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「コンラートが目覚めたとな」
急ぎ足で拝謁を願い出た侍従長から報告されたその知らせは国王に取って、それほど価値のあることではなかった。
はっきり言って今更なのだ。それは親として対外的には口に出していいことではないのだが。
と言って無視もできない。従っていた侍従に王妃に知らせるように命令した。王妃もコンラートが昏睡状態になって、気落ちもあるのか具合は良くないと聞く。だからコンラートが目覚めたとは言え出てこないだろうと思っていたが、戻ってきた侍従によると同行したいと言っていると言う。
国王はコンラートが眠り続けていた部屋の前で王妃と落ち合うために廊下を侍従、近衛を従えて歩いていると、後方から王太子のドミニクが追いついて来た。
「兄上が目覚められたと聞きました。私も同道してもよろしいでしょうか」
国王は眼差しをドミニクに向けて、首を横に振る
「コンラートは目覚めたばかりで何も分かっていないだろう。いきなり大人になったお前を見て動揺するだろう。全て理解してから、会った方がいい。ーーーそれよりイザベラ妃の体調はどうだ」
ドミニクはそれを聞き、それもそうかと諦めた。
「はい、イザベラは悪阻が落ち着きまして、安定期に入りました。今度の子も魔力が少ないようでイザベラも楽だと言っておりました」
「第一王子のフロレンツの腕輪の準備は進んでいるか」
「はい、婚約者は候補から選んでいる途中ですが、フロレンツの腕輪は魔術庁長官の手で仕上がっております」
「そうか、コンラートの二の舞にならないように、お前たち親が気をつけてやれ。私達は失敗したからな」
コンラートが勝手な事をしたのは、学園に入って目を離したせいだと痛感しているのだ。
「では、参るか」
足を止めて待っていた侍従、近衛達を促してコンラートの部屋に向かう。既に来ていた王妃の姿が目に入った。
衛兵が大きく開いた扉から侍従の先導で入室すると
「乳母、アネットに」
というコンラートの声が聞こえた。
コンラートは自分がアネットにした事を全て忘れているのかと国王は思った。あの庶子上がりの女の器では、コンラートの魔力を全て受け入れる事ができなかったから昏倒したというのに。
国王夫妻は黙って入室して、コンラートのベッド脇に立った。
「気分はどうだ」
コンラートには魔術庁長官が保全魔術を掛けてあったので、寝たきりでも術を解けば身体は少しは動く。それでも身体の年月を止める術はないので、昏倒した時は十八歳だったから今はもう二十八歳。
コンラートが愚かな婚約破棄をして、魔力暴走で昏倒してしまった。このままだったら保全魔術を掛けていても、衰えて死ぬだろうと言うのが魔術庁長官の見解だった。
コンラートを王太子に冊立する予定だったが、寝たきりの第一王子を王太子にすることはできないと、王位継承権順に第二王子のドミニクが王太子に冊立された。そして、王太子ドミニクは五歳からの婚約者侯爵令嬢イザベラと二十歳の時婚儀を上げた。
ドミニクとイザベラはいきなり降って来た王太子と王太子妃の地位に怯むことなく、執務をこなして優秀だと評価されている。二人には第一王子フロレンツが生まれ、第二子はイザベラのお腹の中だ。後継にも恵まれて、二人は仲睦まじい。
国王は後継者も育ったと思っているので、存在を忘れかけたコンラートが目覚めたのは複雑だった。臣下の手前、もうコンラートなどいらない、死んでも構わないと思っていることを表面に出すわけにはいかなかった。
それでも本音はこのまま衰えて死んで欲しかった。
これからコンラートに何と説明したらいいのか。コンラートのもの言いたげな瞳の前で、国王夫妻は立ち尽くした。