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episode.19



忙しさに目が回る。働けど働けど、次々に人がやってくる。


それも皆同じ症状で、以前リディオが言っていたエントで流行っていると言う症状を発症した人ばかりだ。


一体何だと言うのか。不幸中の幸いは、この病なのかなんなのかがガルブ全体に及んでいない事と、死に至る様な重度な症状では無いと言う事だ。


エントの薬屋が既にパンク状態でソフィアの所にも流れて来ている様だった。


ソフィアはやむを得ず、カストに薬作りの手伝いをさせる様になった。もっと本人の意思を尊重してゆっくり教えていく手筈だったのに…。


リディオが言っていた通り、人から人へ移らないというのは本当の様だ。


患者と接触し始めて1ヶ月が経とうとしているが、これだけ至近距離にいても、ソフィアにもカストにも何の異変もない。


「大丈夫かソフィ。飯も食わねぇで」


「大丈夫。お疲れ様」


まだ10歳のカストに心配されてしまう始末だが、休んでいられない。


きっとエントの薬師はもっと大変な事になっているだろうし、宮廷薬剤師が派遣されているかもしれない。他の人達も原因究明に動き回っているはずだ。


きっとリディオも今頃はエントにいるだろう。


であれば、彼らの方が危険な状況で心身を削って働いているに違いない。


そりゃあ許されるならソフィアだって休みたいしお腹いっぱいに食べたいし楽したい。


「疲れた…」


夕刻、客足が途切れたところでカストを家に帰し、ソフィアはカウンターにペシャリと突っ伏した。


いつもの何倍もの忙しさ、加えていつまで続くか分からないというのは結構なストレスになるものだと身を以て痛感している。


冬に一時流行り出すあの流行り風邪が永遠に続く様な、そんな気さえする。


加えて、あの日を最後にリディオはピタリと姿を見せなくなった。忙しいだろうか、体を壊していないだろうか、きちんと休めているだろうか…。


自分の事などそっちのけで、隙あらばリディオの無事を願っている。過去にも1ヶ月会わない時もあったのに、あの時よりもずっと、リディオに会っていない事が怖い。


次に会う約束などした事がなくても、今を除いてこんなに不安に思った事は無い。


疲労は心を弱くする。ソフィアは特に疲れた時にネガティブになり易いと自覚がある。


そんな時こそ明るく振る舞わねばならない。なぜならソフィアは先生の後を継いだガルブの薬師だ。


カランカランとベルが鳴る。ソフィアは疲労の溜まった体をなんとか起き上がらせた。


「え」


いらっしゃいませもしくは、こんばんはと言うのが常だと言うのに、やってきた人物を見て、ソフィアは言葉を失った。


今まで仕事だったのだろうか、騎士服姿のままのリディオがつかつかと入ってくる。


リディオの事を気にしすぎたあまり、幻覚を見ているかと何度か瞬きを繰り返した。


「リディオさっ……!?」


目の前にやって来たリディオは何も言わず、一番にソフィアの体を抱きしめていた。


懐かしい匂いにソフィアは息を呑む。


「…大丈夫か?」


「…………は、はいっ?」


いつもより僅かに気怠さを含んだリディオの声に、ソフィアは何のことかと目を泳がせ、声は裏返った。


「ガルブにも奇病の発症者が出ている。お前は大丈夫か?」


原因不明の奇病。それはまさに今、王都を騒がせ、ソフィアを寝不足に陥れている病だ。


幸い、ソフィアもカストも発症には至っていない。


「大丈夫…です……。患者さんは、流れて来てますけど、みんな……軽症のようで………」


「エストではまだ数人だが死者が出ている」


「…り、リディオさんも……エストに行ってる、んですよね…?」


「ああ」


それなら、大丈夫なのか心配なのはリディオの方だ。ガルブの患者はそれほど多くないし、やはり病の根源はエストにあるのだろう。


それより、一体いつになったら離してくれるのだろうか。もうそろそろ心臓が限界を迎えそうだ。


「お前の安否がずっと気がかりだった。病でなくとも、やはり少し痩せたな」


「う……。い、忙しくて…」


「そうだろうとは思っていた」


「あ、ああ、あのっ……。そ、そろそろ…」


お酒を飲んだわけでもないのに、リディオの匂いと熱で酔っ払いそうだ。膝の力が抜けて立てなくなる前に離してもらわないと大変な事になる。


ソフィアが何を言いたいのか理解したリディオは、小さくため息を吐いてソフィアの体を解放した。


「もしも誤解をされる様な事があれば俺を呼べ。こちらが勝手にした事だと弁明する」


「はい!?!?」


何を言われているのかてんで分からない。なぜなら、解放されたは良いものの、そうなると今度はリディオの美しいご尊顔を拝まねばならなかったからだ。


既に顔は真っ赤に染まっているだろうが、リディオの視線を感じると余計に熱が溜まっていく。


なんで抱きしめたりなどしてくれたのか。ソフィアは息が詰まりそうだった。


「疲れているな」


「………リ、リディオさんこそ」


まさか疲れてもたれ掛かっただけか?そうなのか!?だとしたら罪深すぎる。


ソフィアは確かに疲れてはいるのだが、リディオが来た事によってそれどころでは無くなっていた。


喜びと緊張と羞恥と、何よりリディオが無事で安心した。


「カストが、ご飯作ってくれてて…。私これからなんですけど、リディオさんもまだだったら、一緒にどうですか?」


「……良いのか?」


「もちろん!カストの作る料理は美味しいですからね」


久しぶりに会えて、もう少し一緒に居たいなんて欲が出たソフィアは暖簾の奥へリディオを招き入れるのだった。




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