9
コンラートは医師の十年意識がなかったと言う言葉に混乱を極めていたら、国王夫妻がベッドサイドにやってきた。
自分的にはつい昨日まで会っていたのに、二人が急に年老いたように見える。二人とも記憶にある顔より、随分と年月の経った顔になっていた。
「気分はどうだ」
国王の声はあまり変わっていない。コンラートはなんだかほっとした。
「身体があまり動きません。ぼんやりとして靄がかかったような気分です」
続けてアネットはどうしているか、聞こうとしたが、国王が言葉を重ねて来た。
「十年目覚めなかった事は、医師から聞いたか」
「……はい、聞きました。いったい何がどうしたのでしょうか」
「倒れる前のこと、どのぐらい覚えている?」
「倒れる前?…………頭の中は靄がかかったようではっきりしませんが…………そう言えば、私は学園の最終学年でした」
「そうだった。他には覚えてないのか」
「……わかりません。昏睡していたということは、魔力暴走を起こしたという事ですよね?」
「お前が昏睡した原因は確かに魔力暴走だ」
国王が淡々と肯定するが、なぜどうしてと言う話をしてくれない。
「アネットはどうして居るのでしょうか」
コンラートが本当は一番聞きたかったことを思い切って聞いてみた。
「お前なんかにアネットの名を呼んで欲しくないわ!」
黙って控えていた王妃が大きな声を出した。
「王妃、記憶がはっきりしないものにそんなことを言っても仕方ない」
国王が王妃を宥める。コンラートはなぜ婚約者のアネットの名を呼んでは、いけないのか理解できなかった。
まさか、アネットは他に嫁いだ?
そう思いながら、痩せて筋肉が落ちて細くなった自分の左腕に目を走らせると、アネットの琥珀色の瞳の色の魔石がはまった腕輪がないーーーー。
何度見返してもない。外したらどんな事になるか、これをはめ始めた五歳の頃より、耳にたこができるほど、魔術庁長官や両親に言われている。自分で外すはずはないはずだ。
「父上、腕輪はなぜ外れているのですか」
恐懼して国王に聞くと、国王は冷たい目でコンラートを見た。どきりとコンラートの胸が跳ねた。なんだ……何が起きたのだ。不吉な予感しかしない。
ずきんと心臓が痛んだ。腕輪の事を意識すると、耐えられない痛みが襲って来て、思わず身体を丸めてうめいた。
「陛下、失礼します」
医師ががずいっと身体をベッドサイドに寄せて、コンラートの脈を見て、後ろの魔術庁長官に声をかけた。長官が急いで側によって何か唱えた、コンラートは途端に痛みが無くなり、その代わりに逆らえない睡魔が襲って来た。待ってくれ。まだアネットの事を聞いてないんだ。眠りたくないんだ。
コンラートが再び眠りに付いたのを見て、国王尋ねた。
「これは一時的な眠りか」
「はい、目が覚めて一気にいろんな事を考えはじめて、身体に負担がかかって悲鳴をあげたのです。ですから強制的に保全魔術をかけました。このまま、また長期に昏睡することはありません。数時間経ったらまた目覚めます」
魔術士長官の言葉に国王は頷いた。
「結界の魔術陣に異常はないか」
国王の言葉に、魔術士長官は眉を顰めて忌々しげに言った。
「あれは、ギーセヘルト公爵が管理して、長官の私ですら近づけません。国王陛下、前からお願いしておりますが、早く私の管理下に結界の魔術陣を置いて下さい」
「仕方あるまい。筆頭公爵家のギーセヘルト家の要望は却下できない。当主のギルバート卿も腕利きの魔術士だ」
魔術庁長官は悔しげに唇を噛んだ。