閑話 懐かしい人
〜魔王城 執務室〜
「魔王様、未確認で怪しい情報なのですが…」
「なんだ? 珍しいな、お前がそんな情報を持ってくるとは」
「…はい。ですが、恐らく魔王様が気になさる情報かと」
「そうか、教えてくれ」
リッチで側近のロウ。普段は確実な情報しか上げてこないから本当に珍しい。余程の事か?
「魔王領と、人族の支配領域の境目にある森をご存知ですか?」
「あぁ、森が深く魔獣が多い事であちら側からの侵攻は今の所ないな。 まさか!」
「いえ、あそこは人族の国側に山脈があるので、部隊では容易には越えられません」
「ではなんだ?」
「その森に魔族と人族が共に暮らす村があると…」
「なに?」
それは初耳だ。しかも、あの森は魔獣も強く、魔族でもわざわざ入る者もいない様な場所だ。
そんな森に村?確かに眉唾ものだ。だけど…。
「もしそんな村があるのなら共存の可能性を模索するヒントがあるかもしれんな」
「はい。なので、何人か調査へ向かわせては?と…」
「俺も行くぞ」
「…ですよねー」
がっくりとうなだれるガイコツ。表情はわからないが、仕草で感情がわかるから面白い。
それから数日かけて情報集めをしたが、大した成果はなかった。現地で探索を使うしかないな。
部下を数人を連れて出発することにする。
「チョコ、今回も頼むな」 グオォォ!
初めて召喚したグリフォンのチョコ。 それ以降、長距離を移動する時はいつも乗せてもらっている。
後ろには部下数人も一緒に。それくらいチョコは大きい。
ロウには城のことを任せてきた。あいつなら信頼できるからな。
国の運営も滞りなくこなすだろう。最近ようやく魔道具が普及し始めて領内の生活も安定してきた。
魔王城から西へ数時間、ロウの言っていた森の上空で探索を使う。
くっ…魔獣が多くて情報量がすごいな。本当にこんな場所に村があるのか?
…ん?あれか?拓けた場所があるが、魔獣ではない魔力反応がある。だが…二つしかないな。
取り敢えずそこへ降りるか。
チョコに頼んで、その場所へ。上から見ても村っぽさはほとんど無い。
近づく程に廃村としか思えない光景が見えてくる。
だか、二人いる! 他にもなにか情報があるかもしれないのなら行くしかない。
廃村の広場らしき場所へ降りる。
「魔王様、ここですか?廃村ですよ?」
「あぁ、俺は魔力反応の元へ向かう。お前たちは周囲の警戒と、情報を集めてくれ」
「「「はっ!」」」
チョコにも周囲の警戒を頼む。
魔力反応は…あの家か。
あの家だけは小綺麗で、家の前には畑もある。
ふむ…。警戒させてもよくないし、普通の人族の姿になるか。
薄れかけている記憶を頼りに召喚前の自分の姿を思い浮かべて、魔力体の姿を変える。
「すまない、誰かいるか?」
扉をノックして声をかける。
「…はーい」
女の子の声?こんな場所に?
扉を開けて出て来たのは、12、3歳くらいの金髪の女の子だった。
「なにか御用ですか?」
「すまないな、こんな場所に村があるとは思わなくて…少し寄らせてもらったのだ」
「村…?ここには、お祖父ちゃんと私しかいませんよ?」
いやまぁそうなんだが…。他の建物は崩れかけた廃墟同然だし。
だけど住んでいる者から村を否定されるとは思わなかった。
「君の祖父と話はできるか?」
「待ってくださいね」
そう言って女の子は家の中へ消えていった。
待つこと数分。
「どうぞ、お祖父ちゃんも、お話したいと…」
「感謝する」
家に入ると中はきれいに整頓され、ここだけ街に来たかと錯覚してしまう。
女の子に案内されて奥の部屋へ。
ロッキングチェアに座る老人。 この人、魔族の血が流れてるな。
「突然すまないな。少し話を聞かせて貰いたいのだが…」
「はい、勿論です。 ノア、隣の部屋で大人しく待ってなさい」
「…はーい」
女の子には聞かせたくない話なのか…。
ノアと呼ばれた女の子が部屋を出ていってすぐに老人は、床へ跪く。
「魔王様、このようなお出迎えになり…申し訳ありません」
「いや、突然来たこっちに非があるからな。 それにしてもよくわかったな?」
「ある程度、魔族の血が流れる者なら魔王様に気がつかないはずがありません」
「そうか、取り敢えず楽にしてくれ。座ってくれて構わん」
「ありがとうございます…」
老人を跪かせたままにするような趣味はない。
それから老人にこの村の事を色々聞いた。
元々ここは魔族が作った村らしく、森で遭難した人族を助けたりして、そのまま居付いた者達と共存していたらしい。
最初は警戒していた人族も、魔族と接することで姿が違うだけで自分たちと何も変わらない、ましてや助けてくれた魔族との確執などやがて消え、共存するようになったらしい。
それからも度々、人族の重税に苦しんで、死ぬのも覚悟の上で、魔族領へと抜けるために森へ入ってきた人を保護したりして村は大きくなった。
だが先代の魔王の時代、その頃にこの森で保護された、とある人族がいたらしい。
その一人だけは絶対に魔族を認めず村を去った。
引き止めることも出来ずに見送って数ヶ月後、人族の軍が村へ来た。
軍で移動するには向かない地形、そして森の魔獣。それらに疲弊していた彼らは村で略奪を行った。
隠れていた魔族へ人族は、 逃げてくれ、そしてハーフの人達を守ってほしいと頼んだ。
人族の自分達なら何とかなるからと。
魔族側も抵抗をして魔王軍への迷惑にならぬようにと村を放棄して森を出て魔族領への撤退を決める。
その時に魔族側は人族との約束を違えぬようにとハーフの人達や共に逃げることを選んだ人族の何人かを守り抜いて撤退したと…。
この老人もその時に助けられた一人らしい。
「残った人族はおそらく全員捕まって連れ戻されたか…その後のことはわかりません」
「そうか…。 お前はどうしてここに?」
「撤退した魔族の人たちは本当に良くしてくれました。今も魔族領に住んでる者も居るかと思います」
人と混ざると、純粋な魔族に比べて寿命なども違うからまだ健在か分からないが…と老人は付け足す。
「私はここが懐かしくて…妻とここへ戻ってきたのです。人族だった妻はもう居ませんが…」
老人の話から推測するに百年単位の時間が過ぎてるのだろう。俺が魔王になってからも既に数十年は経過しているし。
「あの子…ノアにも少し魔族の血が流れています」
「娘か孫ではないのか?」
「娘のように育ててはきましたが、血のつながりはありません」
老人が言うには、おそらくこの村にいて捕まった人族の誰かが身籠っていて、その子供ではないか?と。
魔族の血が流れているのがバレたら命が危ない。だから大きくなって魔族の特徴が出る前に、この森へ逃したのではないか、この森なら魔族が保護してくれると信じて…。
「私が妻とこの森へ戻ってすぐに森を彷徨っていたあの子を見つけたのです…」
「よくこの森で無事だったな?」
「この森を作った魔族数人だけが持っていた、魔獣除けの魔道具を持っていましたから」
なるほどな…。だからここに居た人族の子供だろうとあたりをつけた訳か。
しかもその魔道具を持っていたとなると、村をおこした魔族の血を引くものだろう。
この村そのものも同じ魔法で守られているらしい。
「村の近くまでは案内してくれた人が居たらしいのですが…その人には出会えませんでした」
「そうか…」
案内できたという事はここの元住人なんだろう。子供が魔獣除けの魔道具を持っていたとなると、おそらくは…。
「あの子は、あんな見た目ですが百歳は超えています」
「長命は魔族の血をひいている証拠だな…」
「はい。ですが…幼すぎます。本来ならもう大人になっていても…」
「うーん、どうだろうな。血が混ざると常識は当てはまらんだろう?」
「その通りですね…。 あの…失礼は承知の上で魔王様にお願いがあります」
「あの子の事か」
「はい。私ももう長くありません。ここにあの子を一人残して逝くのは…。それだけが心残りでしたから…」
「任された。お前も城へ一緒にいくぞ」
「…ありがとうございます。 しかし私は…ここに残りたいのです。妻と、楽しかったあの頃の…夢の跡が眠るこの森に…」
「そうか…」
無理に連れて行くのは忍びない。時々部下をこさせるように手配しておくか。
「ノア! ノア!」
「…よんだ?お祖父ちゃん」
呼ばれて隣の部屋から少女が入ってくる。
「お前はこの方と一緒に行きなさい」
「お祖父ちゃんは?」
「ここには婆さんが眠っているからね。私はここにいたいのだよ」
「……やだよ! 私もここにいる。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの傍にいる!」
流石に口を挟むこともできず、成り行きを見守る。
「この方は魔王様だよ。いつかお会いしたい、お仕えしたいと言っていたじゃないか」
「でも…私みたいな半端でちゃんとした魔族でもないのに…そんなの夢でしかないよ…って、えぇぇ!?魔王様!?」
「そうだよ。だから夢を叶えるチャンスでもあるんだよ」
「でも…」
「ノア、行くんだ! ここは夢の跡…。 本当の夢を追えるノアは、ここに囚われちゃいけないよ」
「……お祖父ちゃんはどうするの?」
「それなら心配ない。定期的に部下がここへ来る様に手配しておく」
「魔王様…お手を煩わせてしまう訳には…」
「いや、ダメだ。 俺がノアを引き取って家族になるのなら、お前も家族だ。放置などできんな」
「…ありがとうございます。 ノアを…ノアをお願いします」
「あぁ。任された」
しばらく家の外で二人の別れを待つ。
おそらく最期の別れになるだろう。それを今ノアに伝えることはできない。
老人もそれは望まないだろう。会話を聞かせないようにしていたくらいだからな。
周囲を調べていた部下達からはなんの情報も得られかったと申し訳なさそうに報告された。
共存を考えるには問題が多すぎる事がわかった。攻めてくることしかしない人族と対話すらできない現状ではな。 この村の末路が答えのように思えて…。
「あればラッキーくらいの状態だからな。気にするな。 それよりも家族が増えたぞ?」
「またですか!? 魔王様、そうやってすぐ拾ってくるのは悪い癖ですよ!」
「拾ったのではない! 託されたのだ…大切な娘をな」
「…そうでしたか。申し訳ありません」
部下へ老人の世話を頼む。
「それなら私が残りましょう」
羊の様な角のある魔族、彼女も側近の一人で名前はファリス。
ファリスなら安心だな。気が利くし。 怒ると怖いが…。
「頼む。 俺もいつまでも城を開けていたらロウに叱られるからな…」
「そうですよ?また抜け出したら私も怒りますからね?」
「分かった、分かった…。まったく、俺は魔王だぞ?」
「知ってますよ?」
知っててその態度なんだよな…。まぁいいけど。
畏まられるよりずっといい。
ノアを連れて魔王城へ戻る。
移動中、グリフォンの背で、ノアは俺にこんなことを言った。
「魔王様、私をメイドにしてください!」
「ん? ノアは家族だぞ? なのにメイドをするのか?」
「…夢なんです。魔王城で魔王様のメイドをするのが…お祖父ちゃんも夢を追うようにと言ってました」
「む、そうか…。わかった。 好きにするといい。メイド長には話しておこう」
「ありがとうございます!」
それから数日後、老人が亡くなったと知らせを受け、一人でチョコと森へ向かった。
「ファリス、ご苦労だったな。 辛い役目をさせてしまった」
「いいえ、魔王様のお役に立てたのならそれでいいのです…」
数日とはいえ、一緒にいたら情も移るだろう。それもわかった上で任せた俺が悪い。
それでもそう答えてくれるファリスの温かさに、任せて良かったと心からそう思った。
「ノアにこの事は?」
「…今はまだ話さないつもりだ。新しい環境にもなれていないしな。いずれ落ち着いたら墓参りにでも連れてくる」
「御意のままに…。 ノアの教育係が必要でしたら私が預かりますが?」
ファリスも何かしたいのだろう。任せてみるか…。
老人の家のすぐ裏には彼の妻の物と思われる墓があった。その隣へ彼を眠らせた。
「ノアの事は任せてくれ。そしてあっちから最愛の妻と一緒にノアを見守ってやってくれ…」
「安らかに…ノアはお任せください…」
それから数年後、ファリスにノアを預けた事を後悔するのはまた別の話。
「誰が戦闘メイドを育てろと言った!?」
「魔王様、”戦闘メイド部隊“です。数十人規模で訓練中ですよ。みんな魔王様に尽くしたいと志の高い娘ばかりです」
「なお悪いわ! ノア一人じゃないのかよ!」
どーしてこうなった…。
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その後、戦闘メイド長となったノアは、生涯をかけて私に尽くしてくれた。最期のその時まで…。
魔王時代に唯一看取った家族。それがノア。
あの子はある程度成長してからは姿が変わらなかった。だから余計に別れが唐突だった。
食事を運んでくれた去り際に突然倒れた。慌てて受け止めた私の腕の中で…
「魔王様…、ありがとう…ございました。夢が…叶いましたよ私…。お祖父ちゃんに報告しないと…」
今も忘れない。笑顔で眠るように逝ったノアを…。
魔力となって消えていくノアはそのまま私の魔力へ溶けていった。
強い魔族、そして忠誠心の強い者は死後に魔王の一部となる。そうやって魔王は強くなってきたと、後からロウに聞かされた。
それまでは定期的に強くなっていく理由を知らなかったから…。
私が気にするだろうって黙っていたらしい。
戦争中だ。当然こちら側にも被害者は出る…。彼らの想いも魔王は背負っていく。
今のこの姿はノアがメイドになってすぐに作った姿。
人の街へ潜入すると言ったら、”私の姿を使ってほしい“と言われたから…。
あの時ノアには…
「私、こんなにぺったんじゃありません! もっと大きいです!」
って苦情を言われたっけ。だから仕方なく盛った。ノアの言うとおりに。
明らかに本人より大きくなっていたが、満足そうなノアに言えるはずもなく。
ノアが逝ってからは使わなかった姿。 いや…使えなかった、だね。
あの子を忘れた事はないけれど、久しぶりにこの姿になった事で強く、深く、思い出してしまった。
しかもあの子の夢だったメイド姿だから…。
今の私の姿を見たらノアはなんて言うのかな…。 (お似合いです魔王様! でも私、胸はもっとありますから!)
言いそうだね…。 (うん…実際はぺったん)
私自身、大切な家族が増えて心に余裕ができたのかもしれない。
だから躊躇わずにこの姿になれた。 ノアは私の中に今も生きているから。
あの子ならダンジョンボスも簡単にこなすだろうね。 なんせ最強のメイドだったもの…。 (つよつよメイド!)
だねー。 まぁ、ファリスのせいだけどね?
魔族の血が少なく、魔力も少なかったノアは物理特化でファリスに鍛えられていた。
それで最強のメイドまで上り詰めたんだからノアはすごいよ。
よし、私もノアに恥ずかしくないよう、戦うメイドさんを演じますか。 (ママかっくいー!)




