第80話 ビフレスト防衛戦①
アレクサンドロスの軍を迎え撃つべく部隊を配備するエインヘリヤル。しかし隊長勢に予想外の情報がもたらされる。
エインヘリヤル内では早速密偵の炙り出しが行われた。しかしそれはまったく功を奏さなかった。
なにしろそれらしい人物が見当たらなければ、まるで手掛かりらしき痕跡もないのだ。もし密偵が誰にも気づかれることなく潜り込み、一切の痕跡を残さず既に退散しているのだとしたら、もはや存在しないものを探す無謀な試みに他ならなかった。
そもそもより優先順位が高いことが他にあった。来たるべきアレクサンドロスとの戦争に向けて軍を配備せねばならない。今も密偵が紛れ込んでいて、情報を敵陣に流し続けているなら即座に対処しなくてはならないが、既にいないのであれば後の祭りである。
◇
会談から一週間後のことである。エインヘリヤルでは七部隊が三つに分断して、それぞれビフレスト市街地より南に十数キロほど離れた荒原に展開していた。市街地から南東方向にはトール・ヘイムダル率いる第一・第ニ部隊が、南西方向にはバルドル・テュール率いる第三・第四部隊が控えている。
フレイ・フレイヤの第五・第六部隊及びフリーレ率いる第七部隊は、ビフレスト市街地から真っすぐ南の位置の断崖上に陣取っていた。高台に陣取るのはこちらからの弓矢や砲による遠距離攻撃を有利ならしめる為と、敵の進軍経路を限定するという意図があった。
「まあ、敵に空でも飛ばれたりしたら意味がないけどね」
「そればかりは仕方がありません。どのような軍が攻めて来るのか、まったく読めないのですから」
フレイが眼下の荒原を見渡しながら、足元で屈むフレイヤと話をしている。
「僕にレーヴァテインがあれば、それで空を飛べるのだけどね」
「修理中なのですから、それも仕方がないですね……」
レーヴァテインは搭乗型の珍しい神器であり、これに関しては圧政時代にフェグリナによって取り上げられていた。そしてフェグリナ親衛隊幹部の一人、”智謀のルードゥ”が使用していたのを正義の神が破壊してしまったのだ。正義の神は、鍛冶の神というツテができたこともあり、ツィシェンド王にレーヴァテインの修理を打診していた。その為現在、本来の持ち主であるフレイの元にレーヴァテインは無いのである(エインヘリヤルを三対ニ対ニに分けた中で、フレイが三に含まれたのも彼に現状神器が無いことを鑑みてのことであった)。
一方、妹のフレイヤにはブリーシンガメンという神器がある。中央に宝石の付いた首飾りであり、ネックレスというよりは首にまとわりつくチョーカーのような形状であった。宝石は角が膨らんだダイヤのような形で、それぞれの角が赤、青、緑、黄の四色に分かれている。ブリーシンガメンは自然界に遍く存在する四種のマナ(これを四元素という)を溜めておくことができる神器で、マナが溜まればフレイヤはその力を行使して戦うことができる。
マナには火、水、風、土の四種がある。ただし、火はある程度の大きさの炎がなければ溜めることができず、水も同様である。風は屋外であればどこでも溜められるが、風が弱いと効率が悪い。暴風とかであれば溜まる時間を早められる。土は舗装されていない地面ならばどこでも溜められるがそれだけでは効率が悪く、これも地下とかであれば効率よく溜めていくことができた。
現在彼らが陣取っている高台は水場からは遠く、大きな炎を灯すわけにもいかず、そして微風の日和であった。その為、フレイヤは先ほどからずっとかがんだ姿勢のまま土に手を着け、土のマナを溜め込んでいた。
フリーレの第七部隊は同じ断崖上にありながらも、フレイ・フレイヤの部隊とはやや隔たった位置にあった。ひとまずの主力は第五・第六部隊の弓兵と砲兵であり、敵軍が近づいてくれば歩兵へと切り替えていく(兵が変わるというより兵の武器を変えて対応する。さきほどまで弓や砲を扱っていた兵が、槍と盾を持って突撃するのだ)。第七部隊は百名未満と人数も少なく、遊撃隊のような立ち位置であった。
「兵糧ってのも案外美味いモンだな」
アルブレヒトがもぐもぐと固焼きのパンを食べている。
「そうだな、ならず者として生きていた頃はもっとひどい食事だったことも多かったし」
「屋外で戦うってのにも慣れているし、存外俺らにとっちゃ天職なのかもな」
ユルゲンとドレイクが相槌を打つ。
「えーと、どういう作戦なんだっけか」
「まず敵軍が南からまっすぐ進軍してきたとして、第五・第六部隊が弓や砲で牽制する。すると敵は被害を軽減する為に散開しながら進んでいくだろうから、散開した中でさらに前進してきたやつらを取り囲んでいくんだよ。第七部隊は取っ組み合いの強い奴がそろっているから、それをフォローするんだ」
「散開した敵の中で、東方向に向かったやつらは第一・第二部隊が取り囲み、西なら第三・第四部隊が取り囲む。戦の戦術ってのは、結局どう挟撃や包囲戦に持ち込むかに集約されるからな。それを狙っているのさ」
ラルフの問いにディルクとアベルが答えた。
「しかし、そんな作戦通りに上手く行くモンかねえ」
「ま、まあ、何かしら不測の事態が起きると想定しておいた方がいいよね……」
「戦事とは得てして、不確定要素とチークダンスを踊るようなもの……」
ケヴィン、サミー、ジンナルが不安を口にする。
「おい!そんな士気を下げるようなこと言うんじゃねえぞ!」とディルクが窘めるが、フリーレが「心配する必要はない」と口を挟んだ。
「我々は何もこれから特別なことをするのではない。今まで通りのことをするだけだ」
その声音には世界が震撼しても揺るがぬであろう、静かな力強さがあった。
「へっ!お頭の言う通りだな!」
「俺たちゃ今まで、生きるために必死で戦ってきた」
「ならず者でも騎士でも、それは変わるめえ」
「やれることやるだけよぉ、変に気負う必要はねえ」
「勝って、勝利の美酒に酔いしれるとしますかね」
「賭けに負け続けてきた俺だが、この戦いだけは勝利の女神に微笑んでもらいたいもんだ」
「戦果を上げてモテモテの姿を想像すれば、自然とやる気も湧いてくるってモンよ」
「み、みんなガンバローな!オイラも気合入れるカラよ……!」
「……サミー、落ち着いて、深呼吸」
元ならず者の騎士たちが緊褌一番と気合を入れる中、一羽の大きな白い鳥が近づいて来た。かつてフェグリナ親衛隊幹部の一人”急襲のガルダン”が使役していた、神鳥フギンであった。後から黒い方、ムニンもやって来る。
この二羽の神鳥は、戦事において非常に有益な存在であった。鳥であるから空を飛べ、しかも体躯が大きいのでちょっとした運搬ができる。しかしその真価はそれだけではない。
フギンには人の思考を受け止め、広範囲の他者に伝達する能力がある。そしてムニンはそれを記録しておけるのだ。二羽は伝達係としてその敏捷性と確実性で以て、比類なき頼もしさを発揮していた。
そのフギンが、持ってきた情報を第五・六・七部隊の面々の脳内に直接送り込む。言葉での伝達だと聞き間違いの可能性も出てくるが、これなら確実でしかも早い。彼らはもたらされた情報に驚いた。それはヘイムダルの判断で、念のためビフレスト市街地から北方向に偵察させていた兵からの情報だった。
「北西、北東からも大軍が向かって来ているだと!」
フレイは思わず声を上げて叫んだ。




