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episode.01



カランカランとベルが来客を伝える。


「ソフィ聞いたよ!王宮騎士の手当をしたんだって?大丈夫かい?彼はこの辺りじゃ冷酷人間だって有名なんだ。手当に文句を付けられたりしてないかい?」


「ああ…それは、大丈夫………」


やって来た顔馴染みのベルトルトにソフィアは煮え切らない態度で答えると視線を横にずらした。


「なんだよ、元気ないな。まさか本当にトラブルになっているのか……ぃ………!?」


ソフィアの視線を疑問に思ったベルトルトも視線をそちらに向けて、お手本のように目を丸くした。


「リッ…リディオ・デ・ヴィータ…!」


名前を呼ばれた冷酷人間…もとい、騎士様は伏せていた瞼をゆっくりと開き、その切れ長の目を向けられたベルトルトは途端に顔を青くした。


「先日の礼に来ただけだ。トラブルにはなっていない」


「あ…あー、そ、そうでしたか!ははは!じゃあ僕は行くね、ソ、ソフィ」


「うん、じゃあまた…」


覚束ない足取りのベルトルトに手を振っていたのだが、彼がこちらを振り返る事は無かった。




リディオがソフィアの元を訪ねて来たのは、ベルトルトが来る30分ほど前に遡る。


「いらっしゃいまー………あれ、騎士様?」


カランカランと音を立てる扉の前に立っていたのは、先日喧嘩の仲裁をしてくれた騎士様だった。


まさかと思ってソフィアは話を切り出した。


「腕の具合、良くありませんか?膿をもったとか…!?」


自分の処置が甘かったかとその身を案じた。七分丈の洋服の袖口からは包帯が見えている。


「傷は問題ない。お前の的確な手当てのおかげだ。今日は礼をしに来た」


「………えっ?騎士様からお礼だなんて!迷惑をかけたのはこちらです」


「リディオ・デ・ヴィータだ。」


「へ?」


「リディオで良い」


いや、そんな話じゃなかったはずだけどと思いつつ、そう言えばソフィアも名乗っていなかったと思い立つ。


「ソフィア・オリアーニです。」


「これを。迷惑でなければ受け取ってくれ」


そう言って差し出されたのはお高そうなチョコレートだった。


「こっ…!こんなの貰えませんよ!私何もしてないし」


「俺は甘い物は得意じゃないんだ。お前に貰われなければこれの行き場がない」


それはズルいじゃないかと、手元の綺麗に包装されたチョコレートとリディオの顔を何度か交互に見て、そしてソフィアが折れた。


「…あ、ありがとうございます。わざわざこんな」


「気にするな。何もしないのは俺の気が済まなかっただけだ」


律儀な人だ。聞いていた噂とはちょっと印象が違う。


貰ってばかりもいられないと、ソフィアは薬棚を漁った。


「これ、良かったら。傷跡が残らないようにする保湿剤です。…チョコレートのお礼に」


「お礼にお礼をしていたらキリが無い」


「………そうですけど、私も気が済まないので」


はい!と半ば無理矢理受け渡した所で、扉のベルが鳴り近所の腰の曲がったお婆さんやら火傷をしたと言う子供らが駆け込んでくる。


途端に慌ただしくなったソフィアの薬屋だが、リディオは帰る事なく店の隅でその様子を見ていた。


それからいち段落した時、ちょうどベルトルトがやって来たと言うわけだ。


「すみません。彼は私を心配してくれただけで、悪気があった訳じゃ…」


「構わない。そう見えるように振る舞っている」


「………そう、なんですか。冷酷だなんて思わないですけどね、私は」


わざわざ薬師なんかにお礼を持って来てくれるような人だ。しかも高級そうな。


確かにちょっと無愛想で怖い印象を与えがちだが、悪い人じゃ無いのは良くわかる。


「1人で切り盛りしているのか?」


急な問いかけに一瞬とぼけてしまったが、ソフィアはすぐに笑みを浮かべた。


「数年前までは私の薬学の先生と2人だったんですけど、今は1人です」


「そうか。大変そうだな。」


「あはははっ!大変は大変です、嘘でも全然大丈夫とは言えませんね」


はははっとソフィアからは乾いた笑いが出た。


急患なんかは特に、こちらの都合など考えてくれない。ソフィアが寝ていようが食事をしていようがお構いなしだ。


それでも、ここガルブに薬師は1人しかいない。


「お前は処置が丁寧だから時間がかかるんだな。」


「………手際が悪くて」


「そうは言っていない。言葉の意味を勘違いするな、正しく理解しろ」


…怒られた。


「すみません………」


「自分の行いは正しく評価しろ。些細な褒め言葉を聞き逃すな。寝る前に、今日も1日良くやったと自分を褒めろ。自分で自分を労るのは悪い事じゃ無い」


時間が止まったかと思うほどの静寂が店を包み込み、ソフィアは瞬きも忘れてリディオを見ていた。


冷徹無慈悲とは程遠い言葉だと思った。


ソフィアは普段から感謝されない訳では無いが、薬師だからやって当たり前だと思われがちだ。


だからこそ、頑張った自分を他の誰でも無い自分自身で褒め称えろと、そんなことを言われるとは思っていなかった。


先生と死別してから、ソフィアは誰かに褒められる事から疎遠になっていた。


頑張っても頑張っても、まだ頑張らなければいけない日々。


いくら明るく振る舞っていても、疲れは体と心に蓄積している。


「騎士様も…そうしているのですか」


「……………ああ」


自分で言っておきながら照れ臭いのか、リディオはソフィアから視線を逸らした。


「ありがとうございます。はい、騎士様の言葉は正しく頂戴しました。」


「騎士様はやめろ、そんなに偉く無い。リディオでいい」


「では、リディオさん」


「ああ」


普段よりも少し多めに潤っているソフィアの瞳が、少し嬉しそうにリディオを見つめていた。




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