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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第4章 ビフレスト防衛戦
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第75話 少年の嘆き

ビフレストの地で、先の戦争で両親を亡くした名も知らぬ少年と遭遇するフリーレ。少年の悲しみなどまったく汲まず、フリーレはただ世界の残酷さを説くのだった。

 ビフレストは荒原が広がるそれなりに広大なエリアである。北部はラグナレーク本国、西部はポルッカ公国、東部は神聖ミハイル帝国と接しており(前述の通りかつてはそちらに属していた)、南部には(くだん)のアレクサンドロス大帝国マッカドニア州が存在している。


 市街地は荒原の中央付近に位置しており、そこではエインヘリヤルが日夜復興作業に明け暮れていた。仮想敵国であるアレクサンドロス大帝国とは南に接している為、敵軍がやってくるとしたら南以外には考えられない。その為、南向きの城壁や門の修復にいち早く着手していた。櫓や倉庫も市街地南部のものを優先的に立て直す。


 とはいえ、市街地は南部だけが重要なわけではない。水道のようなインフラは、荒原の北西に河がある関係上北西部にあるし、北東部にある軍馬用の厩舎もできるだけ早く建て直して利用したかった。エインヘリヤルの七つの部隊は三対ニ対ニに分かれて、それぞれ市街地南部、北西部、北東部に散り散りになって復興作業に従事している。


 フリーレが率いる第七部隊は北東部において、厩舎や飼料用の倉庫の修復に着手していた。こちらを手早く済ませないと乗ってきた馬たちが屋根のある場所で寝られないのである。フリーレの取り巻きのならず者たち、元フェグリナ親衛隊のルードゥ、グスタフその他大勢が忙しなく資材を抱えて走り回っている。フリーレは臨時で立てた物見櫓から全体の指揮を執りつつ作業進捗を把握する。彼女はどちらかといえば体を動かすことの方が得手であるが、いわゆる脳筋ではないし(むしろ理知的な性格で頭もそれなりにきれる方だった)、何より彼女の異常な視力の良さは全体を監督する上でこの上なく都合が良かった。



 復興現場の片隅にはケヴィンとサミーの姿がある。どちらも九人いるフリーレの取り巻きの一人で、彼女と共にラグナレーク王国騎士団に加入した身だ。ケヴィンは小柄だが元気の良いハキハキした性格で、サミーはケヴィンと大差ない体躯でどこかおどおどした性格だった。


 二人は厩舎を立て直す前の前段階として、瓦礫やひしゃげた木材の撤去に勤しんでいる。ならず者として生きてきただけあって、二人は見た目よりずっと力も体力もあった。


「ふいい、いつになったら終わるんだこれ。片付けても片付けてもキリないぞ」

「す、すごい戦場になっていたんだろうね」


 暴君フェグリナ・ラグナルの時代に勃発した、ラグナレーク王国と神聖ミハイル帝国との戦争。このビフレストの地に当時のラグナレーク王国騎士団が攻め込み占領したのだが、神聖ミハイル帝国はポルッカ公国と連合関係を結ぶと、ビフレストをそれぞれ西と東から攻め始め、市街は苛烈な攻撃に晒された。


 広がる瓦礫や残骸はその時の名残であった。そして当時はフェグリナの錯覚の能力で、身を粉にして国に尽くすことが当然の義務であると、ラグナレーク兵の誰もがそう思い込んでいた。自分自身も、ビフレストに暮らす住民についても、とにかくないがしろであった。逃げ遅れて巻き込まれ、命を落とした住民は多数にのぼった。かろうじて生き残った者たちも、再び戦禍に(まみ)れることを恐れて多くの者が余所へと越していった。


 過去の戦争の発生源であり、これから起こりうる大戦争の当事者であるラグナレーク王国に対するビフレスト住民の感情は決して良いものではなかったのだ。



 ――それは突然だった。


 物陰から何かが勢いよく飛んできたのを見て、ケヴィンはさっと身を躱した。石つぶてが投擲されたようだった。ケヴィンとサミーは二人して、石が飛んできた方角を見やる。


 そこにはどこかすわった眼で二人を睨みつけている、少年の姿があった。年は十一か十二ぐらいに見え、藍色の少し長めの髪を後ろに束ねていた。


「おい!あぶねえだろ、何考えてやがる!」


 ケヴィンは声高に注意する。

 少年は幾ばくかためらった後、声を振り絞るようにして叫んだ。


「うるさい!またこの街を戦争で壊すのか!俺の父さんも母さんもお前たちのせいで死んだんだ!この街から出ていけ!」


 その少年の表情は怒りと哀しみに塗り潰されていた。


 ケヴィンは急に怒るに怒れなくなった。大切な人を喪失した時のやり場の無い怒りや哀しみは自分にも経験があり、彼にも少年の気持ちが分かるからだった。しかし何と言えばこの場を解決することができるだろう?当たり障りの無い慰めの言葉を言ったところで、少年の心には響くまい。しかし言う通りにこの街から出ていくわけにもいかない。自分たちが望もうが望むまいが、アレクサンドロス大帝国が攻めて来るならここは間違いなく戦場になるからだ。否が応にも街は残骸廃墟と化すだろう。ケヴィンたちがしていることは、そんな未来から少しでも遠ざかりたいが為の所業であり、それ以外の何物でもない。


 しかし少年にとっては、ラグナレーク王国の者が次なる戦争の為に、自分たちが暮らしていた街を歩き回っている、それだけでも十分に神経を逆なでることだったのだろう。


「そういうわけにはいかないんだよ!もしかしたらアレクサンドロス大帝国が攻め込んでくるかもしれない、そうなったらこの街一帯が再び戦場になりかねない!なんの準備もせずに蹂躙されるよりマシだろう?」


「だったら他にやりようだってあるだろ!神聖ミハイルとか、他の国を味方に付ければアレクサンドロスだって簡単には攻めて来ないんじゃないか?」


「そりゃ無理だって。神聖ミハイルとラグナレークは仲がこじれちまってる状況だしなあ。それにアレクサンドロスは怪物による大軍団を従えていると聞く。そんな上辺だけの予防線、意味があるもんか!」


「どうして……!どうしてお前たちはそんなに戦争をしようとするんだ!そんなに戦争がしたいのか!どれだけ街を壊せば、どれだけ大切な誰かを死なせれば気が済むんだ!」


 少年の叫びには、かすかな嗚咽のような引きつった声が混ざり始めた。睨みをきかせた眼にも涙が溜まり始める。


「みんな、みんな死んだんだぞ……!お前たちのせいで!父さんを返せ!母さんを返せ!返せ!返せ!返せ!」


 少年は再び石を投げる。ケヴィンとサミーはそれを躱しながら、どうしたものかと途方に暮れた。自分たちがしている復興作業は戦争どうこうを抜きにしても必要な作業であるし、今後アレクサンドロス大帝国が攻めてくるなら間違いなく必要なことであった。

 正直、そもそも自分たちはラグナレークの市民になってから日が浅く、暴君フェグリナの時代に起きた戦争のことなぞ知るものかといった思いもあったし、自分たちがディルクやアルブレヒトのような得体だったらこの少年も絶対につっかかっては来なかっただろうとか、そんな要らぬことを考えたりもした。


 だがケヴィンもサミーも、この少年の気持ちが分かることも事実であり、少年もくだらない理由で激昂しているわけではない。安易に邪険にはできなかったのだ。しかし何と言えば丸く収まる?角を立てずこの場を取り成す術とは?



 背後から足音が近づいてくるのを聞いた。

 この悠然とした足取り……ケヴィンとサミーが振り返る。第七部隊の隊長にして、自分たちならず者の頭領フリーレの姿があった。


「お、お頭!」


 フリーレはとくにケヴィンやサミーに構うことなく行き過ぎると、ずいずい歩を進めて、泣き叫ぶ少年の目の前で仁王立ちした。


 少年は突如現れたおっかない雰囲気の女に、たじろいだ表情を見せた。


「どうした少年、何を泣いている?」

「……お前たちが起こした戦争のせいで、父さんも母さんも死んだんだ。おまえたちのせいだ!また戦争を起こして、みんなを不幸にしようとしているんだろう!」


 フリーレはどこかわざとらしい嘆息をした後、実に冷徹な声音で話し始める。


「そうか、お前は何か勘違いをしているな」

「……?」

「お前が悲しむそれは、(ちまた)に雨の降る如く、ひどくありふれたことだ」


 フリーレにはとくに少年の心境を思いやっているとか、そんな素振りは見られなかった。彼女はいつでもそうだ。人の感情の機微には疎く、ただあるがままに事実を(つぶて)の如くにぶつけていく。


「何を言って……!」

「夏が訪れ虫が湧くのと同じ、冬が訪れ霜が降りるのと同じ、ありふれたことでしかない。お前はありふれた事象を、さも特別なことであるかのごとくに騒ぎ立て、あたかも自分がとりわけこの世界でもっとも不幸な人間であるかのように表現しているだけだ」

「表現?ふざけるな!」

「悲しむなとはいわん。だが、お前が嘆くそれはそんなに珍しいことなのか?そんなにあるべきでない、この世のあらざるべき事象だとでも言うのか?」


 少年の声に勢いが無くなり始める。

 フリーレには、ケヴィンやサミーのように同情で傾けられる余地などなさそうであった。


「違うだろう?(いくさ)は古今東西どこにでもある。戦でなくとも、何らの理由で人はともすればあっさり死ぬ。その度にお前はいちいち泣き喚くのか?」

「……」

「かつて神々が世界を創り、そして人を創ったという。神が何を想い世界を創ったのかは知らんが、きっと人間の為に(あつら)えて創ったわけではないだろう。であれば、生きる上で様々な艱難辛苦(かんなんしんく)が襲い来るのは必定(ひつじょう)だ」


 フリーレはじっと少年の眼を見る。フリーレには少年の心を思いやろうという気遣いは一切ないが、ことさらに貶めるつもりがあるわけでもない。彼女はいつでもあるがままに想い、語り、生きる。それだけだ。


「お前はその度にめそめそと泣き、さも自分が世界で一番不幸であるかのように振る舞い続けるのか?ひどくありふれた事象に相まみえただけだというのに……誰しもが生きていく上で(つら)みを乗り越えていく。それをせずに騒ぎ立てるだけでは、毎日を懸命に生きている者にとっては迷惑だし、お前自身も疲れ(すさ)んでいくだけだろう。いっそお前こそ死んでしまった方が楽なのではないか?」


 少年は信じられないといった眼でフリーレを見た。ケヴィンとサミーは、あちゃぁと思いながらも、しかしこれでこそお頭であると思い直した。


「ありふれたことを、さもあるべきでないことの如くに騒ぎ、他人の脚を引っ張るな。目障り、耳障りこの上ない。私が優しい内に早々に()せるがいい」


 じろりと睨みを聞かせると、少年はびくっと肩を震わせて、その場から立ち去ろうとする。去り際にフリーレがひどく物騒なことを、決して冗談味を感じない物騒な声音で言った。


「次に同じことをしたら、その手脚を()ぐからな」


 少年は悔しそうな、怒っているような、しかしどこかはっとしたように見開いた眼をしながら、その場からいなくなってしまった。



 少年が立ち去ったことを確認すると、フリーレも踵を返し始める。すれ違いざまにケヴィンが言う。


「……さすが、お頭ですね」

「そうか?ごく当然のことを言って聞かせてやっただけだがな」


 果てしなき荒野で、必死に生きることに向き合い続けてきたフリーレだからこその想いもあっただろう。彼女もまた、あの荒野でいくつもの死別を経験してきた。誰かを失う哀しみも、この世界の残酷さもよく知っている。


 フリーレにはあの少年をいたずらに傷つけたい意図があったわけではなかったし、むしろあの剣呑な声音と言い回しには、世界の有り(よう)というものをしっかり教えてやらないとこの先やっていけないだろうという、どこか老婆心めいたものさえあった。


 フリーレはいつだって世界に対して純粋で、そして真摯であった。彼女はこの世界がどういうものであるかを、淡々と教科書を読むように説明してやったに過ぎないのだ。

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