第99話 フランチャイカを発つ
連れ去らわれたミサキを追ってフランチャイカ王国を発つマグナ。彼は改めて鍛冶の神マルローに助力を依頼する。
――ここで再びマグナとマルローの視点に移り、それと共に多少時刻が戻る。
名も知れぬ少女(二人はまだ少女がミサキという名であることを知らない)を裏世界に連れ去られた直後、ひとまずマグナは未だ発病と出血に苦しむマルローを支えながら彼の作業場へと帰還した。彼を安静にさせていたが、三十分も経たない内に能力は解除されマルローの体調は万全に戻った。
リピアーはフランチャイカ王国を脱出次第、能力は解除すると言っていた。やはりあのガルーダという神鳥はかなりの速度で飛行ができるのだろう。連中は既に国外へと出てしまっているのだ。
「……どうするか、今から急いで追いかけたところで間に合うはずがない」
「そうだな、敵さんが嬢ちゃんに危ないことをしないよう祈りながら向かうしかねえな」
「第一、どうやって追いかける?あいつらがどこへ向かったのかまるで情報がないぞ」
「それについては心配要らねえよ、今嬢ちゃんがどこにいるのか俺には分かる」
そう言ってマルローは空中に小さなブラックホールのような空間を出現させると、そこに手を入れて丸くて平べったい何かを取り出した。全体的に金属製で、表面にガラスのように透き通った液晶の膜が貼られている。
マグナは興味深げにそれを見る。液晶部分にはユクイラト大陸の西側全体が映し出されており、フランチャイカ王国から見て東の方角に光る点が浮かんでいた。
「なんだこりゃ、地図か?神聖ミハイル帝国のところが光っているようだが、そこにアイツらがいるってことか?」
「そういうことさ。実は俺な、嬢ちゃんの体に発信機を打ち込んでいたんだよ」
マルローが得意げに言う。しかしマグナには聞き慣れぬ言葉であった。
「発信機?」
「微弱な神力を発していて、その位置がこの受信機で分かるのさ。意思疎通がまるでできないなんて怪しすぎるだろ?面倒ごとに巻き込まれても問題ないように予め仕込んどいたんだ。嬢ちゃんの皮膚の内側に打ち込んでいるから、俺が解除するか外科的手術でもしない限り取れないぜ」
「なるほどな、これがあったから俺たちがリピアーを追う時もやけにあっさり居場所を特定できていたんだな」
マグナは話を聞いていて、やはりこのロベール・マルローという男は風体や振る舞いこそアレだが、鍛冶の神としての実力は本物だと舌を巻いた。そして分析を続ける。
「位置的に、連中は神聖ミハイル帝国の聖都ピエロービカにいるな。フランチャイカ王国からだとポルッカ公国を跨いで更に東か。かなりの距離だな」
「追うにしたってどうすっかな……レーヴァテインの量産機はぶっ壊されちまったし、作り直している時間もねえ。オリジナルを勝手に使うわけにもいかねえし」
「お前の”自動車”とやらで向かうっていうのはどうだ?マルロー」
革命騒動の折、マルローと共に乗り込んだ自動車を思い出す。彼が生む特殊なエネルギーを動力に、馬も石炭も無しに駆動する巨大な四輪の鉄箱。あれならばかなりの速度が出せていたし、飛ばしても途中で馬が疲れる心配も無い。
「いや、流石にここからピエロービカまでずっと能力を酷使し続けるのはキツイか」
「そうだな……いや、もっといい案が有るぜ。まず俺の自動車で、フランチャイカ東端の辺境都市ヴァートに向かうんだ。そこは鉄道の駅がある街でな、それに乗ればピエロービカまで行ける。ぶっ続けで能力を使う必要はないし、むしろこの方が早く着くはずだ」
「鉄道か、なるほど妙案だな。すぐに向かおう」
急いで金銭や荷物の支度を始める。マルローは何か気がかりでもあるのか、思案気な顔になる。
「しかしレーヴァテインのオリジナルは、どうしたモンかな。こいつをラグナレーク王国に引き渡さないといけねえが、嬢ちゃんを追ってピエロービカまで行ったらすぐには戻ってこれねえだろうし」
「そういえばそうだったな。俺の眷属を通して、ツィシェンド王に連絡して呼び寄せよう。アイツは空を飛べるから今日中に駆け付けることもできるだろう。大急ぎでレーヴァテインを回収してもらったら、俺たちもピエロービカへと出発しよう」
「……一国の王を簡単に呼びつけられるとか、すげえなマグナさんよ」
マグナもマルローも、互いに舌を巻いた一幕であった。
◇
その日の夕刻ごろ、ツィシェンドはやって来た。久しぶりの再会の挨拶も手短に、彼にレーヴァテインを回収してもらう。ツィシェンドはレーヴァテインに搭乗し、機動形態で飛行して帰途に着いた。これなら行きよりもずっと早く帰れる。以前よりも速度や出力が上がっているように思えるなどと、マルローの鍛冶の腕にはご満悦であった。
こうして心置きなく出発できるようになり、マルローは巨大なブラックホールを経て自動車を出現させた。全体的にメタリックなカラーリング。屋根は無いオープン仕様。タイヤはノーマルタイヤだがスパイクに交換することもできるらしい。
マルローはさっさと車に乗り込もうとするが、そこをマグナが「待ってくれ」と引き留める。
「どうした、マグナさんや」
「……正直今更な質問かもしれないがな。マルロー、本当に俺と共に来てくれるのか?」
裏世界が目指す聖域というのは、マグナにはどうにもきな臭かった。正義の神として見過ごすわけにはいかないと彼は思っていた。しかしマルローにはこの件に首を突っ込まなければいけない義理はない。
「俺は正義の神として、今回の件を放置するわけにはいかない。だが鍛冶の神であるお前には必ずしも今回の件に関わる道理がない。相手は神々の組織だ、とても危険かもしれない。それでもマルロー、俺と共に来てくれるのか?俺はお前の腕前を信頼している。お前さえよければ、強大な存在に立ち向かうこの俺にどうか力を貸してほしい」
「へっ、本当に今更過ぎんぜ、マグナさんや」
真摯な視線を向けるマグナに、マルローは眼を閉じて答える。
「付いてくんなって言われたって行くぜ。第一、あの嬢ちゃんとはもう一月以上も寝食を共にしてきたんだ。ここでほったらかして自分だけ離脱するなんて、寝覚めが悪いったらありゃしねえ」
「マルロー……」
「余計な気は使わなくていいぜ、マグナ。俺が行きたいから行くんだ。俺の力でお前を全力でサポートしてやる」
「ありがとなマルロー、お前には本当に助けられてばかりだ。お前がいなければ立ち往くものも立ち往かないだろう。本当に、頼りにしている」
このフランチャイカで、またしてもかけがえのない仲間を得られた感動に身を揺さぶっていた。
フェグリナ討伐の時だってそうだ。フリーレやスラ、仲間がいたからこそ目的を達成することができたのだ。あの二人とは隔たってしまったが、遠い異国の地で再び頼れる仲間を得られた。
新たな決意とちょっぴりの不安を胸に自動車へと乗り込んだ。音を立てて車輪は回り始めた。




