episode.14
客が途切れた合間に、久しぶりにリディオとまともに顔を合わせたカストが箒片手に口を開く。
「騎士さん」
「リディオだ」
「リディオさん」
「なんだ」
素直に呼び名を訂正するカストが可愛らしいなと思ってソフィアは油断していた。
「ソフィの事なんだけどさ」
「わーーーーーーっ!!!」
あれほど余計な事は言うなと釘を刺したのに何を言い出すのかとソフィアは慌ててカストの口を塞いで、はははっと下手な笑いをリディオに向けた後、グリンとカストごと向きを変えた。
「なに!言おうとしたの!今!余計な事言わないでって!言ったのに!!!」
こそこそと、だが全力で訴えかけると、カストは「はぁ?」とソフィアを見上げた。
「余計じゃねえだろ。あの異国の男の話だよ」
「……………え?」
「異国の!男の!!話ぃ!!!」
いや、聞こえている。それはもう、ソフィアを通り越してリディオにもしっかり聞こえるほどによく聞こえている。
ソフィアはホッと胸を撫で下ろした。変な事を言われたら堪ったもんじゃ無いが、サンドロの話ならまあ良いか。さっき見られたし。
「朝の男の話か」
「あれ?知ってんのか?」
「ああ、街でも噂になっていたしな」
どんな噂になっているのやらとソフィアは身震いした。妙な噂でなければ良いのだが…。
「悪い奴じゃねえんだけどさぁ〜。どうにかならないかと思って。ソフィも迷惑だろ?」
「迷惑というか……なんというか………」
話を聞いて欲しいと言うなら聞いてあげたい気持ちはある。時間的余裕はあまり無いけれど。だけど何を聞かされたとしても、自分がこの地を去る事は無いだろうと思う。
「一緒について来いと言っているらしいな」
「…そこまで強引な人じゃ無いですけど、まあそんな所です」
「その気は無いんだな?」
今朝のやり取りを見ていたであろうリディオなら、その答えを知っているはずだが、改めて答えようとソフィアが息を吸ったところでカストが先に口を開いた。
「ねえよ。だってソフィ、好きな奴いるもん。なぁ?」
「なっ…!?!?」
なぁ?じゃねーよなんて事を言ってくれるんだとソフィアは目玉が転げ落ちそうなほど目を見開いて、息を吸ったのに声が声にならずに溜まった酸素が胸を苦しめた。
カストの事は今後、爆弾少年と呼んでやろうかと思うほどの大爆弾だ。おかげでリディオからの視線が痛い。
「はは…き、気にしないでください」
「いだだだだだだだだ!!」
相手は子供だが容赦せん!とソフィアはカストの耳をつまみあげ、ズルズルと引きずるように壁際まで引っ張った。
「なんだよ、誰とは言ってねえだろ」
「誰の事も好きじゃ無いから!いや、そう言う問題じゃ無いでしょ!」
拳骨をくらわせてやりたいくらいだったけれど、今すぐ薬草を採ってこい!と雑務を押し付け外に追いやる事で爆弾少年を排除した。大人げ無いが致し方ない。
「大丈夫か?」
「だいっ…大丈夫です!」
正直に言うとあまり大丈夫では無い。カストを追い出したら必然的に店にはソフィアとリディオの2人になる。こんな時に限ってお客さんはちっとも来やしないのだから不思議だ。
「俺がここに来るのは、マズイか」
「へっ…?」
「誤解されたら良くないだろう。お前にとって」
なにが?と首を傾げたソフィアだったがカストが投下していった爆弾の話だとすぐに思い当たる事が出来た。
「あっ!いや!カストの話はデタラメです!全然、そういう人はいないので!本当に気にしなくて大丈夫です!」
あれはあなたの話だなんて口が裂けても言えない。
「…俺に気を遣っているならーー」
「本当に!だってほら、私仕事ばっかりでそんな余裕無かったし!」
これは本当だ。
カランカランとベルが鳴る。客だ、今だけはこのベルの音が神様からの救いの音に聞こえて歓喜したソフィアは、1秒と経たずに絶望へと叩き落とされた。
「でさあ!さっきの異国人の話なんだけどさあ」
絶望の理由は、やって来たのが爆弾少年だったからだ。さっき行ったのにもう戻って来た。
「薬草採ってきてって言ったじゃん!」
「え?だって今日の分はもう採り終えてるし」
「………」
なんて仕事のできる助手なんだやるじゃないかと褒めそうになって、いや違うとソフィアは頭を振った。
今日は珍しくそれほど忙しくないと言うのに、ソフィアは既にぐったりしていた。
そんなソフィアにはお構いなしに元気をあり余して爆弾を作り上げる少年が再びこしらえた爆弾を持って大きく振りかぶった。
「俺思いついたんだけど、リディオさんがソフィの恋人の振りしてたら、諦めるんじゃね?」
「っーーーー!」
ガゴンッと鈍い音が響いて悶絶する薬師が1人。動揺したソフィアはカウンターの角に思いっきり足をぶつけた。
「おい、大丈夫か?冷やすか?」
「……………もう、勘弁してぇ」
痛みで涙目になっているソフィアを、カストは「は?」と言いながら見下ろし、リディオは何も言わず眉間に皺を寄せていた。




