懐かしいと久しぶり
懐かしさと、驚きと…焦りに引っぱられるように走り出した私は、学園長室の扉をノックもなしに開けてしまう。
「なんで二人がここにいるの!?」
思わずそう叫ぶ。
「お久しゅうございます…お会いできて私は…」
「お久しぶりです。お元気そうですな」
部屋の中には跪いて迎えてくれる懐かしい魔力を纏う二人と、幼い子が一人。
魔力は昔より随分弱々しいけど、間違いない。
「本当に知り合いだったのね…」
どうして…どうしてここにいるの!?そしてその姿は何?
頭が混乱して言葉が出てこない。
「お母様…?」
幼い子が私をそう呼ぶ。確かに間違ってはいないのかもだけど…。 (ティーの妹キターッ!)
混乱してる私を学園長がソファーに座らせてくれたから、一息つく。
「私は少し席を外すわね」
「すみません、ありがとうございます」
気を利かせてくれた学園長が私達だけにしてくれた。
「お久しぶりです、ディアス様。 いえ、今はアスカ様とお呼びした方がよろしいですかな?」
「うん。それが本名だからね」
「わかりました」
「ファリスと、ロウでいいんだよね?私の勘違いじゃないよね?」
「ええ。間違いありません」
「そうですな」
「それで…その子が今の魔王だね?」
「ええ」
やっぱり…。それにしても…
「なんで二人ともそんな若くなってるの?」
と言うか、ロウはリッチーだったよね!? (受肉おじさん?)
なんか違わない?それ…
「ご説明すると長くなるのですが…」
二人は順番に話してくれた。
私が送還された後、衰退していく人族から攻められることも無くなり、平和になったのだけど、百数十年程経った時に、人族がおかしな物を作ったと…。
「魔王様が作ってくださった魔道具を真似ようとした様なのですが、魔力の少ない人族は自然界から魔力を吸うようにしたのです。その魔道具は世界そのものの魔力を吸い尽くす勢いで魔力を消費する物で…、しかもたタチの悪い事に、止める事も近づくことすら不可能なほど魔力を吸われて破壊もできず…」
「めちゃくちゃだね…」
「ギリギリになって助けを求められ、確認した時にはそのような状況でした…」
「私がいた時から、あの世界の人族は何も変わらなかったんだね」
「はい。おかげで年を追うごとに世界そのものが力を失い衰退していきました」
魔道具はまず人族を壊滅させたと。
まぁ。これは当然だろうな…魔力がなくなったら魔獣はいなくなる。食肉も減るだろう。
土地も枯れるから草木も作物も育たない。草木を食べる動物がいなくなれば、それを糧にしていた大きな動物もいなくなる。
当然人間だって生きてはいけない。
元々魔力の濃い魔界のが耐えたけど、それも限界が来たと…
「それで世界を渡った…?」
「ええ。先代魔王様の遺言でしたから…」
「そう…」
「ですが、行った先がどのような世界かわからない以上、私の様な者は姿を変え、転移する人数も多いので、妨げになる程の魔力持ちは魔道具を使い、魔力を封じて世界を渡りました」
ランダムな転移をしたのか。
転移する人数が多いと消費魔力も跳ね上がるから仕方ないといえばそうだけど。
一か八かすぎるね…。
「だから、ロウもその姿に?」
「はい。イケメンにしたつもりですがいかがですかな?」
「まぁ…確かに」
パッと見はかっこいい青年風なんだけど、にじみ出るジジ臭さは隠せてないんだよなぁ…。 (骨は隠れた)
確かにリッチーではなくなってるね。 (骨つき肉になったー?)
違う違う。その表現は色々とおかしい。
「話が進みませんからジジィは黙っててください」
「ファリスは若くなっても口が悪い…イケメンにジジィはないだろう」
相変わらずファリスはキッツイな!? (魔王秘書は伊達じゃない…)
「…それで?こちらに来てバカな自称魔王を抑えられなかった言い訳は…?」
「「申し訳ありません!!」」
慌てて跪いて謝る二人。
「私に謝らなくていいから、こちらの世界に迷惑をかけたヤツについて教えてくれる?」
「それは…私達が魔力を封じた事で、転移時に魔力を封じるほどでも無かった者が台頭し、戦えない民を人質にしたのです」
「戦えない者たちは…すみません…。 助けられるだけは助けて、ヤツの情報を持ってこちらの世界の方に助けを求めたのですが…」
「ロウ達が助けられなかった人達も、私の祖母が助けてくれたって言ってたから大丈夫。私もまだ会ってはなけどね」
「わざわざ魔王様がお会いにならずとも我々が…」
「ファリス、言いたいことはわかるけど、どこにいるかも知らないでしょう?移動手段はあるの?」
「…申し訳ありません」
「謝らなくていいから。 自称魔王には封じた力を解放するなりして、あなた達で対処できなかったの?」
「それが…転移した時にその魔道具が壊れてしまいましてな、直そうにも魔石もなく…」
「そう…一度、あなた達をみてもいい?」
「ええ、もちろんです」
私の知らない魔道具だし、何をしたのかわからないけど、情報さえあれば…。
二人を魔力ドームで包む。
「魔王様の魔力ドーム…懐かしいですな…」
「ええ。本当に…人物鑑定も使えるようになられたのですね」
二人はこれを見るのも久しぶりになるのか…。
魔力を封じたって言うけど、これ…。 (どうしたの?)
いや、ステータスに封印とかそういう類があるのかと思ったけど、それもないし…単純に弱くなってる。 (えー?)
「もしかして魔道具”で”力を封じたんじゃなく、魔道具”に”力を封じた?」
「よくおわかりですね。さすが魔王様です」
「壊れた魔道具は持ってる?」
「はい。こちらに…」
ファリスから渡された魔道具を確認するも、壊れた時に封じられてた力が霧散してるなこれ…。 (じゃあ…)
しかもこれ、物理的に壊されてる。 (自称魔王が?)
その可能性もあるね。やらせたのかもしれないし、単なる事故かもしれないけど…。
「可哀想だけど、力を取り戻すことは不可能だね…。魔道具が壊れて、封じられてた力も失われてるよ」
「…そうでしたか」
「薄々そんな気はしていました。魔道具から力を感じませんでしたからな…」
「その割には妙に落ち着いてるね?」
「そうですな、コチラで助けていただいてからは、前のような力はなくとも不自由せずに暮らせていますから」
まぁ、こっちだと平和だし、魔族の力は過剰か。
「二人にとって不都合がないのならいいけどね」
「問題ないです。仲間達も、今は平和に暮らせていますから」
「そっか…」
「はい」
「………」
二人に会えて、驚きばかりが先行してたけど…。
「良かった。二人が無事でいてくれて…。遅くなったけど、会えて嬉しいよ」
私は二人を抱きしめた。
「魔王様!?」
「な、なんですかこれは…魔王様がこんな事なさるなんて…」
あれ?なんか魔力吸われてるな? (ママ大丈夫!?)
うん。吸われたとはいっても半分くらいだし平気。 (半分って…。ステータスは?)
そっちは変化ないよ。 (よかったの…)
抱きしめてた二人を離して、私は絶句…。 (ガイコツだーやだー)
「ロウ! 変化が解けてます!!」
「そういうファリスも老けたぞ」
バキッ…
なんかカルシウムの砕ける音がしたな? (骨が折れたぁー!!)
「もしかして二人とも力取り戻した?」
「はい。魔王様に触れられたら…」
「力に耐えられず変化が解けたのですかな。それにしても相変わらずファリスは馬鹿力…」
バキッ…
リッチーに素手でダメージ与えるファリスは絶好調だね。 (感心してる場合じゃ…)
そうだった!
「二人とも、人に見られる前にはやく姿を戻しなさい!」
「「はい!」」
元の美男美女になった二人はとりあえずいいとして…。
「次はこの子の事を教えてくれる?」
「はい、今代の魔王様、ティアリス様です」
「ティアリスです。初めましてお母様。でよろしいですか…?」
「好きに呼んでいいよ」
ティーより幼い子が魔王か…。 (かわいいよ?)
それはそうなんだけどね。赤い髪に赤い目か…。 (魔王時代のママと同じ!)
うん…。
「幼すぎない?」
「それは仕方なかったのです…」
ファリスが辛そうに話してくれた。
先代魔王は世界の魔力が減り続けて、元の魔力が少なく、耐えられない魔族が次々と消えていく中、ファリスたちが止めるのも聞かず、魔界全土へ魔力を分け始めたと…。
その結果、当然魔王自身も力を失う。
いくら膨大な魔力を持っていても、世界に魔力がなくて、自然回復しないのだから使いきればそれまでだ…。
跡継ぎを残さないわけにはいかないから、遺言と共にこの子を遺したと。
「その遺言が、異世界への移住?」
「はい。先代様は転移の魔道具を作るように命じられ、完成まで一人でも多く救おうとなされて…時間稼ぎのために自らの魔力を…」
「そう…ティアリスは、どれくらい力を引き継げてるの?」
「極わずかです…。先代様の力はほとんど残っておらず、故に記憶の方へ重点を置いて引き継ぎをされましたから」
「そういう事ね」
試しにティアリスも抱きしめてみたけど、魔力を吸われる事もなく。
鑑定をしたけど、私にもティアリスにも魔王の称号はついたままだった。
「魔王って、魔族の中でも最強の者に与えられる称号であり、魔族の中でも特殊な種族なんじゃないの?」
「勿論それもありますが、直接先代から力を受け取ることが一番の条件なんです」
「私は直接受け取ってないよね?」
「はい、残滓から召喚した特異なケースですな」
「それって、未だに私が魔王のままなのと関係ある?」
「そこまでは…。 何せディアス様…いえ、アスカ様の時に行った魔王召喚は初めての事ですので…。ですが元々力の強い方をお喚びしたのは間違いないかと…」
「よく成功したね?」
「一か八かの賭けでもありましたからな…。魔族は魔王様というトップになる方が居られないと成り立ちません。それに、残滓とはいえ一部は継承もされておられますからな」
元々強さ至上主義だもんなぁ…。
「それより、魔王さ…アスカ様は我々がここへ突然来た理由はお聞きにならないのですか?」
「え?私の魔力を感じ取ったからでしょ?しかも一番わかりやすい怒りの魔力を」 (ガチギレしたから!)
うん。怒りっていうのは感情の中でも激しいから伝わりやすいんだよ。しかも一度じゃなかったからね。 (あぁ! 召喚科の教師と公爵…)
「お見通しでしたか…」
「それにしても、よくこの国へこれたね?」
「ちょうどこちらの国から、留学の打診という形で招待がありましたから、他に希望者もいなかったので、それに便乗しました」
あぁ、学園長が言ってたな。バサルア共和国に留学生の打診をするって…。
「それで? この子を鍛えて欲しいとかそういう話しだよね?」
「ご明察ですな。歴代魔王様の中でも最強と名高いディアス様に!」
「ロウ、もうその名前で呼ばないでくれる…?」
「すみません…」
まぁ、この子を鍛えるのはいいとして…
「ティアリス、貴女はどうしたい? この世界は平和だし、無理に強くなる必要もない。もし仮に戦う力が必要なら、力を取り戻したその二人に戦わせればいいよ」
「我々がですか!?」
「ロウはこの子の保護者代わりなんじゃないの?」
「はい…」
「それなら何が不満なの」
「仰るとおりです…」
小さな子なんだ。どうしたいかをティアリスの口から本心をちゃんと聞きたい。
「私は…強くなりたいのです。それが私の務めであり責任ですから…」
「責任か…。 魔界にいて、魔王としてみんなを守らなきゃいけないのならそうかもね。でも、今は違うんだよ。ここは平和だし、私達みたいな力は過剰なの。まぁ、私も最近それを思い知ったのだけどね」
「アスカ様は、もう魔王は必要ないと…?」
「うん。ここは世界が違うんだよ。自分達の国を持っているわけでもないでしょ? そこに、元いた世界の常識や考え方を持ち込む必要あるかな?帰る事を考えているのなら話は別だけど、違うよね?どうなの?ファリス」
「ええ…仮に帰ったとしても、あの世界に未来はないでしょう」
「それなら、こちらの世界に合わせなさい。私の生まれ故郷に”郷に入りては郷に従え”っていう言葉があるのだけど、自分の生まれた世界を捨て、他所の世界にお世話になるのなら、その世界、国の価値観に合わせなきゃダメ。それができないのならそこに住む資格はないよ」
「しかし、魔王様! 我々は魔族です」
「そうだね?強さ至上主義で、力のあるものがトップに立つ」
「はい!」
「なら私がわからせましょうか?ここで、ロウを叩き潰せば納得するの?」
「……申し訳ありません…」
「この平和な世界で、魔族の価値観である強さ至上主義を掲げて何をするつもり?また魔王を旗頭にして、こちらの世界に害をなすの?そんな事をするなら私はあなた達の敵になるよ?」
「そんなつもりは…」
「じゃあ必要ないでしょう?違う?」
「………」
「魔道具を広めてくれて、強さ至上主義をひっくり返すのを手伝ってくれたロウはどこにいったの…?」
「…仲間を…先代様を失い、寄る辺も無く世界を渡った我々の気持ちはわかりますまい!」
「…そうだね。直接それを見てきたあなた達の辛さは私にはわからないよ。でも私にとっても他人事ではないんだよ?喚ばれただけの魔王だったとしても、何百年一緒にいたと思ってるの」
「………」
「ねぇ、さっき二人はなんて言ってた?」
「はい?」
「ここなら力はなくても、不自由せずに暮らせているって言ったよね?」
「はい…」
「仲間達も平和に暮らしていると、そう言ったよね?」
「その通りですな…」
「それなら、この子にも自由に生きさせてあげてよ。こんな小さな子に重荷を背負わせる必要がある?」
「お母様! それでも私は!」
「ティアリスが、本心から強くなりたい、みんなを守りたいって言うのならいくらでも力を貸すよ。でもね、無理はしなくていい。この世界で生きていくのなら、ティアリスがやりたいことを自分で見つけていいの」
「……私は…」
「もし、どうしても強さが、魔王が必要と言うのならここにいるよ。だからティアリスはやりたいことをしていいの」
「………」
決めるのはティアリス本人だ。ロウでもファリスでも、ましてや私でもない。
私に出来るのは支えて見守ることだろうから。