第81話 ビフレスト防衛戦②
突如思わぬ方角から敵軍が襲来した。エインヘリヤル隊長勢は急遽集まって作戦会議を始める。
ビフレストからアレクサンドロス領に接しているのは南の方角だけである。北はラグナレーク本国だし、東の神聖ミハイルと西のポルッカはいずれもアレクサンドロスと友好関係にはない。そう、敵軍は南からしか来ないはずであったのだ。
第五・六・七部隊が控えていた高台にエインヘリヤルの七隊長がすべて集められた。空を飛べるフギンとムニンのおかげで、遠隔地に散っていた全員が短時間で集合できたのだ。
「北西と北東からもアレクサンドロスの軍が……そりゃ本当なのか」
「偵察に行かせていた兵からの情報をフギンとムニンが伝えたのです。おそらく事実かと」
トールとヘイムダルが神妙な面持ちで話している。
「敵は戦の神アレースの能力で生み出されたという怪物の軍勢だ。常識外れなことでもやってのけるだろう」
「そうだな、もしかしたら遠隔地に兵を送り込める能力を持つ者がいるのかもしれない」
バルドルとフレイが分析。
「おいおい、なんだそりゃ。反則極まるじゃねえか」
「あれだけの規模の軍団にそんな動きまでされたら、普通では敵いませんね」
テュールとフレイヤがこぼす。
「ええ、普通では敵わないでしょう。だが生憎、我々もまた普通ではない。隊長格はみな神器持ちなのですからね」
ヘイムダルが帽子を直しながら言葉を続ける。その声音の落ち着きからは、何か策があることを感じさせた。
「フレイヤ、見たところブリーシンガメンの土のマナが必要量溜まっているように見受けられますが」
「はい、さきほどまで溜めていました。ここで溜められそうなものがそれくらいでしたので。今日は風も強くないですし」
フレイヤは首元の神器ブリーシンガメンを撫でる。中央の宝石は赤、青、緑、黄と四色に分かれているのだが、黄のみが明るく光っていた。
「情報です。突如北西と北東に現れた敵軍ですが、いずれも飛行能力を持つ兵は見られなかったそうです」
「……なるほど!了解しました、であれば足止めは充分可能でしょうね」
「フギンとムニンに乗ればすぐに現地まで向かうことができるでしょう。それともう一人、フレイヤをサポートする者がほしいですね」
「フレイには現状神器がないからな、俺が行こう」
ヘイムダルの要望にバルドルが答えた。
フギンとムニンがやがて降り立つ。白いフギンにフレイヤが、黒いムニンにバルドルが乗ると、二羽は華麗に大空に舞い上がって北の方角へ飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。
◇
ビフレスト市街地から北東の方角に、馬に乗り荒原を突き進む軍勢があった。兵の頭数はゆうに千を超える大軍であった。豪快に地面を踏み荒らしながら、市街地に向けて邁進していく。
先頭を往く馬は漆黒の皮膚をしていてとにかく巨大であった。その上には獅子を思わせる鬣を持ち牙を生やしたイカツい男が、大剣を背負って跨っている。付き従う兵士たちもみな獣のような体毛と耳、牙を持っており獣人のような出で立ちだった。
「進め!進め!偉大なる主様に楯突いた不届き者どもの血を晒すのだ!このキメリエス様に続け!」
鬣の大男は背後の兵士たちを大声で鼓舞しながら、進軍を続ける。
しかしみな一様に歩みを止めてしまった。何かが向かって来ることに気づいたからだ。
白と黒の巨大な鳥、その上には撫子色の髪をした少し露出のある鎧姿の女と、ハニー色の短髪で怜悧な眼をした男がいる。二羽の巨鳥がこちらに向かいつつ低空飛行に移ると、二人は地面に降り立った。キメリエスたちからほどほどに離れた位置であった。
「なんだぁ、てめえら?ラグナレークのモンか?ブハハハ!たった二人で千を超える軍勢を前に立ちはだかるとか馬鹿じゃねえのか?」
「ええ、馬鹿ではありませんよ。ですからひと仕事終えたらすぐに帰ります」
フレイヤはそう言うと、首飾りに手をかざした。宝石の黄色部分が明るく煌めき、彼女は黄色い光に包まれてシルエットのみとなった。
なにかたくらんでやがる、そう感じ取ったキメリエスは後方の兵士たちに指示を出す。
「弓兵!あの女を射れ!」
獣人姿の兵たちはいそいそと弓を構えて、矢をあてがい始める。しかしバルドルが上着をはだけ始めた。鍛えられた彼の上半身が露わになると共に、奇妙なものが姿をのぞかせた。
植物だ。バルドルの背中から腰回りにかけて蔓上の植物が寄生していた。蔓がもぞもぞ動いたかと思えば、一輪の花が咲いた。青白くどこか神秘的な花弁。そこからボトボトと種が落ちて来るのをバルドルは受け止めると、自身とフレイヤの周囲にばらまいた。
瞬く間に巨大な蔓が伸び始め、それは意思を持っているかのように、うにょうにょと蠢いた。キメリエスも兵たちも一瞬呆気にとられたが、構わずフレイヤとバルドルに向けて矢を射った。しかし蠢く蔓は蛇の如くのしなりと敏捷な動きを見せ、放たれた矢をすべて叩き落してしまった。
「なんだと!」
キメリエスが驚く。
これはバルドルの神器、ミストルティンの形態のひとつであり、”防衛”の形態であった。バルドルの意思に応じて、生み出される種は変化する。今回はフレイヤの防衛の為に同行したのであり、種も守りに秀でた植物が生えるように要求したのだ。
ミストルティンが矢を防いでいる内に、やがてフレイヤを包む光が消えた。普段の鎧姿からその出で立ちは変化しており、黄色を主体としたベールとひらひらのドレスに身を包んでいた。こころなしかスカート丈は短い。首飾りの宝石は黄一色に輝いていた。踊るように手足を動かしながら敵に向き直る。
「ブリーシンガメン、モード:土!」
フレイヤはそう言うと即座に身をかがめて地に両手を着けた。バルドルが後方に退避する。キメリエスたちは何事かと構えるが、突如不気味な地面の鳴動を感じた。そして驚愕した。豪快な震動と共に、フレイヤたちとキメリエスたちの間の大地が引き裂け始めたのだ。
「大地よ!遥かな隔たりを生み、我が敵を阻め!」
「馬鹿な、地割れだと!!」
凄まじい音と揺れの中で深い深い溝が生まれていく。キメリエスたちも驚いて後退する。彼らが慌てている内に、溝はすっかり跳び越えることなどできそうもない程の幅となった。フレイヤとバルドルは遠く隔たったキメリエスたちを確認すると、すぐさまフギンとムニンにまたがって大空に舞い上がり去って往った。
その姿を、キメリエスは苦虫を嚙み潰したような顔で見送った。
「ちくしょう!こんなことができるとは……これでは大きく迂回せざるを得ないではないか!」




