないからちょうどいいか…。
「ん〜…あれはねー 魔王になる前だから、当然ティーも知らない時だね…」
二回目か、三回目か…その辺の記憶はもう怪しくなっているけど、かなり初期の召喚の時。
ユウキと二人一緒に召喚された。
所謂、闇ギルドって言われる裏の組織に。
仕事内容は至って単純。
魔王軍の幹部の暗殺。
その世界では既に勇者は召喚されてて戦っていたけど、戦績は芳しくなく…。
かと言って勇者召喚を何度もするほど余裕はなかった世界は、私達を闇から闇へ魔王軍を葬る為のコマとして召喚した。
戦闘に関しては既に教わるようなことはなく…。教官をあっさり倒した私達は、直ぐに任務に駆り出された。
ユウキとバディを組めたのはせめてもの救いだった。
…………………
「兄ちゃん、いいの?こんな裏稼業やって…」
「相手が攻めてきてるっていう魔王軍だからな…。仮にギルドを潰して逃げるにしても、ギルドの規模がわからない以上、下手なことも出来ないだろ?だから俺たちの目でこの戦いを見て確認するぞ。ただのコマになって、使われるつもりなんかないならな」
「それならいいけど…」
まずは情報だ。闇ギルドの規模や本当に魔王軍が悪なのか、それを確かめる!
それから俺たちは影に潜み、現場で仕事をしているふりをしつつ、二人で協力したり手分けしたりと、ありとあらゆる情報を集めた。
結果、どうもおかしい事に気がついた。
「魔王軍って、攻めて来てないよな?」
「うん。攻め込んでるのは人の方」
「しかも略奪目的って情報しかないんだけど、そっちは?」
「こっちも。魔界の方が土地も広いし、資源も豊富だからって…」
「指揮してるのは…」
「「軍のトップ」」
二人で調べた結果がこれなら、ほぼ間違いは無さそうだな。
「どうするの? 調べた感じ国王はまともそうだけど」
「そうだな。でも軍を抑えるような力はないみたいだからなぁ」
欲に目の眩んだ奴らが軍に擦り寄ってるからな…。
「一度魔王の元へ行くか…」
「大丈夫かな?」
「コマになって、略奪なんかに加担したいか?」
「やだよ!!」
俺たちは夜闇に紛れて人族の領地を脱出。
最近人族が押され気味のフロントラインを越え、更に二日かけて魔界の奥深くへ入り込んだ。
思ったよりも闇ギルドの規模が大きくて、手を打つことができないまま来てしまったけど…。
そのせいで一つ懸念もある。
「そろそろバレてるだろうな」
「うん。仕事なんて一切してないし、連絡なしに出てきてるからね」
「あぁ…ケホッ…ゴホッ…」
「兄ちゃん!?」
「大丈夫だ…ちょっとむせただけだ」
やっぱりやられてたか…。直接やり合わなくて正解だったな。
そんな気はしたんだ。裏の組織が喚んだ人間を本気で信用するはずが無い。
最初に出された飲み物をスキをついてユウキの分まで飲み干して正解だった。
「行くぞ…ここまで来たら後少しだ」
「うん!」
魔界はいつぞやの魔神のいた所とは違い、自然豊かな美しい場所だった。
魔力も多く、そのおかげか体に仕込まれたモノも多少緩和されている気がする。
住んでいる人も見た目は人族とさして変わりはない。
角や羽根があったり、獣人風だったりするだけだ。
略奪のためにこんなにキレイな世界へ攻め込むのか?平和に暮らしている人を傷つけて?
クソッタレが!!
「ゴホッ…カハッ…」
「兄ちゃん!!」
「大丈夫だ…少し休め…ば…」
「兄ちゃん! 兄ちゃん!!」
次に目が覚めたのは柔らかいベッドの上だった。
「兄ちゃん!」
「ユウキ…ここは?」
「目が覚めたかしら? 話は弟くんから聞かせてもらったわ。 今、魔王様にも使いを出しいるから大人しくしてなさい」
「弟は、弟だけは見逃してくれ! 俺はどうなっても…カハッ…ッ…」
「落ち着きなさい。 まだ呪毒が抜けきってないのよ。無理に動いたら身体に回るわ」
「…?」
「大丈夫だよ、兄ちゃん。この人が助けてくれたから」
俺が気を失っていた間の事をユウキは話してくれた。
倒れた俺を見てパニックになったユウキは大声を上げてしまったらしい。
「誰だ!!」
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
「子供じゃない…しかも人族…」
「スパイか? 生きて返すわけにはいかないよな?」
「ダメよ! まだ子供なのよ?逃げてきただけかもしれないじゃない…」
「しかし…」
「それならウェルチ様に相談しましょう。あの方ならこの子達が悪人なのか判断して下さるわよ」
「ああ、それもそうだな…」
それで運ばれたのが、このウェルチと言うコウモリのような翼のある女性の家だったと。
俺の身体に回りつつあった毒も中和してくれているらしい。
ウェルチはユウキには別室で待つ様に言って部屋から出すと、俺に向き直った。
「正直に質問に答えなさい」
「あぁ…」
返答次第ではってことか…。恐らく鑑定されてるだろうし嘘をついてもバレるだけだ。
目的の為にも信用を得なければ話にもならないからな。
「あなたは召喚勇者?」
「そうだ。ただ、ここには勇者として召喚されたわけじゃない」
「それは知ってるわ。勇者はこの世界に一人。その勇者も少し前に命を落としたわ」
「なに!?」
確かに押されてるとは聞いていたけど…
「小さな村に突然現れて略奪をし、魔族の女性に襲いかかっていた所を、その息子に背後から…ね?」
「そうか」
「随分あっさりしてるのね?同族でしょう」
調べでも勇者がクズなのはわかってた。何度この手で…と思わなかったわけでもない。
出来なかっただけだ…。同じように異世界から喚ばれて巻き込まれた相手に多少なり同情したのかもしれない。
「力の使い方を間違った勇者に未来はない…自業自得だ」
「へぇ…でもあなた達は暗殺者よね?」
「そうだ。暗殺者として召喚された」
「でも暗殺者の称号がないわよ?」
「それは…」
「わかってるわ。誰も手にかけてない、そうでしょう?」
「あぁ…」
「じゃあ、何をしてたの?何故魔界へ入り込んできたの?」
「俺達は元勇者だ。大きな力を持つからこそ、力の使い方を間違えるなとキツく師匠に教わった。だから、どちらが悪なのか見極めるために情報を集めた」
「それで?」
「どれだけ情報を集めても魔族に非はない、一方的に侵略と略奪をしているのは人族だ」
「その通りね」
「そんな馬鹿げた事に加担なんてしたくないからな…でも、あちらの国王はまだマトモだ。軍とそれにすり寄る奴らの独断だ」
「部下を、国を纏められない国王なんてそれだけで悪よ?無能なの」
「それはわかってる! だけど…そこに暮らしてる普通の人は?」
「……」
「俺達はこのイカれた侵略を止めたい! こっちに来て確信した。こんなきれいな国を蹂躙させたらだめだ! だからこそ集めた情報を持ってこっちへ来た」
「そのために命がけでこちらへ来たと? 身体に仕込まれた毒のことはわかっていたでしょう」
「薄々は…でも多少なりとも耐性があるから耐えられる方に掛けた」
ステータスも一助になってくれることを期待して。
「愚か者! もし、もしそれで死んでいたらあの弟はどうなるの?まだ幼いのよ?あなたもあの子も!」
「…っ!」
「なんでその歳でそこまで覚悟を決めているのか知らないけど、もう少し気を抜きなさい」
「………」
「いい?しばらくはおとなしくしている事。派手に動くと毒がまた回るわよ。呪いは解くのに時間がかかるの」
「わかった…」
わかったと返事はしたものの、ここ数ヶ月の行動が抜ける事はなく、ぐっすり眠ることも、安心する事もできなかった。
常に気を張って、小さな物音にさえ身体が反応する。
ユウキも寝てはいても、かなりの頻度でうなされてた。
数日そんな状態が続き…ウェルチに俺たちの知るすべての情報を伝えた。
俺の呪毒が抜けきったと判断された後、ウェルチに連れられて魔王と謁見する事になった。
人族は目立つからと、馬車まで用意してくれて。
一方的に攻めてきている人族にいい印象なんてないだろうからな…。
「いい? 魔王様は寛大な方ではあるけど、歯向かうものには容赦しないわ。敵対的な行動は即、命に関わると覚えておきなさい」
「ああ」
「はい…」
「…大丈夫よ。お優しい方だから」
知ってる。この街の人達の話からも悪い噂なんて聞こえてこないからな。
それに、これだけキレイな国を維持している人が悪い王な訳がない…。
人族の国と雲泥の差だ。
あちらは土地は荒れ、街は汚れ犯罪者が溢れていた。
おかげで俺達みたいな者でも潜みやすかったが…。
その分気も抜けなかったからまともに休むこともままならなかったけどな。
「兄ちゃん! すっごいキレイなお城だよ」
「そうだな…」
荘厳という言葉がピッタリとくる、そんな大きな城がすぐ目の前に見えてきた。