絶対に…
「みんな、お弁当ちゃんと持った?」
「うん。ありがとう母さん。 行ってきます」
「行ってきまーす」
「行ってきます、お義母さん」
「はーい! 気をつけてね!」
前回の母さんの重箱弁当に懲りたユウキが進言してくれたおかげで、今日は一人ずつ適量のお弁当を持たせてもらった。
通学路は今日も登校する生徒達の笑い声や話し声で賑やかだ。
「随分久しぶりな気がするよなぁ」
「うん、そうだね…時差ボケじゃないけれど、ちょっと混乱しそう」
「確かにね。でも未亜もステータスが上がってきたのなら勉強とかに支障はないでしょう?」
「そうなの?まだテストもないからわからないよ…」
そういえばそっか…うちの学校って年に三回、学期末のテストしかないもんね。
ちょっとしたテストは先生の気分であったりなかったりするけど…。
直近の学期末テストは夏休み前のになるかな。
「未亜姉ちゃん、英語のテスト覚悟しといたほうがいいよ」
「え?止めてよ。ユウキ君! ただでさえ私、英語は苦手なのに…」
ユウキの言う覚悟しとけっていうのはそっちにじゃないんだけど、今は言わなくていいか。悪い事にはならないし。
いつもならそろそろ奈々が声をかけてくる…そう思ってたんだけど、会わないまま学校についてしまった。
本当に風邪でもひいたのかな?珍しい事もあるものだよ。
メール…いや、熱出して寝てたら申し訳ないし、やめておこう。
あの子なら元気になった瞬間に自分から連絡してくるでしょ。
未亜たちと別れて教室へ。
クラス委員長の麻帆までいない?あの子は登校するのが大体いつも早いはずだけど…。
ちょっとティーの覚えてきた事で問い詰めたいことがあったのに! (やめてー!)
やれやれ…。
ホームルームが始まっても麻帆は登校してこなかった。 (昨日はいたよ?)
そう…どうしたんだろ。奈々の風邪でもうつった? (確かに元気なかったかも?)
そっかぁ…。
と言うか、二人がいないと私ボッチなんだけど…。女子生徒は声をかけてくれたりはするけど、奈々達みたいにすごく親しいって訳でもないから挨拶や多少の会話をする程度だし。
男子生徒にいたっては目があったら逸らされる始末。
二人とも早く元気になって登校してよ…寂しいから。
何度もメールしようかと悩んだけど、結局できないままお昼休み。
なんてメールをしたらいいのかわからない…不器用すぎるな私。
仕方なく一人で中庭へ向かった。
隅っこのベンチへ座って、お弁当を膝に乗せたままぼーっと生徒の動きを眺めてたら声をかけられた。
「お姉ちゃん、一人なの?」
「未亜! うん。奈々も麻帆もお休みでさ。ボッチ飯だよ」
「じゃあ私達と一緒に食べよ?」
「いいの?」
「うん。明ちゃんならお姉ちゃんのこと知ってるし」
「はいっ! よろしくお願いします!」
いやそんな気合入れなくても…。 ただ、寂しいのも確かだから二人の好意に甘える。
「奈々さん達は体調でも崩したの?」
「わかんない…」
「え…連絡してないの?」
「もし体調悪くて寝てたら申し訳ないと思ってね…」
「それもそっか…」
「私なら連絡きたら嬉しいけど」
「明ちゃんは風邪で休むとかまずないでしょ?」
「確かに!」
ここにも元気っ子がいたよ。
そんな会話をしながら母さんの持たせてくれたお弁当を食べた。
美味しかったけど…なんとなく味気なく感じるのはやっぱり奈々と麻帆がいないからかな。
私が休みの時に奈々達もこんな気持ちなんだろうか…。 (ママのおかずが食べられない! って言ってたの)
……私よりおかずですか。そうですか。
もし、明日も休みなら一度連絡するか…。いや、でもなぁ。おかずにしか興味無いのなら別にいいのかも? (ママが拗ねた!)
だって…ねぇ?
連絡しようかどうしようか…そんなモヤモヤした気持ちのまま一日が過ぎてしまい、一人でトボトボと帰宅した。遊園地で買ったお土産も渡したかったのにな…。
帰ってから元気のない私をリアたちが心配してくれたけど、私自身は元気だし。大丈夫って答えるしかない。
「アスカ、ちょっといい?」
「うん?どうしたの母さん」
「ほら、明日はユウキのお誕生日でしょ?だから下準備を手伝って!」
「そうだったね。 でもそろそろ帰ってくるんじゃない?」
「未亜ちゃんに足止めを頼みました!」
そう言う母さんはめっちゃいい笑顔。
「そうなんだ。わかったよ、私は何したらいい?」
「ケーキのスポンジは昼間に焼いたからデコレーションをみんなとやってもらえる?」
そう言って母さんが出してきたのは直径が50センチはある巨大なスポンジケーキだった。
私が最近置いた魔道具オーブン使ったんだろうなぁ、じゃなきゃこのサイズは焼けない。
リア達とその巨大なスポンジケーキにデコレーションをする訳なんだけど…。
「アスカ、大きすぎないかしらこれ…」
「うん。だよね? 流石アスカのかあ様だよ」
ティアねえ様の中で私の評価がどうなってるのか…。
「お姉様の二段ケーキみたい!」
「ママのママが張り切ってたから!」
楽しそうに仕度してる母さんの姿は安易に想像できた。
せっかくだから、アクシリアス王国でもらったフルーツも使おう。
王妃様ありがとう。使わせてもらいます。
クリームは私がぬって、カットしたフルーツをみんなでデコレーション。
完成したケーキは母さんがストレージへ収納。
そのタイミングでユウキと未亜が帰ってきた。ギリギリだったな…。
「未亜姉ちゃん、あれだけ見て回ったのに結局なにも買わなかった」ってユウキはボヤいてた。
時間稼ぎに未亜は頑張ってくれたみたいね。
未亜はホクホク顔だから単純にウィンドウショッピングを楽しんできたのかもしれないけど。
「ただいまー! 帰ったぞー」
「父さんも帰ってきたね」
お隣のおじさんのお店を手伝ってる父さんは、今日、レウィを連れて行ってたらしい。
貴金属やら骨董品を扱ってるから、レウィはいい番犬になると。 いやその子フェンリル…。
頼られたレウィは嬉しそうだし…いっか。
夕食後、ティーとお風呂に入って部屋に戻ると
「アスカ、スマホなってたわよ?」
本を読みながらも教えてくれる。
「ありがとうリア」
奈々か、麻帆?そう思ってスマホを開く。
内容はシンプル…
明日話があるから、少し時間をほしいと、麻帆から。
相変わらず事務的なメールだよなぁ。
わかった。と返事を返す。 私もあまりメールは得意じゃないから似たようなものなんだけどね。
体調のことも明日確認しよう。麻帆は文面からは読み取れないし。
これが奈々なら絵文字や顔文字でカラフルだし、感情もわかりやすい。
翌日、朝から元気のない麻帆はお昼休みまで待ってって…ろくに話もしてくれなかった。
そして、今日も奈々はいない…。
お昼休み、人のいない空き教室で昼食。この場所なのは麻帆が指定したから。
母さんの持たせてくれたお弁当を食べつつ、麻帆から話を聞く。
「…月曜日、アスカちゃんお休みだったでしょ?」
「うん」
「珍しく早く登校した奈々と一緒だったのだけど、奈々は…」
「うん?」
「……私をかばって事故にあったの」
「…え?」
あまりの事に箸で掴んでいたおかずを落としてしまった。奈々は!?無事なの? (………!)
「スマホを使いながら自転車に乗ってた人が突っ込んできて、私が轢かれそうになったんだけど、あの子運動神経いいじゃない? 庇ってくれて…」
「うん。自転車か…車かと思って心配したよ」
「…アスカちゃん、自転車でも舐めたら駄目だから!!」
麻帆がこんな大きな声を出した事って今まで無かったからびっくりした。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、大きな声出してごめんなさい。でも、奈々は…」
「無事なんだよね?」
「怪我をして入院してる…」
「そう…」
一瞬、最悪の想像をしてしまったから、ホッとして胸をなでおろす。
「…でもね、意識が戻らないの」
「は?」
それって…どう言う…事? え?
「私のせいで奈々は…」
「待って! 麻帆、奈々は無事なのよね?相手は自転車で…」
「ぶつかった反動で転けた奈々は、頭と腰を打って…それで…うぅっ…奈々…ごめん…私のせい…でっ」
「……そんな…」
頭が真っ白になる。あの奈々が?元気だけが取り柄の? (ママ…報告。奈々のこと)
…うん?ティーどうしたの? (奈々のいる病院へ行ってみてきたの)
そう…奈々は? (意識はまだ戻らないし、戻っても歩けなくなるかもって…)
なんでそんな事に? (意識が戻らないのは頭を打ったから。歩けないのは腰の骨を折ったから)
こんな事…あってたまるか。 元気で走り回る明るい奈々にそんな事があってたまるか!
そんな結末、私は許さない。
「ごめんね…アスカちゃん、ごめんね…奈々…」
泣いてる麻帆は自分のせいだって思ってるし…。この子はずっと自分を責め続けるのだろう。
こんな事、私は絶対に認めない。絶対にだ。
「麻帆、待ってて。私がなんとかするから」
「…え?なんとかって…。 確かにアスカちゃんのおまじないはすごかったけど、そんなので何とかなるものじゃないの! 親友でしょ?奈々の! これは冗談じゃないの! バカにしないでよ!!」
「そうだよ。だからだよ。 麻帆、私早退するから。先生に言っといて」
「ちょっと、アスカちゃん!!」
後ろから呼ぶ麻帆の声を無視して教室を出て走る。
こんな事なら、誕生日プレゼントに渡したペンダントをしっかりと魔道具にしておけば…ほんの少しの幸運補正なんて役に立たなかったじゃない!
私が…魔道具を渡しておけばこんな事には…。 (ママのせいじゃないの!)
でも! (それで相手側が酷いことになったりしたら困るのは奈々だよ!)
………。そう、だね…ごめんティー。 (うん…)
ティー、奈々の病院は? (案内するの でもいいの?確かにママなら助けられるけど…)
問題でも? (こっちで魔法使っていいの? なんて説明するの?)
…いいよもう。この際、奈々や麻帆にバレたって。そんな事より大切なものがあるから。 (でも…)
私、師匠に言われたんだよ。力を使う時を間違えるなって。 (わかったの)
今ここで、この力を使わなかったら私は絶対に後悔する…。それだけは間違いないって言いきれる。
例えあの子達との記憶が強制力による物だとしても、今の私にとっては真実だから。 (……)
ティーの案内に従い、この街でもわりと大きな病院へ到着したのはそれから20分後だった。
隠蔽や身体強化も使って来ればもっと早くついたのに、それにすら思いが至らないあたり私も焦っていたのだろうね…。 (それでも街中を全速で爆走しない辺り冷静…)




