シークレット
住宅街を三人で話しながら歩く。
予約は17時で、まだ少し早いからコンビニとかへ少し寄り道しつつ向かう。
テンションの高い奈々はいつも以上に声が大きい。
「ちょっと奈々、住宅街なんだから声のボリューム下げなさい」
「はーい! 真面目だよねぇ麻帆は」
まだ夕方だし、そこまで気にしなくてもいいとは思うけど。
「それにしても、こんな住宅街にお店があるのかしら?」
「個人経営で、一日に一組だけっていう隠れ家的なお店だからね。私も口コミでたまたま見つけただけだよ。平日だからなんとか空いてたけど、土日祝日は数カ月先まで埋まってた」
「まじかぁー! そんなお店だと高かったんじゃないの?」
「そんな事もないよ」
実際、学生の感覚からしたら食事だけで万単位の金額は高いんだろうけど、わざわざ言う必要もない。
それにこれは、元気になった二人へのお祝いだから。
「あ、奈々。そこ左へ曲がって」
少し前を後ろ歩きで騒ぎながら歩いてた奈々へ道を教える。
「おぉぅ…こりゃーほんとに隠れ家だ。道が狭い。車じゃ入れないね」
「ほんとね。知らなかったら見つけられないわ」
実際、私も家からそんな遠くもないのに、全く知らなかったくらいだ。
「その小さな看板が出てる家だよ」
「へぇー。 ”Cafe&Bar S・B” かぁ〜。S・Bってなんの略だろう?」
「たぶん、シークレットベース。秘密基地とかじゃないかしら…」
さすが麻帆。頭の回転が早い。
それで合ってる。ホームページに書いてあったから。
大々的な宣伝は一切せず、見つけた人だけが訪れる秘密基地。そんなお店にしたかった。と…
チャイムを鳴らし待つ。
少し早いけど、いいよね。
「はーい、今開けますね」
ドアを開けて出てきたのは、こないだのお姉さん。
「いらっしゃい、入って入ってー」
促されるまま靴を脱いで上がる。
普通に他所様の家に上がるような感覚だからちょっと落ち着かない。
「こっちよー」
案内されたのは、蔦のような柄の暖簾が掛けられた部屋。
暖簾をくぐると…たしかにそこは秘密基地だった。
ホームページや口コミにも内部の様子は一切書かれてなかった。
こういう事かぁー。
「すっごい! ほんとに秘密基地じゃん!」
小さい頃、みんなが憧れた…そんな秘密基地がそこにはあった。
キレイでオシャレかと言われたら違う。むしろ真逆だろう。
それでもなぜかワクワクしてしまう…そんな空間。
「好きなところに座ってね」
そういいながらいくつもランプをつけてくれて、薄暗かった部屋が温かい炎の色で明るく染まる。
テーブルは大きな木を輪切りにした、温かみのあるもので、座布団やクッションなどもあるけど、みんなデザインがバラバラなのはわざとだろう。
みんなが持ち寄った、そんな雰囲気だ。
適当にクッションを見繕い座る。
「なんかめっちゃワクワクする!」
確かに奈々は好きそうだよね。お店の名前と、一日一組で他に客がいないから落ち着けるって事で選んだけど間違いなかったな。
「アスカちゃんのツリーハウスより更に秘密基地感が凄いわよね」
「あれはあれで私は好きだけどね!」
どちらかと言うと、フィアに作ってあげたツリーハウスに近いかもしれない。
「ようこそ、シークレットベースへ!」
そう言って入ってきたのはお兄さん。多分旦那様だよね。
「お邪魔してますー」
「ここ、お兄さんの秘密基地?めっちゃワクワクするよ!」
「奈々、馴れ馴れしいわよ!」
「気にしなくていいですよ。今日はここが貴女達の秘密基地です。のんびりと楽しんでください」
そう言って一度退室したあと、ご夫婦が次々と食事を運んびこんでくれた。
「何かあったら呼んでね?呼ばれるまで顔を出さないから」
なる程…。本当に今は私達だけの秘密基地で、邪魔しないよってことか。
テーブルに並べられた料理は多種多様。
和洋中何でもありでボリュームもある。
ただ、どれも盛り付けがこだわっていて、いちいち可愛い。
テーブルの上全てが、1つのお子様セットとでも言えばいいのかな。
これ…ティー達が大喜びしそう。 (いいなぁー!)
ただここ、人数に上限があるからみんなを連れてくることができないんだよね…。 (むーリアも喜びそうなのに)
ごめんね…。
「あ、奈々ストップ」
スマホを構えた奈々を止める。
「えっ?」
「ごめん先に言わなきゃいけなかったね。撮影は禁止。ここで見聞きした事も他言無用」
「どゆこと?」
「秘密基地だからよ。どんな所かわかってたら楽しみが減っちゃうでしょ?」
「あーなるほどね! 確かにそうだね、入った時の感動がなくなっちゃう」
「麻帆の言うとおり、そういう事だね。破っちゃうと出禁になるよ」
幸い口コミ情報もしっかりとそれが守られてて、落ち着ける場所。ご飯がすごく美味しい! そんな事しか書かれてなかったし、写真も外観しかなかった。
それでも評価が高かったのはこういう理由だったんだ。
三人で話しながら巨大お子様ランチを崩していく。
「おいしい! アスカのに負けてないくらい美味しいよ!」
「ええ…凄いわね。さすがプロ」
「私はあくまでも家事レベルだからね」
「いや、あれはお店出せるから」
「そうよね。絶対繁盛するわよ」
二人に褒めてもらって悪い気はしないけど。
うちの子達にも食べさせてあげたい、そんな思いが膨らむ。
人数上限さえなければ…。
二人は、また異世界の話も聞きたがるから、その話もしつつ、二時間近くのんびりしてしまった。
「ふぅ〜めっちゃ食べた! 美味しかったぁ〜」
「私も食べすぎたわ…本当に美味しかったもの」
「うん。それでも食べきれなかったけどね…持ち帰らせてくれるらしいから頼もうか?」
「そうなの!? それはありがたいねー!」
「頼んでくるね」
暖簾から顔を出し呼ぶ。
「すみません、持ち帰りさせてもらえますかー?」
「はーい! すぐ行きますー」
部屋で待ってたら直ぐにお皿を下げに来てくれた。
「少しお待ちくださいね」
飲み物だけ追加してくれたから、少し休憩。
渡すなら今からな。
テーブルにストレージから出した包を2つ置く。
「これは奈々に。麻帆を守ってくれて、無事に元気になってくれてありがとね」
「あ、ありがと…何これ。照れる…」
「こっちは麻帆に。奈々の事教えてくれてありがと。おかげで後悔しないですんだよ」
「私は別に何もしてないわ…むしろ私のせいなのに…」
「それは違うって何度も言ってんじゃん! せっかくのアスカの好意なんだから」
「そうだよ。受け取ってくれないと悲しいよ…」
「わかったわ。ありがとう…」
「可愛い! アスカのピアスとお揃い!」
そう言いつつ鏡を出してピアスを早速付け替えてる奈々。
「私のもデザインは同じお揃いなのね。ピアスあけてないから考えてくれたの?」
「そうだね。ピアスあけろなんて言えないし」
「あははっ! 麻帆痛いのダメだもんねー」
「うるさいわよ。身体に穴を開けるとか、そんな恐ろしい事二人はよく平気よね…」
麻帆もネックレスをつけてくれる。
「どうかしら…」
「似合ってるよー! 私はどう?」
「いいと思うわ。これラピスラズリよね?」
「うん。よく知ってるね」
「まぁそれくらいは…」
喜んでもらえたかな?
「失礼するわねーお持ち帰りの用意できました!」
そう言って持ってきてくれたのは、発泡スチロール製のクーラーボックスを3つ。
でっか…。そこまで残ってなかったような?
「それと、これにサインお願いしますね」
渡された3枚の紙。誓約書みたいな物。
内容は、私がホームページで見て、二人に説明したもの。
平たく言えば、ここの内容は秘密にしてね。ってやつ。
当然私達はサインする。
誓約書と交換で、木で作られたプレートを受け取る。
「もしまたシークレットベースに遊びに来たいって思ったらそれを見せてね。割引するから」
「ありがとうございます。また来たいです…けど…」
「どうかしたの?」
「うち、家族が多くて…ペットもいるので難しいなぁと」
「あぁ、なる程…因みに何人?」
「8人です」
「犬猫なら私は大好きだから連れてきてもらって問題はないけど…ちょっと待ってね」
そう言って奥へ確認へ行ってくれたお姉さん。
「ティーちゃんや未亜ちゃん達を連れてくるの?」
「うん、うちには他にも居候と言うかコッチヘ来てる子達がいるの」
「えー紹介してよ!」
「待ちなさい奈々。多分、いえ…絶対普通じゃないわよ?」
相変わらず麻帆はカンのいい事で。
「ドラゴン、エルフ、フェンリル…」
「「………」」
「マジで?エルフ? あの耳の長い…」
「そうだね」
「それより、フェンリルって…」
「見た目は真っ白な可愛い犬だよ」
「「………」」
唖然として黙り込む二人。なんかごめんね!?
「お待たせー。早めに予約してくれれば対応できるけど…条件があるの」
「この事は内緒、ですか?」
「うん! 話が早くて助かる! 信用できそうって判断した相手なら、次回から条件は緩くしたりしてるからね」
「ありがとうございます。今っていつなら予約取れますか?」
「おっ早速?いいよーまってね…」
メモ帳をペラペラとめくる。
「平日なら6月はそこそこ空いてるわね。 ただ、土日はごめんなさいね」
「いえ、でしたら家族と相談して、また連絡させてもらいます」
「ええ! 待ってるわ」
奈々と麻帆も家族と相談して、また来るって言ってた。
お店を出て、脇道から通りへでる。
「アスカ、今日はありがとう。プレゼントまで…」
「私まで貰っちゃって。ありがとうアスカちゃん」
「ううん。二人がいてくれないと私も寂しいから。もう暗いけど…送ろうか?」
「魔王様に送ってもらうとか前代未聞!」
「悪いわよ…ここからならアスカちゃんはすぐ帰れるのに」
「もう少し一緒にいたいからっていったら…?」
「うっ…その言い方はズルいわ。じゃあお願いするわね」
「やったねー。じゃーいこーぜー!」
賑やかな奈々と、それに呆れつつも楽しそうな麻帆と三人で、もう暗くなった住宅街を歩く。
二人を送り届けて、私が帰宅したのは20時を過ぎてからだった。




